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海外研究員レポート

インドネシアの高等教育における巨大プログラム“KKN”

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050710

土佐 美菜実

2019年2月

(3531字)

KKNとは

インドネシアの大学生は大変だ。筆者がKKN と呼ばれるインドネシアの高等教育機関で行われているプログラムを知った時、最初に思った感想がこれである。KKNとは、実践活動授業(Kuliah Kerja Nyata)の略語で、インドネシア国内の農村地域などへ学生がグループ単位で赴き、特定の課題テーマに取り組むものである。テーマは地域開発や貧困対策が中心だ。活動の特徴として、参加する学生たちはお互いに専門分野の垣根を超えて協力し合うこと、そして履修期間が約2カ月間という長期にわたることなどがあげられる。

現在、KKNを大学に義務付ける具体的な法律はなく、実施校がその根拠として国家教育制度法に記されている「高等教育機関の社会への教育・研究・奉仕の義務」をあげている場合などがある1。しかしながら、KKNは大学による社会貢献の形態として国公私立の多くの大学がカリキュラムに組み入れており、さらには卒業要件として指定している場合もある。例えば、イギリスのクアクアレリ・シモンズ世界大学ランキングの2019年アジア版2にインドネシアの大学からランクインしている22校は全てKKNを実施している。

以下では、筆者の受け入れ機関のあるガジャマダ大学を例に、このKKNについて紹介していきたい。

ガジャマダ大学におけるKKNの歩み

ジャワ島南岸のジョグジャカルタ特別州にあるガジャマダ大学は、インドネシアで最も歴史ある国立大学のひとつである。1949年に6学部から始まった同大学は、今では18の学部を持ち、全国から学生が集まる国内最大の高等教育機関となった。ガジャマダ大学はKKNが立ち上げられた当初から、その先駆け機関として、KKNを通じた人材育成を政府から期待されてきた。そして今日もなお、KKNは同大学の教育課程において重要な位置を占めている。

ガジャマダ大学が公開しているKKNのガイドライン3によると、1951年に始まった学生労働動員(Pengerahan Tenaga Mahasiswa)がその前身とされている。これは教員が不足するジャワ島外の高等学校へ学生を教員として派遣し、学校教育に従事させる活動であった。この活動は国家の財政難によって中止される1962年まで続く。

その後、1971年に教育文化省高等教育局長の指示により、ガジャマダ大学のほか、アンダラス大学(西スマトラ州)及びハサヌディン大学(南スラウェシ州)が、社会奉仕を目的とした学生の課外活動を実践活動授業、通称KKNと名付けて、他の大学よりも先んじて開始する。当時、参加は学生の自由意志によるものであったが、希望する学生は年々増加し、大学側が想定していた予算を超えるほどの人数になっていった。

そして1979年にガジャマダ大学ではKKNの必修化を決定し、以降はKKNの活動範囲も徐々に拡大していく。従来、同大学のKKN活動はジャワ島内に限られていたが、1990年より島外への学生の派遣を始めたほか、他大学との協同プログラムも実施するようになった。そして2000年代に入ると、次第に対象地域が直面する個々の課題に取り組む傾向が高まり、地域貢献や活性化をより重視するようになる。

参加プロセスとテーマ例

さて、ガジャマダ大学の学生たちは卒業要件としてこのKKNに取り組まなければならない。その参加プロセスは次の通りである。まず、大学側は学生を送り出す地域及びその課題テーマを教員らの提案に基づき設定する。一方、学生は特定の単位数を取得済みであることが参加への第一条件となる。次に条件を満たしている学生はKKNへの参加および希望の課題テーマを申請し、適性テストや健康診断を受け、これらをパスした学生が晴れて参加資格を得る。また、調査地へは何人かの教員が同行することになる。1人の教員に20~30人の学生が割り当てられ、さらに教員がその中で5~6人のグループを編成する。この時、大学の18学部を(1)科学・工学系、(2)農学系、(3)人文学系、(4)医学系の4区分とし、全ての区分から最低1人の学生が加わるグループとなるように構成する。

