IDEスクエア

海外研究員レポート

災害におけるデジタル技術の活用――台湾東部沖地震の影響

Utilization of technologies under earthquakes occurred in eastern Taiwan

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001021

 

柏瀬 あすか
Asuka Kashiwase
2024年5月
(3,259字)

2024年4月3日午前7時58分に、台湾東部沖を震源とする地震が発生した。最大震度は6強で、マグニチュードは7.2と、台湾全土で揺れが観測された(画像1)。本稿では、地震の影響および災害対応のなかでみられたデジタル技術の活用事例をまとめるとともに、台湾における防災関連テクノロジーの推進政策について紹介する。

画像1 台湾東部沖地震の震度マップ

画像1 台湾東部沖地震の震度マップ
地震の被害は花蓮県に集中

筆者は地震発生時に台北市の自宅にいた。台北市の震度は5弱で、建物が音を立てながら揺れ、鉄道や地下鉄が運転を一時見合わせたものの、ビルの倒壊はみられなかった。

他方、震源に近い花蓮県1の被害は深刻だった。内政部2消防署の4月11日の発表によれば、この地震による死者は16人で、全員、花蓮県で被害に遭っていた。様々なメディアで写真や動画ともに報道された、太魯閣国家公園の落石や「天王星ビル」等の損傷はいずれも同県で発生した。花蓮県政府によれば、4月19日までに468件の建物の被害が通報されたほか、観光産業と石材産業への打撃が大きいという。経済部によると、4月11日時点で、花蓮県内で地震による被害を受けた企業は126社、被害額は10億台湾ドル(約49億円、1台湾ドル=4.88円)にのぼる。また、現地の石材企業からは、地震対策は導入していたものの工場内の石材が揺れや衝突により損傷し、その被害は2018年に同県で発生した地震3と比べて深刻だったとの声もあがったという。

今回の地震では、台湾全土で揺れが感知され、公共交通機関や企業の生産ラインに影響が生じたが、深刻な被害は震源に近い花蓮県に集中し、それ以外の地域ではインフラや工場等が当日または数日後には正常化したケースが大半だった(記事末の付表参照)。台湾の調査会社トレンドフォースによると、半導体産業においては、ファウンドリの工場の多くが震度4の地域に位置していたものの、減震対応により重大な影響は生じなかったと分析している。台湾観光庁(交通部観光署)も、外国人観光客が多く訪れる観光地および施設では安全が確認されていると声明を発表している。花蓮県を除く地域についていえば、企業活動や生活が平常に戻っていることから、ビジネス・観光目的の台湾訪問を過度に懸念する必要はないと考えられる。

防災・災害対応におけるデジタル技術の活用

台北市等では、生活が平常化したものの、依然として余震が頻発している。そのため、警報の確認や、万が一に備えた情報把握は依然として重要になっている。台湾では政府機関や民間が提供する様々なアプリケーションが活用されており、たとえば、台北市消防局の「台北市行動防災(台北市モバイル防災)」では、余震通知のほか、大雨の通知、防災マップで現在位置に最も近い病院や給水スポットなどを、中国語と英語で確認することができる。

アプリケーション以外にも、デジタル技術を活用した防災、救援活動の支援事例がみられた。たとえば、落石による被害が大きかった太魯閣国家公園では、トルコのドローン専門チームが現地入りした。内政部の林右昌部長(当時)によると、太魯閣の地形上の障害や通信環境の問題により、台湾の既存ドローンの投入は困難だったという(中央通訊社、2024年4月6日)。専門チームは同部消防署と協力して、落石被害がみられた歩道や道路の様子を撮影し、被災地域の3D地形モデルを構築した。消防署はこの3Dモデルが地上での捜索および救助活動に役立ったと感謝を表明した。

鉄道では、台湾鉄路4の人工知能(AI)を活用した落石事故防止システムにより、落石と車両の衝突が回避された(『自由時報』2024年4月4日)。台湾鉄路等によると、このシステムは、AIで線路内に侵入した異物を認識して通知するもので、2021年に発生した工事用車両と特急列車の衝突事故の反省から、全土に26カ所設置されていた。ただし、4月10日に、花蓮県で落石による脱線が発生したことを受け、6億1000台湾ドルをかけ、2025年中に同システムを38カ所追加することが検討されている5

防災関連テクノロジーの推進政策

上述のような防災および災害対応におけるデジタル技術の活用は、今後も進展すると考えられる。台湾は、1998年から行政院が防災・救助に関わる技術の研究開発・実装プログラムを推進しており、2023年から2026年の4年では国家科学及技術委員会を中心に「災害防救韌性科技方案(防災・救助・レジリエンステクノロジープラン)」を進めている。これは、スマート・ガバナンスが実装された災害に強いまちづくりを目指すもので、その実現に向け、防災・救助のデジタルトランスフォーメーション推進、リスク評価の改善と戦略の最適化、まちの防災・救助におけるレジリエンス向上をテーマとしたプロジェクトを実施するものである(表1)。なお、同プランでは、毎年進捗をふりかえり、柔軟に今後の重点や推進政策を決定する方針をとっている。今回の地震では、地震速報が通知されなかった地域があるとの指摘6や、上述の事例でふれたように、山岳地帯の通信環境の整備や、落石リスクが高い場所の把握など、改善の余地もみられた。そのため、こうした課題の検証や、改善につながるプロジェクトの検討が求められるだろう。

