IDEスクエア

海外研究員レポート

クメール・ルージュ裁判の展開

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049993

2007年12月

はじめに

クメール・ルージュ裁判(ECCC)は、7月末に最初の逮捕者が出てから、この3カ月で大きな進捗を見せている。当時の政権幹部合計5名が相次いで逮捕され、また11月20日に初めて公開での審問が行われた。本報告では、現地新聞での報道およびECCC ウェブサイト掲載の情報を踏まえ、ECCCの進捗状況をまとめるとともに、11月の公開審問を傍聴する機会を得たので、この審問の様子を報告したい。

1.政権幹部の仮拘留

7月31日にDuchこと Kaing Guek Eavの身柄が、軍事裁判所からECCC内の施設に移され、彼が最初の逮捕者となった。その後、Nuon Chea逮捕の際は、パイリンからプノンペンへと、ヘリコプターを伴った大規模な逮捕劇が展開されたが、その後の3人の逮捕は速やかに行われた模様である。現在、ECCC内に仮拘留されている5人は、表1の通りである。有罪となった場合は、ECCC設置法5、6、29、39条に基づき、5年~終身刑が科せられる。

表1.逮捕者一覧

氏名 逮捕月日 拘束された場所 容疑 弁護人
Kaing Guek Eav (Duch) 66 7/31

プノンペン

(軍事裁判所)

人道に対する罪、

戦争犯罪

(1949 年ジュネーブ議定書違反)

Savun Kar

Francois Roux(仏)

Nuon Chea 81 9/19

パイリン

(自宅)

人道に対する罪、

戦争犯罪

(1949 年ジュネーブ議定書違反)

Son Arun

Michiel Pestman(蘭)

Ieng Sary 82 11/12

プノンペン

(自宅)

人道に対する罪、

戦争犯罪

(1949 年ジュネーブ議定書違反)

Ang Udom(未定)
Ieng Thirith 75 11/12

プノンペン

(自宅)

人道に対する罪

Phat Pouv Seang

Diana Ellis(英)

Khieu Samphan 76 11/19 (プノンペン)

人道に対する罪、

戦争犯罪

(1949 年ジュネーブ議定書違反)

Say Bory Jacques Verges(仏)

(注1)弁護人は上段がカンボジア人、下段が外国人の弁護人を示す。
(注1)Khieu Samphan はパイリンの自宅からプノンペン市内の病院に入ったのちに拘束されている。
(出所) ECCC ウェブサイト(http://www.eccc.gov.kh/)掲載資料から筆者作成。

2.公開審問の実施

11月20日には、裁判所での最初の審問が一般に公開された。今回は、先に逮捕された Duchによる仮拘留に対する異議申し立て(保釈の申し立て)が行われた。Duchは、今回の裁判以前に、1999年から8年間もの間、軍事裁判所に裁判なきままに拘束されてきたため、今回の逮捕に伴う拘束の継続を不服として、8月23日に異議申し立てが行われた。これに対して、ECCCは11月20日に審問を行った。

写真:裁判所の様子

(1)裁判所の様子1

公開審問の場には、カンボジア国内各地からの一般人や各国大使館などの招待客をはじめ、カンボジア国内外からのメディアが集まり、朝早くから数十メートルに及ぶ行列をなしていた2。まず、一般の傍聴人は、入口で身分証を示し、セキュリティチェックを受ける。警備員も国連側から派遣されたと思しき外国人とカンボジア人スタッフが共同して行っており、このゲートを通過する人は例 外なく、厳しくチェックしている様子がうかがえた。また、傍聴席のあるホールの入口でも、再度、荷物の中身の確認が行われていた3

「公開」とされてはいるものの、実際の審問がおこなわれる法廷に入ることが許されているのは、裁判官、検察官、被告人、弁護人、書記官らに加えて、一般から選ばれた10人程度の人たちのみである。通常の傍聴人は、隣接する数百人規模を収容可能なホールにて、スクリーンに映された法廷の様子をうかがう4。なお、同様の映像は、全国にテレビ中継される。裁判関係者は、カンボジア人および国連から任命された司法官、外国人を含む弁護人から構成されるため、カンボジア語、英語、フランス語が使用され、3カ国語の同時通訳が準備されている。

(2)審問の進行

開廷に先立ち、メディアによる撮影が行われた。Duchが法廷に入場した直後に、20人程度のメディア関係者が我先にと法廷内に入り、Duch の間近まで迫っての写真撮影を行っていた。撮影がまだ終わらぬうちに、裁判官が入場し、メディアは退去を命じられた。

