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【研究会開催報告】研究プロジェクト「東アジア地域における貿易投資ルールの政治学・経済学的分析」

「RCEPをどう見るか:政治学・経済学の研究課題」

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2020年11月に、日本、ASEAN諸国、中国、韓国、オーストラリアなど、15か国がRCEPに署名しました。世界最大規模の自由貿易圏が誕生することになります。

途上国の経済発展の研究をミッションとしているアジア経済研究所にとっては、RCEPの経済、社会的な影響や、今後の見通しを分析することは非常に重要な研究課題です。そこで、この度、アジア経済研究所は東アジア地域における貿易投資ルールを政治学的、経済学的に分析する研究会を発足させました。そのキックオフミーティングを通じて明らかになったRCEPを巡る論点を紹介します。(2021年1月26日 オンラインにて開催)

目次

開会挨拶
深尾 京司 アジア経済研究所長、一橋大学経済研究所特任教授

イントロダクション:貿易ルールの形成の変遷と今後
佐藤 仁志 アジア経済研究所 開発研究センター長

テーマ1 市場アクセス---サプライチェーンの効率化の観点
早川 和伸 アジア経済研究所 開発研究センター 主任研究員
熊谷 聡  アジア経済研究所 開発研究センター 経済地理研究グループ長

テーマ2 ルール分野の新規性
箭内 彰子 アジア経済研究所 新領域研究センター 主任研究員
梅﨑 創  アジア経済研究所 開発研究センター 経済統合研究グループ長

テーマ3 ASEANと中国にとってのRCEP
鈴木 早苗 東京大学大学院総合文化研究科 准教授
江藤 名保子 アジア経済研究所 地域研究センター研究員

まとめ
深尾 京司 アジア経済研究所長、一橋大学経済研究所特任教授

開会挨拶

深尾 京司


深尾 京司
アジア経済研究所長、一橋大学経済研究所特任教授

本日は研究プロジェクトのキックオフミーティングとして、現在我々が持っている情報で何が言えるか、今後どのような研究に注力すべきかについて議論したいと思います。

RCEPを研究する場合、二つの点で難しい問題があると思います。一つは、既にアジア太平洋圏では、さまざまな地域貿易協定が結ばれているために、既存のRTAをできるだけ広範に、かつアップデートして把握した上で、それを前提にRCEPの経済的な効果を分析する必要があるという点です。例えば、ピーターソン国際経済研究所の、RCEPの経済効果に関する研究が、昨年発表されていますけど、それは既存のRTAに関してかなり古いデータに基づいている。もっとアップデートしたら、何が言えるかというのは重要な課題だと思います。

もう一つは、自由で公正な貿易を実現していくためには、関税の引き下げや撤廃だけでは十分でなく、さまざまな国際ルールを適用していくこと、各国の制度をハーモナイズすることが重要だという点です。ASEAN諸国や中国のように、補助金や、国営企業、投資規制等で国際ルールとハーモナイズが十分に進んでいない国が参加しますので、いかに国際ルールを形成、適用していくかがRCEPの成功には非常に重要です。国内問題も緊密に絡んできますので、政治、社会の問題を含め、広いスコープの分析が重要だと考えています。今回、政治、社会、ASEANがご専門の方々にご参加いただいたのは、この2番目の問題にも、アジ研としてきちんと研究していきたいという問題意識があります。

活発な議論をして良いキックオフミーティングになることを期待しています。


イントロダクション:貿易ルールの形成の変遷と今後

佐藤 仁志


佐藤 仁志
アジア経済研究所 開発研究センター長

広域の地域貿易協定の締結が進めば、世界が共有できる貿易ルールの姿が見えてくるのではないか

近年の貿易自由化は、RCEPのような地域的な貿易協定が中心になっていますが、世界全体で共通の多国間の貿易ルールはWTO協定です。今日の議論に先立って、貿易ルール形成の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。

WTO協定の淵源は1934年の米国の互恵通商協定法に求められます。世界恐慌で保護貿易に行き過ぎてしまった反省もあり、米国はこの互恵通商協定法で貿易自由化を進めました。その特徴は互恵的な関税引き下げと、無差別性(最恵国待遇)1にありました。これらの原則がGATT(関税及び貿易に関する一般協定)とWTO協定に継承されました。

地域貿易協定は、参加国に限定した貿易自由化で、WTO協定の無差別原則とは相容れません。そこでWTO協定は、より高い水準の貿易自由化を実現するなどの条件を付けて地域貿易協定を認めています。