表1 防災・救助・レジリエンステクノロジープランの取り組みテーマ

表1 防災・救助・レジリエンステクノロジープランの取り組みテーマ

(出所)「災害防救韌性科技方案(112年-115年)」をもとに作成

このプランの取り組みテーマのうち、「防災・救助のデジタルトランスフォーメーション推進」は、行政院が別途推進している「智慧国家方案(スマート国家プラン)」7に、デジタルガバナンスに関する取り組みとして組み込まれる予定である。スマート国家プランでは、目標のひとつとして、災害予防や公衆衛生などの社会課題に対し、ビッグデータやAIを活用した、証拠に基づく政策(evidence-based policy)決定を掲げており、これまでに地滑りマップや高波警報の開発が行われてきたほか、次世代通信(5G)インフラの整備なども実施している。スマート国家プランの枠組みの中で、防災・救助のデジタルトランスフォーメーションを進めることで、データ観測技術の向上や、多様なデータの統合、AI等の分析ツールの導入、情報伝達の改善など、データの取得から活用に至る一連の流れを強化しようとしていることがうかがえる。

多面的な災害対策でレジリエンスと信頼性向上に努める台湾

今回の地震では、深刻な被害の多くは花蓮県に集中し、電気、水道、鉄道といったインフラストラクチャーや花蓮県外の企業における影響は限定的であった。しかし、台湾は、日本と同様、環太平洋造山帯上に位置するため、今回発生したような海溝型地震が起こりやすい。加えて、1999年には「九二一地震」と呼ばれる直下型地震も発生している。こうした環境から台湾では、地震はリスクとして認識されており、たとえば、半導体ファウンドリ大手のTSMCやUMCはウェブサイトで地震リスクと対応に言及している89

半導体をはじめとする分野で、台湾への関心が高まるなか、今回の地震で、インフラやサプライチェーンの大きな混乱がみられなかったことは、台湾内外の関係者を安堵させただろう。地震の発生そのものを抑制することは困難だが、企業のリスク管理や、防災に関するテクノロジーの開発・実装等により、影響を回避・軽減することは可能である。なお、本稿では言及しなかったものの、台湾では、「九二一地震」や台風などの大規模災害を踏まえ、防災政策の改善が行われてきた(吳毓昌「台湾における災害法制度の変遷と災害対応組織体制の現状と課題」)。また、本稿では地震に焦点を当てたが「防災・救助・レジリエンステクノロジープラン」や「スマート国家プラン」は大雨や干ばつ等の様々な分野をカバーしている。台湾は、こうした多面的な取り組みによって、地震に対する強靭性を高めるだけでなく、気候変動が世界的なリスクとして認識される10なかで、グローバルサプライチェーンにおける台湾企業の信頼性向上や、台湾自体の国際的な存在感を強めることに努めている。

付表 地震による影響と復旧状況

付表 地震による影響と復旧状況

(出所)台湾証券交易所、行政院、経済部、各機関・団体・企業ウェブサイトをもとに作成

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

画像の出典
  • 中央気象局地震測報中心
参考文献
著者プロフィール

柏瀬あすか(かしわせあすか) アジア経済研究所在台湾海外派遣員(2023年2月~)。2018年ジェトロ入構後、2022年から台湾および中国の貿易・投資に関する調査に従事。


  1. 花蓮県は台湾の東部に位置し、県政府が花蓮市におかれている。花蓮市と台北市の直線距離は約120キロメートルで、台北市から台湾鉄道を利用した場合の所要時間は2~3時間である。
  2. 部は日本の「省」に、部長は「大臣」に相当する。
  3. 2018年2月6日に、台湾東部で発生した地震を指す。花蓮県および宜蘭県で最大震度7が観測された。
  4. 従来、交通部台湾鉄路管理局が在来線を管理していたが、財政問題や、2018年のプユマ号脱線事故、本文で言及している2021年の列車衝突事故を受け、組織改革が進められ、2024年1月1日に「国営台湾鉄路」という名称で国営企業化した。
  5. 4月17日の立法院第11屆第1會期交通委員會第7次全體委員會議で、洪孟楷委員の質問に対する答弁として言及。
  6. 交通部中央気象署によると、地震速報にあたる「国家級警報」はマグニチュードが5以上かつ震度4以上の条件で通知されるものだった。4月3日の予測では、地震規模が6.2~6.8と実際(7.2)よりも小さく、この条件の下で予測震度が4未満とされた地域に警報が通知されなかったと説明した。
  7. デジタル国家構築をめざす「数位国家‧創新経済発展方案(デジタル国家・イノベーション経済発展計画、通称DIGI+)」の第二期(2021~2025年)プロジェクト。2030年に、イノベーティブ・インクルーシブ・サステナブルなスマート国家を実現することを目標に、デジタル基盤、デジタルイノベーション、デジタルガバナンス、デジタルインクルージョンの推進を行う。
  8. 台湾積体電路製造「風險治理」2023年2月14日(2024年4月24日閲覧)。
  9. 聯華電子「災害風險管控」(2024年4月24日閲覧)。
  10. 世界経済フォーラムの『グローバルリスクレポート2024』によると、現在(2024年)、2年後、10年後の3つの時間軸におけるリスクを尋ねたところ、「異常気象」はそれぞれ1位、2位、1位に挙げられた。