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海外研究員レポート

韓国の自転車事情

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049738

二階 宏之

2017年9月

はじめに
15年前に韓国に滞在していた時には韓国(ソウル)で自転車に乗っている姿をほとんど目にすることはなかった。今回韓国に来て、街中でヘルメットをかぶって自転車に乗る人や、地下鉄駅入り口やバス停近くに停車しているシェアサイクル自転車など、以前にはあまり見かけなかった光景を目の当たりにした。もともと韓国では、坂が多いとか、労働者の乗り物だとか、バスが発達しているとかの理由で自転車を交通手段として積極的に利用する人はいなかった。現在も、自転車といえばスポーツや趣味で使用するものだという考えが一般的である。一方で、政府の環境面からの自転車推進政策の推進により国民の自転車に対する意識の変化が少しずつ見えている。今回はここ数年の韓国における自転車に関する政策や取り組み、自転車に関する生活環境の変化について報告する。
1. 自転車保有と利用状況

韓国交通研究院の調査によると、2016年の全国の自転車保有台数は1,127万台と推定された。これは、2015年1,022万台と比べると105万台(10%)増加したことになる。 自転車を保有している世帯の平均自転車保有台数は1.59台で、自転車を保有している世帯の割合は、全体の世帯の36.3%となった。 世帯当たりの平均自転車保有台数は2015年に1.58台から2016年に1.59台と大きな変化がなかったが、自転車保有率は、2015年34.7%から2016年36.3%に増加した。

また、2010年に実施された人口住宅総調査(人口センサス)では(表1)、自転車保有世帯数が全国では21.7%、ソウル市では24.4%であることから、上述の韓国交通研究院の調査結果と比較してみると、ここ数年で自転車を保有している世帯数は急増していることがわかる。

表1 交通手段別保有世帯数

保有する自転車の種類については韓国交通研究院の調査によると、2015年ではマウンテンバイクが39.4%で一番多く、次にクロスバイクが24.9%、ミニベロ16.4%、ロードバイク11.7%、その他7.6%の順であった。2008年以前にはマウンテンバイクが70.7%、ロードバイクはが1.8%であったので、ここ数年ではマウンテンバイクが減少し、ロードバイクが増加している傾向である。自転車道路が大きく整備されたため、サイクリングを目的として自転車を利用する人が増えたことがその理由であろう。

自転車道路の種類は「道路交通法施行規則」別表6で“自転車専用道路”、“自転車・歩行者兼用道路”、“自転車専用車路”が規定されており、2014年1月には「自転車利用活性化に関する法律」の改定で、交通量が少ない道路の一部区間を自転車と自動車が一緒に利用できる“自転車優先道路”が追加された(表2)。

表2 自転車道路の種類


自転車道路の総延長距離は2015年に20,789kmに達し、2009年と比べると約2倍に増加している。そのうち自転車専用道路は1,428km(2009年)から2,971km(2015年)、自転車・歩行者兼用道路も9,770km(2009年)から15,833km(2015年)と大きく増加している。2014年には自転車優先道路が新設され2015年は1,193kmとなっている(表3)。


表3 自転車道路の総延長距離

自転車専用車路や自転車優先道路は車道の一部車線を走行するものである。しかし、自動車道路では自動車やバスなどが猛スピードで走行しおり、自転車に対する配慮も十分でなく、多くの危険を伴う。また、駐車場が不足している地域などでは自転車専用車路に違法駐車が蔓延していて自動車専用車路が有名無実化している状況である。自転車・歩行者兼用道路では道路状況が悪かったり、歩行者がいたりして、スムーズな走行ができない。さらに自転車事故も多発していることから、自動車や歩行者と隔離された自転車専用道路の造成が急がれている。

次に交通手段分担率を2010年の人口住宅総調査から見てみると、自転車は全国レベルでもソウル市でも1.5%であり、ほとんど交通手段として利用されていない。最も多いのが乗用車であり、さらに、通勤に絞ってみると全国で42.6%、ソウル市でも26%を占める(表4)。日本の通勤電車の中では多くの会社員が見受けられるのに対し、ソウルの地下鉄では、会社員の男性は少数派で、学生や女性、高齢のシニア層の利用が目立つ。また、主要国の自転車交通手段負担率を調査した結果では、オランダや北欧の国々、日本、中国、インド、ベトナムなど負担率が高いのに比べ、韓国やアメリカは低くなっている(表5)。

