Dilma大統領再選と経済状況

ブラジル経済動向レポート(2014年10月)

地域研究センター 近田 亮平

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貿易収支:10月の貿易収支は、輸出額がUS$183.30億(前月比▲6.6%、前年同月比▲19.7%)、輸入額がUS$195.07億(同▲5.1%、同▲15.4%)で、貿易収支は10月として1998年以降で最大の赤字額となる▲US$11.77億(同▲25.3%、同▲423.1%)を記録した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,919.65億(前年同期比▲4.2%)、輸入額がUS$1,938.36億(同▲4.2%)で、貿易収支は▲US$18.71億(同▲2.1%)と前月より赤字額が拡大した。

輸出に関しては、一次産品がUS$81.43億(1日平均額の前月比▲16.6%)、半製品がUS$28.03億(同▲1.4%)、完成品がUS$68.47億(同▲5.7%)であった。主要輸出先は、1位が米国(US$22.80億、同▲7.1%)、2位が中国(US$20.44億、同▲32.7%)、3位がアルゼンチン(US$11.68億、同▲7.6%)、4位がオランダ(US$10.20億)、5位がドイツ(US$6.31億)だった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では圧延鋼材(+259.3%、US$2.25億)、減少率では石油採掘プラットフォーム(▲100.0%、US$10万)がそれぞれ100%を超える増減率を記録した。また輸出額では(「その他」を除く)、鉄鉱石(US$18.90億、同▲41.3%)、原油(US$13.01億、同+32.6%)の2品目がUS$10億を超える取引高を計上した。

一方の輸入は、資本財がUS$42.38億(1日平均額の前月比▲0.2%)、原料・中間財がUS$91.51億(同▲4.4%)、非耐久消費財がUS$17.55億(同▲2.2%)、耐久消費財がUS$18.06億(同+2.6%)、原油・燃料がUS$25.57億(同▲37.8%)であった。主要輸入元は、1位が中国(US$34.98億、同▲0.5%)、2位が米国(US$30.64億、同▲5.2%)、3位がアルゼンチン(US$11.68億、同▲14.7%)、4位がドイツ(US$11.14億)、5位が韓国(US$7.72億)だった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では農業用のその他の原料(+19.0%、US$12.79億)、減少率では原油(同▲50.5%、US$9.46億)が顕著だった。また輸入額では、原料・中間財である化学薬品(US$26.23億、同▲3.7%)や鉱物品(US$15.52億、同▲19.0%)などの5品目、資本財である工業機械(US$11.63億、同▲20.2%)、その他の燃料(US$16.11億、同▲23.1%)がUS$10億を超える取引額を計上した。

物価:発表された9月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は、0.57%(前月比+0.32%p、前年同月比+0.22%p)と予想より高い数値となった。食料品価格が0.78%(同+0.93%p、+0.64%p)と大幅に上昇した影響が大きかった。年初累計は4.61%(前月同期比+0.82%p)で、過去12ヶ月(年率)が6.75%(同+0.24%p)と前月(6.51%)に続き政府目標の上限6.5%を上回ることとなった。

食料品に関しては、前月マイナスだったタマネギ(8月▲0.55%→9月10.17%)が2桁の上昇を記録したほか、ビール(家庭用:同0.37%→3.48%、外食用:同▲0.51%→1.02%)など多くの品目で価格が上昇し、その中でも消費量の多い牛肉(同0.43%→3.17%)の値上がりが物価全体の上昇に与えた影響が最も大きかった。非食料品に関しては、航空運賃が17.85%も値上がりし牛肉の次に全体的な上昇への影響が大きかったため、運輸交通分野(同0.33%→0.63%)の伸び率が顕著であった。また、固定電話の料金改定が行われた通信分野(同0.10%→0.13%)に加え、衣料分野(同▲0.15%→0.57%)や個人消費分野(同0.09%→0.39%)でも上昇幅が拡大した。上昇幅は縮小したものの、電気やガスの料金が値上がりしたため住宅分野(同0.94%→0.77%)は高い数値となった。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は29日、Selicを11.00%から11.25%へ0.25%p引き上げることを決定した。今回のSelic引き上げは、景気回復が一つの争点だった大統領選挙の終了3日後に行われたこともあり、市場では予想されておらず驚きをもって受け止められた。Selicは5月に11.00%へ引き上げられてから、芳しくない経済状況のなか3回連続で据え置かれていたが、中央銀行は物価(IPCA)の政府目標の達成を重視する姿勢を明確化すべく、思い切った利上げに踏み切ったと見られている。ただし今回の決定に関しては、Tombini総裁をはじめ5名の委員が引き上げに賛成したものの、残りの3名が据え置きを主張したことから、Copomの中でも物価と景気のバランスに関して意見が分かれていることをうかがわせた。

