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海外研究員レポート

分散力による経済発展の可能性――北欧諸国の経験が示唆すること――

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049903

2012年3月

1.集積力で工業化したアジアの発展モデル

空間経済学では、経済活動の立地に作用する力として、経済活動が特定地域に集まろうとする「集積力」と周辺地域に分散しようとする「分散力」がある1。国内市場の規模、中間財の有無、アクセスなどが代表的な集積力である。分散力には、ファースト・ネーチャーと呼ばれる資源や自然条件の有無、または混雑から生じる賃金の上昇や環境問題などが挙げられる。このうち、日本、韓国、台湾、香港、シンガポール、そして中国の沿岸部などのように、アジアの国または地域のこれまでの工業化(狭義の経済発展)は、集積力に重点を置いたモデルである。

図1 2010年における世界各国・地域の人口規模と面積(単位:人、人/平方キロメートル)
図1 2010年における世界各国・地域の人口規模と面積(単位:人、人/平方キロメートル)

(出所)世界銀行(http://data.worldbank.org/)。
(注)+はEU諸国。−はその他の国。JPN、CHN、DEN、FIN、HKG、KOR、NOR、SWEは、日本、中国、デンマーク、フィンランド、香港特別行政区、韓国、ノルウェー、スウェーデン。

工業化が著しく進展したアジアの国や地域には、いくつかの共通点が存在する。第一は、国土に比べ人口規模が大きく、人口密度が比較的高い(図1)。日本、中国は世界有数の人口大国であり、継続的な人口移動が国内におけるいくつもの工業地帯の発展を可能にした。韓国の人口は中規模であるが、国土が比較的に小さい。香港、シンガポールについては、どこに立地しようと、一つの大都市における集積のメリットを享受できると言ってよい。第二は、これらの国や地域は、地理的に島かなんらかの理由により近隣国または地域から隔離、またはそれに近い状況にあり、初期の工業化過程においては産業政策が行いやすい環境にあったことである。企業が特定の国、または地域内に立地するかどうかは、国外の生産拠点との輸送コストがひとつの主要判断材料となる。これらの国や地域では、輸入品を制限した産業育成、または多国籍企業の誘致が比較的に容易だった。そして、第三は第一と第二の特徴を活かしながら、原料の輸入と加工品の労働集約的に輸出産業から工業発展をはじめたことである。

これらの共通点は、アジアの工業化モデルにおいても、必要な条件に過ぎないことは明らかである。これらの条件を持ち合わせながら、工業化が遅れている国の方が多く存在しているからだ(図1)。しかし、世界ではそもそもこれらの条件さえ持ち合わせていない国の方が多い。また現実として、多様な工業化が観測できる西欧・北欧以外では、工業化に遅れている国や地域の方が多い(図1)。アジアでも、人口規模が小さい資源国や工業が進展した東アジア以外は工業化が遅れたうえ、所得水準が低いままである。集積力に重点をおいたアジアの工業化モデルは、当然のことながら集積力のない国が採用しにくいものである。とはいえ、よりよい生活水準を達成するため、どんな国でも工業化や経済発展を追求する必要性がある。本報告では、北欧諸国(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)の工業化過程から、代替の発展モデルの可能性について考察することが目的である。

2.分散力による経済発展の可能性

スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークは、アジアの国や地域に比べ人口が少ない。約900万人のスウェーデンを除けば、アジアの都市国家であるシンガポール、また香港特別行政区ほどの人口規模程度に過ぎない。デンマーク以外は、人口規模に比べ国土が広く、また細長い国土の多くが森林や山岳部となっているため、国内におけるアクセスがよくない。このように、北欧諸国は国内市場の規模やアクセスによる集積力が相対的に乏しいと評価できる。ところが北欧の所得水準は、先進国のなかでも最高水準に属する(図2)。また、高福祉な社会を実現・維持しているにもかかわらず、いくつもの競争力の高いグロバルな企業の育成に成功している。先端的な科学技術による工業化においても、著しい発展を実現したと評価できる。以下、北欧諸国の発展、特に初期の発展過程を辿ってみることにしたい。

北欧諸国の経済発展は、19世紀後半が出発点とされることが多い。これまでの北欧諸国の工業化には二つの特徴があった。ひとつは、木材、鉄鉱石などの国内資源とこれらの加工による工業である2。原料の輸入、加工と再輸出が重要である東アジアの工業化モデルとは明らかに異なる。もうひとつは、国内事情にあったエネルギーの成功が、工業化を可能にしたことである。石炭がイギリスやドイツの工業化を支えたのに対し、水資源が豊富な北欧諸国では、水力が最大限活用されてきた3。19世紀半ばの北欧諸国の人口規模は、約350万人あまりのスウェーデンを除き、150万人前後であった4。そのためか、これらの国における工業化は一カ所に大量な労働力を投入する必要のない農林水産業や鉱業から始まったのである。たとえば、スウェーデンでは、工業化がはじまった19世紀後半から20世紀前半の主要輸出産品は、木材、鉄鉱石とその加工品であった。20世紀後半には、輸送機器や通信機器などの先端的な部門が最大の産業に発展したが、現在でも、鉱物や木材加工は引き続き主要な輸出産品でありつづけている。自然条件に絶対的、または大きく依存する鋼業と林業は、分散力の強いものである。もうひとつ注目すべきは、資源関連産業を中心とした工業化を可能にしたのが、水力発電業の発展だったことだ。水力発電業も、立地が地理的な条件に大きく依存するため、分散力が強い産業に分類できる。スウェーデンに1882年からはじまった商業的な水力発電業は、1950年代までには全土で約4500の水力発電所が存在するまでに大きく発達した5。現在では、約1600の小規模(10メガワット以下)な発電所を含め、約2000の水力発電所が国内の電力消費量の半分弱を発電している。

