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海外研究員レポート

米国の学術界におけるキャリアパスと地域研究

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050021

大原 盛樹

2006年12月

米国の大学の中国研究機関に来て感じることの一つは、日本人による研究成果が研究や教育の現場で、一般にほとんど関心を持たれていないとうことである。日本人は、世界観や国家の形成から文化、技術、経済、教育等のあらゆる分野で、非常に長期間にわたって歴史的に中国の経験に強い関心を持ち、熱心に研究を行ってきた。日本においてそれらは主に漢学、東洋史学の分野で膨大な蓄積となって残っている。中国に関する歴史学、文献学、文学等の分野では、日本のそれらの蓄積は英語圏でも相当の評価を得ており、日本語を習得してそれらの学術成果を資料として活用しようとする研究者は少なくない。しかし現代中国に関する日本の研究成果は同様の扱いを受けていない。日本人の研究成果が主に日本語でしか発表されていないということが大きな要因であることは間違いない。しかし歴史学や文献学と比較すれば、日本語を勉強してまで、それらを吸収するする価値があると認識されていないことは確かである。

英語での発信が増えれば日本人による地域研究の成果がより活用されるようになることは間違いないだろう。しかし英語圏におけるアジアや中国に関する認識に影響を与えるほどの存在感を持つようになるかどうかという話になると、心許ない。それは米国の学術世界における地域研究の「低い」地位、日本の研究機関との人的交流の少なさ、そして日本の地域研究自体の質(魅力)という各種の問題があるからである。

本報告では、それらのうち、地域研究における英語圏(米国)の学術界と日本との人的交流の少なさについて取り上げる。米国における研究者のキャリアパスのあり方という視点から考えて見よう。

カルフォルニア大学バークレー校の教授、キャリアセンター、博士課程の学生にヒアリングしたところ、彼等の大まかなキャリアパスのあり方は以下のようなものである。

米国の一流大学の博士課程の学生の最終的な目標は、(一流の)リサーチ大学でテニュアの職を得ることである。博士課程に5~8年程度在籍し、リサーチを行い、博士論文を執筆、提出する。博士を取得した者のうち約 8割程度が大学に残り、2割程度が政府関係機関やビジネス界に向かう。テニュアトラックのポストに就職できる者が約半数、ポスドク・プログラムや1年契約の職を得る者が約半数。リサーチ大学でテニュアトラックの職を得られるのは全体の1、2割。テニュアトラックの職を得て5年間程度の間の業績でテニュアを得られるかどうかが決まる。5年間で本1冊、ジャーナル掲載論文7本といったような業績が要求される。ジャーナルはディシプリナリーな雑誌がより高く評価され、地域研究的なもの(例えばThe China Quarterlyとか)では評価が低い。書籍も大学の出版局から出さねばよい評価がもらえない。テニュアトラックからテニュアに移れる者は、バークレーだと半分くらい、ハーバードだと10%程度だという。

就職は、採用する側、応募する側とも、学部単位で行うが、それは既存の学問分野の仕切りに従って行われると考えてよい。年1回のサイクルでテニュアトラック(およびポスドク等のその他形態)の職が公開され、応募が行われる。バークレーの経済学関連のテニュアトラックのポストだと、一つのポストに対して書類の応募が 200~300人来る。そのうち20~30人くらいを冬に行われる学問分野別の学会総会(経済学だとAmerican Economic Association、政治学だとAmerican Political Science Associationと言ったもの)に付随する面接会で面接を行う。学生側も、人によっては(人気のある者で)20程度のポストについて面接を行う。全米の採用する側、求職側が集中して面接を行うジョブ・マーケットの重要イベントである。採用側は、そのうちの2、3人に絞って最終面接を行い、最後の一人を翌年の夏から採用する。非常にオープンで競争的な選考を経て採用に至ること、そして学部が主体となり、学問分野ごとの採用を行っていることがわかる。

以上からわかるように、最終目標である(リサーチ大学の)テニュアを獲得するまでに、学者は十数年という長い年月をかけ、ディシプリンの分野で評価される業績を数多く出さねばならない。学際的な性質をもつ地域研究は、彼等のキャリアパスを成功させようと思うと、本来、追求されにくいのである。

日本で(あるいはアジ研で)注目されるような欧米の地域研究的な研究は、それが経済や産業発展を扱っているようなものであっても、経済学者や経営学者ではなく、政治学、社会学、アンソロポロジーの分野の学者が執筆している者が多いことは注目すべきである。すでに第1回の現地情勢報告で述べたが、中国経済・産業の研究を専門として行っている著名な研究者は、中国人研究者を除くと、決して多くない。そのうち著名なリサーチ大学の経済学部や経営学部に籍を置く者はほとんどいない。一般的な経済学部や経営学部ではそのような学者は採用されにくく、一流大学ではスタンフォード大学のアジア太平洋研究所やカルフォルニア大学サンディエゴ校の国際関係学部と言った少数の地域研究的な学部に少数いるに過ぎない(ただし米国全体では、中国人(中国系)研究者やリサーチ大学とは言えない教育系大学にかなりの数の研究者がおり、全体としての層は厚いことは注意せねばならない)。経済発展や産業発展を扱いながらも、国家の役割や歴史的側面も分析に入れるような政治経済学的研究は、政治学、社会学、アンソロポロジーと言った非経済・経営系のバックグランドを持つ学者が主に行っているのである。

以上のような現状から、米国の社会科学系の研究者、特に経済学、経営学の分野の研究者が、アジア等の後発国、発展途上国を研究対象としつつ、言語の習得を含めて、地域研究的なスタンスで研究を行うことは、あまり一般的ではない。まして日本を含めた非英語圏の研究に目を通そうとはしそうもない。そのような余裕はないのである。

そのような中、アジア経済研究所が英語圏におけるアジア理解、途上国理解の知的な流れの形成に影響力を持ちうるようにするにはどうしたらよいだろうか。英語のジャーナルに掲載される魅力的なプロダクトを増やすことは最低条件であるが、それらを人的な直接的交流を通じて普及させることが重要になるだろう。ただし、研究者として大成し、すでにものすごく忙しくなってしまった人々に読ませるのはやや難しいかもしれない。研究者としてのキャリアパスを考えたとき、彼等が比較的時間がある博士課程やポスドク期間に、アジ研に一 定期間在籍してもらい、研究対象国でリサーチをしてもらい、研究交流を計るという考えはいいかもしれない。彼等の主眼は自分の博士論文を米国のユニバーシティプレスから出版することなので、それを支援すると感謝されるであろうし、その参考文献としてアジ研の出版物をリストアップしてくれるかもしれない。バークレーの中国政治の教授によれば、彼等は配下の博士課程の学生のポストを非常に気にかけているので、アジ研がそのようなポストを用意すると、教授達の間での宣伝効果は非常に高いだろうという。そして、それは経済学や経営学に限らず、政治学、社会学、アンソロポロジーと言った分野を重視するとよいのではなかろうか。

なお、本報告は、11月に山田研究人材課長とともにバークレー校で行ったヒアリングの結果に基づいている。