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トランプ2.0における米中対立
U.S.-China Relations Under Trump 2.0
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001298
2025年3月
(5,722字)
トランプ政権が再始動した。政権発足から1カ月余りで、内政と外交にわたり多くの政策を矢継ぎ早に大統領令または大統領主導によって実現しようとしている。そのスピード感は、この政権が新政権ではなく4年前からの延長線としてスタートしていることを示しているかのようである。前回のトランプ政権4年間で培った様々な経験を反映し、アメリカ・ファースト、または「力による平和」を実現するための政策課題や政策手法に確信を持っているかのようにも見える。
前回の政権で当初入閣した者には、従来も政策決定に携わってきたような人々も多かった。しかし、今回はトランプ氏への忠誠心をもとに選ばれた政治家や専門家が政権で明確に多数派を構成する。トランプ2.0はトランプ1.0よりもワシントン政治のアウトサイダー、そして短期的な利益を徹底的に追求するという意味での「超リアリスト」としての性格を強めている。既にその影響は、ロシア・ウクライナ戦争の停戦等に向けた交渉や、不法移民に関する中南米諸国との交渉、また大西洋関係の軋みなどにも表れ始めている。
果たして、トランプ1.0で本格的に対立へと至った米中関係は今後どのようなものになるであろうか。この小論ではその点を考えたい。結論を先取りすれば、トランプ政権に存在する外交哲学には、アメリカ社会の防衛という観点から伝統的な保守主義を感じさせる側面もあるが、その根底にはルールに基づいた国際秩序ではなく、力の政治に基づいた世界観があり、徹底的にアメリカの利益を最優先にして世界に関わるべきとする姿勢がある。同盟や関税などはすべて等しく、そのための手段に過ぎない。米中対立は、ビッグディールに至る可能性も、逆に悪化する可能性もあるが、それは以上のような世界観のなかで説明できるものとなるだろう。
参照点になりづらいバイデン政権の対中政策
2021年から4年間にわたったバイデン政権の対中戦略は、トランプ1.0の進めた対中戦略の見直しを基本的に受け継ぎ、それを洗練化させようとしたものだったと言ってよい。トランプ1.0では、中国の変化に期待する従来の関与姿勢よりも、アメリカが既に増大してしまった中国の国力にどのように対処すべきかという問題意識が強まった。そして、政策手段として輸出管理や投資規制、外国人による先端科学技術へのアクセスの制限、政府調達における外国製品の扱いの見直しなど、いわゆる経済安全保障政策が、伝統的な軍事安全保障政策に加え対中戦略の重要な手段となった。
バイデン政権は政権初期より、そうした経済安全保障政策を洗練化させることに注力した1。そして中国との大国間競争こそがバイデン政権にとっての外交の最重要課題であるという認識をことさらに強調し、ウクライナ戦争前はそれを念頭に戦略を練っていた。また、既存の同盟ネットワークが極めて重要であることも強調していた。
バイデン政権は、トランプ1.0が軽視したルールに基づいた国際秩序の構築や、G7、同盟による集合的努力を再び評価した。一方で、対中政策については関与を断念し、中国との競争に競り勝つことを第一の目的とした戦略を練っていたことに変わりはなかった。バイデン政権は繰り返し、中国との距離を引き離すこと、リードを拡大することが重要であると強調していた2。同時に、中国との競争はあくまで長期間にわたるマラソンのようなものであって、殴り合うボクシングではない、だからこそガードレールが必要だとも強調していたのである。
このようなバイデン政権の対中姿勢は、ある種の「遠慮」を持ったものだったとも言えよう。2022年にナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問し、また2023年2月に中国から偵察気球が飛来すると両国の緊張が高まる。その後、米中対立が軍事的衝突に発展しないように危機管理に一層注力するようになった。それまでも、気候変動対策でジョン・ケリー特使が中国との交渉に熱心にあたったように、グローバル課題における中国との対話も追求していた。しかし、その姿勢は時に焦燥さえも感じさせるほどのものであった。
そうした対話姿勢は、政権後期には特に軍事チャンネルにおいて大きな成果を上げたとみなすこともできる。例えば、ジェイク・サリバン大統領補佐官は、中国人民解放軍トップである張又侠・中央軍事委員会副主席との面会を果たしている。また、バイデン大統領と習近平国家主席は2023年11月、2024年11月にそれぞれ首脳会談を行っている。当然、閣僚級協議も充実していた。
バイデン政権の対中姿勢をそのように振り返ると、トランプ政権はこのような、対中競争姿勢と対話の模索を併存させる「プレイブック」をほとんど参照しないのではないか。もちろん対中強硬姿勢や、経済安全保障政策は大枠で維持される可能性が高いが、今後対中政策では二つの相反するベクトルがはっきりと見えてくるだろう。
