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海外研究員レポート

ハイブリッド米の種苗の導入をめぐって

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050002

松井 和久

2007年7月

1997~1998年の通貨危機以降、インドネシアは早急な経済回復を目指してきた。その過程では、通貨危機以降の社会不安や政治危機を背景にした設備投資の回避によって、更新されない生産設備が時代遅れになって生産性が低下しただけでなく、旺盛な国内消費を満たすために大量の安価な外国製品(とくに中国製品)がインドネシア国内市場へ流入した。その一方で、民主化の結果、労働争議が多発し、労働コストが大幅に上昇した。こうした結果、インドネシア製品の国際競争力が大きく低下したのみならず、国内市場でも輸入製品に太刀打ちできなくなり、中国製品と競争していた工場経営者がその中国製品の商人へ転換するなど、モノづくりの基盤が大きく失われつつある。2億人の人口を抱えるインドネシアは、味地域統合に伴う貿易自由化の下では中国と並んで格好の市場となるが、製造業の競争力を高めている中国と比べると、インドネシアでのモノづくりの現状には悲観的な要素が多い。

モノづくりの基盤が脅かされているという点では、基幹産業であるはずの農業でも実は同じような現象が起きてきている。いや、より拍車がかかっていると言ってもいいかもしれない。作物生産の基礎を担う種苗をインドネシアが自前でコントロールできないのである。中国をはじめ、タイやマレーシアなどが独自の種苗育成に力を入れているなかで、通貨危機後の混乱にあったインドネシアにはその余裕と資金が乏しく、長期的な農業開発戦略が立てられずに、しかも米の輸入を余儀なくされるなかで、いわば、その場しのぎ的な短期的対応でここまできた面がある。そうしたなかで、米自給の復活をかけて、政府はハイブリッド米の種苗育成に力を入れることを表明した。これまでの「その場しのぎ」的なインドネシアの農業は、しっかりした基盤を持った農業へと変わっていくことができるのだろうか。

ハイブリッド米の種苗の導入

ユスフ・カラ副大統領は6月、「2008年に米の自給を達成させなければならない」と穂訪問先の中国で演説した。インドネシア政府は、2007年に米の生産量を前年より 200万トン増産させる計画を打ち出している。この計画を達成するためにはハイブリッド米を含む優良種苗の導入が不可欠であるとの認識から、通常米より 15~25%も収量が高いハイブリッド米の種苗を 2000トン導入するとしている。種苗の重要な輸入先は中国である。

収量の高いハイブリッド米の種苗育成のモデルは中国やインドなどである。中国ではすでに全水田面積の 50%近くでハイブリッド米が導入され、毎収穫時に 2200万トンのもみ米生産が実現している。フィリピンやベトナムでもハイブリッド米の生産が盛んで、両国では2010年までに合わせて 100万ヘクタールにハイブリッド米を栽培する計画といわれる。中国産の ハイブリッド米は、アジア地域ですでに 100万ヘクタール以上栽培されているという。

国内では、基本的には政府の政策に従って、民間企業がハイブリッド米の種苗の輸入・導 入を手がけることになる。外資のデュポンの現地法人はインドとフィリピンから、国内企業のPT Sumber Alam Sutera [SAS]は中国の四川国豪種業公司(Sicuan Guo Hao Seed Industries: SGHS)から、それぞれ輸入している。国内産のハイブリッド米の苗もあり、外資のシンジェンタの現地法人と共同でPT Karya Beras MandiriがHIPA-3 および HIPA-4 という2種類のハイブリッド米の苗を2003年に開発した(現在、純粋国内産のハイブリッド米の苗として HIPA-6と HIPA-7を農業省で開発中である)。このハイブリッド種と従来種の費用構成を比較すると、生産費用全体では前者が後者をやや上回るが、収量が高くなるため、1ヘクタール当たりの利益は3倍弱の 1100万ルピアへ増加すると見込まれている。

このハイブリッド米の導入に最も熱心なのが、スラウェシ島にあるゴロンタロ州である。ゴロンタロ州は実業家出身のファデル・ムハマッド州知事の下で、トウモロコシの増産を強力に押し進め、彼自身がぶち上げた「スラウェシ・コーンベルト構想」を推進している。そのファデルがトウモロコシの次に目をつけたのがハイブリッド米であった。すでにハイブリッド米で収量が1ヘクタール当たり9~10トン(従来種では5~6トン)を実現しており、作付拡大のために1万8000ヘクタールを用意した。人口稠密なジャワではハイブリッド米 の導入により本格的で、東ジャワ州は20万ヘクタール、中ジャワ州は15万ヘクタールの耕地を用意するとのことである。

ハイブリッド米の導入に関する諸問題

ハイブリッド米の導入で、インドネシアの米の生産が大幅に増加するかどうかについては疑問が提示されている。第1に、ハイブリッド米の種苗は「エリート種苗」であって、取り扱いに十分注意しなければならない。とくに、肥料に対して極めてセンシティブであり、肥料の投入のしかた次第で、収量が大きく変動する。第2に、実験例に乏しいため、インドネシアの気候や土壌に合わずに収量が上がらないケースや、予想しない病害虫の発生を招く可能性もありうる。これらの懸念は、かつて1970年代に高収量品種の稲が導入され、その結果として起きた事態を思い起こさせる。

