米中貿易戦争のアジア経済への影響――IDE-GSMによる分析
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.126
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- 米中貿易戦争のワーストケースについてIDE-GSMを用いて推計を行った結果、各国・地域への影響は米国が-0.4%(GDP比)、中国が-0.5%、東アジア(中国を除く)が+0.1%となった。
- 産業別にみると米中両国の電子・電機産業に大幅なマイナスの影響が出る一方、東アジアの電子・電機産業にはプラスの影響が出る可能性がある。
- 米中貿易戦争で東アジア各国には当面「漁夫の利」があるが、米国の関税引き上げに対しては大国・中国よりも脆弱であり、協調して米国を多国間の貿易交渉に引き戻すことが望ましい。
2018年7月に開始された、いわゆる「米中貿易戦争」は、2019年3月1日の当初の期限が過ぎても依然として両国による交渉が続いている。米中貿易戦争が世界経済にマイナスの影響を与えることは当然予想されるが、経済的影響についての国別の詳しい試算はこれまで限られていた。ここでは、米中両国やアジア経済への影響は具体的にどうなるのか、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いて試算した。
IDE-GSMは空間経済学に基づく計算可能な一般均衡モデルの一種で、2007年よりアジア経済研究所で開発が進められ、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)や世界銀行、アジア開発銀行などの国際機関によって、国際的なインフラ開発の経済効果分析などに利用されてきている。IDE-GSMの貿易コスト計算では関税データが考慮されているため、今回は米中相互の関税を引き上げることで、世界経済への影響の試算を行った。
貿易戦争のシナリオ
ここで分析する貿易戦争のシナリオは以下の2通りである。第1のケースとして、2019年から3年間、米中の関税が全品目について2018年以前の水準に対して25%引き上げられる「ワーストケース」を想定する。第2のケースでは、2019年からの3年間、米国と世界のすべての国が相互に10%の関税を付加する「米国対世界」の貿易戦争を想定する。各国・各地域への経済的影響は、2021年時点で各国・各地域の貿易戦争シナリオ下でのGDPと、貿易戦争がなかった場合の「ベースライン」のGDP予測とを比較することで算出している。
推計結果
図1は米中貿易戦争の「ワーストケース」について、各国経済への影響を2021年時点で試算したものである。当事国への影響は米国が-0.4%(GDP比)、中国が-0.5%(同)となっており、中国のほうが負の影響がやや大きい。
図1 米中貿易戦争「ワーストケース」の産業別の影響(2021年、ベースラインGDP比)
中国を除く東アジア地域(日本・韓国・台湾・ASEAN10カ国・インド)については、マレーシア(0.5%)、台湾(0.4%)などにプラスの影響があり、中国を除く東アジア地域合計では0.1%のプラス、日本経済への影響も0.2%のプラスとなっている。これを県別にみると東京に最大となる14億ドルのプラスの影響がある。これは、米中両国間の貿易の一部が高関税を回避するために第三国との貿易に代替される効果によるものである。
表1は、米中貿易戦争「ワーストケース」の各国・地域への影響を産業別に示したものである。産業別で最も影響が大きいのは電子・電機産業で、米国に-12.4%、中国に-7.5%の影響が出ている。電子・電機産業はもともと関税率が低く、加えて財の価格に対する輸送費などの貿易コストも小さいため、相対的に25%の関税が大きく影響してくる。一方で、中国を除く東アジア地域の電子・電機産業への影響は2.8%のプラスになっている。
表1 米中貿易戦争「ワーストケース」の産業別の影響(2021年、ベースラインGDP比)
図2 「米国対世界」貿易戦争の影響 (2021年、ベースラインGDP比)
まとめ
以上のように、IDE-GSMによる分析では、米中貿易戦争がエスカレートした場合、米国と中国にそれぞれ-0.4%、-0.5%の影響が出る。IMFの予測による2019年のGDP成長率は米国が2.3%、中国が6.3%であることを考えれば、両国経済にとって無視できない大きさである。一方で、貿易戦争が二国間にとどまる限り、世界経済への影響は限定的で、電子・電機産業を中心に「漁夫の利」を得る国が出てくる。
ただし、もし、米国が中国に対して用いたような手法で二国間の貿易交渉を他国に仕掛けた場合、中国よりも遙かに脆弱な国が東アジアには多い。東アジアの国々はもともと米国への輸出比率が高く、関税の影響を受けやすい電子・電機産業が占める比率が高いためである。
米中貿易戦争は、東アジア各国にとって当面は「ビジネス・チャンス」になりうるが、大国である中国よりも対米貿易戦争の負の影響は遙かに強く受けるため「明日は我が身」と言える。米国が同様の交渉手法を拡大しないためにも、東アジア各国は協調して米国を多国間の貿易交渉に引き戻すことが望ましいだろう。
(くまがい さとる/ごかん としたか/つぼた けんめい/いその いくも/はやかわ かずのぶ/開発研究センター・経済地理研究グループ)
本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。