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米中貿易戦争とトランプ支持の現状――貿易戦争は投資・金融に飛び火するか?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051414

2019年6月

(4,776字)

米中の貿易戦争が激しさを増しているが、本稿ではその影響や今後の見通しにつき、ワシントンにおける「雰囲気」を織り交ぜてお伝えしたい。
トランプ批判の消滅

一般的に言われているように、トランプ大統領はワシントンに多く存在するシンクタンクのエリートから毛嫌いされてきた。批判される政策の代表例が、国際機構の軽視やTPPからの離脱であった。多くの識者がことあるごとにトランプ大統領の多国間主義軽視、一国主義的政策を批判してきた。同時に、TPPを救い多国間協定を重視し続ける日本を「自由主義的国際秩序」(International Liberal Order)の救世主として持ち上げる論者も多かった。

このような反トランプ的雰囲気は、現在ワシントンではほぼ一掃されているように見受けられる。2018年末ごろからかなり潮目が変わってきたように感じるが、現在ではトランプ批判をする識者はほぼいない。数カ月前までトランプ大統領の貿易政策・多国間主義軽視を批判してきた人たちが、トランプの政策を熱烈に支持することはないまでも、現在の米国の(対中)通商政策は当然だという認識の下、肯定している。

このような変化は二つの要因で説明できよう。第一に、米国が「戦時モード」に入ったことである。敵国がいれば国民がまとまりやすいのは自明である。中国を軍事的・経済的仮想敵国とすることで、一致団結しているように見受けられる。第二に、トランプ大統領の再選の可能性が極めて高いと判断したエリートが、早くも勝ち馬に乗り始めたともいえる。ここから先6年弱冷や飯を食い続けるよりは、トランプ批判をどさくさに紛れて撤回した方がよいというわけである。実はこの二つは関連しているのかもしれない。それは、トランプ大統領が自分の再選の可能性を高めるために中国との貿易戦争を仕掛けている可能性を否定できないからだ。これこそポピュリストの最たるものであまり褒められた政策ではないのだが、ポピュリスト大統領を批判してきた識者もこの可能性については論じない。

写真:貿易問題で意見を交わしたトランプ米大統領と劉鶴・中国副首相(2018年)

貿易問題で意見を交わしたトランプ米大統領と劉鶴・中国副首相(2018年)
貿易戦争の影響

米中の貿易戦争としては、関税賦課とその応酬がまず挙げられよう。これは当然、国際貿易にはマイナス要因となる。様々な研究により若干結果は異なるが、基本的には米中痛み分けで、中国の方がより大きな影響を被るとみる研究が多い(熊谷他2019)。そして、他のアジア諸国は「漁夫の利」を得ることができ、貿易・経済成長を伸ばすと考えられる。コンマ数%を大きいとみるか小さいとみるか判断は難しいが、「関税合戦」の影響は「四捨五入の範囲」になるといえよう。どれほど関税が上げられても、筆者の見立てによれば、致命的な影響となる可能性はそれほど大きくない。

ファーウェイ(華為)に対する禁輸措置は関税賦課とは全く異なる。関税は相対価格を変化させインセンティブを変えるにとどまる。一方で禁輸措置は罰則規定もあり、極めて大きな影響をもたらすものと考えられる。経済学者にとっては関税の影響を計測することは比較的容易であるものの、禁輸措置の影響を検証するのは困難であるため、ファーウェイの禁輸措置で世界貿易・経済がX%縮小するという話はあまり聞かないが、かなりの影響があることは間違いない。しかしそれでも、米中痛み分けで(中国の方がより痛い)、第三国は漁夫の利を得るという構図は不変であろう。

貿易戦争の影響は、米中痛み分けとなるものの中国の方がより大きな傷を負うという理由はなぜか? 中国の米国への輸出額(米国の中国からの輸入額)が5000億ドル超で、米国の中国への輸出額(中国の米国からの輸入額)の1300億ドル超よりもずっと大きいためである。言い換えるならば、米国の中国への輸出は小さいので、貿易に限定すると中国は米国に報復しようがないのである。

投資への飛び火

貿易戦争、特に関税戦争の影響は過大視しなくてよいであろうが(特に米国側)、これが投資に飛び火すれば話は全く異なる。米国が中国に保有する直接投資の残高が1000億ドル超であるが、中国の対米直接投資残高は400億ドル程度である(高田2018)。そしてこれらの投資ストックは現地市場で多大な売上をあげている。つまり中国企業は中国で生産したものを米国に輸出する一方、米国企業は中国で生産したものを中国で販売しているのである。これはつまり、戦争が投資に飛び火すれば、中国は米国に対して様々な手を打つことができるものの、米国による報復措置の発動が困難になるかもしれないことを示唆する。当然投資戦争も米中痛み分けだが、米国の傷がより深くなろう。ちなみにスターバックスは中国における売上額を公表していないようであるが、同社のアジア太平洋地域の年間売上額が50億ドル程度で、その半分が中国市場と仮定すると25億ドルということになる。現地売上額は貿易額の比でなく、膨大である。サービス業の現地売上はいわゆるWTOサービス貿易の定義では貿易であるが、国際貿易統計には載ってこない(サービス自体が国境を超えるわけではないため)。

