出版物
eBook

ビジネスと人権――グローバルトレンドとアジア――
eBookをダウンロードする
一括版はリフロー型EPUB形式とPDF形式で提供します。
※EPUBをお読みいただくには専用リーダーが必要です。
内容紹介
内容紹介
国家や企業の活動による人権侵害が世界的な問題になるにつれ注目されている「ビジネスと人権」。最大の課題は「ガバナンス・ギャップ」にある。国境を越える経済活動がもたらす人権への負の影響を、投資する先進国、投資される途上国ともに制御できていないのである。その解消をめざして創案された「ビジネスと人権に関する国連指導原則」は、2011年の成立を経て現在、いかに展開されているのか。本書では、政策の変化、人権と環境イシューの接近、条約化の進捗といったグローバルトレンドを追跡する。その上で、グローバルサウスと呼ばれ国際的な影響力を高める途上国、とくに東南アジアにおいて指導原則の理念がいかに実装されているのか、その実態を探る。「ビジネスと人権」研究は、さまざまなディシプリンとアプローチ、理論と政策と実務とが必要とされる。アカデミアはもちろん、政策立案者、企業、そして市民の多くの方々に読んでいただきたい。
目次
まえがき
序章 「ビジネスと人権」のグローバルトレンドとアジア
筆者:山田 美和
第1章 貿易と労働の関係性から指導原則をみる
筆者:田中 竜介
第2章 労働・人権とサステナブル認証
筆者:道田 悦代
第3章 タイにおける「ビジネスと人権」――第二次NAP策定を題材に――
筆者:山田 美和
第4章 ビジネスと人権に関する国家行動計画──インドネシア国家戦略はいかにして生まれたか──
筆者:渡邊 絢子
第5章 ベトナム人移住労働者の人権問題──派遣前費用高額化の仕組み──
筆者:石塚 二葉
第6章 カンボジアにおける「ビジネスと人権」――政府の取組みと企業からの働きかけの可能性――
筆者:初鹿野 直美
まえがき
まえがき
「ビジネスと人権」は古くて新しいテーマである。30年にわたる国連での議論の応酬の果てに、2011年国連人権理事会において全会一致で支持された「ビジネスと人権に関する国連指導原則」が求めることは、いたってシンプルだ。「経済活動に伴う人権への負の影響を制御せよ。もし負の影響を与えたとしたらそれに対する償いをせよ」ということである。問題はいかにそれを実現するかということだ。
2025年夏、バンコクで国連機関共催による「責任あるビジネスと人権アジア太平洋地域フォーラム」が開催された。アジア太平洋地域を中心におよそ90カ国・地域から、政府、企業、市民社会組織、アカデミア等約1000人がリアルに参加し、90ものパラレルセッションが行われた。労働者、とくに移住労働者の権利侵害、デジタル技術による人権侵害、気候変動危機およびその対策による人権への負の影響、人権擁護者への攻撃や言論の自由の抑圧による市民社会の制限など、一国、一企業の取組みでは解決できない構造的問題をはらむシステミックリスク(systemic risk)に、アジア太平洋地域としていかに取り組んでいくか。国境を越えた協力が求められている。
フォーラムにおいて何よりも響いたのは、国や企業による経済活動によって権利を侵害されている人々の声だ。労働安全衛生が確保されていない現場で健康被害に苦しむ労働者、開発プロジェクトによって住む場所を追われ生計手段を断たれた先住民族、環境や人権問題を提起したゆえに脅迫を受ける人権擁護活動家――彼ら彼女らの声を聴けているのか。現地の実態を理解しているのか。「ビジネスと人権」にかかるアジェンダの設定、対策、政策の構築に際しては、労働者、先住民族、人権や環境擁護者、女性、移民、若者、障がい者を含む、負の影響を受ける人々の視点からのアプローチが不可欠であり、権利保持者(ライツホルダー)の主体性を中心に据えるべきである。指導原則はまさにそのために創案されたはずだ。
編者自身、タイでミャンマー人が過酷な労働状況で働く水産加工工場が日本企業のサプライチェーンにつながっている現場を目の当たりにし、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」という国際的フレームワークに出会った。「ビジネスと人権」研究は、現場、現地を理解する地域研究と密接な関係にあり、さまざまな学問領域にまたがるものであり、ゆえにアジア経済研究所でこそ取り組めるテーマであると信念をもっている。
本書は2023年度から2年間にわたってアジア経済研究所で実施した共同研究「ビジネスと人権――グローバルトレンドとアジア」の最終成果である。
研究会主査(編者)にとって幸運であったのは、法学、経済学の専門家をはじめ、対象とする国々を専門とし現地での調査研究を有する研究者が参集してくれたことである。本研究を行うにあたって多くの方々のご協力をいただいた。本書の記述の多くは、各執筆者による現地調査に基づいている。現地調査に際しては、政府関係機関、国際機関、研究機関、事業者、市民社会団体等の数多くの方々にインタビューや情報提供などでご協力をいただいた。ひとりひとりのお名前を記すことはできないが、ここに改めて感謝を申し上げる。そして出版にあたり伴走してくれた弊研究所成果出版課の同僚に深く感謝を申し上げる。
「ビジネスと人権」の取組みで先行し人権デューディリジェンスの義務化を進めている欧州では、過重な義務は企業のコスト負担を増大し競争力に影響するとして後退の動きがみられる。また米国では大統領により反ESG、反DEIの政策があからさまに進行している。日本政府は今年行動計画を改定する。国からの発信が揺れれば企業は右往左往する。しかし、本当に重要なのは現場だ。企業は自らの活動がどのように社会や環境、人々に影響を与えるのかを見極め、もし負の影響があるのならそれを制御し、負の影響を受けた人々に救済へのアクセスを用意することだ。それこそが持続可能な経済成長を可能にする。
さまざまなテーマから成り、さまざまなディシプリン、アプローチが必要とされる「ビジネスと人権」研究は深化、進化する。その一端を本書が担えればと願っている。
2025年10月編者
