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論考

中国の有機農業ビジネス――現代の「四千年農夫」をめざして

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2019年3月

(15,587字)

はじめに

1909年(明治42年)2月19日、ひとりのアメリカ人農学者が横浜港に降り立った。彼はそこから4カ月半かけて当時の日本、中国、満州、朝鮮各地の農業をつぶさに視察し、帰国後その成果を一冊の著作にまとめた。彼の名はF・H・キング、当時ウィスコンシン大学農業物理学教授の職にあり、農務省土壌管理部部長を歴任した人物だ1。調査旅行の成果は彼の死後、King(1911)として刊行された。著作のなかで彼は、土壌物理学者の曇りのない眼で東アジア農業の特長を見抜いている。四千年の長い農耕の歴史のなかで膨大な人口を養い続けてきた労働集約的な農法、し尿や廃棄物の循環的な利用による地力の維持を高く評価し、当時すでに近代農法による地力の衰えが表れ始めていたアメリカ農業にとっても学ぶべき点が多い、としているのである2

写真1 F・H・キング

写真1 F・H・キング

キングの先見の明にもかかわらず、その後の東アジア諸国は伝統的な循環型農法を放棄し、安価な化学肥料や農薬に依存する近代農法への道を歩むこととなった。中国は1949年の建国以来、国家主導で食料増産を目標とした農業の近代化を推し進め、経済体制の転換を経て1990年代後半に食料自給を達成した。巨大な人口を擁する中国にとって食料の量的な確保は長年の悲願であったが、環境への過大な負荷という代償を伴うものだった。中国の単位面積あたり化学肥料と農薬の投入量は(日本とならんで)世界最多のレベルに達し、過剰に投入された肥料中の窒素、リンや農薬は周辺の流域や土壌へと流出あるいは浸透し、深刻な汚染を引き起こすに至った3。加えて農業技術の普及体制や生産・流通過程における安全管理体制の未整備が原因となって、2000年代以降国内外で中国産農産物・食品による深刻な食品公害事件が次々と発生した4

中国国内でも、都市部を中心に農業や食品安全問題への関心は急速に高まった。冒頭のキングの著作も、原著からちょうど100年後の2011年に初めて中国語版が出版された(金 2011)。2年後の2013年には、日本で初めて有機農産物の宅配事業を開始した「大地を守る会」の藤田和芳・元代表取締役の著作の中国語版(藤田 2013)が出版され、いずれもまたたく間にベストセラーとなった5。いまや大都市の高級食料品店にはきれいに包装された高価な有機農産物があふれ、有機農産物の直売イベントや宅配グループに参加したり、週末ごとに近郊の市民農園で汗を流したりする都市住民も珍しくなくなった。このような社会の変化はたかだか十数年の間に起ったことであり、国内農業に少なからぬ影響を与えている。

本稿では中国の有機農業ビジネスの現状を整理したうえで、急速な発展が可能となった要因と課題を解説する。有機農業とは厳密には国際機関や各国政府、団体などが定める認証を取得した生産者のみが使用できる呼称で、市場取引では品質を表すラベルとして用いられている6。有機は食品認証の中でも国際的に広く通用し、もっとも厳格な基準をクリアしたものであるが、ほかにも国内市場向けに各国が定めるより緩やかな認証が数多く存在する。本稿では簡略化のため、厳密には有機ではない国内向け認証を取得したものも含め、販売目的で認証を取得して行う農業を有機農業ビジネスと呼ぶこととする。なお、より広い概念である環境保全型農業とは、一般に農業の物質循環機能を生かし、化学肥料や農薬の投入を低減し、環境負荷を軽減するよう配慮した農法・農業の総称である7

