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海外研究員レポート

ベトナムの地方行政人事

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050034

2006年10月

党人事と地方行政人事

今年、2006年は、ベトナムにとって5年に一度の党大会の年である。党大会の年はまた、人事の年でもある。今年は特に中央レベルで国家主席、首相、国会議長という国家機構のトップがそろって改選され、注目を集めている。他方、地方レベルでも、各級党大会開催後、多くの地方で行政上の要職の人事に変動があった。党や中央政府と同様、各級地方行政機関の幹部の任期も5年であるが、地方選挙の年は党大会の年とずれているため、この時期は任期半ばにあたる。にもかかわらず、この時期には毎回各級の主要ポストの約30%が入れ替わるという。

内務省によると、2004-2009年任期の省級人民委員会主席のポストについて、64省中27省で、任期の初めから2006年8月半ばまでの間に変動があったという。うち20件が200年中に生じている。また、20のケースにおいて、変動前の現職は省級党委員会書記のポストに転じている(うち1件は別の省の党委員会書記に就任)。その他のケースには引退によるもの、中央の機関などの他のポストに転じたものなどが含まれ、首相の決定による現職の罷免によって人民委員会主席が変わったのは1件のみである。地方政府の主要人事が党人事と密接に結びついていることはこのような面からも明らかである。

ところで、法令上、人民委員会主席は、誰によって、どのような場合に、どのような手続きで任免されるのであろうか。人民委員会主席は地方住民によって間接的に選出される。5年に一度全国で一斉に実施される地方選挙では、各級の地方議会である人民評議会が選出される。選挙後最初の会期において、新人民評議会はその執行機関に当たる人民委員会の主席、副主席、その他の委員を選出する。選出の結果は、直近上級の人民委員会主席(省級の場合は首相)の承認を受ける。このようにして選出された人民委員会主席は、同級人民評議会によって免職または罷免されうる。その場合、免職または罷免の決定は直近上級人民委員会主席(または首相)の承認を受けなければならない。人民委員会主席はまた、直近上級人民委員会主席(または首相)によって転任、職務停止、免職、または罷免されうる。どのような場合にこれらの決定が行われるかについて具体的な定めはない。決定に当たって理由を付すことなども要求されない。

このような法の規定と実務の実態からみると、地方各級の人民委員会主席が任期半ばで交代する状況としては、大きく3つの場合が想定できるであろう。第一は、地方住民の代表である人民評議会が、自らの執行機関として不適切であると判断される人民委員会主席を罷免する場合である。第二は、直近上級人民委員会主席が、その一般的な監督検査権限に基づいて、下級行政機関である当該人民委員会主席の責任を問う場合である。単純に図式化していうならば、第一が地方住民の意思を体現した民主的統制、第二が官僚制による事務遂行の効率を保障するための階統的統制とみることもできるかもしれない(ただし、第一の場合についても直近上級人民委員会主席の承認を要する)。このような理由で人民委員会主席が罷免 されることは実際には稀である。

第三は、各級地方党組織における人事上の動きを受けて、その指導の下にある同級国家行政機関の主要人事に変動がある場合である。この場合、党の決定により直接に行政機関の人事を変更することはできないので、手続き的には同級人民評議会が任免に関する決定を行うことになる。具体的には、以下のようになると思われる。まず各級党大会がそれぞれの党委員会を選出し、党委員会が書記以下の各職位を選出する。当該党委員会人事は、直近上級党委員会による承認を受ける。その結果を受けて、次に当該級の人民評議会が(恐らく定例または臨時の会期において)人民委員会主席の免職と新主席の選出を行う。その決定は直近上級人民委員会主席の承認を受ける。実際に任期半ばの人事の変動が生じるのはこの第三の場合が大多数を占める。

共産党が政権党であり、唯一の政党であることからすれば、党人事が地方政府の主要人事に影響を与えること自体になんら不思議はないかもしれない。しかしながら、現行実務では任期の途中にもかかわらず主要な人事の変動が恒常的に生じることにより、行政事務の停滞など実際的な支障を生じているとも指摘される6月4日付けファップ・ルァット(法律) 紙のコラムは、このような問題に対し、各級党大会の後に続いて各級人民評議会選挙を行い、新評議会が各級行政の新指導部を選出することで、党と国家行政機関における任期のずれをなくすという方策を提言している。

行政ラインの人事権の強化

現状の地方行政人事のあり方に対するより抜本的な改革案は、中央地方を通じた国家行政機構の活動の一体性、統一性を高めるため、首相に省級人民委員会主席の任命権を与え、各級人民委員会主席に直近下級の人民委員会主席の任命権を与えるというものである。この改革案は、現行制度と比べると、法令上は各級地方議会の人事権を縮小して行政ラインの人事権を強化するものであるが、以上のような実状にかんがみれば、実質的には各地方における党人事からの地方行政人事の独立性を高めるところに1つの主眼があるとも考えられる。

首相の地方行政に対する指導力の強化はドイモイ憲法と呼ばれる1992年憲法の制定以来の趨勢であり、この改革案自体も目新しいものではない。しかし、今年開催された第10回党大 会で採択された5カ年計画にこのような改革の方針が明記されたことから、その実現可能性が高まったものと思われる。もし実現すれば、ベトナムの中央地方関係における主要な制度上の変更となる。

ただし、党大会文書の表現も決して断定的ではなく、このような制度の「適用のための研究を行う」という慎重な表現にとどまっている。この点に関する党大会議決の実現に向けた1つの具体的な動きとしては、政府組織法改正案の起草作業がある。しかし、8月にまとまった改正法草案では、この問題については総合的な研究に基づいて慎重に検討される必要があり、また実現のためには憲法改正が先決であるとしてなんらの解決案をも示していない。

実際、このような改革案の実質的な目的が、中央による地方の統制を効果的に行うことで行政活動の統一性、整合性を高めることであるとするならば、各級行政組織の長の人事による統制という手段の有効性や限界、問題点をよく検討してみる必要があるだろう。「総合的な研究」を進めるためにどのような体制がとられるのかが今後注目される。