地域貿易協定は1990年代半ばから急増し、現在発効済みのものだけで300を超えます。なぜ地域貿易協定がここまで増えたのでしょうか。スイスの国際開発研究大学院のボールドウィン教授らは、貿易転換効果2が連鎖的に働くことを指摘しています。地域貿易協定は参加しない国にとって経済的に不利に働きがちなので、そこに参加するか、あるいは別の地域協定を促すということです。

新興国の経済的な台頭によって、先進国を中心にいわゆる「level playing field(公正な競争条件)」を求める声が強くなっていることも関係しているでしょう。GATT/WTOは途上国に様々な例外を認めてきた経緯もあって、新しい貿易ルール作りはまとまりづらい。そこで新たな地域貿易協定で議論しようというわけです。

欧州や北米の経済統合の動きも手伝って、ASEAN諸国は1990年代から自由貿易地域を目指してきました。アジア通貨危機も協調を促したと思います。2000年代に入ると、東アジアにおける広域自由貿易協定(FTA)構想が議論されるようになり、これがRCEPにつながりました。また、ASEANは日本、中国、韓国、インド、豪など周辺諸国と個別にFTAを締結していきました。これらもRCEPの下地となりました。

RCEPの内容は後で詳しく議論されるので、ここでは省略しますが、電子商取引などWTO協定にはない新しい分野を含む包括的なものになっています(表1)

昨年末にEUと中国が投資協定を締結しました。これは自由貿易協定の準備と言われています。EUを脱退した英国はCPTPPへの参加希望を表明しました。新政権になったばかりで予測がつきませんが、アメリカとEUの自由貿易協定の交渉は続いています。世界的な貿易ルールは無差別原則を掲げるWTOで議論されるのが理想ですが、機能しているとは言い難い。RCEPのような広域の地域貿易協定の形成が進めば、世界が共有可能な新しい貿易ルールの姿も見えてくるように思います。

表1:RCEP、CPTPP、WTO協定の概要

表1:RCEP、CPTPP、WTO協定の概要

出所:外務省ホームページなどから作成
  1. 最恵国待遇とは譲許内容が参加国に無差別に適用されること。
  2. 地域貿易協定による貿易自由化の結果、本来は安く輸入できる域外国からの輸入が域内国からの輸入に置き換わり、経済効率性を損ねてしまうことがある。これを貿易転換効果と呼ぶ。

テーマ1:市場アクセス---サプライチェーンの効率化の観点

早川 和伸


早川 和伸
アジア経済研究所 開発研究センター 主任研究員

関税引き下げの効果は日中・日韓の貿易で大きい。原産地規則1 も柔軟になる

RCEPによる貿易拡大の可能性を関税と原産地規則に絞ってお話します。RCEPによって日本と中国、日本と韓国の間に初めて自由貿易協定(FTA)が生まれることになります。RCEPの特恵関税が利用可能になるため、これにより貿易創出効果が期待できます。それから、既にFTAがある国同士でも年によってはRCEPの特恵関税率のほうが低くなる品目があります。特にオーストラリア、ニュージーランド、日本からCLMV諸国への輸出で顕著です。

次に原産地規則による効果ですが、3点ほど指摘できます。まず、この地域の既存のFTAと比べ、RCEPの方がより柔軟な原産地規則を設定している品目がそれなりにあり、これにより特恵関税を新たに利用する企業も増えるでしょう。

次に、発効とともに認定輸出者制度2 が利用可能になり、発効後一定期間内に輸出者による自己証明制度も導入されます。既存のFTA利用時よりも原産地証明手続きの負担が減る企業が出るでしょう。

最後は、原産地認定基準の累積規定です。例えば、日本から中間財を輸入してタイで組み立てて中国に輸出するケースでは、中間財がタイ原産ではないので、中国に輸出する際にASEAN・中国FTAの原産地規則を満たすことは困難です。RCEPによって日本、中国、タイが一つのFTAに含まれるので、このようなケースでも原産地規則は満たしやすくなります。RCEPが全ての参加国で発効した後、完全累積の導入も検討することになっており、導入されればさらに原産地規則を満たしやすくなります。