キングの時代と現代の有機農業の違いについて、若干補足したい。技術面からいえば、100年前の東アジアでは農業―畜産―生活が一体となった物質循環システムが成立していた。現在は農業の近代化、畜産の専業化と大規模化、下水道の普及や生活スタイルの変化により各部門が分断されてしまったため、当時のような完全な循環型農業はほとんどみられなくなった。経営という観点からは、かつての資源の循環利用は生産性を高めコストを節約するために行われていたが、逆に現代の有機農業は高コストである。生産者は科学的な知見に基づき、経営内で耕畜連携をはかってたい肥を製造したり、市場から購入した高価な生物由来の生産資材や在来種の種子を使用したりして生産活動を行っている。後述するように、生産や販売にまつわるリスクも慣行栽培より大きい。そのため、主な担い手は大多数を占める小農ではなく少数の企業であり、生業ではなくビジネスとして実践されている。他方ビジネスとは一線を画する動きとして、環境保全型農業を実践する生産者を消費者が支援する取り組みであるCSA(Community Supported Agriculture)の広がりも注目に値するが、社会運動的な性格が強いため本稿では産業としての有機農業に絞って論じる。

以下では、まず国際比較を通じて中国の有機農業の位置を確認する。次に、中国農業のなかでの位置づけと近年の変化、食品認証の普及状況を解説する。最後に生産者アンケートを紹介しながら、有機農業の急成長の要因と問題点を述べたい。

国際的な位置――知られざる有機農業大国

国際的にみると、中国の有機農業はどのような位置を占めているのだろうか。ここでは国際比較が可能な有機認証に絞って確認したい。表1に、IFOAM(国際有機農業運動連盟)のデータに基づき、2016年末時点の有機農業の栽培面積、市場規模、輸出額の上位10カ国のランキングを示した。中国は、栽培面積で世界第3位、市場規模と輸出額で世界第4位という、アジアでは最大、世界でも有数の有機農業大国となっていることがわかる。

有機農業はそもそも、主要な消費地である欧米諸国と土地資源に恵まれたオーストラリア、南米でもっぱら行われていた。栽培面積の分布をみると、世界全体の5781万6759ヘクタールのうちオセアニア、ヨーロッパ、ラテンアメリカの合計が83%を占めており、アジアは経済成長とともに拡大しているが8.5%に過ぎない。着実に拡大しているとはいえ、有機農業の栽培面積が世界の農用地面積全体に占める割合はわずか1.2%、一部の国を除いて国内の農用地面積の1%以下の国がほとんどであることには留意が必要である。中国でも有機農業の栽培面積は230万ヘクタールであるが、農用地全体に占める比率はわずか0.4%にとどまっている。

中国国内の有機農産物の国内市場の規模は59億ユーロに達しているが、消費者一人当たりの消費額は低い。一人あたり消費額の世界平均は11.3ユーロ、上位3カ国のスイス、デンマーク、スウェーデンがそれぞれ274ユーロ、227ユーロ、197ユーロであるのに対し、中国はわずか4ユーロにとどまっている。これは、現段階では高価な有機農産物を購買可能な消費者が富裕層とごく一部の中間層に集中しているためと考えられる。輸出額は10億4900万ユーロであるが、上でみた国内市場と比較すると5分の1以下の規模である。現在の中国の有機農業の発展を支えているのは、国際市場ではなく巨大な国内市場であるといってよいだろう。

表1 世界の有機農業における上位10カ国ランキング(2016年)

表1 世界の有機農業における上位10カ国ランキング(2016年)

出所:Willer and Lernoud eds.(2018)を用いて筆者作成
国内農業のなかの有機農業
農産物流通システムの変化
中国国内に目を転じ、農産物流通システムにおける有機農業に関する動きを俯瞰しておこう。図1は、農産物流通がおおむね自由化された1990年代以降の流通システムと、その中での有機農業の位置づけを示したものである。左側に一般的な農産物の流通経路、右側に輸出可能な国際認証取得あるいは相当レベルの農産物の流通経路(「輸出向け農産物」と表記、緑色の点線枠内)を示した。図の中ほどの水平方向の破線は農村と都市の境界を示しており、この線に近いほど都市に近い農村であることを示している。

