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海外研究員レポート

アルマトゥにおける物価高と収入格差

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049923

岡 奈津子

2011年8月

私が現在住んでいるアルマトゥ(※1)は、人口139万人(2010年初め)を擁するカザフスタン最大の都市だ。中心部はこぎれいなレストランやカフェが建ち並び、2008年の金融危機で建築バブルははじけたものの、高層マンションや派手なオフィスビルもそこかしこにそびえ立つ。以前は博物館入りしそうなポンコツ車もよく見かけたが、いまでは(日本車が多いせいもあって)走っている車は日本とほとんど変わらない。

アルマトゥではさまざまなモノが手に入り、それなりにサービスも発達している分、値段もかなり割高である。スーパーで少し買い物しただけでも2~3千円はすぐに飛んでいくし、週末、ちょっとしたレジャーに家族で出かけると1万円くらい使ってしまうこともざらだ。一方で人々の収入はというと、格差が非常に大きいので平均を語ってもあまり意味がないが、私が見聞きした限り月収3万~6万円くらいの人が多いようである。この収入でどうやってやりくりしているのか。これは私を含む外国人にとって大きな謎である。

そこで私は、自分が実際に買ったり利用したりしたモノやサービスの値段を記録してみた(8月9日現在のレートは1テンゲ=0.52円)。網羅的とは言えないが、おおよその物価がわかっていただけると思う。なお2011年現在カザフスタンの付加価値税は12%で、以下に示すのは税込価格である。また家計の支出に占める割合が高い教育費と、職業別の収入に関する情報も若干集めた(これらについてはアルマトゥ以外の地方都市の情報も混ざっている)。

<モノ・サービスの価格>

表1に主な食料品・日用品の価格を示した。購入したのは「うちより安い店はどこにある?」という看板を掲げている近所のスーパーが中心だが、それ以外に大手スーパー、八百屋などでの買い物も若干含んでいる。そば・うどんはこちらの主要食品ではもちろんないが、参考のため載せておいた。なお表に挙げた日用品はすべて輸入品で、これらに限らず日用品のほとんどはカザフスタン国内では生産されていない。

表1 主要食料品・日用品の価格(円)

米(1キロ) 101
小麦粉(1キロ) 68
牛肉(1キロ) 946
牛挽肉(1キロ) 829
羊肉(1キロ) 1,123
鶏肉(1キロ) 281
ハム(1キロ) 1,348
牛乳(1リットル) 91
バター(200グラム) 153
鶏卵(10個) 120
食用油(1リットル) 155
砂糖(1キロ) 117
マヨネーズ(350グラム) 164
じゃがいも(1キロ) 59
たまねぎ(1キロ) 53
にんじん(1キロ) 58
キャベツ(1キロ) 18
なす(1キロ) 44
トマト(1キロ) 70
きゅうり(1キロ) 49
オレンジ(1キロ) 169
リンゴ(1キロ) 195
もも(1キロ) 208
バナナ(1キロ) 117
リンゴ100%ジュース(1リットル) 95
紅茶(ティーバッグ、25袋) 88
缶ビール(0.5リットル) 70
ミネラルウォーター(5リットル) 109
そば(300グラム) 299
うどん(300グラム) 242
シャンプー (400ミリリットル) 354
リンス (200ミリリットル) 221
台所用洗剤(500ミリリットル) 127
洗濯用洗剤(3キロ) 798
紙おむつ(パンツ式、XLサイズ、45枚入) 1,141

野菜・果物の価格は季節によって変動が激しい。バナナやオレンジなどの輸入品は別として、カザフスタン国内でも生産されている野菜・果物は8月末から10月にかけてが最も安いそうだ。私が記録できただけでも、6月の野菜の値段は8月(表に示した額)の1.5~5倍もする。

日用品は価格がさほど変わらないものの、食料品は東京に比べれば確かに安い。しかし上述した平均的収入(3~6万円)はからすれば、必要最低限の食料品や日用品を買うだけで精一杯なはずだ。「みんなどうやって生活しているの?」と質問すると、「お金がない人はバザール(市場)で買い物しているんだよ」という回答がしばしば返ってくるのだが、私がよく利用する上述のスーパーは、地域住民がみな「安い」と太鼓判を押す店で、私の知人によればバザールと値段はほとんど変わらない(ただ彼女曰く、バザールでは同じ値段でもっと質のいい食品が手に入るそうだ)。

表2 各種サービスの価格 (円)

電話基本料金 434
インターネット使用料(月額) 2,215
コピー(A4/1枚) 5
タクシー(市内近距離) 286
バス 26
喫茶(コーヒー) 100~300
ランチセット 300~600
博物館入場料 26~52
遊園地入場料 1,040
観光地ケーブルカー 1,040
美容院カット(女性) 2,080
美容院カラー(女性) 4,680
小児科診察料(再診は半額) 1,560

