IDEスクエア

世界を見る眼

ケニア ケニア控訴審判決:次回総選挙2013年3月実施

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050873

2012年8月

2012年7月31日、ケニア控訴裁判所Court of Appealが、「次回総選挙は、2013年3月に開催されるべき」との判断を下しました。

(Daily Nationによる報道)
http://www.nation.co.ke/News/politics/Kenya+next+election+in+March+2013/-/1064/1467636/-/v7dvz/-/index.html

控訴審は5人の裁判官で構成されており、ひとりは「2013年1月半ば以前の総選挙実施が必要」としましたが、残る4人の裁判官がいずれも「2013年3月実施」としたため、多数決によって後者の判断が示されました。

この控訴審判決ではあわせて、「『オレンジ民主運動Orange democratic Movement: ODMと挙国一致党Party of National Union: PNUの2大政党が連立を解消することによる総選挙開催』というオプションは、2010年の新憲法施行によってすでに無効になっている」との判断が、5人の裁判官の全員一致で示されました。

この判決を不服とする訴えが最高裁判所Supreme Courtに起こされるかどうかについての報道はまだありませんが、訴えの如何に関わらず、次回総選挙実施は、選挙管理委員会Independent Electoral and Boundaries Commission: IEBCが設定した「2013年3月4日」という日程に固まりつつある状況です。

【解説】

1991年の複数政党制回復以来、ケニアでは定期的に総選挙が開催されてきました。国会議員の任期は5年ですが、歴代大統領は、5年おき12月末の総選挙日程にあわせ、議員の就任5年目半ばには、国会を解散してきました。これまでと同じタイミングでの総選挙実施であれば、前回総選挙(2007年12月末実施)から5年目にあたる今年半ば頃には国会解散、暮れには総選挙という日程になるところですが、今回に限っては事情が大きく異なりました。今のケニアが、紛争勃発後の和解と国家建設を第1の課題とする、「紛争後国家」であることが、ここでのポイントです。

ケニアは、複数政党制を回復して4回目にあたる2007年総選挙に失敗、国内紛争(「2007/8年紛争」)に突入しました。その後の国際調停を経て紛争は収束し、2008年からは暫定憲法体制下に入りました。和解のため、2大政党であるODMとPNUが連立政権を組むことがこの時決まりました。一方で、紛争のために諸手続は遅れ、2007年12月末に行われた総選挙から10日以上遅れた2008年1月半ばになって国会議員の就任宣誓が行われました。

(2007/8年紛争解説)
2007年ケニア総選挙後の危機」(225KB)
『2007年選挙後暴力』後のケニア—暫定憲法枠組みの成立と課題」(224KB)

「2007/8年紛争」の和解調停で結ばれた協定にもとづいて制定されたのが、「国民合意と和解法National Accord and Reconciliation Act, 2008」でした。次回総選挙日程との関連で、この法律は、重要な意味を持っていました。
(「国民合意と和解法」に関する解説については、津田みわ「ケニアにおける憲法改正問題と『選挙後暴力』—2008年以後の動きを中心に」373KB)

「国民合意と和解法」のなかでは、大統領が専有していた国会解散権は停止され、ODMとPNUが書面で連立解消に合意(もしくは一方が書面で連立離脱を表明)した場合のみ、連立政権を解消できるとされました。「連立解消イコール国会解散・総選挙」とは明記されませんでしたが、大統領の国会解散権の停止と抱き合わせの規程であり、連立解消があれば国会解散・総選挙が行われると解釈されうる枠組みがここで明記されたのでした。

この時の和解の過程ではそのほか、選挙管理委員会のあり方、大統領による国会解散権の見直しなど、次回総選挙日程も含めた抜本的な改革を盛り込んだ憲法見直しが必要であることも、合意されました。

その合意を実現させたのが、草案から練り上げられ、2010年8月に施行されたケニアの新しい憲法でした。関連諸法も改正され、古い選挙管理委員会は解散となり、新しい選挙管理委員会IEBCも発足しました。新憲法は、旧憲法に明記されていた大統領の国会解散権を剥奪し、総選挙日程を「5年おきの8月第1火曜日」と定めました(101条)。ただし付則の中では「新憲法の施行時点の現職国会議員については、任期を全うする」旨が書き込まれました(付則6-10条)。国会議員の就任宣誓は、上でもみたとおり、2008年1月半ばでした。ここが混乱の出発点となりました。

