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海外研究員レポート

左右夢幻?:イギリスの主力諸政党と「右」「左」

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049938

佐藤 創

2011年2月

イギリスでは、首相キャメロンが、過去30年にわたるイギリスの多文化主義政策の失敗を宣言し、これに闘いを挑みはじめた、と広く報道され、物議を醸しています(※1)。具体的には、 2月5日に、キャメロンが、ミュンヘンで開催された安全保障会議にて、英国における国家多文化主義政策(state multiculturalism)は、たとえば英国内のいくつかのイスラム社会でみられる強制結婚など、個人の自由の侵害状況を許容してしまっており、また、テロリズム の温床にも結びついていると指摘し、「率直にいって、近年の受け身の寛容を大幅に減らし、ずっと積極的で力強いリベラリズム(muscular liberalism)が必要だ」と述べたのです。

演説を聞いてみると、女性の権利を尊重していないと思われる原理主義的なイスラム諸団 体に対して、より厳しい姿勢を今後イギリス政府がとることを示唆するなかでの発言であり、その文脈からは、ここでいう「受け身の寛容」とはおそらく諸コミュニティの価値観やライ フスタイルを尊重し、その結果生じる文化的多様性を、明らかに違法でない限り許容するということで、これに対して、「力強いリベラリズム」は、より実質的に個人の自由を尊重した、国民として共有すべきなんらかの(リベラルな)価値観・アイデンティティを、能動的に形成するような方向を指しているようです。

くしくも、この日は、イギリスにおける最右翼の運動、English Defense Leagueの大会がイギリス各地で行われており、そのような状況のなかでの首相の発言に、イスラム諸団体は強い反発を示しています(※2)。たしかに、いつものように、「テロリズムは許されない、原理主義に対して一層注意深く対処する」という程度に言うあたりで留めておくのではなく、さらに、「文化の多様性を許容しすぎていた、これからは、より共通の価値観に基づく均質的な国民像が必要だ」という趣旨だとも受け取れるコメントは、相当に踏み込んだとの印象を与 えます。実際、「リベラリズム」という修辞を用いているとしても、「多文化主義との闘い」という形で発言内容の文脈から切り離されて、「右より」な発言として、一人歩きしだして いるからです。

ただし、キャメロンが、こうした「右より」な(と受け取られかねない)姿勢を、ある意 味で突如、鮮明にしたことは、さほど驚くに値しないとも思われます。一つには、保守党は、上流階級を代表しているという誇りゆえに、英国国民党(British National Party)のよう なあからさまな人種主義には与しない、という矜持も強いのですが、もともと、価値観や宗教観(英国国教会支持)において「保守」の色は強い政党だからです。また、党内政治的にも、キャメロンは、党内右派の突き上げに対処する必要が生じている状況にありました。先月1月に行われた下院議員補選において労働党に敗れたからです。

この下院議員補選は、昨年5月の総選挙にて保守党および自由民主党の連立政権が発足して以来、はじめての国政選挙で、イングランド中西部the Oldham East and Saddleworth選挙区にて、去る1月13日に行われました。結果は野党に転落した労働党の候補者の勝利でした。この選挙区については、総選挙時もおよそ百票差の僅差ではあったものの労働党の候補者が当選していたのですが、元移民担当大臣でもあるこの労働党議員の選挙違反行為(対立候補者に対する宗教的な誹謗中傷を行った疑い)を、僅差で敗れた自由民主党候補者が訴え、裁判により当選無効(The Guardian 5/Nov/2010)となったための補選であり(※3)、今回は、労働党の新しい候補者が、次点の自由民主党の候補者に3000票以上の大差をつけて、労働党が議席を維持しました(The Guardian 14/Jan/2011)。

選挙直前のIndependent紙の調査によると、全国レベルでは、労働党支持が40%、保守党が 38%、自由民主党が11%となっており、自由民主党の支持率は1988年に結成されて以来、最低となっていたと報道されています(Independent 5/Jan/2011)。ただし、この補選では、この世論調査に比べれば、自由民主党は敗れたとはいえそれなりに善戦し、かえって、自由民主党と連立政権を組む保守党執行部は自党の候補者ではなく、自由民主党の候補者を暗に支持したのではないかという戦いぶりで、この補選での保守党の得票率は、昨年5月の総選挙に比べて、13.6ポイントも落としています(※4)。

この選挙の結果についての評価はさまざまですが、財政再建を最優先させ、財政赤字削減、大学授業料値上げ、付加価値税増税などを次々に実施し、公共部門の改革と選挙制度改革に 踏み込もうとしている連立政権には大きな痛手となったというところが、一般的な見方でしょうか。

ここで、冒頭で紹介したキャメロンの多文化主義失敗という発言の背景として重要だと思われることは、この選挙の結果、活発化したようにみえる各政党内の綱引きで、とくに、そこに現れる「左」「右」の概念です。ごく大ざっぱにですが、少し整理してみます。

