IDEスクエア

世界を見る眼

チリの新憲法制定、再びの挫折――なぜ人びとは「ノー」を突きつけたのか?

Another Failure to Create a New Constitution in Chile: Why Did the People Say No?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000980

2024年4月

(6,121字)

2度目の新憲法案否決

2023年12月、チリで新憲法案承認をめぐる国民投票が行われ、賛成44%、反対56%で2度目の否決となった。2度目ということは1度目があったということである。2022年9月にも新憲法案承認をめぐる国民投票が行われており、否決されていた。

チリでは2019年に「社会の暴発(Estallido Social)」と呼ばれる、チリ史上最大級とも称される市民の抗議行動が発生し、これを起点として新憲法制定に向けた試みが続けられてきた。しかし、4年間にわたる試みは、国民投票での2度目の否決によって幕を閉じた。

図1に示したように、4年の制憲プロセスは、起点としての抗議行動、第1回制憲プロセス、第2回制憲プロセスで構成される。本稿では、抗議行動と第1回プロセスの要点を押さえたうえで、第2回プロセスはいかなる仕組みでどのような新憲法案が作成されたのか、そしてなぜ再び新憲法案は否決されたのか、ということについて検討する1

図1 4年間の制憲プロセス

図1 4年間の制憲プロセス

(出所)筆者作成

2019年「社会の暴発」から第1回制憲プロセスでの否決まで

チリでは2019年に「社会の暴発」と呼ばれる大規模な市民の抗議行動が発生した(写真1)。2010年代以降学生運動を中心として、とくに社会政策分野で多くの抗議行動が発生してきたが、それら人びとの不満が一度に、爆発的に噴出したかたちとなった(三浦2020)。人びとが批判したのは、軍政期(1973年〜1990年)以来の新自由主義的な社会経済システムであり、それを下支えする現行憲法であった。この憲法は軍政下の1980年に制定されたものであり、とくに社会保障や教育分野での国家の義務や役割を抑制する一方で、民間ないし家族の役割を重視しており、憲法制定と同時期に行われた新自由主義改革の基盤となった。つまり、現行憲法は国民の諸権利・自由が制限された軍政下で制定されたという出自の問題に加えて、新自由主義的な社会経済システムと分かちがたく結びつくと考えられたゆえに、人びとは批判し新憲法制定を求めたのである。

写真1 首都サンティアゴのバケダノ広場を中心としたデモの様子(2019年10月25日)

写真1 首都サンティアゴのバケダノ広場を中心としたデモの様子(2019年10月25日)

爆発的な抗議行動の広がりを受けて、新憲法制定に向けた政党間合意がなされ、第1回制憲プロセスが始まった。実際のところ、本来は1回で終わる予定であり、2回目は想定されていなかったわけだが、結果的に2回目が生じたため、第1回制憲プロセスと呼んでいる。この合意では、制憲会議(Convención Constitucional)を設置するにあたり、国会議員を加えるかすべて独自議員とするかを国民投票で決定するものとし、2020年10月に国民投票が実施され、すべて公選の独自議員による制憲会議の設置が決まった。2021年5月に制憲会議選挙が実施され、同年7月に制憲会議が開設、約1年間の審議を経て、新憲法案が作成された。しかし2022年9月の国民投票で、賛成38%、反対62%の大差で否決となった。

第1回制憲プロセスの仕組みとその反省

第1回プロセスのなかで課題となったのは、政治的立場を超えた広範な合意が欠如しているということだった。それゆえ、特定の政治的立場が強く打ち出され、国民の過半数の承認を得られる新憲法案とはならなかった。なぜそうした状況が生じたのだろうか。図2は、第1回プロセスが広範な合意を欠き、左派・リベラル色の強い内容となるに至る流れをまとめたものである。

図2 第1回制憲プロセス

図2 第1回制憲プロセス

(出所)筆者作成

第1回プロセスで重視されたことは、市民社会の意思をいかに制憲プロセスに表出させ、新憲法案に反映させるのか、ということであった(三浦・北野 2023)。起点となった社会の暴発が、新自由主義への反対であると同時に、政治エリートへの反対でもあったからである。チリではとくに2010年代以降、人びとのあいだで深刻な政治不信が蔓延しており、とりわけ政党への不信は著しいものとなっていた。そのため、制憲会議議員の選出方式として、政党の影響力を抑えるべく、無所属候補の出馬要件を緩和し、結果的に当選しやすくする仕組みが導入された。その結果、42%の議席を非政党系勢力が占めた。また、選挙では左派が圧勝し、可決に必要な議席数を確保した。

