IDEスクエア

海外研究員レポート

「中国人団体観光客ビジネス」の歪んだ構図

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049881

川上 桃子

2013年7月

2008年に国民党が政権に復帰し、馬英九政権が成立して以来、中台間の経済・社会交流は拡大の一途をたどってきた。同年7月に始まった中国人観光客の訪台は、この流れを象徴する動きである。当初、一部都市の住民に限って開放された台湾への団体旅行は、居住地要件が緩和、さらには撤廃されるとともに急速に拡大した。2011年からは、居住地制限付きで個人旅行も解禁されている。

図1には、台湾への来訪者の国別構成の推移を示した。2010年以降、中国からの来訪者数は日本人を上回り、2012年には延べ259万人に達した。

大量の中国人観光客の出現は、台湾の観光業・小売業にとって、またとない好機である。実際、ここ数年の台湾では、ホテルの建設・改装ラッシュ、土産物の売り上げの急拡大といった中国人観光客の経済効果が広がっている。

他方で、台湾のメディアでは、中国人観光客の急増とともに、極端な低価格で団体ツアーを受け入れ、観光客を店から店へと連れ回す低品質のツアーが増加していること、商店から旅行業者へのリベート率が4-6割にも達していることが報じられている。また「中国からの観光客を受け入れるほど赤字になる」と嘆く旅行社の声や、「観光客にむりやり買い物をさせている」と悩む旅行ガイドの声も紹介されている(許・頼[2012]、頼[2012])。

図1 台湾への来訪者の国別推移(日本、中国、その他)
図1 台湾への来訪者の国別推移(日本、中国、その他)

出所)交通部観光局ウェブサイトより作成。

中国人観光客で混み合う観光スポットや土産物店の賑わいと、「中国人観光客ビジネスは、やるほどに赤字だ」という旅行会社の悲鳴の間のギャップは、いったい何に由来するのだろうか?故宮博物院や超高層ビル「台北101」で賑やかに観光を楽しむ彼ら・彼女らの姿の背後には、どのような利害の構図と政治的思惑があるのだろうか?

本稿では、新聞・雑誌報道の整理を通じて、中国からの団体観光客ビジネスの実態を紹介し、その歪んだ事業モデルの背景を整理する。

【超低価格ツアーの “事業モデル”】

中国人団体客の台湾観光の標準旅程は、7泊8日での台湾一周旅行である。報道から得られる情報を整理すると、台湾向けツアーを扱う業者間の取引構造は以下の通りである。

中国側では、各市・省ごとに、中国旅游局から指定された旅行業者が台湾向けのツアーを組織する。この送り出し業務を行っているのは、いずれも国営系の旅行業者である。他方、台湾では、民間の旅行業者が、ツアーの受け入れを行う。

送り出し側(「組団社」)と受け入れ側(「接待社」)の交渉力は、圧倒的に後者に不利である。送り出し側が、各地域の旅行需要を寡占的に支配しているのに対して、台湾では約400社の旅行業者がツアー客の受け入れをめぐって激しい競争を行っている(林哲良[2013b])。「接待社」間での激しい競争により、中国の「組団社」が台湾の「接待社」に支払う費用は、かつてのツアー客一人当たり約1800元から、最近では300~700元にまで下がっているという(林倖妃[2012])。

だが、このような低予算で旅行者の宿泊費・食費・交通費等をまかなうことはほぼ不可能である。多くの「接待社」は、コスト割れを覚悟で中国側「組団社」に低価格を提示し、中国からの観光客の受け入れにしのぎを削っているのである。

【ショッピングを強いられる人々】

台湾側の業者が赤字になってでも中国人団体客を受け入れるのには、理由がある。彼らは、中国からのツアー客に台湾内で多額の買い物をさせ、商店からリベートを受け取ることで、収益を挙げるのだ。現在、このリベート率は、40~60%にも達しているという(林哲良[2013a])。

台湾側の旅行業者が、ツアーの受け入れから収益を上げられるかどうかは、提携先店舗でのツアー客の買い物の「実績」にかかってくる。そのため「接待社」は、ツアー客らが台湾に到着するや否や、あの手この手で旅行客にショッピングをさせることに全力を注ぐことになる。