図1 中国の農産物流通システムにおける有機農業の位置づけ

図1 中国の農産物流通システムにおける有機農業の位置づけ

出所:山田(2015)を一部修正。

図の左側の一般的な農産物流通システムは、生産者数と農地面積、流通量において全体の大部分を占めている。遠隔地の生産者から産地仲買人あるいは農民専業合作社等の生産者組織、産地卸売市場などを経由して都市部の卸売市場、小売店などから国内市場へと販売される。流通の経路が複雑で関与する主体が多いことがみてとれる。

図の右側の輸出向け農産物は、トレーサビリティ確保や生産管理の徹底のため国内市場向けとは完全に分離されている。原料となる農産物は契約農家や企業の直営農場で生産され、収穫後は輸出向けアグリビジネスにより加工され、税関・検疫を経て国際市場へと輸出される。国内市場向けと比較して厳しい国際基準を満たすため、生産・加工・流通の全過程が統一的に管理されており、流通チャネルはシンプルである。なお、輸出向け農産物全般について圃場を含むトレーサビリティの仕組みが確立したのは、2002年に日本向けに輸出された中国産冷凍野菜から基準値以上の残留農薬が検出された事件を契機として、中国側の輸出農産物の安全管理に関する法整備が進んだためである8

以上に加えて、2000年代に国内市場で食の安全の確保を目的として起こった新しい動きが、図中の赤い点線で囲まれた部分である。主に3つの動きがあり、第1に所得水準の向上に伴い国内の有機農産物市場が成長したため、輸出向けアグリビジネスが販売先の一部を国内の高級スーパー、レストラン、有機農産物の専売店などにシフトさせた(図中の(1))。第2に、国内市場むけの食品安全認証(緑色食品、無公害農産物)の普及にともない、一部の農民専業合作社などの生産者組織や国内市場向けのアグリビジネスが認証農産物を生産し、スーパー等に販売するようになった(図中の(2))。第3に、都市部のNPOやソーシャル・ビジネスが都市近郊の農家と契約して産直取引を行うCSAモデルが登場した(図中の(3))。2018年12月時点で1000組織以上が活動しているとされる9

純粋に環境の改善効果という観点からみると、最も効果が期待できるのは有機食品認証レベルの農法の導入である。しかし、有機農業に適した土地や実践できる担い手は非常に限られている。これは中国に限定されることではなく、すでにみたとおり国際有機認証の普及率も1%台にとどまっている。次の選択肢として考えられるのが、環境の改善がある程度期待でき、かつ有機よりも生産者にとってハードルが低い緑色食品などの国内向け認証である。後述するが、中国国内でも有機食品より緑色食品の普及率は高く、環境保全に対して意欲的な生産者がまず取得を目指すのは国内認証と考えられる。

一方、中国農業の主要な担い手である小農の多くはそもそも適切な生産技術の指導を受けた経験がなかったり、兼業化がすすみ手のかかる環境保全型農業を実践する余裕がなかったりするため、労働時間を節約するために過剰に化学肥料や農薬を投入する傾向が研究者の間で指摘されてきた。そこで世界的にみても環境負荷の高い慣行農法のレベルの改善を目的として、中国政府は2000年代半ば以降農業技術普及システムの改革を行い、モデル農場を多数設立し土壌診断や技術の普及につとめている。

以上のように、中国政府は環境負荷を軽減するために大多数を占める一般農家の生産技術の底上げを図りつつ、同時に認証制度によって一部の能力の高い生産者のモチベーションを高めている。

食品認証の広がり

2000年代以降に起こった新しい動き(図1の(1)~(3))が全体に占める比重については、統計の制約があり正確に把握することは困難である。そこで、目安として認証を取得した農産物に関する数値を整理したい10。中国の農産物の認証には、環境保護部による有機食品、農業部の定める緑色食品と無公害農産品がある。緑色食品にはAAとAの2つのレベルがあり、有機の国際基準と同等と認められた国内認証は有機食品および緑色食品(AA)である。無公害農産品は緑色食品より緩やかな基準で、違法な生産資材の使用を禁ずるなど慣行栽培の農産物の安全性の底上げを目指す制度であるが、他の認証と比較するとあまり普及していないため、ここでは他の2種類の認証のみについて取り上げる11