次回総選挙は8月なのか(101条方式)、12月末なのか(連立解消による解散総選挙方式)、はたまた1月の任期満了を待っての解散なのか(付則6-10条方式)——ケニアでは、とくに2010年以後、次回総選挙を何年の何月にすべきかについて、大きな論争が起こり、法廷闘争となって現在に至ることとなりました。

当初の世論調査では、「新憲法に従って2012年8月第1火曜日に実施すべき」という説が圧倒的な人気であり、オディンガ首相(連立の一方であるODMの党首でもあります)をはじめ、国会議員の中にも2012年8月実施をよしとする勢力が存在していました。

ところが、野党国会議員の中から、「2012年8月総選挙であれば、国会解散はその数ヶ月前になる、新憲法には「任期を全うする」とあり、違憲だ」との説を唱える勢力があらわれ、裁判が起こされました。たしかに、就任宣誓日から数えれば、2013年1月半ばが就任5年目になります。2012年8月総選挙実施にあわせての解散では、任期満了よりかなり早期に議席を失ってしまいますし、国会議員にとっては選挙キャンペーン自体に費用がかかることに加え、議員の給与・手当が相当な高額であることなどが、この裁判の背景にはあります。

訴えを受けた高等裁判所は、2012年1月、「国民合意と和解法」と新憲法の双方を加味し、次回総選挙日程については2つのオプション——(1)「ODMとPNUの連立解消による総選挙実施」、(2)「任期満了後の60日以内に総選挙実施、つまり2013年3月半ばまでの総選挙実施」——があるとの判断を示しました。

2012年1月13日の高裁判決:解説

高裁判決は、新憲法101条方式(2012年8月第1火曜日開催)をまずはしりぞけ、その一方で、「連立解消による解散総選挙方式」と、新憲法付則6-10条方式(現職国会議員は任期全う)を両論併記したものだったといえます。

これを受けて新設の選管IEBCは、「連立解消についての政治判断を注視している」旨をまずは表明しました。ただし、キバキ大統領(PNU党首)は2013年3月実施を支持する一方、オディンガ首相(ODM党首)は2012年中の実施が望ましいと述べ、両者の話し合いはその後も進展しませんでした。その中で選管は、ついに2012年3月、「次回総選挙を2012年3月4日に実施する」と発表し、政治判断による解散総選挙に備えては2012年12月実施も可能なよう準備するとしました。

2012年3月17日の選管発表:解説

一方、2012年中の総選挙実施を義務化しなかった高裁判決を不服とし、複数のNGOが控訴しました。それに対する判決が、今取り上げている、2012年7月31日の控訴審判決です。控訴審判決は、高裁判決がオプションに入れた「連立解消による解散総選挙方式」を違憲として退ける一方で、新憲法付則6-10条方式に則って、選管の決めた2013年3月実施を支持するものでした。

ケニアで総選挙実施の日程をめぐってこれほどの論争がおこり、日程自体が決まらないという状況は、とくに1991年の複数政党制回復後にはなかったものです。その背景に「2007/8年紛争」という、独立以来最悪の危機があることは、今みてきたとおりです。

今回、控訴審が「ODMとPNUの連立解消による総選挙実施は違憲」との判断を示したことに加え、早期の総選挙実施を唱えてきた側であるODMからも年内実施の声が上がらなくなっている傾向が見て取れます。そもそも現在は、ODM自体が四分五裂の状態にあり、政治判断による連立解消とそれによる総選挙、という道筋はみえてきません。冒頭で述べたように、次回総選挙日程は、ついに2013年3月4日で固まりつつあるようにみえます。

現在はむしろ、選管IEBCによる総選挙準備の遅れが注視される状況です。有権者登録の電子化を目指したこと等により、当初予算額が大きく膨らんだこと、電子化のための機器入札の遅れなど、連日のように問題点が報道されています。

(Daily Nationの報じた選管による電子化機器入札問題)
2012年7月30日付け“Fresh row over Sh3.9bn voter kits”
http://www.nation.co.ke/News/politics/Fresh+row+over+Sh3+9bn+voter+kits++/-/1064/1467374/-/7myeehz/-/index.html

2012年8月1日付け“Kenya falls back to manual electoral register”
http://www.nation.co.ke/News/Kenya+falls+back+to+manual+electoral+register/-/1056/1468216/-/1qtl8sz/-/index.html

法的な問題は少しずつ解決へと向かってきましたが、その一方で今度は、物理的側面での2013年3月の総選挙開催の可能性が心配されつつあるのが現状です。今年2012年9月には、現職国会議員の死亡により空席となっている国会3議席に対する補欠選挙が実施されることがすでに決まっており、そちらもあわせ、今後とも次回総選挙の実施に向けた動きが注目されます。