まず、旅程の組み方そのものが、ツアー客に買い物をさせる最大の手段である。中国東北地方から来台した中高年客の団体ツアーに潜入して8日間・台湾一周の旅をした台湾人記者のレポート(李・頼・許[2012])を読むと、その旅程が、買い物重視・観光軽視の内容となっていることに驚かされる。

この記者らが潜入したツアーでは、ツアー客は、移動日を除いた実質6日間に11店舗に連れて行かれたという1。例えば到着翌日の旅程は「ホテルでの朝食→角板山公園→昼食→美容マスク販売店→果物店→日月潭→ベニクスノキタケ販売店→夕食→ホテル」と、ほぼ買い物で埋め尽くされていた。他の日も程度の差はあれ、似たような旅程である。ツアーの実態が、バスでの長い移動時間と店舗での長い買い物時間の間に、申し訳程度に景勝地観光を挟んだ構成となっていることがうかがわれる。

阿里山をメインとする3日目の旅程も、檜グッズ店や茶葉店での滞在に時間が割かれ、阿里山の雰囲気を味わえたのは1時間にも満たなかった。夕方に高雄の西子湾で景色鑑賞をしたのも10分程度だったという。これにはツアー客から「買い物時間はあんなに長くとって、景勝地ではせかされるとは!明日のショッピングは全部取り消すよう求める!」という抗議の声があがったという(李・頼・許[2012])。

中国人ツアー客をショッピングへと誘導するうえで、ガイドのセールストークが果たす役割は大きい。ガイドらは、長い移動時間を利用して、バスの車内で「高雄ではダイヤモンド、台東では珊瑚、花蓮では玉、台北では高級時計」といった「台湾・買い物物語」を組み立て、日替わりで高価な買い物をするよう、ツアー客らの心理に働きかける2

旅行業者にとって、ツアーの最大の山場は、旅程4日目の早朝7-8時に組まれている高雄のダイヤモンド店での買い物だ。この時間選定にも綿密な計算がある。旅行ガイドとツアー客が打ち解け、ガイドのセールストークの効果が最も高まるのが4日目あたりであり、早朝というのは、消費意欲が高まる時間帯なのだという(李・頼・許[2012])。このような「理論」が実践されるため、高雄の中国人観光客向けの宝石店は、朝7時頃の開店直後に混雑し、観光バスの波が引けた午後には閑散とした状況になる(何[2011])。

旅行業者の狙いが、ツアー客に財布の中身を一元でも多く消費させることにおかれる結果、本来の目的であったはずの景勝地観光は、必然的に後回しにされる。上記の記者によると、台湾を代表する景勝地である台南の赤崁楼・安平古堡、花蓮のタロコ渓谷等は旅程中に含まれておらず、代わって人気のない観光地が組み込まれているという(李・頼・許[2012])。

【香港系旅行会社の垂直統合モデル】

このように旅行業者は、あらゆる手段を使ってツアー客を買い物へと駆り立てる。このような歪んだ事業モデルのツアーが全体のどの程度を占めるのかは定かではないが、報道を読む限り、多くのケースがこれにあてはまりそうである。

海外旅行の経験が浅い多くの中国人観光客は、店舗に案内されると「必ず買う、しかも大量に買う」3(交通部観光局・業務組組長のインタビュー中での発言、許・頼[2012])ため、旅行業者の投機対象になってしまっている。

しかし、ツアー客が実際にどの程度の買い物をするかは、事前には分からない。中国からの団体観光客の受け入れが「博打」と言われる所以である。また、中国の「組団社」から「招待社」への支払いが3カ月、場合によっては6カ月手形であることも、台湾の旅行業者の収益を圧迫している。

加えて、香港系の旅行業者という強力なライバルの存在も、中国人観光客をめぐる競争の構図に大きなインパクトを引き起こしている。香港系の業者は、中国からの観光客の受け入れに長い実績を持ち、中国の「組団社」とも深い関係を築いている4。現在、台湾の比較的大きな旅行業者50社のうち、少なくとも15社が香港系であり(林倖妃[2012])、中国からのツアーの5割以上が、中国各省の組団社と緊密な関係にある香港系業者のコントロール下にあると見られている(林哲良[2013c])。

