IDEスクエア

海外研究員レポート

英国の地方自治体が提供する廃棄物処理サービスとその実態

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049840

吉田 暢

2015年6月

筆者は派遣先の研究機関において二つの研究チームに在籍している。そのうちのひとつにGreen Transformationsというチームがある。このチームはふたつのTransformationを志向するための研究を目的として組織されている。ひとつはエネルギーのTransformation(化石燃料から再生可能エネルギーへ)、そしてもうひとつは資源利用のTransformation(廃棄型:throw awayから循環型:circularへ)である1

開発研究機関であるからして、当然そうした研究の成果は開発途上国や新興国が抱える課題解決のために用いられることを念頭においている。しかしながらチームを率いる主任教授いわく「他人にあれこれいうのであれば、まず自分たちが襟を正さなければならない。すなわち我らが地元のブライトンで使われているエネルギーはどうなっているのか、廃棄物処理はどうなっているのか、をまずもって我々は知る必要があるし、市民として、プロの研究者として出来ることは何かを考えてみようじゃないか」ということで、チームの仲間と地域の廃棄物処理施設に足を運び、また地元コミュニティと情報交換をするなど地道な活動をはじめている。実はブライトン(正式にはブライトンアンドホーブという)は全英の数ある自治体の中でも廃棄物のリサイクル率が最も低い部類に入るという不名誉な実績を掲げている2。そのくせ国会議員選挙になると、環境問題に敏感な政策を訴える緑の党(Green Party)の候補が全英で唯一議席を獲得するのがこのブライトンであるというのがなんとも奇妙である3。いずれにしても真摯な主任教授が「襟を正すべきだ」というのはまんざら大げさなことではない。これをきっかけにして筆者も地元の廃棄物処理行政や実際の運用について関心を持った。そこで本稿では、筆者が実際に英国の地方自治体が提供する廃棄物処理サービスを利用した経験、そこでの出来事、考えたことなどについてご紹介してみることにする。

筆者の自宅には壊れた掃除機があった。安物買いの銭失いとはよく言ったもので、来英当初に近所の量販店のようなところで安価な製品を購入したところ、ものの数週間であっけなく壊れてしまった。保証などはついていないし、修理代の方が購入代金よりも高くつくことが判明したので、仕方なく信頼の置けるブランド機種に買い直して今日に至る。

安定的に活躍するブランド機種を尻目に、壊れた掃除機は部屋の隅っこでほこりをかぶって鎮座していた。例えるならば、そんなに期待はしていなかったけれど安かったから買ってきたはいいものの、結局成績が振るわずに後から来た一流どころに地位を奪われ、二軍で冷や飯を食っているロートル助っ人外国人選手のような境遇に彼は置かれたわけである。

彼がすべて悪いわけではない。戦力を過大評価してここに連れてきたチームのフロントたる筆者の責任は重い。そこでトレードに出すべくセコハン屋に持ちかけてみたが、案の定故障者リスト入りした掃除機は修理代がペイしないので願い下げだと門前払いを食らう。チャリティショップにも断られた。かといって自由契約として中古品売買サイトに流出させても、貰い手があるとは言い難い。悩んだ挙句、市が運営するリサイクルシステムに回収してもらうことにした。製品としては役に立たなくても、中に入っている部品や部材がいくらかでもリサイクルされれば、彼の短かった一生も少しは報われるだろう。

さっそくインターネットで市のリサイクルページを探す。そこにはいくつか収集所(Collection point)というのがあるようなので、自宅から近そうなところを見つけて実際に偵察に行ってみる。英国に来てからというものクセになったことのひとつに、事前に必ず偵察する、というのがある。行ってみたら全然思っていたことと違うものが目の前にある、ということがままあるためである。事前に電話で問い合わせをしてみる、というのもひとつの方法ではあるが、電話の向こうにいる案内係がサービスの内容をよく分かっていない、従って誤った案内をされる、ということもこれまたよくある話なので、自分の目で実際に見たもののみを信用する、というクセがつくのである。時間も手間も掛かるが、これが一番確実である。

