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海外研究員レポート

米国の豊富な教育関連実証データ

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049986

明日山 陽子

2008年3月

米国では、教育の効果に関する実証分析が盛んである。教育の効果とは例えば、教育が所得に与える影響、様々な教育インプット(教師や同級生の質、クラスサイズ(学級規模)など)が成績や中退率、進学率などに与える影響のことである1

〈多様な教育制度と教育格差問題〉

米国で、教育の効果に関する実証分析が盛んである理由としては、まず、州や学校区によって教育制度が異なる米国の教育システムの多様性が、実証研究に適した自然実験的環境を提供し、また教育格差という社会問題を生み出している点があげられるだろう。米国では、教育政策のほとんどは州によって決定され、また多くの州では、実際の学校運営やカリキュラムなどに関する権限を個々の学校区(2004~2005現在、14,205区2)に委譲している。米国の教育システムは、K-12と呼ばれる幼稚園(Kindergarten)および12年間の小学校・中学校・高校での正規教育を核として、その上に大学教育がある構造となっている。州や学校区によって、中学校や高校の開始学年や義務教育年数も異なる(30州で16歳、9州で17歳、11州とコロンビア特別区では18歳)3。日本などと異なり、学校区によって提供する教育カリキュラムにかなり差があるため、子供によりよい教育を受けさせたい親(相対的に高学歴、高収入)は、教育の質の良い学校区を選んで住むようになる。州政府からの補助金もあるが、各学区は学区内の固定資産税を学校運営の自主財源としているため、裕福な親が集まる学区は学校運営のための資金が潤沢で、より高い質の教育を提供することが可能になる。この結果、裕福で質の高い教育を提供する学校区と、財源に乏しく質の高い教育の提供が困難な学校区の格差が開いていくことになる。

〈豊富な教育関連統計・データ〉

このような、教育システムの多様性や教育格差問題が存在しているだけでは、もちろん実証分析はできない。様々な実証分析を可能にしているのは、米国の豊富な教育関連の統計・データの存在である。詳細は後述するが、米国では全国レベル、州レベルで詳細なクロス・セクション・データおよびパネル・データが多数存在する。ちなみに日本では、教育成果を個人単位で長期に追跡できるパネル・データはほとんど存在せず、教育の質と教育成果の関係についての実証分析はきわめて少ないという(小塩・妹尾2003)。以下、全国レベル、州レベル、そして例としてニューヨーク州の教育関連統計について、簡単に紹介したい。なお、紹介する統計・データの対象はK-12教育に限る。

〈全国レベルの教育関連統計〉

米国全体の教育関連統計については、Dee et al. (1999)がまとめているので、詳細は、同ペーパーを参照いただきたい。ここでは、主要な統計について簡単に紹介するにとどめる。

まず、主要な統計は、International Archive of Education Data(IAED)のウェブサイト(http://www.icpsr.umich.edu/IAED/studies.html)から入手することができる。同データアーカイブはNational Center for Education Statistics (NCES)および Inter-university Consortium for Political and Social Research (ICPSR)のサポートによって運営されているプロジェクトである。ほとんどのデータは、NCES(http://nces.ed.gov/)発表のデータが元になっている。以下、主要な統計をあげる(Dee et al. 1999およびIAEDウェブサイトの情報を参考にした)。