図2 2010年における世界各国・地域の一人当たりGDP(単位:USD)
図2 2010年における世界各国・地域の一人当たりGDP(単位:USD)

(出所)世界銀行(http://data.worldbank.org/)。

ノルウェーでも初期の工業化や経済発展の過程がスウェーデンに類似する。ノルウェーの主要輸出産品は、1980年代に原油やガスの輸出が本格化するまでは、食品加工、木材、鉄鋼などであった。またノルウェーでも、水力発電業は工業化の出発点のひとつとされる。たとえば、1906から1918にかけて建設されたTyssoⅠ水力発電所は、周辺地域における工業地帯の発展を支えた6。同水力発電所は、多くの肥料などの化学製品の工場を引きつけた7。2009年のノールウェーには大小を含め700以上の水力発電所で作られた電力が、国内で発電される電力の99%を作り出し、EU平均3倍以上の高い一人当たり電力消費量を可能にしている8。しかし近年輸出を通じて年間約5億ドルを含め約184億ドルの売上を達成する水力発電業の労働力は約1万人である。ノルウェーとスウェーデンの水力発電業は、国内市場規模に比べても、または世界的にみても大きい。2008年の水力による世界発電量のシェアは、ノルウェーとスウェーデンがそれぞれ第6位と第10位になっている9。同年のスウェーデンの原子力発による世界発電量のシェアが世界で10番目に多いことを考えれば、発電部門は両国において、他の部門を支える存在でありながら、それ自体がひとつの主要産業であることがわかる。

国内の資源とその加工品が工業化を支えたのは、フィンランドでも同じであった。たとえば、1930年代までは、輸出の8割以上が木材とその加工品であった10。木材関連産業の重要性は、現在でも変わっていない。2010年の最大の輸出部門である林業とその製品の輸出額は、全体の20%に相当する約100億ユーロの収入をもたらした11。世界最大の携帯電話メーカーを擁する同国の同年電子・電気部門の輸出額は3位である。また、水力発電が初期の工業化で果たした役割も、スウェーデン、ノールウェーと似ている。原子力などが発達する1960年代までは国内における電力の消費のほとんどが水力によって支えられた。違いはフィンランドが豊富に持つ木材の有効活用である。たとえば、1917年に主要なエネルギー源であった木材燃料は、2005年でも、国内総合エネルギー消費量(電力を含む)の2割をまかなう12。国土のもっとも小さいデンマークは、より複雑な戦略によって、工業化を達成した。しかし、デンマークでも農産、畜産とそれらの加工品は、初期の工業化過程において、大きな役割をはたした。また、2011年でも畜産、食品加工、飲料などの輸出は、機械・輸送機器に次いで大きい13。水力発電に恵まれなかったデンマークは、スウェーデンからの電力で、工業化を進展させることができたが、風力などの自然エネルギーの導入に積極的に取り組んできたことで知られている。

北欧諸国の工業化が示唆することは、少なくとも次の2点が挙げられる。第一は、集積力を活かした労働集約的な産業の育成が唯一の工業化の道ではない。豊富な労働力がない、または十分な労働力を特定の箇所に集約できないのなら、それ以外の方法を模索する必要がある。そのひとつ資源や地理的な状況など自らの条件にあった産業を特定し、工業化を進めることである。第二は、工業化や経済発展にはエネルギーが必要不可欠であることだ。北欧諸国、水力発電が初期の工業化を支えた。もちろん、水力になる必要はない。国の規模や自然条件によっては石炭、原子力、または今後工業化を進める国では自然エネルギー、再生可能なエネルギーになることも考えられよう。またエネルギーは、それ自体が一大産業となり得る一方、他のすべての近代的な産業の投入要素にもなる。必要なエネルギーを確保し、工業化に活用することは、今後工業化や経済発展を模索する国にとって、避けては通れない課題である。


脚注

  1. 空間経済学(http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Theme/Eco/Spatial/index.html)を参照。
  2. Industrial competitiveness in Sweden and Finland: from raw materials to high-tech industry (http://www.fetp.edu.vn/shortcourse/0203/Trade03/Readingsforest-vn-2003.pdf) を参照。
  3. A New View of European Industrialization (http://humanidades.uprrp.edu/smjeg/reserva/Historia/hist3155/Prof Sandra Pujals/industrialization in europe.pdf) を参照。
  4. The Creation and Development of Social Welfare in the Nordic Countries (http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/bitsream/10466/6622/1/2009000720.pdf) を参照。
  5. Svenskvattenkraftのウェブサイト(http://www.svenskvattenkraft.se/default.asp?L=EN)を参照。
  6. Norwegian Museum of Hydropower and Industry (http://www.nvim.no/newsread/news.asp?N=5010&L=2) を参照。
  7. Rjukan/Notodden and Odda/Tyssedal Industrial Heritage Sites, Hydro Electrical Powered Heavy Industries with associated Urban Settlements (Company Towns) and Transportation System (http://whc.unesco.org/en/tentativelists/5472) を参照。
  8. Statistics Norwayのウェブサイト(http://www.ssb.no/en/elektrisitetaar/tab-2011-04-13-04-en.html) を参照。
  9. 2010 Key World Energy Statistics (http://www.iea.org/textbase/nppdf/free/2010/key_stats_2010.pdf) を参照。
  10. Nationalism and Industrial Development in Finland (http://www.thebhc.org/publications/BEHprint/v021/p0343-p0353.pdf) を参照。
  11. Statistics Finland (http://www.stat.fi) を参照。
  12. 11と同じ。
  13. Statistics Denmark (http://www.dst.dk/) を参照。