熊谷 聡


熊谷 聡
アジア経済研究所 開発研究センター 経済地理研究グループ長

IDE-GSM3 で暫定的に試算した関税削減の効果は日本にメリット大

原産地規則の累積効果などを除く暫定的な関税削減の効果をIDE-GSMで試算してみました(表2)。RCEPが2021年に発効すると仮定し、2030年時点での経済効果についての大まかな試算です。早川さんが指摘したとおり、現在FTAがない国の間で貿易創造効果が強く働き、特に日韓両国はメリットが大きいようです。全体では日本の経済効果が大きく出ています。関税削減の効果だけでも日本はGDP比0.7%増という結果で、他の地域貿易協定について試算した経験からはかなり大きく感じられました。その他の国では、それほど大きな効果は見られませんでした。小さいながらもマイナスの出た国も一部ありました。

IDE-GSMの特徴として、経済効果を国内の地域別に試算することができます。中国で言えば省のさらに1つ下、日本で言えば県単位の行政区画レベルです。産業別の試算もできるので、どの地域のどの産業でどれくらいの効果が出るかという試算も可能です。

今後の研究課題として、まず原産地規則の累積効果を工夫して取り込みたい。それからRCEPの参加国が変化した場合の影響ですね。例えば今回不参加を決めたインドが参加するとどうなるか、といったシナリオも試してみたいです。各国にとってのRCEPのメンバーシップの価値ということです。

逆に、日本や中国が不参加になるとRCEP全体の利益がどれくらい減るか。各国のRCEP全体への利益貢献と交渉力とを結びつけて分析ができると面白いと思います。

表2 RCEPの関税削減効果(2030年時点、ベースライン比)

表2 RCEPの関税削減効果(2030年時点、ベースライン比)

(出所)IDE-GSMによる試算
(注記)経済効果は、2030年時点での各国・各産業のGDPについて、ベースライン(RCEPが発効しない場合)と比較した場合の単年での変化率。

(議論)

深尾:原産地規則の累積効果をIDE-GSMでどう試算するか、少し説明していただけますか。

早川:累積効果は原産地規則を満たしやすくなる効果ですが、以前にこれを非関税障壁の低下とみなして試算したことはあります。今回方法をもう少し検討してみたいと思います。

梅崎:関税以外のルール分野、例えば投資なんかでの自由化はIDE-GSMにどう取り入れられますか。

早川:ルール分野はやはり非関税障壁の低下として取り入れる。投資に関しては生産性が上がる効果もあると思うので、そういう組み込み方も可能かもしれません。

江藤:コネクティビティの拡充がどう試算に反映できるか伺いたいです。

熊谷:物理的なインフラ整備の効果は、物流における費用の低下と時間短縮の効果として取り入れています。制度の整備は例えば通関手続きが改善されて所要時間が短縮されたという形で分析できます。

佐藤:中国は0.07%と小さい数字ですが、その背景は分かりますか。インドはほとんど変化なしという結果ですが、もしRCEPに参加していたらどうだったでしょうか。

早川:中国にとって今回初めてFTAを結ぶのは日本だけです。その日本では、5割弱の品目の一般関税が既に無税なので、大きなプラスにならないのはそのためだと思います。インドは中国だけでなくオーストラリア、ニュージーランドともFTAがないので、もしRCEP加盟国として試算したら、ひょっとして日本より大きい経済効果になるかもしれません。

  1. RCEPの特恵関税は締約国内で生産された物品に適用される。原産地規則は物品の原産地を決めるルール。
  2. 認定輸出者制度は、政府などから認定を受けた輸出者が原産地証明書を作成することができる制度。
  3. IDE-GSMは2007年からアジア経済研究所で開発が進められている応用一般均衡(CGE)モデル。空間経済学をベースに、輸送費や取引費用の変化に伴う産業や人口集積の変化をシミュレーション分析できる。

テーマ2:ルール分野の新規性

箭内 彰子


箭内 彰子
アジア経済研究所 新領域研究センター 主任研究員

ルール分野の新規性を測るには、広さと深さに注目したい。知的財産権ではTRIPSプラスの規律も

RCEPのルール分野を考える上で新規性と実効性という二つの側面が考えられますが、今日は新規性に焦点を当ててお話したいと思います。すべてのRCEPメンバーがWTOに参加しているので、新規性を測る上でWTOが一つのベンチマークとなります。また、この地域には既に多くの地域貿易協定が存在しており、それらとの比較も重要です。

新規性には、規律分野の広さと、どこまで規律しているかという深さの二つの軸があります。広さに関しては、RCEPの場合、競争、電子商取引、中小企業に関する規定など、WTOにはない分野が扱われており、この点では充実しているといえます。一方、他の協定、例えばCPTPPなどにはあるけれどもRCEPにはないという分野もあり、環境や労働、国有企業などは含まれていません。