香港系の旅行会社はさらに、宝石店・土産物店への垂直統合を進め、中国人観光客の買い物消費の囲い込みを進めている。高雄の中国人向けダイヤモンド店5社のうち3社が香港系であり、その市場シェアは8割を占めているという。香港系資本による垂直統合化は、珊瑚、高級時計、各種土産物からホテル、レストランへと拡大しつつある(林倖妃[2012])。

【台湾側の問題点と改善策】

以上で紹介した台湾側の報道を見る限り、ここ数年の台湾への中国人団体観光客ビジネスは、中国人観光客の財布の中身のむしりあいとも形容すべき様相を呈している。

この構図のなかで、最大の利益を得ているのは、おそらく、中国各省の旅行業者であろう。中国の観光客が支払うツアー料金は約25,000元であるというから(林倖妃[2012])、かりに1人当たりの航空運賃を1万元、台湾側への支払いを4000元(1日あたり500元として計算)と見積もっても、中国側の旅行会社の収益は大きい。

他方、台湾側の業者は、ツアー客の買い物額に賭をする、という危ういビジネスを行っている。赤字に陥っている業者も少なくない模様であるが、それでも多くの旅行業者が中国人ツアーを受け入れようとするのは、その数の多さと、安定的なツアー客の「供給」が大きな魅力となっているからである。

客観的にみれば、この構図のツケを支払わされているのは、ツアーの主役であるべき消費者=中国人観光客たちである。彼ら・彼女らは、中国の「組団社」に決して安くない旅行代金を支払って、「鶏より早く起き、豚より酷いものを食い、馬より早く走る」と皮肉られる 貧弱な内容のツアー、リベート分を転嫁された割高な商品を売る店舗での消費を強いられている6

今年5月、台湾政府は、このような事態の改善策として「高品質ツアー審査制度」を開始した。1日のスケジュールを12時間以内に、バスでの移動距離を250キロメートル以内に抑え、買い物を強制せず、食費についても定められた金額を上回る高品質のツアー(「優質團」)を認定し、これを満たしたツアーに対して優先的に来台を認めるという内容の施策だ。また、個人旅行の受け入れ上限を引き上げるなど、ツアー客中心だった受け入れのあり方も見直した7。他方で、6月21日に調印された両岸サービス貿易協定には旅行業も含まれており、限定的ながら業者の相互進出が一部開放されることとなった。これが、どのような変化につながっていくのか、本稿脱稿時点では、今後の見通しをたてるだけの情報は入手できていないが、注目される展開であることは間違いない。

【中国による「恵台政策」としての観光客送り出し】

本来、観光は、草の根の国際交流だ。観光を通じた人々の行き来の広がりは、異なる政治経済体制のもとで生活する両岸の人々の相互理解を醸成するきっかけともなりうる。しかし、本稿で見てきたように、現在の台湾の中国人団体観光ツアー・ビジネスのあり方は、不健全である。

本稿では主に台湾側の状況に焦点をあてて業界構造のゆがみを論じてきたが、中国側の問題も大きい。中国は、国営系旅行会社による旅行需要の寡占的利益の享受を許し、結果的に台湾へと向かう中国の観光客の消費者としての権益が損なわれている状況を放置しているからだ8

さらに、中国が、台湾への観光客の送り出しを、「恵台政策(台湾への利益供与策)」の一環としても位置づけていることも忘れてはならない。そしてこの「恵台政策」は、これまで海外からの観光客が相対的に少なかった台湾の中南部地域に対して中国が提示する「飴とムチ」でもある。2009年に高雄市で開かれた映画祭で亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長に関するドキュメンタリー映画が上映された際、高雄市では中国からの訪問団や観光客のキャンセルが相次ぎ、ホテル数千室分の予約が取り消された。これが高雄の観光業者らの間に引き起こした動揺の深さは、中台の経済交流の深まりが台湾にもたらしつつある政治的・社会的反作用を映し出している。