さらに、審議方式についても、制憲会議議員と住民による発議を基盤として一から新憲法案を作成するという仕組みを導入した。そのため、当初は社会権を保障する国家のあり方を規定することが最大の論点であったはずが、各議員の関心に基づく発議や、この機会を活かそうとする市民社会組織による発議が次々となされ、多数の論点が浮上し、議論は拡散していった。そして、非政党系を含め左派勢力が制憲会議の主導権を握っていたことで、左派・リベラル色の強い内容の発議が、比較的容易に可決され新憲法案に盛り込まれていった。具体的には、チリを多民族国家とする規定、社会保障や教育における国の義務と権限強化、水利権の国有化、国家機関・選挙などにおけるパリティ(男女同数)、中絶の権利保障などである。しかし、とりわけ第1条で規定された多民族国家規定については、先住民の割合が10%とそれほど大きなものではなく、こうした国のあり方に関する議論もあまりなされてこなかったチリにおいて、一足飛びに多民族国家とすることへの人びとの懸念は大きく、反対票の大きな理由となった。それと同時に、制憲会議のあり方への拒否感も強く見られた2。政治的立場を超えた合意形成を軽視し、それぞれの議員が利己的に動く制憲会議となり、それに対して人びとは失望し、別の方法によって再び新憲法制定を目指すことを望んだ。

第2回制憲プロセスの仕組み

こうした反省を踏まえて、2022年12月、第2回制憲プロセスに関する政党間合意が結ばれた。図3は図2と同じように、第2回プロセスの流れをまとめたものである。今回は、事前の内容調整や合意形成を重視する仕組みが作られた。まず、新憲法案に盛り込むべき基本事項が設けられ、第1回プロセスのように一から新憲法案を作成するという方式は採用されなかった。また、前回の制憲会議に相当する、新憲法案作成を中心的に担う公選の合議体として憲法評議会(Consejo Constitucional)を設置するものの、憲法評議会議員の選出にあたっては、制憲会議の時とは異なり、無所属候補への出馬要件緩和は行わず、政党を中心とした通常の国政選挙の制度が用いられた。さらに、審議方式についても、一から新憲法案を作成した制憲会議とは異なり、上下両院の推薦で選出された有識者から構成される専門家委員会が事前に素案を作成したうえで、憲法評議会はその素案に対して承認、修正、追加するかたちで新憲法案を作成することになった。

図3 第2回制憲プロセス

図3 第2回制憲プロセス

(出所)筆者作成

専門家に委ねることで調整や合意形成は容易になる一方で、第1回プロセスで目指された市民社会の意思表出は犠牲となった。人びとのあいだでは、信頼し得ない既成政党間の合意を出発点とし、公選ではない専門家委員会が素案を作成することへの拒否感も一定程度見られた3。それでも、専門家委員会では、2022年12月の政党間合意の基本事項に基づきつつ、右派、左派ともに歩み寄るかたちで、素案を作っていった。委員の一人が発した「自分自身の考えに溺れてはならない。目的のためにこそ溺れるべきだ。その目的とは、承認されるテキストを作るということだ」4という発言こそ、合意形成を重視し、幅広い人びとを代表する素案作りを目指す専門家委員会を象徴するものであった。

憲法評議会選挙──時代背景としての治安問題

しかし、合意を重視する第2回制憲プロセスを揺るがしたのが、憲法評議会選挙だった。2023年5月に実施された選挙の結果、新興の急進右派政党である共和党が50議席中22議席を獲得し第一党となり、さらに旧来の右派政党も11議席を獲得、可決に必要な5分の3 を右派勢力が占めることとなった。とくに共和党は、新自由主義の維持、保守的な価値観を重視しており、漸進的には新自由主義を修正し、リベラルな社会へと向かっているチリの動きに逆行するような主張を展開していた。

写真2 憲法評議会選挙結果を受けての共和党の記者会見の様子(左端が共和党創設者のカスト)(2023年5月8日)

写真2 憲法評議会選挙結果を受けての共和党の記者会見の様子
(左端が共和党創設者のカスト)(2023年5月8日)