このように、ハイブリッド米の種苗についてはまだまだ不確実性が多く、研究開発の必要性が極めて高い。デュポンの現地法人は、ハイブリッド米の種苗の売り上げの半分を研究開発費に充てなければならないとしている。また、農業大臣布告2006年第37号で「種苗が開発されてから最長2年で国内商業生産しなければならない」という規定が研究開発の時間を制約するという問題がある。すなわち、ハイブリッド米の種苗の試行は乾季に年1回しかできない。1回目の試行ではまだ成功せず、2回目で雄株・雌株などの研究が可能になって生産の方向性が定まるので、2年という期限は厳しく、時間に関するインセンティブが必要、というのが研究開発側の主張である。

米の品種への選好が地域によって異なるという側面もある。たとえば、国営種苗会社の PT Sang Hyang Seri [SHS]によると、西スマトラではザラザラした粒状の品種が好まれるのでチソカ(Cisoka)種や42番種を、ジャワやスラウェシでは柔らかで食べやすい品種が好まれるのでチヘラン(Ciherang)種やIR42種を勧めるという。こうしたところにハイブリッ ド米が入り込んでいけるかどうかも考慮する必要がある。

ハイブリッド米の種苗の導入や販売は民間企業が担っている。とくに中国からの輸入は、実業家トミー・ウィナタが率いる Artha Graha グループが中国企業と組んで行っている。6月にユスフ・カラ副大統領が訪中の際にはトミーも同行し、中国四川国豪種業公司を一緒に訪問した。地元マスコミは、これまで軍やユドヨノ大統領に近いと言われ、ジャカルタの闇の世界を牛耳ってきたといわれるトミーが、今この時期にカラに急接近した背景を書き立てている。政府は、ハイブリッド米の種苗の輸入を制限しない方針を打ち出したが、米の輸入が一段落した後は、このハイブリッド米の種苗の輸入が一大ビジネスとなる可能性がある。

ハイブリッド米の導入と米の自給に関する所感

ハイブリッド米の種苗の導入はインドネシアの米の自給にとって重要、との認識が政府にはあるが、果たして本当にそうなのだろうか。ハイブリッド米は、基本的に一代雑種であり、農家が自分で調達することができないため、毎年、種苗会社から購入しなければならない。この点は「緑の革命」の高収量品種と同様に、農家レベルでの持続的な米作が難しくなる。ハイブリッド米の種苗の導入は民間企業によって推進されている点に注意が必要であり、そして、その種苗の大元はインドネシアにはなく、中国をはじめとする外国にある。農業省がインドネシア独自のハイブリッド米の研究開発を進め始めたが、1970年代以前からハイブリッド米を開発し、技術体系が確立した中国の研究開発能力に太刀打ちすることは難しい。このように、ハイブリッド米の種苗の導入は、国際的な種苗ビジネスのなかにインドネシア が一層組み込まれていくことを示している。

米の自給との兼ね合いで、インドネシアが考慮すべき対策は2つ考えられる。第1に、高収量品種ではない在来種を守ることである。在来種の種子は地域の現場にある。農家は翌年の籾を自前で調達することができるし、地域にあった栽培方法も長年にわたって確立している。たとえハイブリッド米の種苗の導入を行ったとしても、持続的な農業を可能にする在来種を絶対になくしてはならない。ハイブリッド米の種苗を導入しないのであれば、在来種の生産性を上げるための工夫をする必要がある。近年、イネの根の力に注目したSRIと呼ばれる栽培方法が南スラウェシ州などで始まり、大幅な単収増加を実現している。このSRIは適量の水と少ない肥料で育ち、生産性増加には品種や作物を問わないので、農家所得がそのまま向上するという効果を見せている。SRIは有機栽培にも適しているため有機米生産を現実化させる可能性をも秘めている。

第2に、一人当たりの米の消費を減らし、肉・野菜・果物などの消費を増やすことで、米の自給と農業多角化、さらには国民の健康増進を果たすという方向性である。インドネシアの一人当たりの米の消費量は日本人の約2倍以上である。かつて日本人は米に麦や雑穀を混ぜて食べた時代が長かったが、インドネシアのかなり貧しいといわれる村を訪れても、村人は雑穀も何も入れずに炊いた白米を大きな皿いっぱいに盛り、少量のおかずで食べている。その一方で、中国などから輸入された野菜や果物などがスラウェシの地方都市でも大量に出回り、消費されている。1日に食べる米の消費量を若干でも減らし、おかずに使う食材を地 元で供給できる体制ができ、なおかつ、教育セクターと保健セクターが協働で社会に対して栄養教育を施していけば、リスクに強い多角化した農業と食からみた国民の健康増進につながっていくはずである。

ハイブリッド米の種苗の導入は、アジア各国で成功を収めつつある中国産のハイブリッド米の効果を受けて、インドネシアもその流れに入っていくということである。しかし、種苗という分野をまだ押さえていないインドネシアはその弱さを自覚しつつ、食糧安保の観点から、独自技術に基づいた在来種の改良や新たな品種の開発のための自前の研究開発をもっともっと重視していく必要がある。そうでなければ、農業が基幹とされたインドネシアが、自らの食の問題も国外に頼るという状況を容易に招くことが目に見えている。

そして、このような問題の根本は日本の農業を取り巻く現状にも当てはまるのであり、同時進行の世界的な動きとして、対応を考えていかなければならないだろう。