表4 交通手段別通勤学人口

表5 主要国自転車の交通手段分担散率

このように他の国々に比べると韓国ではまだ自転車が交通手段としては定着しておらず、趣味やスポーツを目的として多く利用されているのが現状である。韓国では登山が国民のレジャーとして人気を博しているが、週末の地下鉄内でたまに自転車用のウェアを着込み、ヘルメットを装着して自転車を担いでいる人を見かける。近郊の自転車専用道路まで電車で移動してサイクリングを楽しむ人たちである。ソウルの電車では自転車の持ち込みが可能である。地下鉄では平日は折り畳み式に限定されるが週末になると一般自転車も持ち込み可能となり、先頭か一番後ろの車両の空いたスペースに自転車を搭載する。地下鉄外の電車では平日も一般自転車の持ち込みは可能となっている。

写真:地下鉄で移動してサイクリングを楽しむ人たち

地下鉄で移動してサイクリングを楽しむ人たち(筆者撮影)
2. 国土縦走自転車道路
国土縦走自転車道路は、李明博政権時の2009年1月にグリーン成長政策の一環として自転車インフラの構築、自転車利用文化の拡充などを目的として開始した。2010年8月には全国自転車道路構築計画と自転車利用施設の設置および管理指針を中心とする「全国自転車道路基本計画」を策定した。全国循環網は既存の道路を最大限に活用し、その他の開発事業に含まれる区間を除いた2,175 ㎞の区間を1兆205億ウォンの予算を投入して、2010 年から2019年まで10年かけて構築するものである。2011年から現在まで1853㎞が開通した。2011年10月に南漢江自転車道路、2012年4月22日に洛東江自転車道路が開通し、仁川から釜山まで続く633㎞の国土縦走自転車道路が完成し、また、国土縦走自転車道路開通と合わせて、錦江自転車道路、栄山江自転車道路も同時に開通し、4大河川国土縦走自転車道路が完成した。

写真:漢江縦走自転車道路

漢江縦走自転車道路(筆者撮影)

しかし、このように壮大に完成した自転車道も、莫大な予算をかけたにもかかわらず、利用者が少なく、また造成過程での不正行為、安全問題などの指摘で中断の危機にさらされている。

李明博政権が注力した自転車インフラ構築事業は、東海・南海・西海の三面と南漢江・北漢江に沿って口形の循環自転車道路を作り、済州島にも島を一周・縦断する自転車道路を構築する予定だった。しかし、朴槿恵大統領就任後の2013年10月の監査院監査で予算浪費事業に名指しされ、事業にブレーキがかかった。 当時監査の結果、すでに建設された14区間のうち10区間は自転車の通行量が時間当り10台以下であり、2区間は0.5~1台だけが利用していることが明らかになった。安全行政部は予算当局との協議を経て、今年から事業を大幅縮小して早期終了することを決めた。事業の早期終了で南海と西海の国家自転車道路は全く造成されないことになった(ハンギョレ新聞日本語版)。

また、文在寅大統領は李明博政権下で推進された4大河川(漢江、洛東江、錦江、栄山江)整備事業の政策決定および実施の過程に対する政策監査を指示している。監査で明白な違法行為や不正が明らかになった場合、青瓦台は相応の対処を取る方針で、監査が李政権への捜査につながる可能性も取り沙汰される。文大統領はあわせて、4大河川にある堰を常時開放するよう指示を出した。文大統領は選挙戦で、4大河川事業が原因で水質が悪化したと指摘し、設置された堰の問題点を検証する考えを示していた。(聯合ニュース日本語版)。

3. ソウル市シェアサイクル“タルンイ”
ソウル市は2015年10月15日にシェアサイクル“タルンイ”の運営を開始した。ソウル市自転車は、誰でも、いつでも、どこでも簡単で便利に利用できる無人の貸出システムである。ソウル市の交通渋滞、大気汚染、高い原油などの問題を解決し、健康な社会と市民の生活の質を向上させる狙いである。貸出ステーションは、地下鉄の出入り口、バスの停留場、住宅団地、役所、学校、銀行など生活区域を中心に設置されている。また、女性や高齢者も利用できるように、重量を軽くし、タイヤのサイズも26インチとなっている。

写真:ソウル市内にある無人貸出ステーション

ソウル市内にある無人貸出ステーション(筆者撮影)

利用は定期券と1日券があり(表6)、定期券は会員登録が必要である。一度返却した後も何回も利用できるため、自転車をステーションごとに乗り継いで移動することも可能である。

