RCEPの貿易創出効果――原産地規則の観点から

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.141

2021年2月1日発行

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  • 既存の地域貿易協定に比べ、①より柔軟な品目別規則の存在、②自己証明制度の利用、③累積可能な範囲の拡大、がRCEPの重要な特徴である。
  • これまで原産地規則を満たせずに地域貿易協定を利用できなかった企業がRCEPを利用したり、原産地規則の順守コストの低下によりこれまで以上に輸出量を拡大したりする可能性がある。

2020年11月、ついに東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)が15カ国(日中韓にASEAN10カ国、そしてオーストラリア、ニュージーランド)の間で署名された。終盤でインドの離脱があったものの、7年半に及ぶ交渉もついに終わりを告げた。本レポートでは、RCEPの貿易創出効果について、原産地規則の観点から議論したい。とくに「品目別規則」「原産地証明制度」「累積規定」の3つの視点から議論する。

品目別規則

まず、RCEPで設定されている原産地規則を、その他の域内地域貿易協定(RTA)における原産地規則と比較してみる。とくに、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)、および4つのASEAN+1 RTAの原産地規則と比較する。後者にはオーストラリア・ニュージーランドとのRTA(AANZ)、中国とのRTA(AC)、日本とのRTA(AJ)、韓国とのRTA(AK)を含む。インドとのASEAN+1 RTAを含まないのは、このRTAにおける原産地規則は「6桁レベルの関税番号変更基準と付加価値35%」の併用基準をすべての品目に設定しており、十分に厳しいことが分かっているためである。

比較を容易にするために、細かい例外規定、補足規定は無視し、大雑把に原産地規則を分類する。まず完全生産品(WO)、加工工程基準(TECH)、付加価値基準(VA)、関税番号変更基準に分けられる。VAは求められる閾値に応じて、数字を付記し、例えば40%付加価値基準であれば、VA40とする。また、関税番号変更基準は、HS2桁レベルをCC、HS4桁レベルをCH、HS6桁レベルをCSとして分類する。最後に、併用基準であれば「&」、選択基準であれば「/」でつなげることとする。原産地規則はHS6桁レベルで定義されるため、このレベルで各規則が設定されている品目数を調べる。

表1. RTA別、原産地規則別の品目数

表1. RTA別、原産地規則別の品目数

出所)各RTAの協定書をもとに筆者による計算。

表1に規則別、RTA別の品目数が示されている。一番右の列にRCEPの原産地規則が示されているが、ASEANを含むRTAにおいて典型的な原産地規則である、CH/VA40が最も多い。他のRTAとの比較で目立つのが、AANZほどではないものの、CH/VA40より柔軟な規則である、CS/VA40が多いことである。この点を除くと、分布はAJにおける原産地規則と似通っている。実際、この粗い分類に基づくと、全5,204品目中、3,314品目(64%)で同じ原産地規則が設定されている。まとめると、RCEPでは相対的には柔軟な原産地規則が設定されていると言える。

表2. RCEPとATIGAに対する品目別規則の比較(品目数)

表2. RCEPとATIGAに対する品目別規則の比較(品目数)

出所)各RTAの協定書をもとに筆者による計算。

さらに、RCEPの品目別規則において最も重要な点は、その他RTAよりも柔軟な原産地規則が設定されている品目がそれなりの数存在することである。例えば、ATIGAでCH/VA40、RCEPでCS/VA40になっている品目が600以上ある。また相対的には柔軟な原産地規則が設定されていることが多いAANZと比べても、 RCEPでCS/VA40が設定されている品目のうち、AANZでより厳しい規則されている品目が200弱ある。同様に、AANZでCC/VA40、RCEPでCH/VA40になっている品目も200弱ある。

表3. RCEPとAANZに対する品目別規則の比較(品目数)

表3. RCEPとAANZに対する品目別規則の比較(品目数)

出所)各RTAの協定書をもとに筆者による計算。

このように柔軟な原産地規則が設定されていることから、原産地規則を原因としたRCEPの不利用は相対的には起こりづらいと言える。このことは、初めて中国、韓国との間でRTAが締結された日本にとって重要であろう。さらに、既存RTAと比べても柔軟な原産地規則が設定されている品目があることから、既存RTAのある国ペアでも、原産地規則を理由としてRCEPが利用される可能性がある。とくにこれまで原産地規則を理由としてRTAを使っていなかった輸出企業が、RCEPの原産地規則を満たせるならば、これまでよりもRTA利用企業が増えることになり、貿易も拡大する。

原産地証明制度

次に原産地証明制度について議論したい。RCEPでは発効時から認定輸出者制度(当局などから認定を受けた輸出者が自己証明できる制度)が利用可能である。本制度はATIGAをはじめ、域内のいくつかのRTAでも認められている。しかしながら、これまで本制度が認められていなかった国ペアでは、認定輸出者制度の利用を目的として、既存のRTAからRCEPに乗り換えるかもしれない。