投資分野の戦争は、貿易とは異なり派手な殴り合いにはならないであろう。面子を保つためにあえてあからさまにすることはあるだろうが、基本的には露骨にならないように静かに行われるであろう。外資系外食産業の店舗が衛生面の懸念から一時閉店を命じられる、外資系工場幹部が入れ替わる際にビザの発給に時間がかかる、等である。特に米国が中国で生産し販売している業種はサービス産業が多い(例:スターバックス、KFC)ので、法令違反を理由とした静かな抵抗にあうことが予想される。

実は米国は米中間における非対称な投資の現状がアキレス腱になることを見越し、2008年より米中投資協定を交渉してきた。実際、米国と中国の間で現在問題となっている事項のほとんどは米中投資協定で協議され物別れに終わったものである。米国は投資協定交渉の場で中国に対し、ISDS(投資家が投資受入れ政府を国際的に訴えることができる条項)の導入や投資に関する規制をネガティブリストで明示すること(投資に関する規制はすべて明示し、基本的に新たな規制は導入できない)を強く要求してきた。興味深いことに、投資協定交渉において中国は米国に対して安全保障を理由に投資のスクリーニングをしないよう要求していた。つまりここ10年、米国は中国の規制権限を縛り国際投資紛争処理に引っ張り出すため、中国は米国の安全保障を理由とした変幻自在な政策にくさびを打ちこむために投資協定交渉を続けてきたのである。この交渉が失敗に終わり、米国の安全保障を建前としたファーウェイ禁輸で対立がエスカレートし、貿易面から始まった戦争が投資に飛び火すれば、まさに米国が恐れていた中国による投資面における反撃が始まってしまうわけである。

貿易戦争が投資に飛び火すれば世界経済には大打撃となろう。ワシントン界隈の人々もこの点には気づいており、投資に関するセミナーが増えている。しかし、米国が中国に対して脆弱性を有しているなどという主張は「戦時モード」の米国では言い出しにくく、トーンとしては、中国が投資分野の規制権限でフリーハンドを有しているのはけしからん、中国からの投資には注意すべし、という内容が多い。しかし本当の問題は、米国が中国に有する膨大な投資資産がリスクにさらされているということである。

金融への飛び火

仮に米国が投資分野において中国からの反撃にあえば、さらなる応酬をする可能性がある。万一金融に飛び火すれば世界経済への影響は致命的であろう。米国が取りうる強力な手段としては、中国の銀行のドル調達を困難にするという手がありえよう。その実施に当たっては安全保障がらみの禁輸措置(ファーウェイ関連、イラン関連、北朝鮮関連)への違反を口実にすることが考えられる。想定されうるのは、国際銀行間決済のために使われるスイフト(SWIFT:国際銀行間通信協会)からの締め出しである。しかし金融措置は劇薬であり、二国間関係に決定的な悪影響を及ぼすうえ、軍事的な戦争の瀬戸際までいってしまうリスクを有する。なお、中国はこの脆弱性を認識し、人民元で国際決済する人民元決済システム(CIPS)を2015年に立ち上げている。

一般的に貿易戦争の金融面への波及として、中国による米国国債の売却が挙げられることが多いが、金融への飛び火を助長する策を中国からとる可能性は低いと思われる。中国が保有する外国国債の内訳を調整するために米国債を売却しユーロ国債や日本国債を増加させることはあり得るが、米国債を一気に売却し米国国際市場をパニックに陥れるという手段を早急にとることは現状では考えにくい。

おわりに

トランプ大統領自身も含め、関税はわかりやすいので人目を引く。しかし、その影響は無視できないものの、相対的には小さい。本質的により重要なのは、貿易戦争の投資分野への波及である。今後中国が投資分野で反撃に出るのかがポイントである。ただし投資分野での反撃は静かに行われる可能性が高い。万一現在の摩擦が投資戦争を経てさらにエスカレートし、金融分野に飛び火した場合には、国際経済に致命的な影響を及ぼすことが想定され、軍事的戦争の瀬戸際までいってしまうであろう。

最後に日本へのインプリケーションを考えてみたい。日本が「自由主義的国際秩序」を守るとして教科書どおりに国際制度の重要性や米国のTPP復帰の必要性を主張しても、「現実はそんなに甘くない」とむしろ「戦時モード」の米国側に反論されるであろう。米国がいなくなった世界で米国が果たすべき役割を日本が果たすといった単純な戦略は、もはや描きえない。小国、特にアジアの小国はできるだけ米中から等距離をとることで漁夫の利を得ることを狙うであろうが、日本がそのような政策をとることは可能であろうか? 日本が考えなくてはならないのは、トランプ大統領率いる「戦時モード」の米国に黙ってついていく覚悟があるのか、ということであろう。

写真の出典
  • President Trump Talks Trade with the Vice Premier of the People’s Republic of China, Liu He, 2018, PAS China [Public domain] via Wikimedia Commons.
参考文献
著者プロフィール

浜中慎太郎(はまなかしんたろう)。アジア経済研究所海外研究員(在ワシントンDC)。専門は国際関係論、国際政治経済学、グローバル・ガバナンス。最近の論文に "Understanding the ASEAN way of regional qualification governance: The case of mutual recognition agreements in the professional service sector", Regulation & Governance, 2018, 12(4)や "Insights to Great Powers' Desire to Establish Institutions: Comparison of ADB, AMF, AMRO and AIIB", Global Policy, 2016, 7(2) など。

書籍:Understanding the ASEAN way of regional qualification governance: The case of mutual recognition agreements in the professional service sector

書籍:Insights to Great Powers Desire to Establish Institutions: Comparison of ADB, AMF, AMRO and AIIB