深さについては、例えば知的財産権に関しては、WTO以上の規律、すなわちTRIPSプラスになっているものが幾つかあります。RCEPでは悪意で行われた商標出願の拒絶、取消の権限ですとか、部分的な意匠も保護対象です。これらの規定はCPTPPと比較しても踏み込んでいると思います。

一方、CPTPPより緩い面もあるようです。WIPOが管理する知的財産権関連の国際条約について、CPTPPは発効までの加入を義務づけていますが、RCEPでは加入義務はあっても、その期限が決められていません。また、ブタペスト条約については努力義務、シンガポール条約やUPOV(ユポフ)改正条約についてはさらに緩い規定となっています1

梅﨑 創


梅﨑 創
アジア経済研究所 開発研究センター 経済統合研究グループ長

発展段階の違う国々が先進的な規定に合意するためには、留保条件はやむを得ない。協定の実効性の担保が今後の焦点

電子商取引と投資を中心にお話しします。電子商取引に関する規定では一般に①自由なデータの越境流通、②データ・ローカライゼーション要求の禁止、③関税の不賦課、④ソース・コード開示要求の禁止、⑤デジタル製品の無差別待遇、⑥暗号関係技術開示要求の禁止、などが論点になります(表3)。このうちRCEPが明確に規定しているのは最初の三つだけです。CPTPPと比較すると、後発国に対する一部規定の適用まで猶予期間が長く、安全保障を含む公共の利益を理由とした適用除外に関して、制限する側に裁量の余地が多く残されています。④と⑤については言及がありますが、今後の検討事項とされているだけです。

投資に関しては、パフォーマンス要求の禁止項目の中にAJCEPの投資章にはないものが含まれているので、法的安定性や予見可能性の向上が期待できそうです。CPTPPとは大きな違いはありませんが、発展段階に考慮してCLMVを適用除外にしている部分があります。

制度面では、毎年開催される閣僚会合の下に常設の合同委員会と事務局の設置が新しい点です。その機能や役割が協定の実効性を高めるような制度設計に期待したいところです。ただ、電子商取引に関しては、前述のCPTPPとの相違点に加えて、締約国間の「意見の相違」が第19章(紛争解決)の対象外とされていますので、RCEPで規定そのものの実効性、何らかの事案が生じた場合の実際の手続きを注視していく必要があります。

表3.電子商取引に関する規定

 表3.電子商取引に関する規定

(出所)板倉陽一郎「DFFT(データフリーフロー・ウィズトラスト)と経済安全保障」経済安全保障研究会・研究報告No.6(2020年12月24日)、外務省ホームページ、各協定条文などに基づいて作成、AJCEPには電子商取引についての規定なし。

(議論)

鈴木:電子商取引と知的財産については、ASEAN+1の FTAでは明確に規定されなかったが、RCEPでは入ったと理解していいでしょうか。ルール分野についても既存のFTAの有無で影響が違うと考えて良いでしょうか。

箭内:知財は少し特殊で、FTAでTRIPSの上積みを規定すると、FTAメンバーだけでなく他のWTOの加盟国にそれが均てんされます。ASEAN+1から比べると、今回のRCEPで知財保護はだいぶ強化されるのではないかと思います。

梅崎:電子商取引は新しい分野ということもあって、途上国同士のFTAでは含まれないものが非常に多い。RCEPは途上国が参加しているので、留保条件がいろいろ付いているが、ルールの枠組みを設定したのは大きな前進と見ています。

早川:最近の中国では、サイバーデータ関連の法案策定が進んでいるが、そういった国内法とRCEPは抵触してこないのでしょうか。批准の段階で問題になりませんか。もちろん安全保障上の理由などで例外化するのかもしれませんが。

梅崎:電子商取引の規定にいろいろと留保条件があるのは、まさに各国の国内法との整合性を担保するためでしょう。

江藤:そこは本当に懸念されるところだと思います。中国の基本的な対応は、国内法が優先です。例えば今年の2月から施行される海警法も国際法とは合致しません。経済面に関しては、中国は国際ルールの中で市場メカニズムに則って勝負をしても勝てるようになったと考えているようですし、自分たちはルール通りやっていると主張するでしょう。それから、恐らくこれから大きな論点の一つになるのは国際規格です。「中国製造2025」の後継の経済戦略として「中国標準2035」というのをこの2年ほどかけて策定しています。戦略的に国内規格を統一して、それを国際規格化しようとしています。

  1. ブタペスト条約:特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関する条約(1980年発効)、シンガポール条約:商標法に関するシンガポール条約(2009年発効)、UPOV改正条約:1991年に改正された植物の新品種の保護に関する国際条約(1968年発効、1991年に第3次改正)