まず、中国国内で生産された有機食品と緑色食品のうち、輸出が占める割合は以下のとおりである。2017年の有機食品の国内販売総額は606億6700万元、輸出額は10億3000万ドル(約69億6280万元)となっており、輸出向けの割合は総額の10分の1程度である12。有機食品の生産は1990年代に沿海地域に進出した外資系アグリビジネスによる開発輸出という形で始まったため、1999年以前は90%以上が日本、EU、アメリカへの輸出向けであったことを考えると、大幅に比重が低下したといえる。一方緑色食品は1996年から2017年の間に国内販売総額は155億3100万元から4034億元、輸出額は5億644万元から25億4500万ドル(約172億420万元)へと拡大している。いずれの時点でも、国内向けの販売額の方が圧倒的に大きいことがわかる。

次に、認証の普及状況と中国農業全体に占める比重をみていこう。図2に2001年以降の有機食品と緑色食品の認証の発行件数と取得している企業数の変化を示した。有機食品については、国家基準が定められた2005年から2017年の間に発行件数が22件から1万8330件に急増、取得企業数は1万1835社に達している13。栽培面積は438万3000ヘクタールで、同年の中国の農用地面積6億4486万ヘクタール(国家統計局編 2018)の0.6%にとどまっている14。以上は中国が定める有機認証の国内での普及状況であるが、中国国内で輸出向けに海外の有機認証で生産が行われている面積は129万3000ヘクタールに達している15。また、国外で中国への輸出向けに中国の有機認証を取得している企業も存在し、2014年から2017年の間に66社から173社に増加している。

緑色食品の普及状況は、2001年から2017年の期間に認証件数は2400件から2万5746件、取得企業数は1217社から1万865社へといずれも10倍以上に増加した。栽培面積はこの間に387万ヘクタールから1億5200万ヘクタールに拡大し、中国の農用地面積の23.4%を占めるに至っている。比較的緩やかな基準であることを反映し、栽培面積は有機を大幅に上回る規模となっている。

図2 中国における食品認証の普及状況

図2 中国における食品認証の普及状況

出所:国家認証認可監督管理委員会編(2014)、国家認証認可監督管理委員会・中国農業大学編(2018)、
中国緑色食品発展中心(2016; 2017)。
中国の有機農業の強みと問題点
強み――政策的な支援、低いコスト、旺盛な国内需要

中国の有機農業ビジネスが、たかだか十数年という短い期間に世界的な規模に成長できた要因を考えてみたい。第1に、国際基準に合致した食品認証にかかわる法制度の整備が進んだことがあげられる。中国では2000年代前半に食品安全問題が頻発したことを受けて関連する法整備が進み、2004年に有機認証全般を規定する「有機産品認証管理弁法」、翌2005年に有機農産物の国家基準である「中華人民共和国国家標准」が定められた。そもそも有機農業が輸出産業として始まった経緯もあり、比較的早い段階で国内の食品安全認証の国際基準との統一がはかられた。

第2に、農業支援政策がある16。中央政府は年初の中央一号文件などの政策文書のなかで、繰り返し有機農業の重要性を強調してきた。有機農業のみに特化した国家レベルの政策は存在しないが、環境保護部と農業部はそれぞれが管轄する食品認証の普及、科学技術部は各地に有機農業のモデルプロジェクト事業を設立し技術普及を行っている17 。実際に有機農業の支援事業を実施しているのは地方政府で、国家認証認可監督管理委員会編(2014)によれば地方政府による有機農業の支援プロジェクト数は年々増加し2013年には全国で26の事業が実施されている。支援の手法はほとんどが直接補助金、その他資金調達上の支援や技術面での支援であるという。有機農業に限定しないが、国際競争力をもつ農業の担い手を育成したという面では1990年代後半から農業インテグレーションの推進政策(「農業産業化」)の貢献は大きい。同政策では、地域農業を牽引するアグリビジネスや企業と生産者を仲介する農民専業合作社などの組織に対し、税制上の優遇措置などが行われてきた。