共和党が躍進したのは、左派・リベラル色の強い内容となった第1回プロセスに対する反動ではなく、2020年代特有の時代背景としての治安問題が指摘できる(三浦 2024a)。2019年の抗議行動に代表されるように、2010年代のチリにとってもっとも重要な課題は新自由主義的な社会経済システムであり、具体的には年金・教育・医療といった社会政策分野にあった。しかし、2010年代後半以降、殺人や強盗などの凶悪犯罪や麻薬犯罪が増加しただけでなく、ベネズエラやハイチなどからの移民の急増という社会的変化、先住民マプチェ族の土地回復運動過激派の活動活発化も加わったことで、人びとの体感治安は悪化し、社会政策以上に、治安対策として強硬策(mano dura)を求める声も高まっていた。中長期的な変化に加えて、2023年に入ると警察官が殺害される事件が相次いだことで、憲法評議会選挙の争点は、治安一色になった。共和党は、もっとも明確で強権的な治安対策を打ち出していたことで支持を集め、憲法評議会の第一党に躍り出たのであった。

共和党を中心とする新憲法案作成

共和党の憲法評議会議員が、一定の譲歩の必要は認めつつも、「共和党のアイデンティティが修正案を通じて認識できるようにしたい」5と述べたように、共和党は全政党のなかでもっとも多くの修正案を提出し、共和党色を新憲法案に打ち出そうとした。共和党を含め右派勢力が主導権を握ったことで、右派勢力の修正案の可決率は約60%であったの対して、左派勢力の修正案の可決率はわずか4%にとどまった6

共和党を中心とした新憲法案作成によって、新憲法案は右派・保守色の強いものへと変わっていった。ここでは、なかでも代表的な、社会保障、女性の権利、家族、治安について紹介したい。第一に、社会保障(医療と年金)について、国民は国の制度か民間の制度かを自由に選択する権利を有するとされた。これは、社会保障の担い手としての民間の存在を前提とし、新自由主義システムの維持につながると考えられた。第二に、女性の権利については、チリでは特定の場合にかぎり人工妊娠中絶の非犯罪化を定める法律が2017年に制定されている。それに対して新憲法案では、生存権として胎児の生命保護を盛り込み、上記法律が違憲となる可能性が指摘された。第三に、家族については、社会の基本的核とするという条文を第1条に置くと同時に、子に対する親の教育選択権を保障するなど、家族の役割を重視している。第四に、治安については、素案では政府関係の章に警察等の治安維持部隊がまとめられていた。しかし、憲法評議会では独立した章にすると同時に、国境警察の設置や、非正規移民や罪を犯した外国人の最短期間での国外追放といった条項も盛り込まれ、共和党をはじめとする右派勢力の強硬な治安対策の姿勢が反映されるかたちとなった。

国民投票による否決

右派勢力が賛成陣営、左派勢力が反対陣営となり、国民投票に向けたキャンペーンが繰り広げられた。これは、第1回プロセスとは逆の構図である。2023年12月に国民投票が行われた結果、賛成44%、反対56%で、2度目の否決となった。

図4 「賛成」票投票者の投票理由(上)と「反対」票投票者の投票理由(下)

図4 「賛成」票投票者の投票理由

図4 「反対」票投票者の投票理由

(出所)筆者作成

なぜ2度目もまた否決されたのだろうか。図4は、世論調査より、賛成票と反対票の投票理由を問うたものである7。選択肢の文言が比較的曖昧で、また集計データであるため、厳密な分析や解釈は難しいものの、なぜ否決に至ったのかをうかがい知ることができる。

まず賛成側について見てみると、新憲法案の内容への共感がもっとも多く、また制憲プロセスを終わらせようという割合も高い。一方で反対側について見てみると、もっとも大きな理由として、新憲法案の内容への拒否感が挙げられる。こうした傾向は、他の複数の世論調査でも見られる8。確かに、近年治安に対する問題意識が高まり、それゆえに共和党は憲法評議会選挙で躍進したが、その新自由主義的、保守的な価値観や主張に共感が集まっているわけではない(三浦 2024a)。そのため、社会保障関連での新自由主義に親和的な条項や、女性の権利や家族関連での保守的な価値観を反映する条項に対する抵抗感が大きかったと思われる。