  • Common Core of Data (CCD):公立の初等・中等教育について、毎年、州、学校区、学校レベルの基本データを収録。約97,000の学校、約18,000の学校区をカバー。学校の種類、学年ごとの在籍生徒数、生徒の人種・民族構成、教師の数、無料・減額昼食プログラムの適用対象生徒数、高校卒業生数、州や学校区の収入や支出状況などの基本データを収録。
  • Private School Survey (PSS):私立の初等・中等教育について、隔年、学校の特徴や在籍生徒数、教師の数、高校卒業生数などについて基本データを収録。
  • Schools and Staffing Survey (SASS):公立・私立の初等・中等教育について、学校や学校区、学校長、教師に対するサンプル調査。教師の需要供給状況、教師や学校長の給料、教師や学校へのアンケート結果などのデータを収録。
  • National Longitudinal Survey of the Class of 1972 (NLS-72):1972年当時の高校生を1986年まで追跡した長期パネル・データ。各生徒につき、家庭やコミュニティの環境、学校の特徴、成績、教育年数、就業状況などのデータをカバー。
  • High School and Beyond (HS&B):1980年当時の高校生を1992年まで追跡した長期パネル・データ。調査項目の多くはNLS-72と同じ。
  • National Education Longitudinal Study of 1988 (NELS):1988年当時の8年生を2000年まで追跡した長期パネル・データ。NLS-72, HS&Bと同様の調査項目をカバー。
  • National Assessment of Educational Progress (NAEP):生徒や学校の基礎情報に加えて、国語や数学、科学などのテスト成績を収録。

その他、教育だけに限った統計ではないが、教育に関するデータを含む長期パネル・データとして以下2つの調査があげられる。

  • National Longitudinal Survey of Youth (NLSY):教育と就業環境に関するデータを収録したパネル・データ。U.S. Department of Labor, Bureau of Labor Statisticsのウェブサイト(http://www.bls.gov/nls/)を参照。
  • Panel Study of Income Dynamics (PSID):1968年に始まった長期パネル調査。最長36年間に渡る、約65,000もの個人サンプルをカバー。収入や家族・就業・教育状況などのデータを収録。詳細は、ミシガン大学社会研究所のウェブサイト(http://psidonline.isr.umich.edu/)を参照。
〈州レベルの教育関連統計〉

より詳細な教育関連統計を独自に収集している州もある。The National Center for Analysis of Longitudinal Data in Education Research (CALDER)のウェブサイト4でとり上げられているように、フロリダ州、ミズーリ州、ニューヨーク州、ノース・カロライナ州、テキサス州、ワシントン州のデータは充実しているようだ。なかでも、ノース・カロライナ州は教育関連データが非常に豊富なことで有名で、同州のデータを使った実証研究も多い。例えば、Clotfelter et al.(2007)は、同州のデータを用いて、教師の特徴の中でも特に、教師の経験年数と教員免許試験の成績が生徒の数学のテスト成績にプラスの影響を与えることを示した。また、Clotfelter et al.(2006)は、ノース・カロライナ州で2001~2003年に行われた教師へのボーナス・プログラムの成果について、同プログラムが対象とした教師の離職率を12%減らしたことを実証した。

また、定期的に調査・発表される統計ではないが、多くの研究者が実証研究に用いてきたデータとして、テネシー州のSTAR(Student/Teacher Achievement Ratio)クラスサイズ実験プロジェクトがある。STARプロジェクトは、クラスサイズ(学級規模)が生徒の成績に与える影響を調べるために、テネシー州が1985年に1,200万ドルをかけて行った社会実験プロジェクトである5。同実験は、幼稚園に入る生徒を、(1)13~17人学級、(2)22~26人学級、(3)フルタイム補助教員つき22~26人学級の3つのグループにランダムに振り分け、4年間に渡る少人数学級教育の効果を測定したものである。通常、生徒や教師は学校区、学校、学級間でランダムに配置されているわけではなく、成績の良い生徒や能力の高い教師はある学校区、ある学校、ある学級に集中している一方、反対に成績の悪い生徒や能力の低い教師はまた別のある学校区、ある学校、ある学級に集中することが知られている。観察データを用いて回帰分析を行う際に、このような選択バイアス(Selection bias)を完全にコントロールすることは難しいが、この選択バイアスをコントロールできないと、せっかく推計した推計値の値が偏りのあるものとなってしまう。STARプロジェクトはこの点、生徒や教師の学校、学級へのランダム配置を意図的に実現させた社会実験であり、実証研究に優れた環境を提供している(ただし、Hanushek 1999など、STARプロジェクトのランダム配置の実効性に懐疑的な研究者もいる)。このSTARプロジェクトのデータの優位性を利用して、学級規模以外の効果を実証した比較的最近の研究結果もある。例えば、STARプロジェクトのデータを用いて、Dee and Keys (2004)はテネシー州の昇進システムの有効性を検証し、Dee(2004)は生徒が同じ人種の教師から指導を受けることが生徒の成績に与える影響を検証した。

