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海外研究員レポート

先進国で最も貧しい子供たち

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050003

2007年6月

今年2月、「先進国における子供の厚生ランキング」がユニセフにより発表され、英国は21カ国中最下位という評価を下された(表1)。評価に使われた40の指標のうち、英国の指 標はわずか9つしか各国平均値を上回っていない。とりわけ、家族・友人関係の希薄さ、行動リスクの高さ、主観的評価の低さが目に付く1。また、教育指標では学力の諸指標はそれほど低くないのに対し、教育機関に所属せず、雇用されておらず、職業訓練にも参加していない、いわゆるニートの比率(10代後半で9.4%)が高い。相対的貧困指標(所得中間値の 50%未満の世帯で育つ子供の割合)も、15%を超える数値となっている。全体的には親など周囲の人間や環境が指標に大きく影響していると見られ、子供だけでなく社会全体の厚生をも反映しているといえよう。

政府は、10代の妊娠や失業者世帯で育つ子供の減少傾向を取りあげて、現政権で導入された政策の成果を強調しつつ、ユニセフの評価に使用された数値の古さを批判している(Guardian, 14 February, 2007)。また、厚生の計測方法への疑問も出されている(Times on line2。他方で、子供を対象に活動する諸団体はこの評価を厳粛に受け止め、2010年までに子供の貧困を半減(1999年当時の720万人から380万人)させるという政府目標を強化するべきと主張している(Guardian, 14 February, 2007)。1999 年にブレア政権は子供を持つ低所得世帯を対象に税控除などの対策を開始し、すでに 60 万人の子供(17歳以下)が貧困から脱出したと推計される3。6 月下旬に誕生予定のブラウン政権では、子供の問題を担当する閣僚ポストの新設も検討されている(Guardian, 16 February, 2007)。しかし、以下の理由から政府のシナリオを下回るペースでしか貧困対策の成果は挙がっていない。第一に、目標達成のためには追加的財政支援が必要といわれながら、アフガニスタンやイラクへの派兵、2012年のロンドン・オリンピックを控えて大幅な予算増は困難な状況にある4。第二に、英国の片親世帯ではヨーロッパで最低の 40%程度しか就労していない。なぜなら、彼らは雇用に足りる教育、技術を獲得していないケースが多いからである5。第三に、近年の公共料金の急騰がある。結局、政府による雇用促進や税制上の優遇政策の下でも、貧困世帯では所得獲得の機会が限られ、公共料金の上昇もあって貧困からの脱出は容易ではない。現状のままでは政府目標を達成するのは難しいといえよう。

ブレア首相は「教育、教育、教育」というスローガンを掲げ、教育改革に力を注いでいきた6。しかし、今でも大半の子供たちが大学に行く地域と、ほとんど何の資格もないまま16歳で教育を終える子供たちが大半の地域の二つの異なる世界が国内に存在するようである。ロンドン大学教育研究所により実施された 2000年から 2002年生まれの子供(15,500人)の追跡調 査では、子供の基礎能力(認識能力、読み書き等)が3歳時点ですでに親の階級、教育レベル、人種、婚姻状態によって決定していることが明らかにされている(Guardian, 11 June, 2007)。報告者の住むブライトンでも似たような話を何度も耳にした。最近知り合いの英国人から聞いた話では、学力テスト(英語と数学)による小学校ランキングを見ると最貧困地域の小学校が断然の最下位だという。そして、同校にはたった 1~2マイルしか離れていない海を見たことがない子供たちもいるのだという。その話をしてくれた英国人は、おそらくその子の親も、そしてその親も海に行く余裕などなかっただろうと確信的に言っていた。また、今年2月、ブライトンでは公立中学の入学を学区制から抽選制に変更する法案が議会採決で賛否同数となり、最終的に議長(労働党)採決で可決された(Guardian, 1 March, 2007)。ところが、学力の高い学校(2校)の近くに住む中流階級の親たちの反対は根強く、2~3月頃には街でプラカードを掲げて法案に反対する親子の姿を見かけた。結局、法案は法廷闘争に持ち込まれたようである。さらに、こうした中流階級による抵抗はもっと巧妙な形でも見られる。白人中流階級のうち子供を私立校に通わせる余裕のない親は、子供を労働者階級、外国人、非白人の混在する地元の公立校ではなく、キリスト教(主に英国国教会)系列の小学校に入れるためだけに信仰心などなくても教会に通い、教会もそれを黙認しているという(Guardian, 14 July 2006)7。ケンブリッジ大学ダイアン・リエイ教授は、「白人中流階級の親たちには、子供が現在の階級からすべり落ちるのではないかという恐怖感がある。それが子供の学校の選択に影響し、学校は二極分化してしまった。(中略)しかし、親を責めることはできない。彼らは極端なまでに非倫理的なシステムのなかで倫理的に行動しようとしているのだから(以下略)。」とコメントしている(ibid.)。

