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海外研究員レポート

メラミン混入粉ミルク事件の背景――産業組織からみた分析

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049978

渡邉 真理子

2008年10月

1.今回こそ事件ではなく構造問題
(1)乳児が腎結石を発症

2008年9月13日、国内産の三鹿ブランドの粉ミルクを飲んでいた乳児数名が腎結石を起こしているニュースが流れ、中国国内は大騒ぎとなった。結局、2008年10月20日現在、健康被害を受けた子どもの数は5万3000人、死亡者が5人、10人は投薬での治療では不十分で手術を受ける必要があるという。北京の児童病院の前には、該当する子どもをつれた保護者が列をなして検査を受け、保健所も無料での超音波検査を実施し、該当する子どものいる中国人の家庭には電話で呼びかける念の入れようとなった。さらに中国政府は粉ミルク、液体牛乳の全ロット検査を開始した。その結果当初は自分自身の牛乳は安全だといっていた大手の蒙牛、伊利、光明といったブランドの液体牛乳からもメラミン樹脂が発見される事態となり、町から牛乳が消えてしまったのである。ただし、メラミンの含有量は、事件の発端となった三鹿社の粉ミルクでの含有量が1キロあたり2563ミリグラムに対し、他のメーカーは最大600ミリグラム前後、多くは一桁から二桁のミリグラムとダントツで高かったのである。(国家質量監督検験検疫総局の検査結果。)

粉ミルク http://www.aqsiq.gov.cn/zjxw/zjxw/zjftpxw/200809/P020080917014293203523.doc
液体牛乳 http://www.aqsiq.gov.cn/zjxw/zjxw/zjftpxw/200809/t20080919_90325.htm

粉ミルクに関しては、中国人自身の間でも、何が入っているかわからない、とずっとうわさになっており、香港などにミルクを買いに行く妊婦の様子などはニュースになっていた。またアイさんたちも日本人の母親たちにしばしば、「できる限り、日本製を使ったほうがいい(原則中国への乳製品の持込は禁止されている)」と忠告してくれていた。

今回の問題は、餃子やインゲンの問題と違って、故意に農薬が注入された事件ではなく、産業の構造から食品の品質がないがしろにされた構造問題である。その意味で、より影響の範囲が広い深刻な問題であるにもかかわらず、日本の報道は自国への流入案件などに限られている。目についたところで、中国の構造的な問題を論じているものとしては、次のようなものがあった(メラミン粉ミルク事件を呼び込んだ「免検制度」http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20081009/173328/)。

この文章のタイトルは、免検制度の非を問うている。しかし、確かに免検制度は消費者よりも生産者のための制度のようで、これが問題を起こしている部分はある。やはり本質ではないだろう。たとえば、家電製品であっても、免検制度があるが、人を殺すような不備な製品が危害を加えた話はほとんど社会問題になっていない。この制度自身というよりも、産業の構造のほうが問題だろう。ネットでこの事件がどのように報道されたかという意味では、興味深いが、問題がおきた背景そのもの理由としては、すこしずれているだろう。

(2)なぜメラミンが混入されたのか?

そもそもメラミンとはなんだろうか。通常はメラミン樹脂(メラミンとホルムアルデヒドを主体とした合成樹脂)というかたちで、軽量で鮮やかに着色された食器、カトラリーとして使われているものである。

メラミン樹脂の画像の例
画像:メラミン樹脂の画像の例 http://www.tuk2.com/zakka/item/picnic/sp&fk/picsp2_300.jpg

食品安全委員会やその他の情報によると、毒性そのものは低い。(食品安全委員会 http://www.fsc.go.jp/sonota/meramine.pdf)しかしそうはいっても、そもそも樹脂として利用される物質を、乳児体内に摂取した場合、どのようなことがおこるのか実験データはないため、はっきりしたことはいえない、というのが、本当のところだろう。

では、なぜこの「樹脂」がミルクに混入されたのか、といえば、この樹脂は含まれる窒素の量が多いからだという。乳製品メーカーは、原料乳を購入する際、脂肪分、たんぱく質、固形物の比率に基準を設け、その水準をクリアしたものだけを購入していた。これは、牛乳の文字通りの水増しなどを防ぐためだったという。この3つの基準のうち、たんぱく質については、牛乳に含まれる窒素の量を計測し、たんぱく質比率を推定していたという。メラミン樹脂は、牛乳の窒素量を水増しするにはうってつけの物質だったという。ちなみに、2007年にアメリカで問題になったペットフードの問題で、混入されていたのはこのメラミン樹脂だった。

