IDEスクエア

海外研究員レポート

中国の産業政策とその効果:携帯電話端末産業の場合

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050078

2005年12月

中国地場の携帯電話端末(以下、携帯端末)産業では、過剰な生産能力やその結果としての 「過当競争」が危惧されている1。この携帯端末産業は、産業政策によって参入が規制されており、危惧されるような事態におちいるというのも不可解なものだが、いずれにせよ最近では、 競争力のない企業に対する退出メカニズムを導入すべきであると考える人も出てきている2。中国では現在、さまざまな産業で地場企業における生産能力の過剰さや「過当競争」が問題として認識されている。それは携帯端末産業のような参入が規制されている産業でも起きているようだが、このような過剰という認識はどのような理由によって起きるのだろうか?

中国携帯端末産業の参入規制は 1999年にはじまった3。政府は、1999年に「移動体通信産業の発展を加速することに関する若干の意見」を出し、国産保護の姿勢を政策として打ち出した。その内容には、携帯端末の生産・販売に係るライセンス制度の導入や、地場企業に対する研究開発費支援、外資系企業に対しては、生産ライン増設に対する制限や一定の現地調達率、また、 対生産輸出比率の設定があったと言われている4。政府は、国産保護の立場から地場企業を中心にライセンスを発行しているものの、地場企業だからといって希望すれば取得できるものでもなかった。この時期は、移動体通信市場が急速に拡大していたため、参入を希望する地場企業はとくに多かった。

こういったコントロールにもかかわらず、過剰な生産能力などが問題視されるまでになった原因には、規制を導入する論拠そのものとの関係があると考えられる5。生産技術に規模の経済がある場合、寡占市場での均衡企業数は、経済厚生を最大化するような最適企業数を上回ることが知られている6。つまり、ある条件のもとでの自由な競争は、「過当競争」をもたらす可能性がある。このような場合、企業の相次ぐ参入によって各社の生産量が低下すると、固定費用の存在から平均費用が上昇し、生産の効率性が低下してしまう。

生産の効率性を基準にして過剰さが認識される原因を考えてみると、参入規制そのものが、携帯端末産業における技術的な特性としての規模の経済に対して、それほど有効ではなかったと予想することができる。もちろん、規模の経済があれば無条件に規制を導入したり強化すべきというわけではないし、また、自由に競争することの意味を無視しているわけでもまったくない。しかし、問題視された背景のひとつとして、規模の経済がうまく発揮されていなかったと考えることもできる7

中国携帯端末産業にとっての規模の経済は、ほかの産業と同様に生産設備や販売にかかる費用はもちろんのことだが、新しい機種の開発にかかる費用負担とその回収のむずかしさに表れている。これは以下でしめすように、新しい機種を開発することと携帯端末の構造的な特徴の関係、および、開発費用を回収することと競争環境の特徴から、理解することができる。

まず、新しい機種の開発については、ほかの機種とくらべて特徴のある商品にしようとすればするほど、新たに設計しなければならない部分が大きくなっていき、その結果、開発費用が増大する傾向がある8。基本的な商品コンセプトが従来とほとんど同じ機種の開発であれば、筐体やユーザ・インタフェイスといった消費者が直接に知覚する部分を中心にした設計によって、新しい機種として発売される。しかし、より特徴のある商品にしようとすれば、カメラやディスプレイといった各種の部分品を統合する機構部分や、通信ソフトといった特定の基本機能に特化したミドルウェアも、設計の対象にはいってくる9。携帯端末は、全般として多機能化・高性能化していく流れのなか、商品の特性上からハード面では小型化の要求にも同時にこたえていく必要があり、また、ソフト面でも各種の機能を果たすプログラムの変更が必要なため、開発に要する人件費などその負担は大きくなる。もっとも、地場企業にとって新しい機種の開発は、ODM企業や設計専門のデザインハウスに依存する部分が多いことも事実である。しかし、自社ブランドメーカーにとっては、自社開発と外注のいずれにしても避けることのできない負担であり、開発費用の管理は重要な経営課題になっている。

つぎに、このような開発費用の回収については、多くの機種が発売されることで、1機種あたりの販売台数を伸ばすことがむずかしくなっている。大きな開発費用が存在していたとしても、容易に1機種あたりの販売台数を確保できるのであれば、それほど重要な経営課題として認識されないのかもしれないが、現在は以下のような事業環境になっている。たとえば、2004年の場合、参入している37社によって680機種が新たに通信ネットワークに入るためのテストを受けており、この数は前年比で約20%の増加であった10。このような結果、新製品のライフサイクルは徐々に短くなり、また、1機種あたりの販売台数が減少している(日系・地場各社に対するインタビュー、2004年8~9月実施)。たとえば、ライフサイクルは平均9カ月で、短いものでは約半年という状況である。また、ローエンド機(約1,000元)の販売台 数は、月10万台を上回る程度で、売れ行きの悪い機種では同数千台ほどである。このような競争環境のために各社は、新しい機種をさらにより早く、また、より多く発売する傾向にある。たとえば、2004年の場合、地場携帯端末大手の寧波波導(Bird)で年30機種(GSM方式)、地場通信設備大手の中興通訊(ZTE)で年15~20機種(GSM方式とCDMA方式のそれぞれ) のペースで発売している。また、多くの機種のなかから自社の携帯端末を消費者に選んでもらうために、各社は、商品ラインナップの充実に努力しており、この傾向もまた機種の増加に拍車をかけている。