表6 ソウルシャアサイクル”タルンイ”の利用料金

ただし、1回あたりの制限時間を超えると30分あたり1,000ウォンの追加料金が発生する。貸出自転車は5,600台、貸出ステーションは705カ所(2017年3月現在)、会員数は32万人、利用件数は285万件(2017年6月現在)である。ソウル市はさらに年内にレンタル自転車数を20,000台まで増やし、貸出ステーションも1,300カ所に増やすことを計画している。世界最大のシェアサイクルを運営しているパリの23,900台(2014年)を目標に計画を進めていく予定だ。

会員数は32万人、貸出件数は285万件と順調に増加しているように思えるが、問題も出てきている。2017年3月時点で自転車1台当たりの利用は1日平均1.1件で、1日に全く利用されない貸出ステーションもあるとの調査結果が出た。ソウル市は年内に2万台に増加する計画であるが、それに伴う管理コストは年間185億円が必要だという予測である。

ソウル以外にもシェアサイクルを運営している都市は表7の通りである。

表7 全国のステーション数とシェアサイクル台数(2007年)

実際に“タルンイ”を利用してみると、便利な反面、不便なところが目に付く。便利な点はやはり、システムで一律に管理されているため、スマートフォンやPCでステーションの貸出状況を確認でき、いつでもどこでも複雑な手続き無しで貸出返却ができることである。2つめは、地下鉄出口の周辺や主要箇所に数多く設置されているため、臨機応変な利用ができることである。

一方不便な点は、韓国は坂が多くて走ってみると快適感より疲労感を強く感じることである。急な坂では到底登りきることはできず、あきらめて引き返すか他の道を選択することになる。2つめに、自転車・歩行者兼用道路は段差が大きく、歩行者もいるために、かなり慎重な走行を要する。3つめに自転車の故障が多いことである。スタートして約2年が経過するが、部品の故障、チェーンの不具合などがあるため、自転車を自己点検してから借り出す必要がある。4つめに自転車専用車路や自転車優先道路は並行する自動車やバスが猛スピードで割り込んでくることが多く安心して走行できる環境ではない。危険と隣り合わせである。5つめに無人貸出ステーションであるため、貸出や返納システムがうまく作動しないトラブルが発生した時には電話でセンターに連絡しなければならない。

このように不便なところが目立つ“タルンイ”であるが、レンタル料金は安く、地下鉄の駅の周辺や繁華街のいたるところにステーションが設置されているため、一定のリピーターにとっては費用対効果を考えると便利な交通手段となるかもしれない。

おわりに

以上見てきたとおり、韓国では自動車道の造成やシェアサイクルの運営などインフラやシステム面での整備が目覚ましい。自転車を利用する環境は15年前に滞在していた時と比べて見違えるほどに変化し向上している。数値だけ見ると自転車保有世帯は増加しており、自転車が生活空間に浸透してきていることは間違いない。

しかし、自転車がそこまで日常生活に溶け込んでいるかと言えばそうともいえない。日本のように移動手段としての自転車がまだ定着していないため、自転車がなくても十分に生活ができるのである。ソウルでは地下鉄網が充実していることに加え、バスの交通ネットワークが目を疑うくらいに発達している。スマートフォンからは秒単位で到着時刻を確認できるほか、周辺のバス停留所の位置情報や帰宅ルートも瞬時に検索できるため、バスを駆使すればドアツードアに近い移動は可能である。坂の多い街中を積極的に交通手段として自転車を選択する人は大きく増えないのではないか。

一方、趣味で自転車を愛好する人口は今後も増加していくと思われる。自転車一式を揃えるだけの初期投資は必要になるが、自転車を楽しめる環境が揃っていて、健康にも環境にもよいとなれば、健康志向や環境志向に関心のある人たちは自転車を生活の楽しみとして取り入れていくかもしれない。

このように自転車文化が目的はどうあれ生活に浸透してきている韓国では、今後は運用面や利用面でのルール作りや意識改革が求められる。特に最近では自動車と自転車の事故や、自転車と自転車の事故が増えていることから、ルールを守り、お互いへの配慮を行い、さらに自転車に乗る人に対してのしっかりした教育が必要となってくるのであろう。

著者プロフィール

二階宏之(にかいひろゆき)。アジア経済研究所海外研究員として韓国科学技術情報研究院に勤務。図書館業務に長年従事し、韓国・北朝鮮の資料・情報収集と分析を行う。最近では引用索引データベースやオープンデータについて図書館情報学的観点から分析。

書籍:アジ研 ワールド・トレンド

書籍:朝鮮半島における南北経済協力

参考資料