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海外研究員レポート

ワシントン大学・人口統計学・生態学研究所(Center for Studies in Demography and Ecology)の紹介

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049992

2007年12月

ワシントン大学・人口統計学・生態学研究所(Center for Studies in Demography and Ecology)の紹介

ワシントン大学経済学部の特徴の一つに、家庭経済学(Family Economics)に力を入れていることがある。同大学には、人口統計学・生態学研究所(Center for Studies in Demography and Ecology:CSDE)という研究所が敷設されており、経済学、社会学、文化人類学、統計学などを専門とする総勢82名の教授陣によって構成されている。労働経済学と家庭経済学で有名な経済学部のShelly Lundberg教授が、CSDEのディレクターを務めている。また同教授は、家族研究所(Center for Research on Families:CRF)のディレクターでもある。CSDEは、「人口統計学」との名前を冠しているとおり、伝統的には出生率や家族構成の変化、移住、保健衛生と死亡率といった調査研究をベースとしているが、現在の研究テーマは、家計内の意思決定・相互作用、人的開発、社会的格差に関するものなど、多岐に渡っている。

まず、CSDEの研究内容を簡単に紹介したい。CSDEの調査テーマは、大きく5つに分かれている。(1)人口統計学方法論、(2)家族人口統計、(3)社会的コンテクストと生物学的コンテクストの相互作用と保健衛生、(4)労働移住、マイノリティ、機会の不平等、経済格差、人種的・民族的差別、保健衛生格差(5)人口と環境の相互依存・動的相互作用である。経済学部の教授陣は、(2)家族人口統計に分類されている研究―家計内資源配分、家庭内意思・行動決定、家庭内取引に関する研究で、具体例として経済成長が家族関係に及ぼす役割、政府政策と労働機会・家族関係の相互作用、親・兄弟姉妹などが子供の成長過程と思春期に及ぼす影響など―に従事している。

その他の活動としては、大学の内外から講師を招いては、セミナーを活発に行っている。今後予定されている興味深いテーマを挙げると、Bill Bradford 教授(ワシントン大学ビジネススクール)による"How Black and White Families Manage Their Finances"、Steve Trejo 教授(テキサス大学経済学部 Associate Professor )による"Intermarriage and the Intergenerational Transmission of Ethnic Identity and Human Capital for Mexican Americans"などがある。

以下では、CSDEに所属する経済学部の教授陣によってなされている研究を主に紹介したい。 Lundberg教授の代表的な論文としては、①"Sons, Daughters, and Parental Behavior"(2005)、“Gender and Household Decision Making"(2005)、②"Efficiency in Marriage" (2003)、③"The Retirement Consumption Puzzle: A Marital Bargaining Approach"(2003)を挙げることができる。①は、子供の性別が親の行動(時間の使い方など)に影響を与えることは、途上国については指摘されてきたが、先進国でも当てはまるという、従来社会学や心理学で議論されてきたことを経済学的に実証しようとの試みである。ただ、同論文は、親が女子よりも男子に選好があるか否かを判断しているわけではなく、子供の性別が家計内資源配分や、同類婚("assortative mating")へ与える効果、また、アメリカ以外のデータを用いた同様の調査など、今後の研究の可能性について様々な示唆を与えている。②は、家計が単一でないことを前提としたうえで、例えば住む場所をどこにするかといった、夫婦が将来に関する意思決定をしなければならないとき、その決定に拘束性がない限り、夫婦間のバーゲニングが必ずしも効率的な結果となるとは限らないことを理論的に示している。また、 将来に関する意思決定の種類としては、住む場所の他、教育や子供の数、労働参加、退職なども含めることができる。③は、退職直後に家計の支出が減少するというライフサイクル・モデルとの矛盾はこれまで実証的に示されてきたところ、シングルの家計よりカップルの家計の方が減少の傾向があることを示し、その背景に夫婦間のバーゲニング(妻の方が長生きする可能性が高いために、貯蓄性向が強い)があることを示唆している。