〈ニューヨーク州の教育関連統計〉

筆者が現在、籍を置くコーネル大学が位置するニューヨーク州も教育関連のデータが豊富で、同州のデータは実証研究でよく用いられている。以下、主要なデータを紹介する。学校区だけでなく、一つ一つの学校についてかなり詳細なデータが公開されている。

  • Statistical Profiles of Public School Districtshttp://www.emsc.nysed.gov/irts/655report/):ニューヨーク州の公立学校区について、毎年詳細データを公開。学区ごとに、生徒の人種・民族構成、無料・減額昼食プログラムの適用対象率、英語熟達度が限定的な生徒の割合、中退率、大学進学率、生徒対教師比率、生徒対サポートスタッフ比率、生徒一人当たりの教育支出額、州からの補助金比率、支出構成比(教師への給料等、行政管理費、輸送・交通費、特別教育向け支出など)、平均学級規模、教師についてマイノリティ比率、離職率、メジアン給料、教員免許取得の割合、メジアン経験年数、修士・博士号取得の割合、障害をもった生徒の割合、小学校、中学校、高校における各種共通テストの成績など、様々なデータを公開している。
  • School Report Cardshttp://www.emsc.nysed.gov/irts/reportcard/):上に挙げた学校区ごとに得られる情報のうち、学校ごとに異なる情報については、各学校のデータが公開されている。
  • School District Fiscal Profileshttp://www.oms.nysed.gov/faru/):学校区ごとに収入や支出の詳細が公開されている。
  • Administrative Salarieshttp://www.emsc.nysed.gov/mgtserv/cdlead.htm):学区ごとに学区長や校長などの給料が公開されている。
  • Personnel Master Filehttp://www.emsc.nysed.gov/irts/pmf/):学校区や群ごとに管理・専門職や教師の給料、教師の経験年数、性別、学位取得状況などの情報が公開されている。
  • Property Tax Report Cardshttp://www.emsc.nysed.gov/mgtserv/property-tax-report-card_secondpage.shtml):各学校区の教育支出、学校区税としての固定資産税収入などが公開されている。なお、ニューヨーク州では、各学校区の教育支出は州からの補助金のほかに学校区内の固定資産税収入などから賄われている。
  • Statewide School District Budget Voting Resultshttp://www.emsc.nysed.gov/mgtserv/budget_vote_results.shtml):各学校区の学校予算についての住民投票結果が公開されている。

以上、公開されているデータの概要とデータの閲覧・入手できるウェブサイトを紹介したが、New York State Education Department に申請し許可を取得すれば使用できる、実証研究に適したより詳細なデータセットもある。

これらニューヨーク州の教育関連データを用いた実証研究の例をいくつかあげよう。Brewer (1996) は、ニューヨーク州の学校区の 1978~1987年パネル・データを用いて、生徒一人当たりの教育管理・行政スタッフや教師、サポートスタッフの数と生徒のテストスコアの関係を検証した。また、Ehrenberg et al.(1988)は、学校区の1978~1983年パネル・データを用いて、低い学校区税と生徒の高い学業成績を達成している学校区の学校区長は昇給と昇進機会増加という報酬を受けていることを明らかにした。Ehrenberg et al.(2004)は、各学校区の学校予算住民投票が否決される要因を検証している。