5月、ブレア首相が自らの選挙区で行った首相辞任(6月27日)表明のスピーチに次のようなくだりがあった8。「……1997年と現在の皆さんの生活を比べてみてください。学校を訪問してみてください。(中略)入院するのに1年以上かかったのはいつのことだったか、年金生活者が光熱費を払えず凍死したというニュースを最後に聞いたのはいつだったのか思い出してみてください。1945年以来、雇用の創出、失業率の低下、保健や教育の改善、犯罪の低下、経済成長を達成したのは我が政権だけです。(中略)英国は祝福された国です。英国民は特別です。世界中がそれを知っています。私たちもそれを自覚しています。わが国は地球上で最も偉大な国です(以下略)」。地球上で最も偉大な国でさえも、銀の匙をくわえて生まれてきた子供とそうでない子供の格差を埋めるのは容易でないようである。そして、特別な国民はそれを十分に理解しているようである。

表1 先進21カ国の子供の厚生ランキング

1. 平均ランク 2. 家庭の所得等 3. 保健・安全 4. 教育 5. 家族・友人関係 6. 行動・リスク 7. 主観的評価

1

オランダ

4.2 10 2 6 3 3 1

2

スウェーデン

5.0

1

1

5

15

1

7

3 デンマーク 7.2 4 4 8 9 6 12
4 フィンランド 7.5 3 3 4 17 7 11
5 スペイン 8.0 12 12 15 8 5 2
6 スイス 8.3 5 5 14 4 12 6
7 ノルウェー 8.7 2 2 11 10 13 8
9 イタリア 10.0 14 14 20 1 10 10
9 アイルランド 10.2 19 19 7 7 4 5
10 ベルギー 10.7 7 7 1 5 19 16
11 ドイツ 11.2 13 13 10 13 11 9
12 カナダ 11.8 6 6 2 18 17 15
13 ギリシア 11.8 15 15 16 11 8 3
14 ポーランド 12.3 21 21 3 14 2 19
15 チェコ 12.5 11 11 9 19 9 17
16 フランス 13.0 9 9 18 12 14 18
17 ポルトガル 13.7 16 16 21 2 15 14
18 オーストリア 13.8 8 8 19 16 16 4
19 ハンガリー 14.5 20 20 13 6 18 13
20 米国 18.0 17 17 12 20 20
21 英国 18.2 18 12 17 21 21 20

(注)OECD 諸国のうちオーストラリア、アイスランド、日本、ルクセンブルグ、メキシコ、ニュージーランド、スロバキア、韓国、トルコについてはデータ不足のため順位なし。
(出所)UNICEF website (http://www.unicef.org/media/files/ChildPovertyReport.pdf).

脚注
  1. 友人関係には、片親、再婚家庭で育つ子供の比率、親子での週当たりの食事回数やコミュニケーションの時間数、友人の親切さの評価など、行動リスクには、タバコや大麻の喫煙、飲酒、性交渉、妊娠、けんかやいじめなどの暴力、朝食摂取、運動回数、肥満など、主観的評価では健康状態、疎外・孤独感、人生の満足感、学校への評価などが含まれる。
  2. http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/leading_article/article1386888.ece
  3. http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6682029.stm
  4. 子供チャリティ団体によれば、2010年の政府目標を達成するには今後 38 億ポンドのコミットメントが必要と推計されている(http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6682029.stm)。
  5. 低所得世帯は保育料の一部を還元されることになっているが、就労していなければ子供の保 育、早期教育プログラムにアクセスできない。ロンドン大学教育研究所のへザー・ジョシ教授は、ブレア政権で乳幼児の保育、教育、健康の向上を目的として開始した Sure Start プログラムに対して、「貧しい家庭の母親は働いていないことが多い。そのため、子供たちが保育プログラムの恩恵に授かっている可能性が低い」とコメントしている(Guardian, 11 June, 2007)。
  6. http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/6564933.stm
  7. 子供を私立校に通わせた場合、1人当たり年間平均で 8,000ポンド(通学)/19,500ポンド (寄宿舎の外国人平均)かかる(http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/4766793.stm)。英国人に対する大学の授業料は、ブレア政権で有料化されたとはいっても大学入学までの私学教育に比べると格安である(現在、ほとんどの大学学部生レベルで年3,070ポンド。しかも在学中に払う義務はないという)。
  8. http://www.labour.org.uk/leadership/tony_blair_resigns