現在、ガジャマダ大学ではインドネシア国内の全34州が派遣先となっており、毎年およそ6500人もの学生が参加している4。これはガジャマダ大学の学生総数(2018年2月)のおよそ14%にあたる5

2018年のKKN活動には以下のようなものがあった。例えばパプア州では現在、子どもたちの栄養失調が深刻な問題となっている。この問題に取り組むべく、ガジャマダ大学では学生をパプア州アスマット県へ派遣した。学生たちは現地で住民の健康に対する意識の向上を図るための教育活動のほか、経済的な自立を支援するための指導にあたった。具体的な活動のひとつとして、仮設教育センターを設置し、そこで現地の子どもたちに健康や栄養、予防接種に関する啓蒙活動を行っている6

この他、インドネシアはその地理的条件から地震、津波、火山噴火など自然災害に見舞われる事態が後を絶たない。2018年の7月末に発生した大地震により、西ヌサ・トゥンガラ州ロンボク島も甚大な被害を受けた。その後、KKN活動の一環として学生たちが現地へ派遣される。彼らは一時的な簡易学校を開設し、被災し学校に通えない子どもたちの教育と心のケアにあたった。また、医学部の学生らは被災者の家をまわって彼らの健康チェックなどを行った7

2018年ガジャマダ大学KKN壮行会の様子
村落・後進地域・開発・移住大臣が出席した
学生たちの登竜門?

KKNは学生にとって、インドネシア国内の個々の地域が直面する課題に直接触れ、その解決方法を探り、専門分野の異なる友人たちと協力する大変貴重な機会である。その一方で、冒頭で述べたとおり、その過程で学生たちが遭遇するであろう困難を想像すると、筆者はインドネシアの大学生たちの苦労をねぎらいたくなる。

2億人以上の人口を抱え、数百もの民族が暮らすインドネシアでは、国内であってもところ変われば生活の水準や環境も大きく変わる。KKN経験者の友人によれば、彼女が滞在した農村にお風呂やシャワーはなく、男女ともに近くの川で入浴しなければならなかったという。この時、サロンと呼ばれる筒状の布で上手に体を隠しながら入浴するのだが、経験のない友人にとっては一苦労だったと語ってくれた。

また、先ほど紹介した被災地への派遣など、日常的な生活環境の違いに留まらないリスクに備えなければならない場合もある。インドネシアにおける高等教育機関への進学率は、2008年で20.43%であった。この数字は年々上昇し、2017年では36.28%となっている8。今後も大学入学者は増加し、そしてKKNが続く限り、その経験者も増えていくだろう。こうしたKKNの課題を乗り越えて、毎年世に羽ばたいていくインドネシアの学生たちを非常にたくましいと感じた。

著者プロフィール

土佐美菜実(とさみなみ)。アジア経済研究所海外研究員(在ジョグジャカルタ)。2013年ライブラリアンとしてアジア経済研究所に入所。東南アジア地域を担当。

写真の出典
  1. 例えばアンダラス大学など。
  2. "QS Asia University Rankings 2019." 2019年1月11日閲覧。
  3. Universitas Gadjah Mada "Buku Pedoman KKN-PPM Universitas Gadjah Mada."(PDF)2019年1月11日閲覧。
  4. Universitas Gadjah Mada "KKN PPM UGM Diarahkan Bantu Pengentasan Kemiskinan."(2018年3月29日)2019年1月11日閲覧。
  5. Universitas Gadjah Mada "UGM in Numbers."(2019年1月7日)2019年1月11日閲覧。
  6. Universias Gadjah Mada "UGM Kirim Mahasiswa KKN untuk Tangani Gizi Buruk di Asmat."(2018年3月15日)2019年1月11日閲覧。
  7. Universias Gadjah Mada "KKN UGM Bangun Sekolah Sementara di Lombok."(2018年9月7日)2019年1月11日閲覧。
  8. The UNESCO Institute for Statistics "Indonesia." 2019年1月11日閲覧。