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RCEPは本当に質が低いのか?――関税率の観点から

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.140

2021年2月1日発行

PDF (737KB)

  • これまで地域貿易協定が存在しなかった、日中間、日韓間の間でも特恵関税が利用可能になる。
  • 既にその他の地域貿易協定が存在するペアにおいても、RCEPによりさらに低い関税率が利用可能になる品目も少なくない。

2020年11月、ついに東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)が15カ国(日中韓にASEAN10カ国、そしてオーストラリア、ニュージーランド)のあいだで署名された。第一回目の交渉会合が2013年5月に開始されてから、署名まで実に7年半の歳月がかかった。終盤ではインドの離脱もあった。そのような事情から、地域貿易協定(RTA)としての質を落として、とにかく交渉妥結を優先した、と言われることもある。しかしながら、RCEPは本当に質が低いのであろうか? 本レポートでは、RCEPにおける物品関税の削減に絞り、その質を検証する。

MFN税率との比較

まず、RCEPの特恵対象品目率を確認しよう。すなわち、どれくらいの品目で、最恵国待遇(MFN)税率よりも低い関税率がRCEPによって提供されているかを調べる。そのためには当然、品目ごとにMFN税率とRCEP税率を比較する必要がある。品目は世界共通のHS6桁レベルではなく、より細かい各国のタリフライン・レベルで定義される(例えば日本では9桁)。ここで最大の難関が待ち構えている。HS番号は5年に1度大幅な改訂がされ、2021年現在に利用されているHS番号は2017年に設定されたHS2017版に基づく。一方で、RCEP協定書に記されている各国の譲許表は、2012年に設定されたHS2012版で作成されている。そのため、RCEP税率をタリフライン・レベルで比較するためには、HS2012版に基づくMFN税率と比較する必要がある。MFN税率が年々変わる可能性を考えると、できるだけ現在に近い、HS2012版の品目分類に基づくMFN税率と比較することが望ましい。そこで、HS2012版が用いられた最終年である、2016年時点のMFN税率と比較することとする。

ただし、いくつかの国については別の年のMFN税率を用いる。RCEP税率はRCEP協定の譲許表から入手するが、RCEP税率以外の関税率は世界貿易機関(WTO)などによる「World Integrated Trade Solution(WITS)」や「Tariff Analysis Online(TAO)」から得る。ここで発生する新たな問題は、これらのデータベースでは、各国の関税率情報が毎年得られるわけではなく、また得られたとしても、一部の関税率のみ(例えばMFN税率のみ)であることである。後の分析で、MFN税率のみならず、その他の既存のRTA税率とも比較するために、既存のRTA税率に関する情報も提供されている年のデータを用いる。その結果、カンボジア、マレーシアでは2014年、韓国、ラオス、ミャンマーでは2015年のデータを用いる。また、HS2017版へのアップデートが遅れたことが幸いし、フィリピンとベトナムでは2017年のデータを用いる。

また、厳密には日本のタリフライン番号は、同じHSのバージョン内においても、毎年わずかながら変更される。RCEPの譲許表は2014年時点のタリフライン番号に基づくため、厳密に番号をそろえるには2014年の関税データを用いる必要がある。しかしながら、2014年から2016年にかけて、既存のRTA税率が刻々と変化している。そのため、2014年の関税率表を用いると、関税番号が合わないことによる取りこぼしを最小限にできる一方、後に既存のRTA税率と比較する際に2年分のRTA税率の変化を無視することになる。本稿では後者の問題をより深刻にとらえ、日本について2016年のデータを用いることとする。最後に、税率の「比較」を行うために、従価税が用いられている品目に限定する。この処理により、本レポートで示される数字と外務省等が報告している数字にわずかながら乖離を生むことになる。

表1. RCEP発効1年目における特恵対象品目率:MFN税率との比較

表1. RCEP発効1年目における特恵対象品目率:MFN税率との比較

出所)TAO、WITS、RCEP協定書をもとに計算。
注)総品目数に占める、MFN税率よりも低いRCEP税率が設定されている、もしくはMFN税率が既にゼロの品目数のシェアを示している。