第3に、農地制度の規制緩和がある。近年農地使用権の流動化率は30%を超え、農地を集積し大規模経営を行う地域も増加している。関連して、中国では農村の土地は集団所有とされており、各農家は農地使用権のみを分配されている。一定数以上の村メンバーの同意があれば、集団的に土地利用を変更することが可能である。有機農業では農薬の飛散などを防ぐため物理的にまとまった農地の取得が望ましいが、とりわけ小規模経営が主体のアジア諸国ではこの点が障壁となることも多い。中国も他のアジア諸国同様に小規模な家族経営が主体であるが、独特の土地制度と規制緩和は農地の集積において強みとなっている。

第4に、相対的に低い労賃と生産資材費がある。有機農業は技術的な特性上、害虫の防除、除草、肥培管理などに慣行栽培よりも多くの手間がかかる。特に作業工程が多い野菜や果樹などの有機栽培は、豊富で安価な労働力なしには成り立たない。ただし、中国でも近年農業労働力の減少や高齢化が進んでおり、農作業の受委託などのサービス産業が発展しつつある。

第5の強みとして、前項でみたとおり旺盛な国内需要がある。国内市場の急速な成長は、中国の有機農業ビジネスの成長の原動力となっている。

経営上の問題点――生産者へのアンケート

中国の有機農業ビジネスが直面する経営上の問題点に関する情報はまだ少ないが、国家認証認可監督管理委員会が実施した生産者のアンケート調査が参考になるので概要を紹介したい。本調査は中国国内の主要な有機認証機構6社のデータから無作為にサンプリングした120社の有機認証を取得した企業を対象に、2013年時点での経営状況について質問している。調査対象企業の販売先の構成比は、国内市場向け75%、輸出向け6%、国内市場・輸出両方行っているもの19%、となっている。なお、本項と次項で用いる数値などは、特に断りがない限り国家認証認可監督管理委員会編(2014)に基づいている。

企業の経営状態に関する質問に対し、51%の企業が「黒字」、19%が「赤字」、30%が「どちらでもない」と回答している。企業の操業年数との関係を見てみると、比較的新しい企業では赤字回答の比率が高いが、10年以上の企業では黒字回答が主となっている。有機農業では通常転換期間として2~3年を要するなど初期投資が大きいため若い企業は赤字に陥りがちであるが、操業年数の長い企業は生産管理技術、マーケティングの経験が蓄積され経営状態が安定していく、という傾向がみてとれる。

経営状態が黒字あるいは赤字となった主な原因については、以下のような回答が得られた(表2)。黒字となった主要な要因は、「国内市場の拡大」、「輸出が好調」、「販売価格の上昇」などであった。一方、赤字の主要な要因は「コストが高い」、「販路が確保できない」、「単収が低かった」(技術上の失敗)などであった。

表2 有機農業企業の経営状態の決定要因

表2 有機農業企業の経営状態の決定要因

出所:国家認証認可監督管理委員会編(2014、147)から筆者作成。

販売面の問題として、有機認証を取得した品目のうち実際に有機食品として販売できている製品の比率に関する回答も、興味深い(有効回答数80社)。驚くべきことに、有機認証を取得していても「全量を一般の商品と区別せずに販売」と回答した企業が25社にも上り、逆に「全量を有機農産物として販売」と回答した企業は6社に過ぎなかった。残りは「一部を有機農産物として販売」している。これは企業のマーケティング能力の差に起因するものであり、有機農産物の販売市場に大いに開拓の余地があることを示唆している。

