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海外研究員レポート

インドネシアの自然災害と社会体質

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050017

作本 直行

2007年2月

インドネシアは昨年の地震以来、数多の自然災害に見舞われ、多大な被害を蒙っている。既に本格的な雨季に入り、連日土砂降りが続く毎日であるが、現在、2002年以来の大洪水に見舞われている。2月5日付けのコンパス紙は第一面の半分に、町が水没する大型の写真を載せ、その真ん中に、「ジャカルタ緊急事態」(Jakarta Darurat)との黄色字を重ねた。単なる降雨被害の問題だけでなく、この国の社会インフラ全般の弱さが目立った事件といえよう。同日のジャカルタ・ポスト2面の論文記事は、ステイヨソ・ジャカルタ知事が危機管理を考えてこなかった責任をとって、今回こそ即座に辞任すべきだとの強い論調で市行政の不備を批判している。ユドヨノ大統領は、豪華な住宅や大使館が立ち並ぶメンテン地区や大統領公邸に繋がるマンガレーのスルーチェ水路の解禁を行なうよう、ステイヨソ知事に命じたとされている。カラ副大統領から、大統領の公邸を水浸しにしても、住民の命が大切だとの発言があったと報道されているが、真相は不明である。

既にジャカルタ及びその周辺地区(ブカシ、タンゲラン等)の道路は完全に分断され、主要な高速道路及び一般道もほぼ壊滅状態にある。高速道路沿いだけでも、水深が60cm以上の通行不能箇所が29地点に及び、場所によっては水深が4mに達する場所もある。2月4日現在、ジャカルタ市内の123地区が水害に見舞われ、その70%が冠水状態にあると報道されている。他方、水路では、マンガレーで 7.5m、カレット周辺で4m、プロガドンで5mといった状態である。市内を流れるチリウン川の水位が氾濫寸前にあり、ボゴール、プンチャック、デポック地区などの郊外から流水も見られる。現段階で20名の死亡が確認され、15~20万人がホームレス状態となり、降雨以来4日間家まったく家に戻れない家族、水没したカレット地区の墓地脇で洗濯をする家族、ホテルの駐車場に多数の水没した車、人力で車を水溜りから引き出す写真などが、新聞に掲載されている。現在、目抜き通りのスデイルマン沿いのビルにおいてもインターネットは不通状態であり、多くの事業所は労働者が通勤できずに休業状態にある。自宅でも、しばしば停電があり、2日には一晩中カーテンのような雨が降り、テレビ、電話、インターネットが利用不能状態となり、現在でもまだ完全な状態に復帰しておらず、携帯電話だけが、頼みの綱となっている。

3日に来客があり、チェンカレン空港まで出向いたが、通常は片道40分ほどの高速で、2時間半かかった。さらに4時間かかったという話もある。途上では、一面が海面状態の水溜り、浸水した家屋と立ち尽くす人々、ボートを使っての道路上の移動、腰まで浸かって車を移動させる人だかり、水浸しになって動けない数珠繋ぎ状態の車、他方、若干の晴れ間には、高速道路の水路部分を泳ぐ小魚や、養殖池から流れ出した魚を釣る人だかりも見られたりした。既に、赤十字から若干の支援が開始されているとはいうものの、これからさらに食糧、衣料品、飲料水、薬品が必要とされるであろうし、デング熱等の伝染病の蔓延が特に予想される。他方、食料品価格の高騰や、ガソリン確保、交通機関等への影響が懸念されている。

ジャカルタ東部では、豪雨の最中にもかかわらず、浄水施設が水没してしまったために、水供給の目途が立っていないとされている。民営化された水供給会社の能力は半分以下に低下しており、病院や避難施設を中心に給水事業を行なっているとのことである。これまでジャカルタは、高コスト・インフラ社会と言われてきたにも関わらず、脆弱な社会インフラ整備への不満が高まっている。

ステイヨソ知事は、かっての2002年の大洪水時に、「(洪水は)まったくの自然現象なので、住民はそれぞれの立場に合わせて対応し、他人への批判を控えるように」、また支援措置が開始されていたにも関わらず「洪水は我々の対応能力を超えている」などと述べ、顰蹙を買ったことがある。また、ジャカルタ市は、2010年を完工予定時期として、国から既に330億円(275万ドル)の予算を対策費として配分されてきたが、その96%を土地収用に費消してしまった。しかも、現在までに、7.6kmの運河が完成したに過ぎない。他方、インドネシアでは慣例のいわゆる行政責任のなすり合いが始まっている。ウイトラー環境大臣は、本来の排水機能を無視したモールなどの建設ブームに問題があると批判し、ステイヨソ知事はボゴール市が建築ブームで灌水地域を封鎖してきたためだと指摘する。

最近の事故では、昨年12月にスマトラ島を中心に豪雨による土砂崩れが多発し、200人以上が亡くなった。暮れから正月にかけて、悪天候にも関わらず出帆したフェリーが、カリマンタン島・ジャワ島間で沈没し、500名近くが死亡した。収益率を挙げるために、過大な荷物を積載した点が疑われている。正月には、スラバヤからマナドに向かったアダム・エアー・ボーイング機が墜落し、102人の命が失われた。数週間の捜索にもかかわらず、ボーイング機の行方はわからないままであったが、アメリカの気象観測船(アメリカ海軍 Mary Sears) の協力を得て、ようやく墜落場所が西スラベシ沖と特定された。1月25日の報道で、海底1000メートルのブラックボックスの所在が確認された。零細航空会社による杜撰な中古旅客機の整備状況が問題として指摘された。また、1月中旬には、中部ジャワのバニューマス付近で電車が脱線し、4名死亡、200名近くが負傷した。105名の上限客数であったが乗客を過剰に増やしたためとされている。これらの一連の事故多発について、単に気象条件、経済力、技術能力といった問題だけでなく、人為的な過失の側面が、共通して指摘されよう。事故発生直後には場当たり的な対応しかなされず、事故後に徹底した調査さえ行なわれず、新たなルール形成もされずに、ただ当該の事件が風化するのを待つといった無力感と無責任に満ちた社会的体質が、これら一連の災害に対する脆弱性の背後に見え隠れする。

他方、鳥インフルエンザによる被害が増え、これまでに63名の死者を発生させて世界一で あり、2008年に入ってからも、既に5名が死亡している。ステイヨソ知事が2月1日までにジャカルタ市内のすべての鶏類を処分するようにとの指示を下した直後に、最寄りのカルフールの肉売り場では、鶏が安値で山積みされており、鶏舎周辺の子供達が鳥を分けてもらって帰宅する姿がテレビで放映されたという状態である。

なお、東ジャワのシドアルジョでは、8カ月間近くの間、火山泥がずっと排出され続けているが、既に埋没地の範囲は6マイル四方、深さ10メートルに及び、25の工場、4つの村が失われ、1万1千人の住民移転が生じた。掘削にあたったラピンド社の責任を巡り議論が行なわれているものの、最近では、地震による不可避の自然災害だったとの主張がみられ、賠 償責任の回避を巡る紛争が続いている。「喉元過ぎれば……」といった社会体質やきちんと道理を通すことができない政治体質は一体どこから来るものであろうか。