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海外研究員レポート
中国携帯電話機メーカーは好転した業績を維持できるか?
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050026
2006年12月
中国携帯電話機メーカーは1990年代末から急成長しはじめ、2003年には国内市場シェア(出荷台数ベース)の50%近くを占めるにいたった。なかでも波導(Bird)やTCLは、販売重視の戦略で地場企業首位の地位を築いた。しかし、競争の激化によりそのシェアは 2004年以降下落しはじめ、波導やTCLをはじめとした地場大手は2005年、軒並み赤字に転落した。なかには業績悪化を理由に生産停止にまで追い込まれたメーカーもあり、熊猫(Panda)など老舗企業もこれにふくまれていた。
その一方で、2002年に参入した聯想(Lenovo)は地場大手が業績悪化にあえぐなか、販売台数を大きく伸ばしてきた。2006年9月末には国内市場シェアの6.6%を占めるまでになり、おもな外資系企業に次いでシェア第4位となった(Lenovo Group Ltd. Interim Report 2006/07)。地場企業にとっては、聯想をのぞけば全体としてきびしい経営環境がつづいた。
しかし、この2006年にはいると地場大手各社の業績が好転してきた。この傾向はすでに業績が公表されている第3四半期まで継続している。聯想以外にも、波導をはじめとした地場大手はTCLをのぞいて、通年での黒字を確保できる見通しである。たとえば、波導では携帯端末事業の売上高利益率も2006年上半期時点では上昇している(表)。そのほか、夏新(Amoi)も第1~第3四半期をつうじて利潤をあげている。昨年は海外 M&Aの失敗もあって巨額赤字を計上したTCLも、第2~3四半期は利潤をあげた。
表 波導の経営指標,1999~2006年上半期
項目(単位)\年 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006上 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
売上高(100万元) | 310 | 935 | 2,622 | 6,368 | 10,841 | 10,246 | 9,050 | 3,446 |
事業別 | ||||||||
携帯端末(100万元) | 30 | 731 | 2,564 | 6,318 | 10,806 | 10,170 | 9,009 | 3,421 |
ポケットベル(100万元) | 263 | 184 | 36 | 17 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. |
その他(100万元) | 16 | 20 | 23 | 32 | 35 | 76 | 41 | 25 |
販売台数(携帯端末)(万台) | 7 | 67.5 | 243 | 678.55 | 1,175.59 | 1,365.66 | 1,393.13 | n.a. |
販管費(100万元) | 40 | 225 | 564 | 1,232 | 1,549 | 1,288 | 1,141 | 407 |
売上高販管費率(%) | 13.0 | 24.0 | 21.5 | 19.4 | 14.3 | 12.6 | 12.6 | 11.8 |
売上総利益(携帯端末)(100万元) | n.a. | 293 | 743 | 1,530 | 1,821 | 1,541 | 684 | 418 |
売上高総利益率(%) | n.a. | 40.1 | 29.0 | 24.2 | 16.8 | 15.2 | 7.6 | 12.2 |
販売先 | ||||||||
内販(100万元) | n.a. | n.a. | n.a. | 6,199 | 10,524 | 8,194 | 5,721 | 1,955 |
輸出(100万元) | n.a. | n.a. | n.a. | 169 | 318 | 2,052 | 3,330 | 1,491 |
輸出比率(%) | n.a. | n.a. | n.a. | 2.7 | 3.0 | 25.0 | 58.2 | 76.3 |
(注) 事業別売上高の「その他」には,ソーラーエネルギー電池事業などが含まれている。
(出所)1999~2005年は,木村公一朗「中国携帯電話端末産業の発展-販売重視の戦略とその限界-」,今井健一・川上桃子(編著)『東ア ジアのIT製造業の国際分業』日本貿易振興機構アジア経済研究所(近刊)に所収.2006年上半期は下記『年度報告』より。
(原出所)寧波波導股份有限公司『年度報告』(各年版)より筆者作成.1999年の「販売台数(携帯端末)」はインタビューより(2004年8月31日)
業績が好転した要因のひとつには製品設計の見直しがある。自社設計の際、2005 年以前は米国の半導体企業であるテキサス・インスツルメンツ(TI)のチップがひろく採用されていた(『国際電子商情』2006年12月22日、http://www.esmchina.com/より 2006年12月22日アクセス)。その他のチップも欧米企業のものが主流だった。しかし、地場企業にとってこれら欧米企業の製品は高価で、また、技術的にも難易度が高いという問題があった。そこで、現在では安くて開発にも便利な、台湾の聯発科(MTK)のチップが多くの企業で利用されている。同社のチップを利用すれば、製品設計としては外観に関わるインダストリアル・デザインと機構に関わるメカニカル・デザインのみをあつかえばよく、新機種の開発は3~5カ月で対応できるといわれている。