上に挙げたサービスの価格は若干の説明を要する。

タクシーには、公認のタクシー会社と契約を結んでいる運転手によるもののほか、いわゆる「白タク」がある。ここでは、近距離なら定額で使えるタクシー会社の料金を挙げた(迎車料金込み)。一方、白タク料金は距離だけでなく様々な要素に左右されるため一概には言えないが、これより若干安い値段で交渉が成立する場合もあるものの、むしろ高くなってしまうこともある。

遊園地は市内にある「ファンタジー・ワールド」へ行ってみた。例えるならカザフスタン版「浅草花やしき」だろうか。入場料はアトラクション代込みで、2歳未満は無料だが子供料金はない。ケーブルカーは郊外の観光地メデウ(スケートリンクで有名)に最近できたばかりのもので、シュンブラク(スキー場)までの往復がこの値段である(さらに上まで行くと料金はこの1.5倍)。家族数人で利用するとかなりの金額になるが、遊園地はたくさんの人が遊びに来ていたし、メデウのケーブルカーもそれなりに賑わっていた。こちらの知人に「けっこうするのに利用するお客さんはいるものだね」と言ったら、「田舎から遊びにくる観光客は、旅行中は散財してもいいと思っているからだよ」と説明された。しかし、ケーブルカーはともかく、遊園地はアルマトゥ市民もかなり利用しているのではないかという気がする(ちゃんとリサーチしたわけではないが)。

表に挙げた美容院の料金はやや高めだが、私が住んでいる地区では似たような料金の看板をあちこちで見かける。夫はもう少し庶民的なところでカットして780円相当だったが、美容院・床屋は探せばもっと安いところはあるようだ。

医療については、国立の病院・診療所は基本的には無料である(※2)。しかし私は、待ち時間が少ないのと、(必ずしも根拠はないのだが)有料のほうがサービスの質も高いのではないかと期待して、息子の具合が悪いときは民間のクリニックを受診している。なお表に挙げた診察料は、診療内容にかかわらず定額である。

<教育費>

カザフスタンも日本と同様、家計の支出に占める教育費の割合が高い。義務教育(日本の小・中・高校に相当)の場合、公立の学校は無料だが、教科書は親が買わなければならず、通学用の制服や鞄などの出費もかさむ。それ以外に、学校への寄付や教師への付け届けもバカにならない(※3)。なお私の知人は次女を私立校に通わせているが、年間の授業料は98万テンゲ(約51万円)だという。

大学は、私立はもちろん国立も有料で、学費は国立と私立でさほど変わらないそうだ。私の知人が勤務している地方私立大学は、学部によって授業料が異なるが、だいたい年間2000~2500ドル程度とか。アルマトゥ市内の有名大学は1万ドルというところもあると聞く。ただし全国統一試験(ENT)の成績がよければ政府の奨学金(grant)を受け取ることができ、学費は免除される(※4)。多くの家庭にとって大学の学費を払うのは容易ではないので、どの親も奨学金を得ようと必死である。

ちなみに私は2歳の息子を私立保育園に預けているが、入園料は5万テンゲ(2.6万円)、ひと月の保育料(食事代込)は6.5万テンゲだ(3.4万円)。これはアルマトゥ市内でも高い部類に属するが、外国人専用ではない(外国人は我が家の息子だけである)(※5)。私の知人の子供が通っている民間企業付属の保育園は、保育料が月額4万テンゲだが、園児一人あたりの保育士の数は息子が通っている園よりずっと少ないそうだ。ちなみに日本と同様、公立保育園の入園は容易ではなく、子供が生まれてすぐに予約を入れても3年以上待たされることもあるという(※6)。

<収入>

カザフスタン共和国統計庁によれば、2010年の平均月収は7万7611テンゲ(当時の公式レートで527ドル)である。ただ冒頭で触れたように格差が激しく、また公式統計には表れない副業に携わっている人も少なくないため、統計的データだけでは実態がなかなかつかめない。ここでは、断片的情報に過ぎないが、具体例をいくつか挙げておこう。なお話し手が自分の収入や自分が支払った謝金、あるいは勤務先の給与規定について述べている場合は、その金額はほぼ正確だと思われるが、それ以外は必ずしも正確ではない可能性があることをお断りしておく。

まずは大学教員のケース。最近転職した知人によると、前職の地方私立大学の月給は6万テンゲ(3万1200円)であった(※7)。彼女は教授なので、准教授や講師クラスの収入はこれよりもっと低い。転職先はアルマトゥ市内の有名私立大学で、肩書きは准教授になったが月給は一気に6千ドルにアップした。ちなみにアルマトゥ市内の別の私大も検討したが、そちらの条件は准教授で20万テンゲ(10万4000円)だったという。別の知人は、2010年に首都アスタナで開校したナザルバエフ大学に就職したが、提示された年収はなんと15万ドル。大学教員の場合は勤務先によって格差が非常に大きいようだ。

息子が通う保育園の園長さんは子供に家庭教師をつけているが、その女性の本職は学校の先生で、月収8万テンゲ(4万1600円)だそうである。これは教師にしてはよいほうなのではないかと思う。ちなみに家庭教師代は1回90分につき4000テンゲ(2080円)を払っているそうだ。