写真2 北京市内の高級スーパーに並ぶ有機野菜

写真2 北京市内の高級スーパーに並ぶ有機野菜
課題

上記のアンケート調査から浮かび上がった経営上の問題点について、詳しくみていこう。まず、生産コストの高さを多くの企業が挙げているが、その原因として以下の3点が指摘できる。第1に、技術的な理由から有機農産物は生産段階で追加的な労賃や認証の管理などがかかる。作物によっても異なるが、労働力コストは慣行栽培の農産物と比較して30~50%高く、手間のかかる作物では6倍かかる。近年上昇している生産資材価格以外にも、年々上昇する労働力コストの存在も経営にとって大きな脅威となっている。慣行栽培からの転換期には、厳密な生産管理体制を確立するために時間がかかり、かつ一時的な単収の減少といった事態もしばしば発生する。さらに、有機認証取得時には、1品目につき毎年2万元(30~35万円)程度の登録料がかかる。第2に、独自の流通システムを構築する必要があるため、流通コストがかかる。第3に、生鮮野菜等の場合、消費者が有機農産物に外見の良さを求めるために廃棄量が増加することがコストを押し上げる一因となることが指摘されている18。このような追加的な費用は、最終的には販売価格に反映される。北京の5つの大型スーパーでの調査によれば有機食品の販売価格は一般の食品の2~5倍、一部の食品では8~10倍もの高価格で販売されている。なお、日本ではたかだか1.2~1.3倍程度である19

次に多い問題は、販路が確保できないというものであった。企業側の課題としては、マーケティング能力や消費者への説明能力の低さが指摘できるだろう。だが、中国では有機認証そのものに対する信頼性が低いという問題が存在する。国内市場には多くのニセ有機食品が出回っているといわれ、消費者の信頼を損なっている。これに対して、政府は繰り返し取り締まりを行っている。国務院は2011年に「有機産品認証実施規則」と有機食品の国家基準、2012年に「有機産品認証目録」を公布・施行し、大規模なニセ有機食品の取り締まりキャンペーンを展開した。その結果、2010年から2012年にかけて有機食品の生産量は統計上約18%も減少した20。2014年には有機表示の管理や流通管理の厳格化、違反者への罰則の強化などを新たに盛り込んだ、修正有機産品認証管理弁法が施行された21

加えて、消費者の啓蒙も重要である。なかには商品が適切に評価されないことを恐れて国内市場での販売を避け、より有機農産物市場の成熟した国際市場への販売を志向する企業もある22

まとめ

これまで見てきた通り、中国の有機農業は生産、消費、輸出において世界的に一定の位置を占めるまでに成長してきた。欧米や日本では有機農業が消費者による市民運動のなかで進展してきたのと大きく異なり、中国では初期段階では外資系企業による開発輸出、2000年代以降は政府主導で産業育成政策の一環として進められてきたという点は注目に値する。これに加えて、2001年のWTO加盟により早い段階で国際ルールを意識した安全基準や認証制度の整備が進んだこと、経済発展にともない国内需要が拡大したことも追い風となった。また、中国の近年の農業支援政策、相対的に低い労賃と資材費、土地制度上の理由から農地の集積が比較的容易な点なども、有機農業の発展に対する強みとなっている。

このような多くの強みがある一方、歴史の浅い中国の有機農業、とりわけ国内市場向けの生産は多くの問題点を抱えている。第1に、有機認証の信頼性の低さがある。この点については政府が近年法整備や取り締まりの強化などの対応策をとっており、今後の進展に期待したい。第2に、企業の経営能力の強化が課題である。企業の経営状態の分析の項でもみたとおり、マーケティング能力が不十分な企業が多い。また、生産コスト、特に労働力コストの上昇により経営が圧迫される傾向がある。有機農業企業が果たしている社会的貢献に鑑みれば、企業に対する政策的な支援、例えば市場情報の提供や生産に関わる補助金などの導入も検討すべきである。第3に、消費者の有機農業に対する理解が未熟である。すでに述べたとおり、中国国内の有機農産物は一般農産物と比較してかなりの高価格で販売されている。有機農産物の生産や販売にかかる諸コストの高さに加えて、消費者の有機農産物に対する理解の低さも、コストを押し上げる一因となっている。