テーマ3:ASEANと中国にとってのRCEP

鈴木 早苗


鈴木 早苗
東京大学大学院総合文化研究科 准教授

今後のルールづくりや履行において、RCEPがASEAN主導のFTAでありつづけるか注目される

ASEANにとってのRCEPについて、三つの観点からお話しします。

まず制度面ですが、RCEPはASEANが提案して始まったものです。日本と中国が参加国の異なる東アジアのFTA構想をそれぞれ提案して、それがうまくいかないので、最終的にASEANが参加国をオープンにする形で提案して、結果的に16か国が参加して交渉が始まったのです。ASEAN諸国は、RCEPはASEANの経済統合、ASEAN+1の FTAに連なっていく協定と見ています。つまり、ASEANの中心性、つまりASEANが運転席に座るとよく喩えられる議論の延長線上にRCEPは位置づけられています。RCEP事務局がASEAN事務局に置かれることになるのかなども含めて、RCEPの運用が制度的にどの程度ASEANに紐づくものになるか注目したいです。

次に経済面に関しては、報道ではRCEPの受け止め方は二極化していて、タイでは農産品の輸出拡大が期待されていますが、インドネシアでは、競争激化による産業への悪影響が懸念されています。あくまで受け止め方ですが、政治的な動きにつながってくるかもしれません。

最後に政治安全保障面ですが、東アジアのFTAを議論していた東アジアサミット(EAS)やASEAN+3は、RCEPの提案の経緯やEASへの米露参加などで、RCEPの母体枠組みとしては機能しなくなりました。ただ、インド太平洋構想などの地域構想が出てくる中で、RCEPが今後どう位置づけられるのか、注視する必要があります。

江藤 名保子


江藤 名保子
アジア経済研究所 地域研究センター研究員

中国は国際戦略の一環として多国間貿易を重視しており、RCEPも経済と政治の両面において強かに活用していくだろう

中国は非常にポジティブにRCEPを捉えている、RCEPは経済的な観点だけでなく総合的に評価する必要がある、という二つを指摘したいです。

経済的メリットに関しては、中国は、世界最大の自由貿易区ができたと非常に高く評価しています。政府見解でも2019年に中国から参加14か国へ160億ドルの投資があり、参加国からの対中投資は140億ドルあったと指摘されています。それから、中国はRCEPのイニシアチブはASEANにあることを認めていて、ASEAN+1のFTAの集合的アップグレードとして評価しています。中国がこれを主導したとは言っていません。

ただし中国にとって政治的なゲインはとても重要だったはずです。今、中国はアメリカを真っ向から相手にするのではなく、アメリカが苦しんでいる間に中国がグローバルガバナンスの中心に座ってしまえば、アメリカも言うことを聞かざるを得ない部分が出てくるという戦略だと思います。昨年9月の国連総会で習近平国家主席は2060年のカーボンニュートラルの目標を表明し、新型コロナ対応ではマスクやワクチンの供給など世界貢献をアピールしています。経済分野ではアジア(RCEP)やヨーロッパ(EU・中の投資協定)との協力を進め、多国間貿易を推進すると言っています。

先ほどお話しした国際規格の議論にみられるように、経済における実質的な支配力を高めるのが中国の目標です。それが高まれば、国際社会を誘導するディスコースパワーが高まる。つまり経済的なパワーを政治的なパワーに転換させることが可能になると考えて、野心的に様々なことを動かしています。

(議論)

鈴木:ASEAN諸国の現地新聞では、アメリカのトランプ政権は国際ルールに背を向ける一方、中国は、RCEP締結で国際ルールの尊重する姿勢をアピールしているという点が報道されていました。バイデン政権になり、対米関係において中国が国際ルールを重視するという話は、どこまで有効でしょうか。

江藤: 通常は国際ルールに則った行動をとると思いますが、問題は中国の国益、あるいは中国の核心的利益と言われる部分に抵触する時は、国内論理に戻ってしまうということです。また中国の伝統的な考え方として、力がある人が言うことに従うべきだという発想もあると思います。中国共産党は、国内ばかりでなく国際社会に対しても「力があり、正しいことを言っているのだから周囲が従うべき」という姿勢を示しています。ルールは理解するし、活用もするが、党の認識に合わないときは従わないという行動規範が問題です。ルールを交渉する外国から見れば、最終的に守られるかどうかという信頼性の問題になってしまうわけです。信頼を欠いた状態でどう経済活動をやっていくか、という対策論をするのが現実的な解答になってくるのかなと思います。