それではMFN税率と比較し、RCEPの特恵対象品目率を計算する。具体的には、比較された総品目数に占める、MFN税率よりも低いRCEP税率が設定されている、もしくはMFN税率が既にゼロの品目数のシェアを計算している。表1では、RCEP発効後1年目に提供されるRCEP税率と比較している。RCEPでは一部の国が共通譲許ではなく、個別譲許を採用しているため、国ペアごとに計算している。また、ほぼすべての品目でMFN税率がゼロである、シンガポールを輸入国とするケースは掲載していない。

ほとんどの国ペアで9割を超えているものの、後発開発途上国(LDC)であるカンボジア、ラオス、ミャンマーが輸入国となるペアでは5割程度、もしくはそれを下回る水準になっている。このことからLDCへの配慮がうかがえる。日本から中国に輸出する際にも、88%の品目がRCEP特恵対象になっている。その他のRTA同様、RCEPにおいても段階的に関税率が低下していく品目がある。中国ではすべての約束された関税削減が完了するのは36年後である。そこで、最終年におけるRCEP税率とMFN税率を比較し、RCEPの特恵対象品目率を計算したものが表2である。表1に比べ、さらにシェアが上昇していることが分かる。とくに、LDC諸国でも8割を超える水準になっている。

表2. RCEP最終年における特恵対象品目率:MFN税率との比較

表2. RCEP最終年における特恵対象品目率:MFN税率との比較

出所)TAO、WITS、RCEP協定書をもとに計算。
注)総品目数に占める、MFN税率よりも低いRCEP税率が設定されている、もしくはMFN税率が既にゼロの品目数のシェアを示している。最終年は、日本で21年目、マレーシアとインドネシアで23年目、ブルネイとベトナムで25年目、韓国で35年目、中国で36年目であり、その他の国では20年目となっている。
既存RTA税率との比較

どれだけMFN税率よりも低いRCEP税率が設定されていても、既存のRTAで同程度、もしくはそれ以下の特恵関税率が利用可能であれば、RCEPは少なくとも関税上の追加的な利益を生まないことになる。そこで2019年時点(韓国とタイは2018年)に利用可能なRTA税率のもとで、すでに無税になっている品目のシェアを計算する。ここで有税として残っている品目以上に、より低いRCEP税率が利用可能になる品目は存在しないため、そうした有税品目シェアが、RCEPにより低い税率を提供できるシェアの最大値となる。

表3. 2019年時点における無税品目率

表3. 2019年時点における無税品目率

出所)TAO、WITSをもとに計算。
注)カンボジアの関税率表に、日本とのASEAN+1 RTAに関する税率が掲載されていなかったため、欠損させた。0.9以下のセルには色付けしている。一般特恵関税制度(GSP)に基づく税率は対象外としている。

2019年時点における無税品目率が表3に示されている。多くの国ペアですでに90%以上の品目が無税となっていることが分かる。相対的に有税品目率が高いのは、日本への輸入、またはプラスワン諸国(オーストラリア、中国、日本、韓国、ニュージーランド)からの輸出といったところである。こうした輸入、輸出において、RCEPがより低い関税率を提供する可能性がある。このことを念頭に置きながら、既存のRTA税率も含めた最低税率とRCEP税率を比較する。

それではRCEP税率のほうが低い関税率を提供されている品目数のシェアを計算する。比較はタリフライン・レベルで行われるため、表3とは異なり、表1、2のように2016年付近の時点で利用可能なRTA税率のみが考慮されていることに注意すべきである。したがって、2016年から2019年にかけて大きく関税率が低下しているならば、これから計算されるシェアは表3から計算される有税品目率を超えることになり、あきらかに過大評価となる。

とくに注意すべきは、利用している関税データ年以降に発効されているRTA以外に、利用データ年時点でRTAが存在しないペアである。例えば、日本とニュージーランドの間では現在、包括的・先進的TPP協定(CPTPP)税率が利用可能であるが、2018年末に発効しているため、CPTPP税率はここでの比較対象になっていない。また、同様に韓中RTAが2015年末に発効しているが、利用している2015年の韓国の関税データには本RTA税率がまだ含まれていない。そのためこれらのペアについては誤解を防ぐためにシェアを掲載しない。