まず、第一党であり、連立政権を主導する保守党ですが、よく知られているように、トーリー党に起源があり、伝統的に貴族、地主階級の支持を集めてきたもので、金融産業と深いつながりを持つと言われています。全体図のなかでは「中道右派」と一般には捉えられていますが、保守党のなかに右派と左派がおり、今回の補選の敗北では、自由民主党との妥協が諸悪の根源だとする右派の不満が噴出しつつあります(The Economist 15/Jan/2011, p. 29)。ただし、右派、左派の意味も流動的であり、かつての右派はサッチャーに代表されるように経済自由化、民営化といった新自由主義的なイデオロギーを中心的な求心力としていましたが、現在の右派は、たとえば、経済自由化を重視するというよりも、財政規律による防衛費や治安関連予算の削減に強い不満をもち、また、欧州主義への懐疑的な態度によりひ とくくりにされているように思われます。つまり、安保面からのタカ派というイメージです。これに対して、かつての左派は、右派の新自由主義に懐疑的で、したがって、政府の役割を、つまりは自分たちエリート階級の能力を、重視する考えを持つ議員たちを指していましたが、現在の左派は、おもに地方分権や公共サービスへの民主的な参加を重視する考えをシェアし ている人たちを指しているようです。それゆえに、左派は自由民主党と近いと考えられているのです。

つぎに、保守党と連立政権を組んでいる自由民主党ですが、もともとは自由党と社会民主党が合併してできたもので、いずれも「中道左派」であり、そのなかでは、一般には、旧自由党系が右派、旧社会民主党系が左派となります。なお旧社会民主党は労働党内の「右派 (穏健派)」が労働党から独立した党でした。いうまでもなく、自由党はホイッグ党に起源をもち、起業家階級・労働者階級を代表して、20世紀前半に労働党が台頭するまで、二大政党の一角を占めていた政党です。昨年、保守党との連立が問題となったときは、左派を中心に反対があり(選挙区によっては自由民主党は労働党よりも保守党と激しく対立する傾向があるからです)、また、選挙前は反対していた大学学費値上げなど、保守党の政策との妥協が、支持率低下を招いていることは否めず、その支持率低下がさらに自由民主党内での不協和音を大きくしています。とくに近年では得票率では保守党、労働党に大きく引き離されているわけでもないのに、小選挙区制度によって第三の弱小政党に甘んじてきた自由民主党の念願は今年予定されている選挙制度改革にあり、この問題でも保守党とのさらなる妥協に追い込まれるのではないか、国民の支持率はどうなるのかという両面をにらんで、左派のみならず右派もまた危機感を募らせており、党首である副首相クレッグは、繰り返し、保守党との安易な妥協はしないと発言せざるをえない状況にあります。

最後に、労働党ですが、イギリス労働党は、昨年5月の総選挙で議席を多数失い、政権党の座から滑り落ちました。その後、党首選挙で、エド・ミリバンドが党首の座につきました。この選挙結果はエドの兄であり、より中道であると思われていたデイビッド・ミリバンドの勝利が予想されていたので多少の驚きをもってむかえられました。労働党もまた、「中道左派」と位置づけられるに至っていますが(※5)、支持層の中に、労働組合を中心とする労働者層(左派)とよりリベラルな大都市住民層(右派ないし穏健派)があり、たとえばイラク戦争は間違いだったという立場をとり、もっとも急進的であるとみられていたエドが、総選挙後の党首選挙では労働組合など左派の支持を固め、勝ったのです。即座に、エドは「赤いエド(Red Ed)」という称号を保守系大衆紙や右翼系機関誌により与えられてしまい、このよ うな攻撃に対して、「左で結構」と開き直るのでも、無視するのでもなく、党首就任演説で、 「本党は左傾しないだろう」と反論するという対応を取っています。

以上、駆け足で、政党自体の右左と、政党内の右左を大まかに整理してみましたが、次に、政策内容の観点から、右左を改めて整理してみましょう(※6)。

現在のイギリスでの「左」的な政策とは、金融産業への不信、自治体への権限移譲へ理解を示すこと、福祉国家の推進などだと考えられています。また、選択的な産業政策(産業保護促進政策)や保護貿易政策も左的なものとみなされています。もちろん、日本やドイツや後発途上国の文脈でみれば、選択的な産業政策はナショナリスト的なという意味での「右」的なものが実施し、あるいは擁護してきた政策であることが多いと考えられます。イギリスの場合は、保守党の新自由主義による規制緩和と民営化、労働党による国有化政策や産業政策のイメージがあるため「左」よりという認識があるのです。社会福祉政策もまた同様で、 イギリスでは、「左」的なものとみなされていますが、他の国では、また、歴史的にみれば、必ずしもそうではありません。