〈おわりに〉

このように、学区ごとに異なる多様な教育制度から生まれる米国の教育格差の問題は、様々な教育インプットが個人の学業成績や進学・就職の選択、生涯所得に与える影響に関する実証分析の必要性と政策的意義を高めている。そして、米国の豊富な教育関連データがその実証分析を可能としている。回帰分析を行う際には、前述の選択バイアスや、説明変数の欠如によって生じるバイアス(Omitted variable bias)をいかにコントロールするかが大きな課題となるが(コントロールできなければ、得られた推計値はバイアスのかかった不正確なものとなる)、学校レベルや個人レベルの詳細な教育関連データ、長期パネル・データがあることで、それらバイアスをコントロールできる余地が高まり、より正確な推計が可能となる。質の高い実証分析結果は、教育関連の政策立案の方向性にも影響を与える。新しい政策を導入する際にも初めから政策評価を念頭において必要なデータを記録していれば、再度、回帰分析などによって政策評価が可能となり、質の高い実証分析と実際の政策実施の好循環が生まれる。米国でもこのような理想的な状況が常に成立しているというわけではない。しかし、教育が個人のその後の人生や地域や国の活力に与える影響の大きさを考えれば、米国のように教育関連の詳細データを長期に渡って記録し、研究材料として公開し、実際の政策立案に役立てることは、優れた仕組みだと思う。

(了)

参考文献
  • 小塩・妹尾(2003)「日本の教育経済学:実証分析の展望と課題」ESRI Discussion Paper Series No.69 http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis070/e_dis069.html
  • Clotfelter, Charles T., Glennie, Elizabeth, Ladd, Helen F., and Jacob L. Vigdor (2006). Would Higher Salaries Keep Teachers in High-Poverty Schools: Evidence from a Policy Intervention in North Carolina. National Bureau of Economic Research Working Paper 12285
  • Clotfelter, Charles T., Ladd, Helen F., and Jacob L. Vigdor (2007). How and Why do Teacher Credentials Matter for Student Achievement. National Bureau of Economic Research Working Paper 12828
  • Dee, Thomas S. (2004) Teacher Race and Student Achievement in a Randomized experiment Review of Economics and Statistics 86: 195-210
  • Dee, Thomas S., Evans, William N., and Sheila E. Murray (1999). Data Watch: Research Data in the Economics of Education. Journal of Economic Perspectives 13 (Summer 1999): 205-216
  • Dee, Thomas S. and Benjamin J. Keys (2004). Does Merit Pay Reward Good Teachers? Evidence from a Randomized Experiment. Journal of Policy Analysis and Management 23: 471-488
  • Ehrenberg, Ronald G., Ehrenberg, Randy A., Smith, Christopher L. and Liang Zhang (2004). Why Do School District Budget Referenda Fail? Educational Evaluation and Policy Analysis 26: 111-125
  • Ehrenberg, Ronald G., Brewer, Dominic J., Gamoran, Adam and J. Douglas Willms (2001). Class Size and Student Achievement. Psychological Science in the Public Interest 2 :1-30
  • Hanushek, Eric (1999).Some Findings From An Independent Investigation of the Tennessee STAR Experiment and From Other Investigations of Class Size Effects. Educational Evaluation and Policy Analysis 21 (Summer 1999): 143-164
  • Snyder, T.D., Dillow, S.A., and Hoffman, C.M. (2007). Digest of Education Statistics 2006 (NCES 2007-017).National Center for Education Statistics, Institute of Education Sciences, U.S. Department of Education. http://nces.ed.gov/pubsearch/pubsinfo.asp?pubid=2007017



脚注
  1. テストの成績、中退率、進学率などを教育のアウトプット(Y)とみなし、教師や同級生の質、クラスサイズ(学級規模)、家庭やコミュニティの環境などを教育のインプット(X)とみなせば、Y=f(X)という教育生産関数を考えることができる。
  2. Snyder et al. (2007) "Digest of Education Statistics 2006"データ
  3. アメリカの教育システムの概要については、以下の米国教育省ウェブサイトおよび米国大使館ウェブサイトを参照。
    米国教育省:http://www.ed.gov/about/offices/list/ous/international/usnei/us/edlite-struc-geninfo.html
    米国大使館:http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-education.htm
  4. http://www.caldercenter.org/research/statedata.cfm
  5. STARプロジェクトの概要と主な実証研究結果ほか、学級規模が生徒の成績に与える影響に関する実証研究については、Ehrenberg et al.(2001)を参照。