やはり偵察に行ってよかった。近くのスポーツセンターの駐車場脇に設置されているとウェブ上の地図にマークされていたCollection pointに行ってみると、そこには鉄製の巨大な箱がいくつか置いてある。廃棄物を分別して中へ放り込む形態になっているのだが、投入口が小さすぎて掃除機などはどうやっても入りそうにない。それもそのはず、これらは紙やプラスチックなど一般的な資源ゴミの回収を目的としている。小さいながらも立派な家電(Home appliance)である壊れた掃除機の行き先としてここは適切でないことが分かった。さらに情報収集を進めていくと、家電の類を収集しているのは市中のあちこちに点在するこうしたCollection Pointではなく、市内に二箇所あるリサイクルセンターであるということが判明する。そのひとつが我が家から車で10分ほどのところにあるらしいことも分かった。これは正確には市が某フランス資本の廃棄物処理企業に委託して運営している施設であるらしい。

案内には「廃棄物を当センターに持ち込む方には、(1)住民税納税証明書または同等の書類(2)本人確認ができる顔写真つきの身分証明書(運転免許証など)の提示を求めますので必ず携行してください。提示がない場合は受入を拒否します。」とたいそう厳しい注意書きが添えられている4。なるほど市民税を払っていない住民や市外からの廃棄物の持込をさせないための制限をしっかり掛けているのだな、と感心する。

リサイクルセンターはとても分かりやすい場所にあり、廃棄物を持ち込みにきた車が列をなしているということもなく比較的スムーズに場内に進入することができた。すでに数十人の利用者が思い思いの廃棄物を持ち込んでいる。中には廃棄物を詰めた大きなバケツを抱えて歩いてくる人もいる。駐車場の入り口近くに立っている誘導係と思しきおじさんに「掃除機を回収してもらいたいのですが」と告げると、「奥のほうにピンク色の看板が付いている建屋があって、そこが掃除機を含めた小型家電の回収場所だからそこに適当に置いていってちょうだい」といわれる。

「ピンクの看板」を探して周囲を見渡すと確かに入り口から数十メートル奥にそれらしきものが見える。誘導係だからだろうか、おじさんはそれ以上書類を出せとか申請書を書けとか必要と思われる手続についてはなにも言ってこないので、それぞれの回収場所でチェックがあるのだろうと判断してその建屋へ車を回す。誰もいない。少なくとも筆者の目には誰もいないように見える。建屋には高さ4メートルほどの鉄製の回収箱(そのままトラックの荷台に積載できるようにつくられたもの)が設置されていて、脇には回収箱の上部に登って廃棄物を中に投下できるように階段がついている。

様子が分からないので下手を打っては一大事、と周囲の人がどうしているのか確認するためにしばらくあたりを観察することにする。すると後から入ってきたおばさんが、誰からのチェックを受けることもなく古いラジカセのようなシロモノを抱えて階段を登り、回収箱の上からガッシャーン!と投げ込んでまた降りてくる。ノーチェックなのか?否、筆者が素通りしてしまっただけでもしかすると敷地内に入ってからここに来るまでの間になにがしかのチェックを受ける場所があるのかもしれない。次は入り口から入ってくる人をずっと見張っていてみよう。

さっそく次に入ってきた乗用車がこちらの建屋に向かって走ってくる。ノンストップである。降りてきた若いお兄さんは、これまた古いラジカセを抱えて階段を登りガッシャーン。ノーチェックである。そこで筆者も壊れた掃除機を後部の荷台から抱え、恐る恐る階段を登る(幸運なことに13段ではなかった)。回収箱の上から中を覗く。死屍累々。多少ならずとも胸が痛むがもう後には引けない。振り返ると階段の下で後続のおじさんが二人ほど、筆者が任務を終えて降りてくるのを今かと待っているのである。