表4. RCEP発効1年目における特恵対象品目率: 最低税率との比較

表4. RCEP発効1年目における特恵対象品目率: 最低税率との比較

出所)TAO、WITS、RCEP協定書をもとに計算。
注)既存の最低税率(GSP税率を除く)よりも低いRCEP税率が設定されている品目数のシェアを示している。0.1以上のセルには色付けしている。N.A.はデータが不十分なことによる欠損を示す。

RCEP発効1年目の税率と比較したシェアが表4に示されている。RCEP以外にRTAが存在しない、日中間および日韓間は当然高いシェアを示している。これらのペアで表1と異なるシェアになっているのは、表1はMFN税率がゼロの品目もシェアの分子に含んでいるからである。ASEAN+1 RTA等を結んでいるものの、プラスワン諸国からCLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)への輸出でも高いシェアを示している。

一方、オーストラリアから中国への輸出を見ると、表3では2019年時点で既に94%の品目で無税になっている一方、表4では5割程度の品目でRCEPがより低い税率を提供することが示されている。すなわち、既存RTAにより、2016年から2019年の3年間でかなりの品目が無税になっていたことが分かる。

こうした過大評価を避けるために、表3において関税削減余地が認められた、日本への輸入、またはプラスワン諸国からの輸出に限定して表4を解釈すべきである。すなわち、RCEP1年目では、既存RTAの存在しない日中間および日韓間、そしてプラスワン諸国からCLMV諸国への輸出において、RCEPは相対的に多くの品目で、より低い関税率を提供すると述べるに留める。

表5. RCEP最終年における特恵対象品目率: 最低税率との比較

表5. RCEP最終年における特恵対象品目率: 最低税率との比較

出所)TAO、WITS、RCEP協定書をもとに計算。
注)既存の最低税率(GSP税率を除く)よりも低いRCEP税率が設定されている品目数のシェアを示している。0.1以上のセルには色付けしている。N.A.はデータが不十分なことによる欠損を示す。

表5は、RCEP最終年におけるRCEP税率との比較を行った結果を示している。色付けされたセルがかなり増えていることが分かる。しかしながら、ここで注意すべき点は、比較に際して、既存のRTA税率については、あくまで2016年付近のものを利用しており、既存RTAの段階的関税削減のスケジュールは考慮されていない点である。とくに近年発効している二国間RTAでは、段階的削減がさらに進むため、注意が必要である。例えば中韓RTAにおいても、あと15年ほどは段階的に関税が削減される。そのため、15年後の中韓RTA税率とRCEP最終年におけるRCEP税率を比較すると、必ずしもRCEP税率のほうが低いということにはならない。

また、表4のように、ここ数年間の関税削減が反映されていないことも影響している。実際、これが原因でカンボジアを輸入国、その他ASEAN諸国を輸出国としたケースでは、表3が既に99%の品目で無税になっていることを示しているにもかかわらず、表5では高い水準となっている。オーストラリアから韓国への輸出も同様である。そのため、ここでも日中間および日韓間、そしてプラスワン諸国からCLMV諸国への輸出において、より多くの品目でRCEPは最終年に低い関税率を提供すると述べるにとどめる。

おわりに

本レポートでは、関税面からRCEPの質を検証した。これまでRTAが存在しなかった、日中 間、日韓間の間で特恵関税が利用可能になることの利益は当然大きい。また、プラスワン諸国 からCLMV諸国への輸出を中心に、すでにその他のRTAが存在するペアにおいても、RCEPによりさらに低い関税率が利用可能になる品目も少なくないことが分かった。

本レポートでは不完全なデータのもとで分析を行ったが、より精緻な比較をするためには、共通のHSバージョンのもとで、将来の関税削減スケジュールを含め、全RTAの税率に関する情報が必要となる。こうした情報は、企業が今後どのRTAを使っていくかを計画するうえでも重要である。RCEP協定第18章で設置が規定されている「RCEP合同委員会」、もしくはその補助機関として置かれる「物品に関する委員会」などにより、こうした情報が整備されることを願う。

最後に、本レポートはRCEP協定書が公表されたことに伴い、迅速にその性質を紹介することを目的に作成されている。PDF形式で公表されている譲許表をCSV形式に変換する過程で誤りがあるかもしれないし、また各種関税率と比較する際にプログラムミスをしているかもしれない。そのため、表内の数字に誤りがある可能性もあることに留意されたい。

(はやかわ かずのぶ/開発研究センター・経済地理研究グループ)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。