トランプ政権に存在する二つのベクトル
トランプ政権にとって、対中関与政策に立ち戻ることは選択肢にはない。保守的な専門家たちは安全保障上の備えを深めていくことを重視するが、バイデン政権のように危機管理を目的とした中国に対する遠慮や配慮というものを重視していかないだろう。グローバル課題のために中国との交渉を重視することも想像しがたい。
議会による承認を待つものも含めて、安全保障政策に関連して政権に入る高官たちの主体は対中タカ派である3。もちろん、国務省、国防総省、ホワイトハウスにおける対中タカ派の間では、あるべき中国戦略や世界戦略のあり方でかなりの違いがある。多くの対中タカ派が世界におけるアメリカの覇権を前提に、それを維持する発想を色濃く残している一方で、エルブリッジ・コルビー国防次官(候補者)などの発想は異なる。彼らは、アメリカの覇権を前提に議論を立てず、世界のそれぞれの地域に地域覇権国が登場しないことをアメリカの利益を守るための条件と考える。そのため、ウクライナ問題では、ヨーロッパがロシアに対抗するために力の均衡を図り、アメリカの役割は地域覇権を獲得しかねない中国のいるアジアに専念させるべきと考える。
こうした新しい戦略観では、アメリカの役割はあくまでも最後の手段であって、まずは同盟国やパートナーが地域で最大限に力を発揮すべきとされる。同盟国と負担を共有するのではなく、負担をまずはシフトさせる、と表現されるときもある。また、そこでは中国の政治体制には多くの関心が払われていない。
そのように違いがあっても、複数の陣営に分かれる対中タカ派たちは中国を安全保障問題の核心とみている。経済政策でも、中国経済との分離(ディカップリング)をさらに押し進めるべきという対中タカ派的考えがある。
こうした対中タカ派的考えが一つのベクトルだとすれば、それはバイデン政権と比べても力強く、中国への牽制と関係見直しを実現しようとするものだと言えよう。
もう一つのベクトルは、中国との交渉による大きな成果の獲得というものだ。ニューヨーク・タイムズなどが既に報じているように、今回のトランプ政権でも、大統領は中国とのディールの達成に意欲を示しているといわれている4。そこでは、貿易経済問題における中国からの大きな利益だけでなく、核兵器とAIをめぐる中国との協議も想定されているという。このような中国との「ビッグディール」にあたっては、ウクライナや中東といったアジアを越えた国際問題での中国との協調の可能性も含めて模索される可能性がある。
トランプ大統領自身が中国との貿易協議を含めた大きな取引に依然として魅力を感じている。そのなかでも、対話の中心を占める課題は経済であり、とくに重要視されているのは、トランプ政権が誇ることのできる成果を生み出すことである。バイデン政権が目指してきたような危機管理やグローバル課題である気候変動問題、ひいては米中関係のマネジメントが目的ではない。目に見えるアメリカにとっての成果を作るための交渉である。
こうした二つのベクトルは全く異なった方向を見ている。いわば両極端に向かう衝動を持っている。トランプ1.0の対中政策を振り返ってみても、そのように異なる力学が同時に追求されることは珍しくない5。第一次政権でも、トランプ大統領や一部の閣僚は貿易戦争を行っていた。そこでは、貿易赤字の解消に加え、中国の不公正な貿易慣行を是正するために、米中貿易協議が実行され、2019年12月には大筋で合意し、翌年1月に第一段階の本格合意を見た。こうしたプロセスの一方で、トランプ政権に存在していた対中タカ派と言える政府高官たちは、中国に対する安全保障上の懸念を深め、アメリカの技術覇権を確保するためにも様々なレベルで政策の大幅な見直しを主導していたのである。それは当時の議会に存在していた中国に対する超党派的合意とも言えるタカ派的姿勢とも共鳴し合っていた。
もちろん、大統領が貿易戦争に注力しているときは、中国との交渉が重視されるため、安全保障重視の政策に一定の制限がかかることはあった。当時のトランプ政権高官もこれを認めている。他方で、中国との協議がうまくいかないときには、大統領の中国に対する圧力を容認する姿勢と相まって、強い安全保障政策への変化を生み出したのである。
今後のシナリオ
果たして、トランプ2.0はどのような世界を作り出していくのだろうか。
トランプ1.0では、いわゆる逆キッシンジャー、すなわちロシアに接近して中国を牽制するという考えがまことしやかに語られたこともある。今回の政権でもそうした逆転の戦略的発想はあり得る。たとえば、ウクライナ戦争の停戦を実現できれば、米露接近を北朝鮮への圧力につなげるだけでなく、交渉チャンネルとして利用することもあり得る。中国に関しても、米露関係が一定の好材料につながるという見方はでてくるのかもしれない。しかし、未だに極端な思考に聞こえるかもしれないが、米中露による新たな秩序の模索という可能性すらシナリオとしては考えておいた方がよい。完全なる勢力均衡観またはリアリズム外交の発想を強めたトランプ政権が、自国の利益の追求のために国際秩序よりも大国間協調を優先し、中国、ロシアこそをパートナーとみなす展開だ。