またRCEPでは、各国で発効後、一定期間内(カンボジア、ラオス、ミャンマーでは20年以内、その他の国では10年以内)に輸出者による自己証明制度が導入される。そして、日本では輸入者による自己証明制度が発効とともに認められる。その他の国でも、RCEPが全署名国で発効した後、5年以内に輸入者による自己証明制度の導入が検討される。包括的・先進的TPP協定(CPTPP)では自己証明制度が導入されており、域内でも既に自己証明制度を利用できるRTAが存在するが、大部分の国ペアでは利用できなかったため、自己証明制度の利用を目的としてRCEPを利用するかもしれない。

当局とのやり取りを必要としない分、タイムリーに原産地証明書を入手(作成)できるという点で、自己証明制度を選好する企業も多い。また自己証明制度の場合、事務手数料もかからない。一方で、当局とのやり取りを通して、原産地証明の方法をチェック、相談することができ、一種のコンサルティング機能を有することから、第三者証明制度を選好する企業も、中小企業を中心に少なくない。したがって、コンプライアンス体制を整えやすい大企業などは、他の条件が同一ならば、既存RTAからRCEPに乗り換えるかもしれない。そして、自己証明制度の利用により原産地証明にかかる実質的コストが低下するならば、貿易も拡大するであろう。

累積

最後は「累積規定」である。これは、その他のRCEP加盟国から輸入した部材を輸出国原産とみなせる規定であり、輸出国のみの付加価値、生産工程よりも、原産地規則を満たせる可能性が増す。これまでもASEAN内の分業ではATIGAで、ASEAN諸国と各プラスワン国の間の分業ではASEAN+1 RTAで累積が認められていた。したがって、RCEPにより期待されるのは、ASEAN諸国と2国以上のプラスワン諸国(オーストラリアとニュージーランドの組み合わせは除く)を巻き込んだサプライチェーンにおける累積規定の利用である。例えば、日本からの輸入部材を用いて、タイで完成品を作り、それを中国に輸出するようなフローにおいて、タイから中国に輸出する際に、RCEPを利用するならば日本からの輸入部材をタイ原産とみなせるようになる。こうしたRCEP内累積により、これまで既存のRTAの原産地規則を満たせなかった輸出企業でも、原産地規則を満たせるようになるかもしれない。

我が国では、ASEAN諸国との間に、二国間RTAのみならず、ASEAN+1 RTAも結んでいる。後者は、複数のASEAN諸国と日本の間の分業において、累積規定を利用した原産地規則順守を容易にさせるためであり、上記のRCEPの効果と同様のものを期待している。ただし、RCEPではその他のプラスワン諸国も含まれるため、累積可能な範囲が広がる。こうした効果により、これまでよりも多くの企業がRTAを利用し、貿易が拡大することが期待される。またすべての署名国でRCEPが発効した後、完全累積の導入も検討され、さらに原産地規則を満たしやすくなるかもしれない。

以上がしばしば言及されるRCEPの重要な役割の一つであるが、一点、注意が必要である。RCEP加盟国の多くで、輸出品製造のための部材輸入に対する関税払戻制度が存在する。この制度を利用することで、RCEPを利用せずとも、先のフローでは、タイで日本からの輸入部材に対する関税は免除される(払い戻される)。さらに関税払戻制度の場合、原産地規則もないため、先のフローにおける日本の輸出企業にとっては使い勝手がいい。

したがって、このようなサプライチェーンのなかでRCEPを利用するかは、タイから輸出される品目に対する、中国の最恵国待遇(MFN)税率が高いか否かに依存する。タイの輸入で関税還付制度を利用した場合、当該輸入部材は例えRCEP加盟国の日本からの輸入であっても累積できない。したがって、中国向け輸出時に原産地規則を満たせなくなるかもしれず、その場合、中国ではMFN税率を支払う必要がある。もしこのMFN税率が高いならば、タイでの輸入時も含め、RCEPを利用し、日本からの部材を累積し、中国へRCEP税率を用いて輸出したほうがよいことになる。

このことから、全品目の半分近くの品目で既にMFN税率がゼロとなっている、日本を最終消費地とするようなサプライチェーンの場合、RCEPよりも関税還付制度が志向されるかもしれない。一方、日本では関税還付制度が一般に利用可能でないため、日本を中間生産地に含むようなサプライチェーンでは、サプライチェーン内を関税還付制度でつないでいくことができないため、RCEPが利用されるかもしれない。また、タイで生産された完成品の一部をタイ国内市場でも販売したい場合も、RCEP利用のインセンティブとなる。

おわりに

本レポートでは、RCEPが貿易を増加させる可能性を、原産地規則の観点から議論してきた。重要なポイントは、これまでRTAが存在しなかった日中間、日韓間を除けば、既存RTAに比べ、RCEPの原産地規則がどのような違いを有しているか、ということである。そして、①より柔軟な品目別規則の存在、②自己証明制度の利用、③累積可能な範囲の拡大、が重要な違いであることを指摘した。これらにより、これまで原産地規則を満たせずにRTAを利用できなった企業がRCEPを利用したり、原産地規則の順守コストの低下によりこれまで以上に輸出量を拡大できたりする可能性を秘めている。すなわち、原産地規則の観点からも、RCEPは貿易創出効果を持つことが期待される。

(はやかわ かずのぶ/開発研究センター・経済地理研究グループ)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。