せめてなるべく大きな音が出ないようにと壊れた掃除機の吸い取り口をつかみ、ホースが伸びて本体が回収箱の底にそっと着地するように置いた。カチャン。それでもプラスチックの割れる乾いた音がした。下で待つおじさんたちと階段ですれ違う。筆者が最後の段を降り切る前にガッシャーン。車に戻り、エンジンをかける手前でまたガッシャーン。後ろ髪を引かれる思いでリサイクルセンターを後にした。結局、納税証明書も身分証明書も提示を求められることはなく、どこの誰でもない者として壊れた掃除機を回収箱の中に置いてきてしまったのである。

さて、前述の通り市の廃棄物処理ならびにリサイクル施設の運営は民間企業が市から委託されて行っている5。たまたま一日のうちの数十分の出来事ではあったが、筆者が見た限りでは筆者を含めた来場者のすべてがノーチェックで廃棄物を置いていくところを見る限り、ルールとして書いてあった納税証明書や身分証明書のチェックが厳密に行われているとはお世辞にも言いがたい。これはどうしたわけだろうか。

以下のような仮説を考えてみた。市と企業との間に結ばれた委託契約の条件が「処理する廃棄物の量がどうであっても決まった期間で一定の金額を上限とした委託費を払う」という内容である場合、決まった金額の委託費用しか請求できないのであれば、処理する絶対量は少ないほうがいい、ということになる。この場合、企業には求められている書類手続きを厳密に行って持ち込まれる廃棄物の量を制限しようとするインセンティブが働くだろう。他方で廃棄物の中には転用して現金化できるパーツやレアメタルなどもあるだろうからなるべく多くの量が集まったほうがいいというインセンティブが働くだろう。だがスケールメリットが出て単位あたりの処理費用が下がったとしても、絶対的な処理量が増えればそれにつれて絶対的な処理費用は増える。そこでもし行政が負担すべき処理費用が固定である場合、それを上回る費用がリサイクルパーツの転用によって得られる利益よりも小さくなければ、このオプションは取られないだろう。一方、「処理する廃棄物の量によって委託費が変動する」契約内容であった場合、企業にはなるべく多く廃棄物を受け入れることによって委託費が増やせる、というインセンティブが働くだろう。その場合、厳密なチェックなどせずに、どんどん廃棄物を受け入れよう、ということになるのではないか。

そこで市と受託企業が実際に締結した契約の内容を閲覧してみる。市は企業との間に2003年から25年間におよぶPrivate Finance Initiative(PFI)を用いた契約を締結している(注3のリンク先を参照)。次に市の財務報告書(Brighton & Hove City Council Statement of Accounts 2014/156)を閲覧すると、市では三つのPFIを運用しており、廃棄物処理はそのうちのひとつである(その他には学校と図書館の運営がある)。

英国政府のPFIに関する指針によれば、業務を発注する側の自治体は、長期の契約を履行する上で予見不確実な要素については柔軟に対応する必要があるとしている。その要素とは、企業が契約を履行する上で必要な資金調達に係る金利リスクと、インフレリスクである7

ブライトン市が企業と結ぶPFIの契約では、三つのカテゴリに分けて費用が支出されることになっており、このうちの二つは英国政府が必要に応じて柔軟に契約に折り込むことを指摘している金利リスクとインフレリスクへの対応コストである。いまひとつは契約を履行する上で企業が行った(あるいは行う予定の)(設備等への)投資を(おそらく全てではなく一部)市が負債として負担して企業へ償還するコストが含められている(上記財務報告書p76)。

表1:ブライトンアンドホーブ市の廃棄物処理PFIに係る支払想定額
表1:ブライトンアンドホーブ市の廃棄物処理PFIに係る支払想定額

Source: Brighton & Hove City Council,Statement of Accounts 2014/15 p76

また他の二つのPFIである学校と図書館の運営については、その費用は年毎に概ね一定である一方、廃棄物処理PFIでは処理される廃棄物の量の増減によって費用が前後する余地があるとされている(上記財務報告書p73)。