同時に考えておくべきは、他方で中国との交渉がうまくいかないときに、安全保障重視のベクトルが再評価され、それが伝統的安全保障でなく経済安全保障領域でも一段と強い政策につながるシナリオだ。すでに、今回の政権でも伝統的安全保障と経済安全保障を両輪として実施しようとする対中タカ派が多い。米中貿易協議が第一段階で合意された後、むしろ米中対立はイデオロギー的な側面も含めて急速に悪化した。この2020年の展開こそが、安全保障重視のベクトルが支配的になった時の参照点となるだろう。経済的なディカップリング論も、市場重視の経済閣僚の制止にもかかわらず、こうした時に極めて強い推進力を得る。
ここで重要なことは、どちらのシナリオになるかと思案することではない。現実の政治に落とし込まれれば、実際の展開はより中途半端なものになるのかもしれない。それでも、トランプ政権が持つ、全く異なる政策のベクトルを理解しておくことが重要なのである。
中国はこのようなトランプ2.0に対してどのように向かい合うのだろうか。中国の論調に多く共通するのは、長期的にはトランプ外交によってアメリカの国際的地位が低下することで中国に有利な状況が生まれるという楽観論だが、短期的にトランプ2.0を制御できるか、中国の利益を守れるかという点については楽観論と悲観論に分かれているように見える6。習近平国家主席が昨年11月にリマでバイデン大統領に示した四つのレッドライン(台湾問題、民主・人権、路線と制度、発展の権利)を守れるのかについて、中国が過度な楽観論を持っているとは見なしがたい。もちろん今後、中国はアメリカからの穀物購入や、アメリカに流入しているとされるフェンタニルの規制などを通じて、徹底的な対米懐柔の策を練ってくるであろう。中国は、アメリカとビッグディールを実現したり、ロシアを含めた大国間協調を実現したりする動きさえ好ましく見ているのかもしれない。
しかし、米中交渉が失敗する可能性もかなり高く、そのシナリオで米中が負のスパイラルに陥ることが懸念となる。アメリカは既に経済安全保障政策の法体系を整備しており、対中交渉によってそれを緩和することは容易ではない。むしろ、トランプ政権でも例えば迂回輸出潰しや個人制裁の強化、チャイナ・イニシアティブ(中国出身者を狙い撃ちにした技術流出等の捜査プログラム)の復活などの形で、経済安全保障政策はより整備されるかもしれない。ディープシークに代表されるように、中国のイノベーションは既存の経済安全保障政策で十分に鈍化させられているわけではなく、そうした自省が経済安全保障政策の網の目をさらに細かくしかねない。中国も同様に、過去8年間において信頼できるエンティティリスト規定や輸出管理法、反外国制裁法、反スパイ法など、エコノミック・ステイトクラフトの手段を拡充してきており、既に一部は実施済みである。米中交渉の破綻の先にあるのは、武器化された経済政策の応酬であり、それは貿易分野だけでなく、金融分野や安全保障分野にさえ波及するのかもしれない。
トランプ政権では他にも、対中タカ派が主張するような(台湾防衛への関与をめぐる)戦略的曖昧性の見直しがあるか、または米中交渉が極めて順調に進んだときに台湾をめぐる新たな米中政府文書の議論が生まれるのかといった論点もあるだろう。
米中対立はこれからの4年間で再び大きく動くことになる。それは、対立のさらなる激化かもしれないし、他方で米中のビッグディールなのかもしれない。その両方をそれぞれ目指すエネルギーがこの政権に存在しているということだ。そしてもう一つの問いは、米中両国政府が米中対立をこれからの4年間も平和的にマネジメントできるのかということである。
写真の出典
- The White House in X(Public Domain)
著者プロフィール
佐橋亮(さはしりょう) 東京大学東洋文化研究所教授。国際基督教大学卒。東京大学大学院博士課程修了、博士(法学)。専攻は国際政治学、特に米中関係、東アジアの国際関係、国際秩序論。 これまで、イリノイ大学、オーストラリア国立大学、スタンフォード大学、ウィルソンセンター、ソウル国立大学等に留学。経済産業研究所ファカルティフェロー等を歴任。著書に『米中対立』(中央公論新社)、『共存の模索』(勁草書房)、編著書に『世界の岐路をよみとく基礎概念』(岩波書店)、『冷戦後の東アジア秩序』(勁草書房)、Asia Rising (Springer)など。
注
- 佐橋亮「米中経済対立とバイデン政権」丁可編『米中経済対立──国際分業体制の再編と東アジアの対応』アジア経済研究所、2023年.
- Jake Sullivan, “Remarks by APNSA Jake Sullivan at the Brookings Institution,” U.S. Embassy and Consulates in China, 28th of October, 2024.
- 佐橋亮「トランプ政権再始動と米中対立の行方」『三田評論』2025年2月号.
- Ana Swanson, “Trump Eyes a Bigger, Better Trade Deal with China,” New York Times, 19th of February, 2025.
- 佐橋亮『米中対立』中央公論新社、2021年、第四章.
- 佐橋亮「米大統領選挙後の東アジア」『東亜』(霞山会)2025年1月号.