為替市場:10月のドル・レアル為替相場は、経済界からの支持が高いPSDB(ブラジル社会民主党)のAécio候補が大統領選の決選投票に残る可能性が高まったことでレアル買いの動きが強まり、5日(日曜)に行われた第1回目の投票でAécio候補が決選投票に残ったため、週明けの6日にドルは▲1.8%も下落した。また、米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録が公開され、世界的な景気回復の鈍さから米国の早期利上げ観測が後退したこともあり、ドルは9日にUS$1=R$2.3908(買値)の月内最安値を記録した。その後、ヨーロッパをはじめとする世界的な景気に対する不安感が強まりドルが上昇する一方、大統領選で経済運営が批判されているDilma大統領ではなく、Aécio候補の支持率が伸びたことでレアルを買う動きも見られた。

しかし月の半ばになると、大統領選の候補者による討論会でAécio候補の評価が芳しくなかったことでレアルが売られる展開となった。世界経済の減速傾向が強まり、リスク通貨であるレアルを売って安定的なドルを買う動きが活発化したことや、第1回投票後の世論調査で僅かながら初めてDilma大統領の支持率がAecio候補を上回ったことで、為替相場は2008年12月以来のUS$1=R$2.5を上回るドル高レアル安水準に達した。その後、大統領選の決選投票日を前に為替は神経質な動きとなり、26日(日曜)の決選投票でDilma大統領が勝利したことを受け、翌日の27日に2005年以来のドル高レアル安レベルとなるUS$1=R$2.5341(売値)を記録した。

ただし月末にかけて、再選されたDilma大統領が野党や企業などとの対話を重視する姿勢を強調したことや、11月から経済に関して具体的な施策を講じると発言したことが市場で評価されたことに加え、Selicの引き上げで高金利通貨のレアルを買う動きが活発化した。その結果、ドルは10月に今年の最高値を更新したものの、月末は前月末比▲0.28%の下落となるUS$1=R$2.4436(買値)で取引を終えた(グラフ1)。

グラフ1 2014年のレアル対ドル為替相場の推移
グラフ1 2014年のレアル対ドル為替相場の推移
(出所)ブラジル中央銀行

株式市場:10月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、世論調査でDilma大統領再選の可能性が高まったことや、9月の貿易収支が同月として1998年以降で最大の赤字額となったことで、大幅な下落で始まった。しかし、大統領選でAécio候補の支持率が高まり、第1回目の投票の結果、Aécio候補が予想以上の得票率を獲得し決選投票に残ると、それを好感して一日で4.7%もの大幅上昇となった。月の半ばは、低調な米国の小売売上高など世界経済に対する悲観的な見方による売りと、大統領選でのAécio候補当選への期待感から「選挙キット」と呼ばれる政府系企業の株に対する買いが交錯する展開となった。

しかし、大統領選で両候補の接戦状態から先行き不透明感が高まったことに加え、ブラジルの9月の正規創出雇用数が前年同期比で▲41%と大幅に減少したことから、16日には一日で▲3.24%もの大幅下落となった。その後も、米国をはじめとする世界的な株安の影響からBovespaも連日値を下げるなか、決選投票直前の世論調査でDilma大統領が初めてAécio候補をリードしDilma大統領の再選の可能性が高まったことや、Moody’sによるPetrobrasの信用格付けの引き下げにより、21日も一日で▲3.44%の大幅下落となった。そして、株価は大統領選の決選投票日を前に乱高下した後、経済運営に対する批判の多いDilma大統領が再選されると、PetrobrasやEletrobrasなど政府系企業の株を中心に大きく売られ、決選投票日明けの27日に月内最安値となる50,504pまで下落した。

しかし月末にかけては、Dilma大統領が再選されたものの、新政権において市場をより重視する新しい経済チームが組織されるであろうとの期待感から、株価は反発。米国の早期利上げ観測が高まったことで一時下落したが、Selicの引き上げが政府と中央銀行のインフレ抑制に対する強い意志として捉えられたこと、Petrobrasが燃料価格の変更を行うのではとの観測が高まったこと、日本銀行が追加金融緩和策を発表したことなどを好感して上昇した。そして、月末の株価は54,629pで、前月末比で+0.95%とほぼ同じレベルで10月の取引を終了した(グラフ2)。

グラフ2 2014年の株式相場(Bovespa指数)の推移
グラフ2 2014年の株式相場(Bovespa指数)の推移
(出所)サンパウロ株式市場

ただし、月末31日に発表された政府財政は▲R$204億の赤字で、現在の統計方法になった1996年以来で最大の赤字額を記録し、僅かながら8月まで黒字だった2014年の年初累計も▲R$157億の赤字となった。政府は2014年の財政目標(プライマリー・サープラスの対GDP比1.9%)を見直す意向を表明しており、再選されたDilma大統領と政府は厳しい経済状況に直面していることを露呈する結果となった(グラフ3)。

グラフ3 政府財政の推移:2012年以降
グラフ3 政府財政の推移:2012年以降
(出所)ブラジル中央銀行
(注)プライマリー・サープラスは右軸、対GDP比は左軸。政府財政目標(プライマリー・サープラスの対GDP比)は、2013年までが2.3%、2014年が1.9%。