9月に三鹿製品の事件が発覚してすぐ、三鹿にメラミン混入ミルクを販売していていた搾乳ステーションの経営者の兄弟が逮捕された。彼らは2007年末に三鹿社への販売検査を受けた際、たんぱく比率が低いために買い取りを拒否され、巨額の損失を受けたことから、メラミン樹脂の混入を始めたという。ちなみに、その後の検査で多くの大手の液体牛乳からもメラミン樹脂が発見されたことからもわかるように、このメラミン混入はこの逮捕された兄弟だけが間違いを犯したという事件ではなく、産業全体に見られる「裏のルール」、構造的な問題だったのだろう。

2.食品の品質管理と産業組織のかたち
(1)中国の牛乳市場

現在、中国の牛乳市場では、大手の蒙牛、伊利、光明、三元、そして問題を起こした三鹿などといった主要都市、全国をターゲットとする大手企業が、スーパーなどで販売される大衆価格の牛乳・粉ミルクを販売している。生の牛乳で言えば、各企業とも1リットル5元(75円)から15元(225円)の価格帯で複数のブランドを販売している。しかし、正直、牛乳を飲みなれた外国人には飲みにくい味である。またこうした牛乳を使うとヨーグルトが作れない。これは、輸入した粉末乳を還元した製法で作っているためである。

国内の大手の生産する乳製品のうち、鮮乳はこの還元法によるものか、殺菌を徹底しておこなうロングライフ法が主であるという。どちらも、そもそもの牛乳の風味はなくなってしまう。しかし、乳製品は中国の食文化の中で新しい分野であるため、消費者の意識がまだ低いこともあるのか、奇妙な商品がたくさん並んでいる。子どもが頭のよくなるカルシウム強化メロン味牛乳やら、高齢者の骨粗しょう症対応の高カルシウム牛乳などなど、いろいろな加工調整をした牛乳もどきがスーパーには並んでいる。またヨーグルトも、自然に牛乳を菌で固めたタイプはほぼ見つからない。

こうした製品は正直牛乳に飲みなれた外人にはとても飲めたものではない。このため、高所得の外国人向けに、有機・無農薬・安全をうたった規模の小さい、かつ価格の高い牛乳を生産する農場も生まれている。北京の場合には、Green Yard, Wonder Milk という欧米系の牛乳メーカーがあり、味を調節していない自然なヨーグルト、サワークリームなども、こうした小さなブランドが「本物の乳製品」を供給するようになっていた。ただし、これらのブランドの価格帯は、500ミリリットル14元(210円)前後と日本の平均的な牛乳の2倍の値段である。しかし、慣れ親しんだ本当の牛乳の味が忘れられず、安全という意味でも背に腹は変えられず、欧米人だけでなく、我が家を初めとした多くの日本人もこの高価なミルクを飲んでいた。最近、この市場に朝日ビール系の朝日緑源が参入してきている。

(2)大量生産初期の品質軽視と輸入原料乳の高騰

中国の乳製品市場は大量生産時代の初期にあり、メーカーは全国ブランドが格好よくかつ安い、というイメージのため、多額の広告費を使って販売をし、大量に売りさばくビジネスモデルを取っている。大量製品・低価格という価格競争が進み、より品質を向上させ、価格を上げるというようなポジションからはどんどんかけ離れていっている。

価格競争が広がる中国国内の乳製品市場のもとで、加工企業側はいかに安い牛乳を確保するか、に血道を上げることになる。こうした市場の状況について、興味深い分析があった。カナダで畜産学の博士の学位をとり、農業コンサルティング会社を経営する喬富龍という人物は、今回のメラミンミルク騒動の背景を分析し、温家宝総理と孫政才農業部長(大臣)に当てて万元書(建白書)を出した。そこで、なぜ2008年の8月から9月にかけて、メラミンミルク騒動が勃発したのかを、この原料乳の価格と調達先の動向から分析している。(http://bhnews.hexun.com/2008-10-16/109983123.html

この喬氏の分析によると、話は2000年に始まった乳牛の価格上昇、乳牛バブルに始まるという。このとき、将来の牛乳需要の拡大を見込んで養牛を始める農民が殺到したため、1頭4000元だった乳牛価格は高騰し、2004年には1頭1.2万元から1.8万元になった。しかし、この時期多くの乳製品企業は価格の安い輸入原乳粉を使っていたため、国内産の原料乳の価格は1キロ1.5元から2.1元という安さだったという。このため、乳牛バブルも2006年には崩壊し、1頭5000元ぐらいに落ち込んでいた。このとき、多くの農民が投資した乳牛を屠殺し、一気に国内の牛乳生産能力が縮小したのである。