それでは、現在、イギリスでいう「右」的な政策とは、なにを指すのでしょうか。これは、やはり移民や防衛という問題に顕著にかかわっているようにみえ、中道右派である保守党と、極右、人種差別主義などの批判がある英国国民党の関係をみるとわかりやすいかもしれませ ん。たとえば、ロンドンにおける識字率の低下の問題について、英国国民党は、移民の増加が原因であることは明らかなのに、保守党は、子供たちの教育に無関心だと(白人)教師や白人の両親を非難している、と保守党を批判しています(BNP News, 19/July/2010)。保守党の考えは、白人自身を糾弾する典型的な「正しい」(自虐的な)支配階級の流儀であって受け入れ難く、識字率の低下は第三世界の人々とともに第三世界がイギリスに持ち込まれているということが原因であり、これを止めないと何百年にもわたるイギリスの文化は、ロンドンではじまっているように、破壊されてしまう、というような論陣を、英国国民党は展開しているのです。

保守党は、新自由主義的な政策志向を根強くもっているという意味で「右」であり、そのことはウィンブルドン効果などと呼ばれるように、外国移民(資本)のイギリスへの参入についてはかならずしも排他的ではなく、「右」ではないのです。ただ、このことは、市場至上主義を重視するあまり社会的な連帯や紐帯という問題を保守党は軽視してきたという負のイメージにもなっており、それを薄めるためか、キャメロン首相は、「大きな社会(big society)」というコミュニュタリアン的な保守主義を打ち出すことによって、より広い保守層を取り込もうとしてきています。冒頭に紹介したような、多文化主義的な価値観ではなく、もっと均質な価値観を共有した国民統合が必要であるというような発言は、こうした文脈に おいても理解できるものです。

以上のような、とても粗っぽい検討だけでも、明らかになることがあります。それは、なにが右か、なにが左かは、基準によって異なること、そして、この基準は複数あり、かつそれぞれ変化しつつあり、さらに、どの基準が重視されるかもまた絶えず変化しつつあることです。つまるところ、今現在では、なにが右か左かは、基準が多すぎて、また基準自体が変化し、かつ、どの基準が重要なものとして取り出されるのかもつねに変化して、一概には見分け難いというところなのでしょう。

そもそも幾何学的には、前後、上下と異なり、左右は定義できないといいます。つまり、言葉や論理だけで、左右の区別を知らない人に、これを伝えることはほとんど不可能なのです。逆にいえば、左右についてある一定の了解をすでに共有している共同体でのみ、左と右の区別は理解され、伝達されうるということになります。それゆえ、政治的な、経済的な立場や言説もまた、なにが左でなにが右であるかは、基準を共有する人々にのみ通用する内輪話ということになるのかもしれません。

それでも、政治経済社会的な意味での、左、右、の区別は、日々、再生産され、それぞれの社会が進む方向へ少なからぬ影響を及ぼしているように思われます。たとえば、「中道」のなかで「左より」「右より」であることは許容範囲のようですが、エド・ミリバンドの 「本当は左傾しない」という発言にみられるように、まったき「左」である、まったき「右」であるというレッテルを貼られることは、避けねばならない事態だと考えられていると思わ れます。

であれば、左右の基準設定を主導できるポジションを獲得することが重要になります。キャメロンの「多文化主義失敗」の発言も、実のところ、なにを基準にするかによっては、それは右よりとも取れ(英国国民のアイデンティティ形成)、左よりとも取れる(個人の自由の尊重)もので、おそらくキャメロンにとって重要なことは、時、場所により、変幻自在に左か右か、基準を操ることにあるのではないでしょうか。こうしたレトリックやその他の要因により、代表する者と代表される者との関係が「夢」のなかの出来事のように変化していくことに、議会民主制の「現実」の一つの様相があるのかもしれません。

脚注

  1. 2月5日付の有力紙(The Times, The Guardian, Independent など)はいずれも大きく報道してい ます。演説は BBC のウェブサイトで聞けます(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-12371994)。
  2. English Defence League は、移民、とりわけパキスタン系の移民に対する排除を強く訴えている数年前に出現した運動ないし団体で、同じような主張を訴えて議会に議席をもつにいたっている英国国民党(BNP)よりも、さらに原理主義的で知られています。なお、こうした国粋主義的、人種差別的な動きに対して、危機感を募らせている人々は、Unite Anti Fascism(UAF)を立ち上げて、対抗しようとしています。
  3. なお裁判で違反行為を認定されたこの元大臣は、三年間にわたり公職に就くことを禁止され、さらに労働からも除名処分を受けたとのことです。
  4. 得票率は、労働党候補者 42.1%、自由民主党候補者 31.9%、保守党候補者 12.8%でした。
  5. よく知られているように、「左派」というよりも「中道左派」と一般に位置づけられるに至ったのは、ブレア党首時代の「第三の道(the Third Wayism)」や「ニュー・レイバー(New Labour)」路線によるところが大きく、より具体的には、党綱領の改正によります。すなわち、綱領4条 (Clause Four)を大幅に改正し、「生産・分配・交換手段の共有(common ownership)」という言葉を綱領から削除したのです。また、同時に、党内選挙制度の改革で、労働組合の影響力を弱めたことも大きな転換点となりました。
  6. なにがイギリスにおいて「左」の政策と考えられているかについては、Ha-Joon Chang "The Right Political Direction"(The Guardian 3/Oct/2010)の記事を参照しています。