農業の持続可能性には、経済と環境というしばしば相反する2つの側面がある。自然科学者であるキングは著作の中で政治や経済に関して多くを語っていないが、記述の端々に東アジアの農民の勤勉さへの驚嘆とそれに見合わない労働報酬の低さや租税負担の大きさへの懸念、それを解決するための新しい農法の普及への強い期待が読み取れる。その後の東アジアの歴史をみれば、政治経済体制の変化と急速な経済発展によって、大部分の農民はかつてのような貧困状態から脱却したといえよう。中国は日本や韓国より遅れて、2000年代半ばに農業・農村保護政策へと歴史的な転換を果たした。長年農民に課されていた農業関連税や負担金が廃止されると同時に農業補助金などの優遇政策が始まり、農工間格差の是正が新たな政策目標となっている。ただし、これまで東アジアの農民を過酷な農業労働から解放し、非農業部門での就業を可能にすることで豊かさに導いてきたのは、ほかならぬアメリカ流の近代農業技術であった、という点も見落とすことはできない。では現代の東アジアが今後目指すべき持続可能な農業とは、どのようなものだろうか。

農業はそもそも環境への影響や食の安全といった外部性の大きい産業であるが、中国ではその社会的なコストを誰が負担すべきか、という議論はまだ緒についたばかりである。市場の機能が不十分であることも加わって、改善されつつあるとはいえ食の安全という消費者の基本的なニーズが満たされず、それどころか安全な食品が奢侈品として取引されるという奇妙な事態に陥っている。環境と調和し、かつ経営として成立しうる農業を長期的な育成していくためには、農業の外部性を内部化するための環境補助金などの政策的な支援が必要となるだろう。例えばOECD諸国では、国民が望む環境水準を達成するために必要な社会的コストを生産者と消費者がどのように分担するか(農業への財政支援や税率のレベル)を選択するという考え方が農業環境政策のデザインにおいて広く受け入れられており(荘林・木下・竹田 2012)、CSAなどの社会運動がそのような民意の形成の一助となっている。CSAは中国でも広がりつつあるが、先進諸国と異なり政府と企業の強力なコミットメントのもとで進められている(Ogura 2019)。

キングが東アジアを訪れた当時から、中国農業を取り巻く状況は大きく変化した。中国は今後どのような持続可能な農業への道を模索していくのだろうか。同じく東アジアの日本農業の将来にも思いをめぐらせながら、期待を込めて注視していきたい。

著者プロフィール

山田七絵(やまだななえ)。アジア経済研究所新領域研究センター研究員。農学博士。専門は中国農業・農村研究。最近の著作に、岡本信広編『中国の都市化と制度改革』(第5章担当。アジア経済研究所、2018年)、清水達也編『途上国における農業経営の変革』(第2章担当。2019年)。

書籍:研究双書

書籍:研究双書

参考文献

(英語)

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  • ―――(2012)「太湖流域における農村面源対策とその実施過程:基層自治組織の役割に注目して」 大塚健司編『中国太湖流域の水環境ガバナンス:対話と協働による再生に向けて』アジア経済研究所、77-125ページ。
  • ―――(2015)「知られざる有機農業大国」『フジサンケイビジネスアイ』2015年11月10日付記事。
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  • ―――(2019)「中国における『農業産業化』と小農経営の変容―農民専業合作社による大規模畑作経営の事例―」清水達也編『途上国における農業経営の変革』アジア経済研究所。

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  • 国家認証認可監督管理委員会・中国農業大学編(2018)『中国有機産品認証与有機産業発展報告』北京:中国農業科学技術出版社。
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  • 中国緑色食品発展中心(2016)『無公害農産品統計数据』中国緑色食品発展中心ウェブサイト
  • ―――(2017)『緑色食品年報』同上。
  • 中国農業部編(2018)『中国農業発展報告』北京:中国農業出版社。
写真の出典
  • F・H・キング:Public domain.
  • 北京市内の高級スーパーに並ぶ有機野菜:2017年7月筆者撮影。