しかし、国内の原料乳への需要は拡大し続けたため、2007年には輸入原料乳粉の価格が高騰し始める。この時期、日本でも、この中国の需要拡大のあおりを受けて、オーストラリアからの乳製品の輸入価格が上昇し、チーズが薄くなったりし、話題になっていた。中国での輸入原料乳粉の価格は2004年に1トン1870米ドルであったものが、2007年には3500米ドルまで上がってしまった。このとき、中国国産の原料乳の価格は1キロ3.5元まで上がってきていたが、輸入原料乳にくらべると割安感が出てきたという。この時期から、国内原料乳を乳製品メーカーが奪い合う状況が生まれたのである。そして、2007年9月から12月の間に、国内原料乳の価格は50%も暴騰する事態となった。調達コストの上昇に、乳製品メーカーは、購入する牛乳の品質基準を実質的に切り下げていったという。そうしなければ、原料を調達できずに、生産停止、倒産となるのが見えていたからであるという。価格競争が厳しくなり、原料の調達コストでの競争となり、事実上品質が犠牲になるという悪循環が働いたようである。

ではなぜ三鹿が事件の発火点になったか。2007年の国内原料乳の奪い合いの中で、中小の粉ミルク生産業者は、海外の価格高騰を見て、自社製品の輸出を試みたが、品質の問題からか引き合いがなかった。このため、国内での転売戦略に切り替えたという。このとき、国内の中小粉ミルク生産業者からもっとも買い付けたのが三鹿だったという。三鹿に次ぐ高さのメラミン樹脂含有量がでた上海熊猫はこの粉ミルクが自社製品ではなく、業者から買い付けたものだったことを認めている。価格競争の中で、自社生産のコストを担えなくなった準大手が、こうした業者からの安い製品の購入に切り替えたが、安いのには理由があった、ということのようである。

(3)伝統的な「加工企業+仲買人+農民方式」に抜け落ちる品質管理

価格を下げるために品質や安全を犠牲にした商品が市場取引の中に紛れ込んでしまったのには、中国の農産物にまだ広く見られる多段階の取引をおこなう産業組織では品質管理が難しいことがある。

たとえば、三鹿に原料乳を納めていた農民は6万人にのぼるという。が、この農民は直接三鹿と取引していたわけではない。養牛農民は自ら搾乳することはなく、搾乳機械を投資して搾乳ステーションを経営し、農民から牛乳を集め、乳製品メーカーに卸す仲買人を通して取引している。こうした取引形態では、まず農民が乳牛にどのような飼料を食べさせているのか、抗生物質を与えているのか、といったことを仲買人は、まず記録報告させることはない。そして、今回の事件のように搾乳ステーションで添加物を加えられてしまっても、乳製品企業はそれをチェックできていなかったのである。かりに、あるロットに不審な添加物があることがわかったとしても、牛乳の特性上どの農民の牛から来た牛乳なのか、搾乳ステーションが問題なのか、事実上判別不可能である。この乳製品企業+搾乳ステーション(仲買人)+農民方式がそもそも品質管理の難しい取引形態であるのに加え、三鹿の場合は、さらに業者から粉ミルクそのものを購入していた。

中国の大手の乳製品メーカーは、メディアなどでもしばしば自社工場の安全管理の水準が日本と同じくらいだ、などと主張している。たしかに彼らの生産工場はきれいかもしれないが、そこで加工されるそもそもの原料に関してトレーサビリティがまったく不可能な商品を市場に売ることには無頓着だったといわれても仕方がないだろう。

「加工企業+仲買人+農民方式」が、品質管理上の問題を起こしているのは牛乳だけではない。豚肉の場合には、屠殺企業+仲買人+農民というかたちでの取引が全体の6割を占めている(Wang and Watanabe ed., Pork Production in China, IDE ASEDP report No.77)。加工企業の品質管理の意識も先進的とはいえず、品質管理として対応している項目のなかで、死んだ豚肉の混入を避けるようにしていると答えた企業が4割と最も高く、その次は赤身増量剤の混入を避けるようにしていると答えた企業が3割、抗生物質、重金属、雑菌混入なども意識している企業は2割前後となっていた(Wang and Watanabe ed., Chapter 5)。赤身増量剤の混入を避ける意識が比較的高いのは、2006年に赤身増量剤による中毒で広東省で死者が出ているためであろう。

膨大な数の農民が農産物を少量づつ生産し、それを買い集めるのには、企業が自分で買い集めるよりも、仲買人を通したほうが価格や効率の面で有利なのが実態であろう。この仲買人方式でも、品質の管理監督を求める加工企業もあると聞くが、実際には企業自身が品質管理を実施しなければ意味がなく、そのコストを負担する企業はほとんどない。牛乳や豚肉の場合は、消費者の意識がそこまでまだ鋭敏ではないためだろう。