静粛が戻ると、裁判官が今回の審問の趣旨を説明する。今回の裁判官は、予審裁判官 (Pre-trial judge)で、カンボジア人3人、国際裁判官2人からなる。簡単に被告人の身分・出所を明らかにするやりとりがあったのち、今回の審問の経緯が説明された。これを受けて、弁護人が、それぞれ、異議申し立てを行った。そして、検察官がそれぞれ、これに反対する意見を述べる。それぞれが1時間程度ずつ意見を述べたため、午前10時半から行われた審問は、午後4時になっても終了せず、検察官1人分の意見陳述は翌日に持ち越された5

法廷内のレイアウトは、図1の通りである。

図1.法廷内レイアウトおよび司法官・弁護人名

図1.法廷内レイアウトおよび司法官・弁護人名

(注1)*および◎は裁判長、○はカンボジア人、●は外国人を示す。このほかに、警備員などが同席。
(注2)Duch に仮拘留命令書を発した共同捜査判事は、You Bunleng, Marcel Lemonde(仏)の 2 人。
(出所)筆者作成。

(3)主張内容

DuchはS21刑務所の所長として、1975年~1979年の間、数多くの市民の拷問・殺害に関与してきたといわれる。1979年以降は、身を隠して、数学教師として働いたり、難民キャンプや国連関係機関のスタッフなどとして働いてきた。身元が明かされたのち、1999年5月10日に逮捕され、今回のECCCによる逮捕までの間、軍事裁判所内に拘留され続けてきた。

弁護人側主張の要旨は以下の通りである。

  • 8年以上裁判なきままに拘束されていることは、国際人権B規約14条(3)、9条(3)およびヨーロッパ人権条約5条(3)に違反している。これはカンボジア国内法(1993年憲法など)にも違反している。
  • 国際的な基準(international standards of justice)を満たした法廷にする(ECCC設置法33条、設置合意文書12条)というECCCの精神にも反するものである。
  • (1)Duch の釈放が治安を乱すようなことはない、(2)Duchが出廷することは当然である、(3)Duch 本人の身の安全を拘留によって守る必要はない(いずれも、内部規則63条(3)に対する意見としてれた6) これに対して、検察側主張の要旨は以下の通りである。
  • ECCCは他の国際法廷に準じた国際基準を満たした法廷を目指しており、仮拘留は十分に基準を満たしている。Duchには逃亡の恐れがないとはいえない。Duch が法廷外に出た際の安全の確保は容易ではない。また治安への影響を弁護人側は十分に示していない。さらに、証人へのプレッシャーも考慮すべき。
  • ECCCは軍事裁判所から独立した組織であり、決して軍事裁判所と同調した動きをと ることはないし、軍事裁判所の動きを踏襲することもない。 以上のような主張に対して、裁判所は12月3日に結論を出すことを予定している。なお、仮拘留に対する異議申し立てはNuon Cheaからも出されている。
結びにかえて

もともと3年間分の予算で行われる予定であった法廷は、すでに設置から1年4カ月の時が過ぎており、予算不足の声もささやかれる。今後、被害者参加を進めていくことで、さらなる時間と資金が要されることが考えられ、その資金がどのように準備していくか、今後も幾多の課題が待ち受けている。

しかし、2006年7月に司法官が任命され捜査が始まったものの、なかなか目に見えた進展が見られなかったこれまでの停滞ムードと比較すると、2007年7月以降の動きは、様変わりした印象である。裁判の本番に向けた動きは、来年以降ますます本格化していくであろう。11月20日の審問は、初めて公開される日ということで、国内外からも数多くの傍聴人が集まっていた。国内外がどのように関心を持ち続けていくのかは、今後の裁判の進捗を占う重要な要素のひとつとなるのではないだろうか。

追記(12月3日)

12月3日午後2時より、今回の審問に対する予審裁判官の決定がアナウンスされた。 ECCCが軍事裁判所とは独立して拘留を命じることができることを確認し、内部規則63条(3)に照らして、逃亡の恐れがあること、証人への圧力となることなどを理由として、Duchの申し立ては却下された。


脚注
  1. 写真は11月20日午前9時ごろ、入場を待つ人々。左手奥が法廷の建物(筆者撮影)。
  2. 筆者の見た限りでは、ムスリム系住民の姿が目立っていたように思われる。ほかに、学生たちのグループが傍聴に参加していた。
  3. もっとも、警備は非常に厳しいところと、さほど厳しくないところとが混在しており、運営面はまだ改善の余地があるのではないかとの印象であった。
  4. テレビカメラは、裁判官側、被告人側、検察官側、傍聴人側のそれぞれ4カ所を映しており、適宜映像が切り替えられていた。
  5. 翌日、朝9時から審問が再開され、途中1時間の非公開審問をはさんで、午後4時くらいまで行われたもようである。
  6. 内部規則63条(3)では、被告人が証人や被害者に圧力を行使しうる場合もしくは他の犯罪者と共謀しうる場合、証拠を保護する必要がある場合、被告人が出廷することを確実にする場合、被告人の安全を守る場合、治安を守る場合に、仮拘留を必要な手段として考慮する旨が規定されている。