それに加えて、反対票の背景として、反政治エリート意識も指摘できる。図4に見られるように、反対票を投じた4割近い人びとが、新憲法案が政治家階級のために作られたものだからとしている。第2回プロセスは、第1回プロセスの反省を踏まえて、事前調整や合意形成を重視し、専門家委員会を設置し、憲法評議会も政党中心で展開された。こうした政治エリート中心の決定は、結局のところ、不信の対象たる政治エリートによる政治エリートのための政治として、市民の目には映ったと考えられる。とくに、こうした政治不信は、義務投票制9によって流入した、数百万人にものぼる新しい投票者に強くみられるとされる(COES 2023)。さらに、新自由主義的な内容は、新自由主義システムと固く結びつく既得権者たる政治家階級のために作られた新憲法案と捉えられただろう。内容が右派的か左派的かで揺れ、それへの是非で2度とも否決されたかにみえた制憲プロセスであるが、その根底には政治不信があり、否決という結果に影響を与えたという点も押さえなければならない(三浦 2024b)10

漸進的な変化を続けてきた/続けていくチリ

ボリッチ大統領は自らの任期中(2026年3月まで)、3度目の制憲プロセスには進まないことを明言した11。チリは、軍政下で導入され、新自由主義を下支えする現行憲法を今後も引き継ぐことになる。しかし実際のところ、1980年に制定された現行憲法はたびたび改正がなされており、漸進的に変化してきた。また、新憲法制定の試みが仮に挫折した場合でも、現行憲法改正を通じた改革という道をさらに開くべく、本制憲プロセスの傍らで、憲法改正のための要件が、議会の3分の2(66%)の賛成から、7分の4(57%)の賛成へと引き下げられた。現行憲法が下支えしてきたとされる新自由主義についても、基本的枠組みは維持されているとはいえ、普遍的な社会権保障の理念を部分的に反映させるかたちで修正が試みられ、それは現在も続いている。

確かに、4年間の試みは現行憲法の廃止と新憲法制定には至らなかった。しかし、新憲法制定の試みの挫折は、チリの変化が止まることを意味するわけではない。制憲プロセスが進められる一方で、現政権は、医療・年金の拡充、労働改革など、着々と改革を進めてきた。また、4年間の制憲プロセスのなかで、新自由主義からの転換のみならず、先住民の権利、女性の権利、新しい政治システムといった新しい政策課題に関する議論が活発になった。チリの人びとも、特定の政治的立場に基づく急進的な変化は望まないものの、変化自体を望んでいないわけでは決してない。こうした変化の種は、一気に実現するものでなくとも、今後、漸進的なかたちで実現に向かっていくものと思われる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
著者プロフィール

三浦航太(みうらこうた) アジア経済研究所地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ研究員。博士(学術)。専門は、社会運動論、ラテンアメリカ地域研究(とくにチリの社会・政治)。主な著作に、「チリにおける高等教育のパラダイム転換──学生組織、政治、社会の関係に着目した学生運動の政治的結果に関する分析」東京大学博士論文(2023年)、「チリにおける近年の政治社会変動とボリッチ政権──代表制の危機という視点から」『ラテンアメリカ・レポート』(2022年)など。


  1. 起点としての2019年抗議行動の詳細については三浦(2020)、第1回制憲プロセスの詳細については三浦・北野(2023)といった拙稿を参照されたい。
  2. CADEM, Plaza Pública Estudio 452.
  3. Criteria, Agenda Criteria, Junio 2023.
  4. Héctor Cossio López, “Experto PS Gabriel Osorio: ‘Una Constitución no es para quedar contentos, es para quedar tranquilos’,” El Mostrador, 24 de mayo de 2023.
  5. José Navarrete, “Luis Silva: ‘Queremos que la identidad de republicanos sea reconocible en nuestras enmiendas, no quiere decir que no nos vayamos a mover ni un milímetro’,” La Tercera, 17 de julio de 2023.
  6. CEP, Boletín No. 64, 12 de septiembre de 2023.
  7. Criteria, Agenda Criteria, Enero 2024.
  8. CADEM, Plaza Pública Estudio 519; Ipsos, Claves Ipsos, Informe No. 23.
  9. 2022年9月の国民投票より導入。義務投票制導入前の最後の任意投票となった2021年大統領選挙の投票者数は700万人であるのに対して、導入後の投票者数はおよそ1300万人前後で推移している。
  10. 政治不信という観点から捉えた制憲プロセスについては、拙稿(三浦2024b)を参照されたい。
  11. Paula Pareja y Esperanza Navarrete, “Boric y victoria del ‘En contra’: ‘Durante mi mandato se cierra el proceso constitucional, las urgencias son otras’,” La Tercera, 17 de diciembre de 2023.