今日も、台北の故宮博物院や国父紀念館では、大勢の中国人観光客たちが賑やかに観光を楽しんでいる。しかし、その姿の背後には、彼ら・彼女らの消費力をめぐる利益の取り合いの構図と、中国の対台湾攻勢という政治的思惑が複雑に交錯している。

【参考文献】

  • 何祚德(2011)「陸客搶買 你不知道的台灣最夯名品 最賺商品:高雄鑽石、內湖鐘錶『故事行銷』」『財訊』373期 (5月25日)。
  • 李建興・賴琬莉・許瓊文(2012)「揭開陸客團購物黑幕」『今周刊』828期 (10月31日)。
  • 林倖妃(2012)「追蹤陸客賣台地圖」『天下雜誌』 509號(10月31日)。
  • 林哲良(2013a) 「低價陸客團40%的危機」『新新聞』No.1369 (5月30日)。
  • 林哲良(2013b) 「鳳凰老闆無奈告白 陸客沒利潤!」『新新聞』No.1369 (5月30日)。
  • 林哲良(2013c) 「楊秋興:國台辦須正視低價團亂象」『新新聞』No.1369 (5月30日)。
  • 賴琬莉(2012)「宰殺陸客 台灣旅遊業玩完了」『今周刊』828期 (10月31日)。
  • 許瓊文・賴琬莉(2012)「三大解方 讓陸客商機人潮變錢潮」『今周刊』829期 (11月7日)。

脚注


  1. 台湾観光局の規定により、旅行社は8日間のツアーでは観光客を8店舗にしか案内できない。しかし実際には、「トイレ休憩」のついでの立ち寄りといった形をとって、上限を越える数の店舗に案内することが行われているという。
  2. ツアーの中では、「高雄はかつて、世界有数の輸出向け加工生産の拠点であったから、ダイヤモンドの加工技術も高い」「台北・内湖地区は、エイサー、BenQ、コンパルといった台湾のハイテク企業の集まる地域だ。このハイテクの地はまた高級時計でも名高い」といった、台湾人も他の国の観光客も聞いたことがない物語が語られているという(何[2011])。
  3. 台湾で宝石や高級時計を買うと、中国で課される奢侈税を免れることができるほか、同一店で1日あたり3000元以上の買い物をすると5%の営業税の払い戻しが受けられる。
  4. 香港の旅行業界では、通常のビジネスであれば中国の「組団社」からの支払いを受けて中国人ツアー客を受け入れるところ、逆に、中国各地の旅行社に、当該地域の住民の消費能力に応じた支払いをして、ツアー客を送り込んでもらうというケースが発生しているという。中国人ツアー客を借り受けて香港で買い物をさせ、そのリベートを狙うビジネスである。このような歪んだ構造を背景に、ある香港人ガイドが、引率した中国人観光客らの買い物額が少ないことに腹をたて、ツアー客を罵ったところ、その様子が動画撮影され、ネット上で公開される、といったトラブルも起きた。台湾の旅行業者たちは、台湾でも同様の事件が起こる素地があると指摘している(頼[2012])。
  5. 李・頼・許[2012]はこの比喩について、食事についてはおおげさな表現であるものの、ツアーの実態はおおむね「鶏より早く起き、馬より早く走る」ものであったという感想を記している。
  6. ただし交通部が行ったアンケート調査では、中国人観光客の台湾旅行に対する「満足度」は95-98%に達している(なおこのアンケートでは、日本人の90%をはじめ、欧米の観光客も軒並み9割以上と全般に高い結果となっている)。しかし、このような満足度の高さは、中国人観光客たちの海外旅行の経験の少なさや、「せっかく来た旅行がつまらなかったと考えたくない」という心理を反映したものと捉えるべきであるように思われる。
  7. 中国からの旅行者の受け入れ人数には上限が設けられている。2013年6月現在、1日に7000人まで(団体ツアー客5000人、個人旅行客2000人)と定められている。
  8. 業者間競争が存在すれば生じるはずの、中国側「組団社」から台湾側「招待社」への支払い価格の低下の消費者への還元は不十分であるし、本稿でみたようなツアーの実態についての情報が、事前に旅行者に十分に説明されているとも考えにくい。