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海外研究員レポート

平静なソウルの人々

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049741

2017年10月

ソウルの人々にとって、朝鮮民主主義人民共和国の核兵器およびミサイルの開発が続いていることは、さほど重大な関心事ではない。核実験はすでに10年以上前に始まったものであり、ミサイルに関しても、もっと前の1998年8月に人工衛星の打ち上げ実験が実施されたことで、いまさら大陸間弾道弾が完成したといっても、ソウルの人々にはもはや衝撃ではない。核実験やミサイル発射が株価や為替の動向に影響を与えることもない。1990年代前半までは、ソウルで核問題などの危機感からコメや辛ラーメンを買いだめするという現象があったが、筆者は今回当地に赴任して以来これまでの間、このような人々を見たことはない。

ソウルの人々が平静でいられるのは単に北の核やミサイルに慣れっこになっているということだけではない。これには、韓国軍も在韓米軍もデフコン(DEFCON: Defense Readiness Condition)と呼ばれる防御準備態勢を強化していないこと、文在寅政府が米軍の単独行動を抑制する努力を続けていることがある。

写真:韓米連合司令部(2012年)

韓米連合司令部(2012年)
デフコン4

韓国においてデフコンとは、韓米連合司令部が、朝鮮人民軍の軍事活動を監視して分析した結果にしたがって正規戦に対備するよう全軍に下す戦闘準備態勢である。デフコンは5段階に区分されており、デフコン5は「戦争の危険がない平和な状態」、デフコン4は「戦争の危険が常時存在する状態」、デフコン3は「軍事介入の可能性が高い緊張状態」、デフコン2は「軍事挑発の兆候が補足された状態」、デフコン1は「戦時状況に突入する状態」であり、数字が低くなるほど戦争の危険の度合いが高くなるものである。実際の軍隊の動きとしては、デフコン3では、韓国軍の作戦指揮権が韓米連合司令部に移管されるとともに将兵の休暇外出が禁止され、デフコン2では休暇外泊している将兵が全員部隊に復帰、将兵に実弾が支給され、デフコン1では国民の財産権を制限する動員令が宣布されることになる(『中央日報』2017年8月14日; 軍事用語編集委員会『軍事用語辞典』ソウル チョンメディア 2016年)。

韓国軍と在韓米軍は1953年7月27日の朝鮮戦争停戦以来、基本的にデフコン4の状態である。デフコン5とデフコン4は軍隊の動きには大きな違いはなく、どちらの事実上の平時である。ところがデフコン3になると、義務徴兵制度をとっている韓国では、軍隊に緊張が走るのみならず、将兵の家庭を通じて軍隊での緊張が社会に波及することになる。これまでデフコン3が発令されたのは、1976年8月18日に南北の会議場がある板門店共同警備区域で樹木の伐採をめぐる諍いで米軍将校2人が殺害される事件が発生したときと、1983年10月9日にビルマ(現ミャンマー)のアウンサン廟で韓国大統領を狙った爆弾テロ事件が発生したときであった。また、2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが起こった際、12日に在韓米軍のみデフコン3が発令され、翌13日にデフコン4に復帰した。このほか、1994年6月13日に朝鮮民主主義人民共和国が国際原子力機構を脱退するなど、朝米間で核施設査察をめぐる緊張が高まったときには、韓国軍と在韓米軍はデフコン3の発令を検討したが、発令にはいたらなかった。

その後、1999年6月15~16日と2002年6月29日に黄海で発生した南北艦船の交戦、同年11月23日の朝鮮人民軍による延坪島砲撃事件など、南北間でいくつかの軍事的な衝突があったが、デフコン4は維持されたままであった。

米軍単独行動の抑制
韓国軍と在韓米軍が事実上の平時であったとしても、米軍が単独で奇襲作戦など行動をとることは不可能ではない。2017年3月に、アメリカのトランプ政権が軍事行動を検討していることが報じられたことで(Wall Street Journal紙ウェブサイト版2017年3月2日)、韓国社会ではアメリカが韓国政府の意思と関係なく軍事行動をとるかもしれないという懸念が生まれた。

写真:韓米大統領による共同声明発表(2017年6月30日)

韓米大統領による共同声明発表(2017年6月30日)

韓国の文在寅大統領は6月29~30日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談して、韓米同盟の強化に関する共同声明を発表し、また、北に対して共同で対処することを再確認した。そして、文在寅は7月29日に在韓米軍基地のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の追加配備推進を決定し、9月4日にはトランプと韓国軍のミサイルの重量制限撤廃で合意した。こうした共同の圧力に関する文在寅の真意はトランプが米軍単独行動に関する命令を出すことを抑制するところにあるようである。

文在寅は大統領選挙戦のなか、4月10日に「私のすべてをかけて朝鮮半島での戦争を防ぐ」と述べていた。そして、8月15日に文在寅は光復節(解放記念日)祝賀演説のなかで「朝鮮半島での軍事行動は大韓民国だけが決定することができ、誰も大韓民国の同意なく軍事行動を決定することはできない」と述べているが、これが文在寅の政策における最優先事項であろう。そしてこの点ではソウルの人々のほとんどは同意しているようである。

著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ)。アジア経済研究所在ソウル海外調査員。主な著作は『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所(2011年)等。

書籍:研究双書――朝鮮社会主義経済の理想と現実――

書籍:国際制裁と朝鮮社会主義経済

写真の出典
韓米連合司令部(2012年)
By English: Staff Sgt. Teddy Wade [Public domain], via Wikimedia Commons
韓米大統領による共同声明発表(2017年6月30日)
By Natig Sharifov [Public domain], via Wikimedia Commons