    1. 日本語版の訳者杉本氏の序文による(キング 1944; 2009)。本書の日本語版は訳者の検挙や共訳者の応召など様々な困難を経て1944年に出版され、2009年に復刊された。杉本氏も言及しているとおり、タイトルのPermanentという表現を「停滞的」との批判ととらえるか、「持続可能な」と前向きに理解すべきどうかには、議論の余地があるだろう。
    2. キングの著作から約50年後の1962年、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンはCarson(1962)で近代農業の環境や人体への影響に警鐘を鳴らした。農業の持続可能性にかんする国際的な議論の系譜については、山田(2011a)を参照。
    3. 詳しくは蒋・博(2011)、山田(2012)。
    4. 中国産農産物・食品の残留農薬などの安全問題は、市場経済化により商業的な農業生産が始まった1980年代末に香港、国内の広域流通システムが発達した1990年代後半には国内の大都市で、2001年WTO加盟により輸出量が急増すると日本をはじめ国外でもたびたび発生するようになった。詳しくは大島編(2007)など。
    5. オイシックス株式会社との経営統合にともない、2017年10月にオイシックスドット大地株式会社の代表取締役会長に就任(2018年7月、オイシックス・ラ・大地株式会社に社名変更)。
    6. 有機農業の基準としてコーデックス委員会やIFOAMのものが国際的に広く用いられており、その他各国が独自に定める基準がある。生産者が認可を得ることなく生産物を「有機」と名乗ることは多くの国で違法である。
    7. 『EICネット 環境用語集』「環境保全型農業」参照。
    8. 日中政府間協議を経て、中国の国家質量監督検査検疫総局が2002年8月に輸出入野菜検査検疫管理弁法を制定、輸出野菜栽培基地登録管理細則によって輸出企業の直営農場や契約農家の登録を義務付け、管理を強化した(大島編 2007)。
    9. 2018年12月に四川省成都市で開催された、第10回中国社会生態農業CSA大会資料による。同大会の概要と中国版CSAの特徴についてはOgura(2019)、中国におけるCSAの発展の経緯については山田(2011b)を参照されたい。
    10. 本項の記述は、断りがない限り国家認証認可監督管理委員会編(2014)、国家認証認可監督管理委員会・中国農業大学編(2018)、中国緑色食品発展中心(2016; 2017)に基づく。
    11. 2016年の無公害農産品の栽培面積は614万9688ヘクタール、取得企業数は1万833社、認証件数は2万1253件、販売額は2303万8140元であった(中国緑色食品発展中心 2016)。
    12. 国家統計局編(2018)に基づき、1ドル=6.76人民元で計算した。
    13. なお、単純な比較はできないが2016年末時点の一定規模以上の「龍頭企業」とよばれるアグリビジネスは、13万300社(中国農業部編 2017)となっていることからも、認証を取得している企業は限られていることがわかる。「龍頭企業」は農業産業化政策で用いられる政策用語で、農業インテグレーションによって地域農業をけん引する農産物加工企業の総称。規模や業績に応じて、国や地方政府が認定し、税制上の優遇などを受けることができる。
    14. IFOAMのデータに基づく表1の数値と異なるが、理由は不明である。
    15. 2014年のデータしか掲載されていないが、海外の有機認証を取得している中国国内の企業は1198社存在している。
    16. 近年の中国における農業の新しい担い手の発展状況や支援政策、農地政策の改革については山田(2019)、農作業の受委託サービスの発展状況については山田(2017)に詳しい。
    17. 2018年3月に環境保護部、農業部は廃止され、生態環境部、農業農村部が新設された。
    18. 2015年9月16日、筆者による株式会社大地を守る会本社でのインタビューに基づく。
    19. 注18に同じ。
    20. 「中国食品農産品認証信息系統」の認証取得企業による申告データによれば、2010年、2012年、2013年の有機農産物・食品の生産額の推計額はそれぞれ728億3000万元、597億3000万元、816億8000万元。
    21. 修正有機産品認証管理弁法では、有機認証マークに対し17桁のシリアルナンバーを発行することが定められ、消費者が正規の有機食品であるかどうかを確認できるようになった。その他の修正点として、国際基準やEU、日本など主要貿易国の基準の変更に伴うアップデート、中国の有機食品の輸入増加を反映し輸入品の管理・監督の条項の追加などがある。
    22. 2015年8月28日、筆者による河北省邯鄲市の有機農業企業、河北企美農業有限公司でのヒアリングに基づく。