聯発科製チップの普及は聯想の本格採用がそのきっかけであったといわれており、聯想の好調を背景にして多くの地場企業もこれに倣ったと考えられる。聯想ではテキサス・インスツルメンツと米国のブロードコム(Broadcom)にくわえて、中国の展訊通信(Spreadtrum)、聯発科のチップが採用されている。地場大手では、波導がテキサス・インスツルメンツとドイツのインフィニオン(Infineon)にくわえて聯発科のチップを、TCL がテキサス・インスツルメンツにくわえて聯発科のチップを、康佳(Konka)でも聯発科のチップが採用されている1。その結果、米国の証券会社メリルリンチ(Merrill Lynch)の推計によれば、携帯電話機用チップの中国市場シェアは、聯発科が40%、テキサス・インスツルメンツが23%、米国のアナログ・デバイセズ(ADI)とスプレッドトラムがともに10%ずつであった(『国際電子商情2006年12月18日、http://www.esmchina.com/より2006年12月22日アクセス)。
業績が好転したもうひとつの要因には国内販売体制の見直しや輸出の拡大がある。地場大手はこれまで自社販売網の拡大によって売上拡大を目指す傾向があった。とくに波導はこの戦略に注力し、市場シェアの拡大を実現してきた。しかし、この地場企業の特徴をもっとも体現している波導も、業績の悪化とともに販売網を拡大しすぎたことを認識しはじめ、2006年には大型家電量販店や通信事業者と販売面の連携を強化するようになっている(寧波波導股份有限公司「2005年年度報告」および「2006年中期報告」)。前掲表にあるとおり、自社販売網と売上をともに拡大させていた2000~03年は売上高販管費率も下落傾向にあったが、2004~05年は売上高の減少とともに売上高販管費率も12.6%で停滞するようになった。しかし、2006年上半期時点の売上高販管費率は、売上高の減少以上に販管費も減少することでふたたび下落している。
また、波導では同表にあるとおり2004年以降、輸出の拡大が売上高全体を下支えする売上構造になっている。輸出は海外の一般ユーザー向けの販売にくわえて、海外の通信事業者向けのものも増えている。通信事業者は現在、通話やショートメッセージサービス(SMS)以外の通信サービスも普及させようと、これを促進させるためにカスタマイズした携帯電話機の調達を増やしている。しかし、外資系大手はカスタマイズによって自社のブランドや製品特徴のアピールが小さくなることを嫌っており、その結果、この分の需要が波導や華為(Huawei)、中興(ZTE)などといった中国企業、あるいは台湾企業によって吸収されている(『経済観察報』 2006年5月22日)2。
しかし、波導は輸出増にもかかわらず売上高を縮小させており、中国市場における競争力の低下を見てとることができる。その他の地場大手にとっても競争力の本格的な回復はまだその兆候が見られない。市場シェアで見れば、先頭集団を形成するフィンランドのノキア(Nokia) と米国のモトローラ(Motorola)は二社だけでシェアの過半近くを占めるまでに成長しており、これにつづく第二集団の韓国のサムスン(Samsung)、英国のソニー・エリクソン(Sony Ericsson)、聯想、波導、夏新のシェアがそれぞれ4~10%で推移したまま大きな拡大が見られないのとは対照的である(『中国電子報』2006年12月19日)。
地場大手が好転した業績を維持するためには、自社の優位性を積極的に活かした戦略を練っていく必要がある。聯想の急成長が聯発科のチップに依拠するのみならず、他社のチップの利用もふくめて、これとパソコン市場でつちかったマーケティング能力やブランド力を組み合わせて達成したものであるという各種メディアの分析を考え合わせれば、製品設計の合理化だけでは競争力を維持・向上できない。実際に、聯発科のチップは開発が容易になるというメリットがある一方で、製品差別化には限界がともなうというデメリットもあり、同社のチップがひろく普及した現在、自社にしかない経営資源を活用しなければ一定以上の差別化はむずかしい3。地場大手のなかには夏新のように、長期的な競争力の観点から、聯発科のチップをあくまで も採用しない方針の企業もある(夏新インタビュー2006年7月27日)。地場大手の業績は、製品設計や販売体制の合理化や輸出拡大によって一息ついた感があるものの、中長期の視点から見ると力強い成長過程にあるとはいえず、経営戦略のさらなる練り直しに迫られている。
脚注
- 携帯電話機専業のデザインハウス(設計会社)でも聯発科のチップの利用がひろがっている。
- 一方で、中国の通信事業者が調達する携帯電話機はほとんどが外資系ブランドである。両者の違いについてはべつの機会に分析する必要がある。
- 生産認可をうけた正規のメーカー以外も聯発科のチップがひろく利用されていることから、差別化を図っていくことの必要性はさらに高い。