大学教員、教師、公務員と並んで薄給で知られているのが医者である。私がインタビューした外科医によれば、彼が勤務する国立病院の医者の初任給(諸手当を除く)はたったの2万6000テンゲ(1万3520円)。やはり外科医を弟に持つ友人によれば、弟は生活のために仕事を掛け持ちしており、朝8時から午後2時までの病院勤務でおよそ6万テンゲ、3時から5時までの診療所勤務で3万テンゲの収入を得ているという(計9万テンゲ=4万6800円)。なお、つい先日まで我が家で家政婦として働いていた女性は、医大卒で救急医療に携わっていたのだが、激務であるにもかかわらず月給が安い(4万テンゲ=2万800円)ため、家政婦に転職した。ちなみに私は彼女に1~2日分の料理をしてもらい、一回につき4000テンゲ(2080円)を支払っていた。

一方、大企業の社員や銀行員、外資系企業に勤める人など、月数千ドルの高給取りは私の周りにも何人もいる。ついでながら紹介しておくと、やや古い話になるが、2006年の9月、電話会社カザフテレコムの社長の月収が36万5000ドルであることが判明し、大統領が首相に命じてこの社長を解雇させた(※8)。

アルマトゥでは家庭教師や家政婦、白タク運転手など、非公式なアルバイト・仕事をしている人も少なくない。白タクは当然だが、家庭教師などもおそらく税金は払っていないだろう。私は気軽に乗れて世間話もできる白タクを愛用しているのだが、数人のドライバーに聞いてみたところ、白タクを本業としている人も多く、がんばって働けば、ガソリン代を除いても月に10万テンゲ(5万2000円)は稼げるそうである。

また、自分が所有するアパートやマンションを貸しに出している人も多い。親族が亡くなったり、他の街に引っ越したりして空き家になっているところを貸すケースのほか、自分の家を賃貸に出して、それより家賃が安い家に引っ越し、その差額で生計を立てている人もいる。

その他の「副収入」として指摘しておかなければならないのが賄賂だ。月給数万円のはずの公務員が高級車を乗り回し、ハイグレードなマンションや瀟洒な一戸建てに住み、夏休みは家族で海外旅行、という事例を私自身も知っている。ただ、賄賂を取っている人たちすべてが優雅な暮らしをしているわけではなく、そもそも公務員や教師、医者がみな賄賂を要求しているわけではもちろんない。

物価高と低収入。アルマトゥの庶民の暮らしは経済的安定とはほど遠い。しかし、スーパーやショッピングセンターは買い物客であふれ、娯楽施設や行楽地は人々で賑わい、また多くの人たちが学費を捻出して子供を大学に通わせている。上述したように、月に数千ドルを稼ぐ人もめずらしくないこと、アルバイトや家賃収入などさまざまな副収入でやりくりしている人が多いことは知っているのだが、それでもやはり一般市民が生活費と収入のギャップをどう埋めているのか疑問は残る。私は今回の赴任中、この謎をさらに解明してみたいと思っている。


  1. カザフ語およびロシア語ではАлматы、英語ではAlmaty。日本語では「アルマティ」「アルマトイ」などと表記されることが多いが、ここではカザフ語の発音に近い「アルマトゥ」を使う。
  2. ただし待ち時間が長かったり、何カ月も手術の予約を入れられなかったりすることも少なくない。そのため、迅速かつより丁寧な診察を受ける目的で賄賂を払うことが日常化している。なお国立病院においても、合法的に有料サービスが提供されている。
  3. 地域や学校によって異なるが、私が聞いた範囲の事例を挙げると、(1)学校に必要な設備購入の名目で生徒から集金する(集まったお金が目的どおりに使われる場合と、教師が着服する場合とがある)、(2)卒業する生徒の親が一定金額を集め、学級担任の教師に心付けとして渡す、などの習慣がある。
  4. 政府の奨学金は国立・私立の大学・専攻ごとに配分される。そのため全国統一試験の点数だけではなく、進学先の選択も奨学金を受けられるかどうかを左右する。なお農村部の生徒、障害児や孤児などに対する特別枠もある。2011‐12年度には基準が厳格化され、グラントを配分されたのは148大学のうち85校のみであった。学生数でみると、大学進学者9万1018人中、奨学生は3万6046人(http://www.newskaz.ru/society/20110805/1773266.html)。ただし、教育分野での腐敗が深刻なカザフスタンでは、全国統一試験の点数も賄賂で「購入」することができると言われている。
  5. 保育園を探しているとき、比較的外国人の子供が多い別の私立保育園も見学したのだが、そこは入園料が4万テンゲ、保育料が7万テンゲだった。
  6. そのため、保育園入園のためにコネや賄賂を使う親も少なくない。
  7. 彼女の場合、講義は週17~18コマ(1コマ1時間)だった。給与は受け持つ講義の数、学位、職位によって決まる。
  8. http://www.zakon.kz/76078-zarplata-u-kh.karibzhanova-364-tysjachi.html. カザフテレコムの株の51%は国が所有する。