日本の消費者向けに生産し、過剰ともいえる品質管理の要求にこたえてきている山東省や福建省の野菜の加工企業は、加工企業+仲買人+農民方式を放棄し、より品質管理が可能な取引形態に変化している。当初は、相対的に企業側のコストの低い契約生産方式をとり、買取条件のなかに施肥、農薬散布の条件など安全管理の項目を多く盛り込み、実際に品質管理員を農民の畑に送る方式をとってきた。しかし、何度か発生した農薬残留問題を経て、施肥、農薬散布の状況をネット画像などで買い手の商社に直接見せるまでの品質監督方式をとるようになると、契約生産方式でもうまく機能せず、自社農場方式が主流になっているという。こうして、農薬などの残留に関しては、ほぼ完全にコントロールできているようになっていると思われる。しかし、こうした自社農場方式は、農作業をおこなうインセンティブの面、品質のモニタリングにかけるコストの高さから、非常にコストの高い経営方式である。食品のコストを引き上げているのは間違いないと思われる。つまりこれは、現在の日本と中国の収入格差があって初めて成立している取引形態である。中国国内向けの野菜生産は、やはり加工企業もしくは市場+仲買人+農民方式が基本であり、輸出向けほど品質管理のコストはかけられていない。

牛乳に関する告発万元書を書いた喬博士も、この乳製品企業+搾乳ステーション(仲買人)+農民方式を打破し、牛乳生産専業組合を農民が組織し、搾乳を行い、加工企業に販売する方式を唱えて、全国に普及しようとしてきたという。農民組合によって干し粒のような農民が組織化され、仲買人の果たしている機能を代替することで、品質管理、安全性の確保は可能になる、というのが、喬博士の信念のようである。

3.今後の展開
(1)安全な食品は高いという格差か政府による強力な規制か?

今回のメラミン混入事件は中国の消費者に大きなショックを与えている。日本の1960年代の森永砒素ミルク事件と同じようなもので、今後は消費者は大量生産方式の食品への疑念を強く持つようになるのであろう。しかし、国内向けの食品に対しても、輸出野菜のように、消費者側の要求にあわせ管理を強め企業を内部化し、徹底的に管理する場合は、どうしてもコストと価格の上昇を伴う。中国の消費者の可処分所得がどこまであがるかによって、どこまで品質管理がおこなわれるのかが決まるというのが現実だろう。

安全な食品というものは高いコストがかかり、放って置けば金持ちだけが安全なものを食べ、貧しい人は危ないものしか口にできなくなる可能性がある。これは、食品という商品の市場取引でおこる典型的な市場の失敗である。この問題を中国の政府はどうかんがえるのか。食品安全に関しては、強力な監視と規制を行い、事実上食品のコストを上げるもしくは政府が負担するかたちで、安全な食品を全国民に供給する体制を組むのであろうか。政府の意識はそうしたい、というところであろうが、経済的にそれが可能なのか、はわからない。

ただ、前出の喬博士も、「正直なところ、ここ10年来で今が牛乳の品質が最も高いはずだ。牛乳を飲むならいまだ」といっている。危機を経て、企業側の意識が高まっていること、そして農民の技術も向上しているという自信からだという。

(2)農業労働力の枯渇が品質管理の追加コストを縮める?

一方で、中国の農業生産は現在大きな過渡期にある。農業労働力が枯渇し始めており、無数の農民と加工企業が取引する現在の体制が変化する可能性があるのだ。こうなってくると、農業従事者の交渉力は高くなり、無数の小規模農民を相手に企業が買い叩くことが難しくなる。大規模化などで農業の生産をあげなければならなくなっている。そして、品質や安全性の確保という面よりも、まず量を確保するために加工企業は、農民との間での契約生産か、会社内農場方式といった囲いこみをいずれにしてもせざるを得なくなる。もしくは、喬博士の主張する乳牛専業組合などのような農民による組合の組織というかたちでの取引の緊密化が進む可能性もある。こうしたより緊密な取引形態のもとでは、逆に品質管理、安全性の確保のためのモニタリングの追加的なコストが相対的に低くなってくるだろう。農産物も高付加価値化が進む可能性はある。そうして、小農生産から大規模生産への転換と同時に、安全性の管理もおこなわれる農産物の生産が進むかもしれない。

(3)こうした環境の変化にだれがついていけるのか

が、こうした大きな変化に対応し、安全かつ価格の安い農産物が生産されるという望ましい方向に対応する農民、企業が主流を占めるようになるには、それなりの時間がかかるだろう。それよりも、農産物の大規模生産化の過程で、また品質がないがしろにされる状況が起こる可能性もある。もしくは非常に農産物のコストが上昇するかもしれない。とまれ、良い方向に向かうのか、悪い方向に陥るのか、予断を許さないが、中国の農産物の市場は今後大きく変化する方向に動き始めたのは間違いないだろう。