以上のように、膨大な数の機種が発売されることで、中国の携帯端末市場の競争は激しいものになっている。しかし、この事態が望ましいものではないと認識したとしても、政策担当者にとっては、最適な企業数がどれだけであるのか、また、どの企業に参入を認めるべきであるのかを、参入規制するまえに情報を十分収集することはむずかしい11。したがって、参入を規制しても十分な効果がえられなかったり、また、不適切な企業の参入が認められたりする可能性は、排除することができない。

さらに、中国の携帯端末産業のように市場が急速に拡大している場合は、産業政策の良し悪しをこえて、産業そのものを管理していくこともまたむずかしくなっている12。ほとんど完成された状態の携帯端末を調達してきたうえで、自社ブランドを表示しただけの商品を販売したり、参入を認められた企業が、無許可の企業にライセンスを貸してその対価をえたり、参入が規制された保護下でその利潤をねらうなどの問題がうまれた。また、密輸品や無許可に組み立てられた携帯端末など、違法携帯端末も問題視されており、産業政策を貫徹することのむずかしさを物語っている13

以上、あくまでも簡単な考察にすぎないが、生産能力が過剰だと認識される背景をのべた。この状況下で、2005年2月に産業政策が変更されたことを受けて、冒頭でものべたとおり、退出メカニズムの導入をうったえる声が報道された。新しい産業政策は、発展改革委員会が「移動通信システムおよび端末投資プロジェクトを審査のうえ許可することの若干の規定」として打ち出したもので、R&D能力や資金量、携帯端末生産に関連する産業での経験などを基準にして、従来のライセンス制を認可制にあらためた点にその特徴がある14。その結果、数回に分けて約10社が新たに認可を受けている。新しい産業政策の導入によって、参入の基準が以前よりは透明化したようであるが、依然として参入を認める企業の判断基準がこれで適当であるかは分からない。それと同様の理由で、退出メカニズムとしてその判断基準を設けたとしても、退出しにくい環境や基準が不明瞭であるよりは良いかもしれないが、やはり、ゆがみを生まないような適当な基準をもうけることができるという保証はない。

産業の技術的な特徴によって最適な企業数を超える企業が参入する可能性があっても、そのことが産業政策の妥当性を手放しに保証するものではない以上、効果的な産業政策を打ち出すことは本質的にむずかしいようである。

脚注
  1. 「過当競争」という伝統的な経済学的にとっては矛盾した表現について、伊藤元重・清野一治・奥野正寛・鈴村興太郎[1988]『産業政策の経済分析』(東京大学出版社)は詳しく議論している。
  2. 『21世紀経済報道』2005年11月7日、「発改委: 国産手機退出機制尚未考慮」
  3. 木村公一朗[2005]「中国携帯電話端末メーカーの成長:販売重視から自社開発の模索へ」、今井健一・川上桃子(共編)『東アジア情報機器産業の発展プロセス』ジェトロ・アジア経済研究所調査研究報告書所収。
  4. 華金玲・金田重郎[2002]「中国携帯電話産業の育成と発展」、『情報処理学会研究報告』Vol. 2002,No. 110,pp. 17-24。
  5. もちろん、原因はひとつではない。当該産業に対する高い期待成長率や、企業の所有権と関係した意思決定メカニズムなど、さまざまな要素がからんでいる。また、産業によっては地方政府主導の投資がもたらす弊害も大きいだろう。しかし、ここではひとつの要因として、産業が持っている技術的な特性に注目する。
  6. 前出、伊藤ほか[1988]。
  7. 参入企業数の増加など「重複投資」として問題視される現象への規制は、丸川知雄(編)[2000]『移行期中国の産業政策』(日本貿易振興会アジア経済研究所)がのべるとおり、競争を阻害することでかえって産業の非効率性をまねきかねない。本稿でも以下でのべるとおり、規模の経済があるときは最適企業数を上回る可能性があったとしても、それが産業政策の導入を直接に支持するものではないことをのべている。
  8. 中国と同じではないもの、携帯端末の開発については、安本雅典[2000]「携帯電話の製品開発:モジュラー型開発パターンの条件と可能性」(藤本隆宏・安本雅典編『成功する製品開発: 産業間比較の視点』有斐閣所収)に詳しい。
  9. 基本的なチップセットやソフトウェアに関しては、それらを組み合わせた標準的なプラットフォームを購入してくることが多い。もちろん,特徴のある商品づくりのために、この領域の開発をこころみることも可能である。
  10. 信息産業部経済体制改革与経済運行司[2005]『中国電子信息産業統計年鑑(2004)』電子工業出版社。
  11. 前出、伊藤ほか[1988]。
  12. 信息産業部経済体制改革与経済運行司[2003]『中国電子信息産業統計年鑑(2002)』電子工業出版社]。
  13. 『通信産業報』2005年11月28日、「技術+渠道、問診“黒手機”」
  14. 「核準」を、「審査のうえ許可する」と訳した。