箭内:今のルールと規範の話は腑に落ちます。知的財産権の分野でいうと模倣品・海賊版対策などがそうです。ルールのハーモナイゼーションで模倣品・海賊版の取締りが担保できないのであれば、RCEPが導入したように水際措置を強化せざるを得ません。そうした対抗的なルール形成が正しい方向なのかどうか、難しいところです。

それから、鈴木さんにお尋ねしたいのですが、RCEPなどASEANで一枚岩になって外と交渉する意識と、ASEAN域内の経済格差から来る意見の違いはどのように克服しているのでしょうか。

江藤:とても難しい課題ですね。強制的あるいは場合によっては懲罰的な措置も取り入れつつ毅然としなければ、長い目で見たときには、ルールそのものが瓦解するか、中国が(守れる)ルールを作るようになってしまうでしょう。

鈴木:域内格差解消自体も大事ですが、ASEAN全体として経済発展をしなければ格差解消もできないという意識の方が強くなっていると思います。先行できる国から進めて、それ以外は後から参加という「ASEANマイナスX方式」がまず確立され、2000年代からは、2か国以上(例えばシンガポールとマレーシア)が進められる自由化ルールならASEANの協定として作ろうという「2+X方式」にシフトしています。こういう形でCLMVにピアプレッシャーを与え、CLMVにも投資をどんどん呼び込んで経済成長を促していくのが有効なのではないかという認識がありそうです。

佐藤:ルールを決めても、運用する段になるとやっぱり争う部分が出てくる。RCEPの履行をどう確保していくかはとても大事だと思います。それから、信頼性に欠ける国とどうつき合うのかということですが、それだと深い協力関係は作れません。RCEPは多くの国が参加しています。決めたルールに従わない非協調的な対応は、自分に跳ね返ってきて損をするという環境ができるといいと思います。 


まとめ:日本にとっての意義と今後の研究課題

深尾 京司


深尾 京司
アジア経済研究所長、一橋大学経済研究所特任教授

ルール分野の意義や効果などやるべき研究は多い。東アジア地域の均衡の取れた発展が重要です

E・H・カーの『危機の二十年』という戦間期を回顧した有名な著作があります。本の最初の方に自由貿易主義に対する批判が延々とあって、以前は腹が立ったのですが、今や我々は同じような状況になっているというのを今日の議論で痛感しました。冷徹なリアリズムで、価値観が共有できないような覇権をいかに防ぐかという視点はどうしても重要になってくるのかなと思います。

その意味でもルールの問題は大事で、そもそもルールの効果をどう測るかということ。それから協定履行のための事務局やモニタリングが大事だと思います。どうしても守るべき点は守っていくという仕組みを作っていく。

中国は大国ですが、高齢化が進んで成長もおそらく減速していく。米中対立も容易には解消せず、中国への圧力は続いていく。インドやASEANも人口は十分大きいわけで、リチャード・ボールドウィン教授が言うようなグレート・コンバージェンス(大収斂)が起こって一人当たりGDPが次第に近づいていくと、中国の相対的な重要度はもしかしたら減っていく。他の国々も発展して、中国だけが突出しない経済という視点はやはり重要だと思います。

残念ながらRCEPに入らなかったようですが、国営企業を含めて補助金の問題は非常に深刻です。それを計量的に分析する研究プロジェクトをアジ研で別に進めています。できればそこでの議論も、今後この研究会の議論にも寄与できればと思います。

ASEANの中の政治的な問題、ASEAN+1と比べて、今回RCEPでどう変わったのか、内部の格差の問題なども非常に大事だと思います、ぜひ研究を進めていただければと思います。やることはいっぱいあるというのが印象です。特にルールの研究は大変だと思いますがよろしくお願いします。

本日はありがとうございました。


<関連する論文、報告書>

アジ研ポリシーブリーフ No.140 RCEPは本当に質が低いのか?――関税率の観点から 早川和伸 https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/PolicyBrief/Ajiken/140.html

アジ研ポリシーブリーフ No.141 RCEPの貿易創出効果――原産地規則の観点から 早川和伸 https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/PolicyBrief/Ajiken/141.html

<研究会のページ>

東アジア地域における貿易投資ルールの政治学・経済学的分析

https://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Project/2020/2020260005.html

<関連するページ>

ジェトロ地域・分析レポート特集「RCEPへの期待と展望-各国有識者に聞く」

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0202