他方で市の関連資料には、単位量に対する処理費用を5年刻みで上昇させていく計画が示されている(Brighton & Hove City Council Waste Strategy Review 2011, p39)8。ここではリサイクルや堆肥化(Composting)、発電用燃料への転用(Energy Recovery)のような廃棄物を単純廃棄せずなんらかの再利用に資するための方法に比して、埋め立て処分(Landfill disposal)の費用を大幅に高く設定しており、廃棄物の絶対量を減らすとともにリサイクルや堆肥化率を上げていくインセンティブを高めることを狙っている。これを裏付けるような数値が、同資料の37ページに示されている。これによれば市内における廃棄物のリサイクル率は、2001年時点では10%に満たなかったが、2010年には25%に迫っていることが分かる。それでも前述の通りブライトンは英国全体でのリサイクル率の自治体間比較では低位に甘んじているのであるが、人口が同等規模の自治体との比較では相対的に良いパフォーマンスを示していることが、同資料の35ページにある表で明らかである。

以上、限られた資料調査によってではあるが、2003年のPFI導入以降ブライトンのリサイクル率が上昇していること、埋め立て処理に掛かる単位量あたりの処理費用を段階的に上げていく契約内容によってリサイクル率を高めていくインセンティブが強まるような制度設計になっていることなどが分かった。この限りにおいては、市内のリサイクルセンターがリサイクル対象の廃棄物を積極的に受け入れようとする運営方針を掲げるのは妥当であると考えられる。しかしながら残念ながらこの調査の結果はそもそもの問いには十分に答えられていない。つまりなぜ必要だとされている書類のチェックが厳密に行われていないのか、ということである。リサイクル率を高めようとする政策の方向性が、どこの誰が廃棄物を持ち込んだのかを厳密にチェックすると言っていながら実際にはやっていないという運営実態の動機になっているのかどうかは定かではない。ましてやこの国では単に運営がずさんであるということも大いにあり得るので、ここはいささか判断が難しいところである。

脚注


  1. http://www.ids.ac.uk/team/green-transformations
  2. http://www.theargus.co.uk/news/11629468.Brighton_and_Hove_s_recycling_rate_one_of_worst_in_country/?ref=mr
    https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/
    375945/Statistics_Notice_Nov_2014_Final__3_.pdf

    二つ目のURLに示した資料(Statistics on waste managed by local authorities in England in 2013-2014)のFigure5に全英の自治体ごとのリサイクル率が地図に色分けされて載っている。ブライトンアンドホーブ(南東部の水色の地域に囲まれたところ)は最も低い30%以下のカテゴリである。ちなみに低調なリサイクル率に留まっている原因について廃棄物処理施設の運営を市から受託している業者にヒアリングしたところ、住民のリサイクルに対する認識の低さを上位に上げていいた。同社では近隣の学校などに出向いて環境教育を行っているそうだが、児童が習ったことを自宅に帰ってから家族に伝える行動を追跡したところ、児童よりも両親の方がリサイクルに関する知識・認識が低い家庭が少なくないことが分かったそうである。
  3. 正確には「緑の党」の議員を選出しているのはBrighton Pavilionという選挙区である。自治体としてのBrighton and Hoveにはその他にBrighton Kempton, Hoveという二つの選挙区があるため、ひとつの選挙区における「緑の党」への投票が多いことと市全体としてのリサイクル率の低さが矛盾するとこれだけで主張できるということではない。
  4. http://www.brighton-hove.gov.uk/content/environment/recycling-rubbish-and-street-cleaning/recycling-centres
  5. https://www.brighton-hove.gov.uk/content/environment/recycling-rubbish-and-street-cleaning/integrated-waste-management-contract-and 民間企業が委託されているのは廃棄物処理ならびにリサイクル施設の運営業務であり、市中の廃棄物回収業務は市の清掃局が直接行っている。
  6. http://www.brighton-hove.gov.uk/sites/brighton-hove.gov.uk/files/%5B%20Unaudited%20%5D%20BHCC%20Statement%20of%20Accounts%202014-15.pdf
  7. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/225362/01_pfi_hedging120506.pdf
  8. http://present.brighton-hove.gov.uk/Published/C00000120/M00003227/AI00022841/$20111201150651_001380_0003417_Item141Appendix3BHCCWasteStrategyReviewDec112.docA.ps.pdf