Elaina Rose教授(Associate Professor)も、Lundberg教授と同様、労働経済学、家庭経済学を専門としているが、より途上国に重きを置いた研究成果を重ねている。代表的な論文には、④"Ex Ante and Ex Post Labor Supply Responses to Risks in a Low Income Area"(2001)、⑤"Gender Bias, Credit Constraints and Time Allocation in Rural India"(2000)、⑥ "Consumption Smoothing and Excess Female Mortality in Rural India"(1999)などがある。すべてインドのデータを用いた実証分析である。④は、リスク(悪天候と、降雨量が平均的でないこと)への対処を事前と事後に分け、農村家計がいかに対処するかを、実証分析したものである。リスクが高い場合、事前、事後いずれの場合も、農村家計の労働供給量が増えることを示している。⑤は、子供の性別が親の時間の使い方に与える影響を、中農以上の家計と土地なし・小農の家計に分けて実証分析したものである。後者のより貧しい家計においては、女子よりも男子が生まれると、女性の労働時間は育児のために減少する一方、貯蓄を切り崩したり借り入れたりすることが難しいため、男性の労働時間が増加するという結果を示している。⑥は、降雨量が平均的であると(消費平準化がなされ)、女乳幼児死亡率は、消費が平準化されていないときの死亡率が絶対的に高いために、男乳幼児死亡率よりも改善の度合いが比較的に高いことを実証している。

Claus Portner教授(Assistant Professor)の専門は、家庭経済学および開発経済学である。代表的な論文に、⑦ "Birth Order and the Intrahousehold Allocation of Time and Education"(2004)、⑧"Child Health and Mortality: Does Health Knowledge Matter?"(2002)、⑨"Children as Insurance"(2001)などがある。現在進行中の研究の一つに、インドにおける胎児に関して性差別的な中絶に関する研究がある。⑦は、フィリピンのデータを用いて、出生率を内生変数としたうえで、子供の生まれる順番が家庭内資源配分に与える影響についての実証分析である。後から生まれた子の方が、教育を受け、またそれは土地所 有が大きいほど有意との結果を示し、土地相続の可能性が小さい(従って、将来労働市場にでる必要がある)からではないかと解釈している。⑧はギニアビサウのデータを用いて、乳幼児死亡率について、マラリアの原因に関する知識を説明変数に入れると、母親の教育水準は有意でないという結果を示している。マラリアのみならず、その他の保健衛生指標を先行研究でサポートしたうえで、乳幼児死亡率にとっては、教育全般というよりは、特化した衛生教育が有効であると結論づけている。⑨は、信用・保険市場が機能不全であるとき、子供がその代わりの機能を果たしうることを仮定として、子供がもたらすリターンがマイナスであったとしても、なぜ子供をもつという需要(出生率)は減少しないのか、低所得では出生率と所得は正の関係だが、所得が上がると両者が負の関係となることなどを理論的に示している。

現在CSDEに所属する経済学部の教授(Assistant Professor 以上)は上記の3名だが、他にも、Neil Bruce教授(経済学部)が、"Age, Mortality, Hazard, and Life Expectancy: Some Simple Parametric Functional Forms"をテーマにセミナーへの参加を予定しているなど、今後も経済学部との活発な交流が続き、興味深い研究がなされていくと思われる。

参考文献


  • Lundberg, Shelly 2005. "Sons, Daughters, and Parental Behavior" Oxford Review of Economic Policy, Vol.21(3), 340-356.
    and Pollack Robert. 2003."Efficiency in Marriage" Review of Economics of the Household, Vol.1(3), 153-167.
  • Startz Richard and Steven Stillma. 2003. "The Retirement Consumption Puzzle: A Marital Bargaining Approach" Journal of Public Economics, Vol. 87(5-6), 1199-1218.
  • Portner, Clause and Mette Ejrnaes 2004. "Birth Order and the Intrahousehold Allocation of Time and Education", Review of Economics and Statistics, Vol.86(4), 1008-1019.
    , Jens Kovsted and Finn Tarp 2002. "Child Health and Mortality: Does Health Knowledge Matter?" Journal of African Economies, Vol.11(4) 542-560.
    2001. "Children as Insurance", Journal of Population Economics, Vol.14(1) 119-136.
  • Rose, Elaina 2001. "Ex Ante and Ex Post Labor Supply Response to Risk in a Low-Income Area" Journal of Development Economics, Vol.64(2), 371-388.
    2000. "Gender Bias, Credit Constraints and Time Allocation in Rural India" The Economic Journal, Vol.110, 738-758.
    1999. "Consumption Smoothing and Excess Female Mortality in Rural India" The Journal of Economics and Statistics, Vol.81(1), 41-49.

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