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海外研究員レポート

アジア系英国人に見られる価値観1

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050023

2006年12月

約1年半ぶりにインドに出張した。筆者は英国ではアジア系住民の少ない街に住んでいるため、普段は基本的に報道等でアジア系英国人の動向を知るしかない2。今回のインド出張であらためてそれらの報道に垣間見られる英国のアジア系住民と本国の人々の間の共通性について考えさせられた。

(1)ロンドンからデリー行きの便は結婚式シーズンを控え親族の結婚式に出席すると思われる親子連れのインド系英国人や英国在住インド人で満席であった。宿泊したデリー南部の住宅街では日取りのよいとされる夜には華やかに電飾した家々から明け方近くまで披露宴の続く様子が窺えた。インドでは現在でも見合い結婚(arranged marriage)――とりわけ親または親族が子供の結婚相手を決めること――が主流である(ただし、都市と農村、経済社会階層などによっても異なる)3。それは、アジア系英国人にも一般的には該当するようである。興味深いのは、新郎新婦が親の選んだ結婚相手に完全に同意しなかったときにさまざまな事件が両国で起こっていることである。デリーでは、結婚式会場に現れた新婦がボーイフレンドとひそかに式直前になって会場から逃げた事件が報じられていた。家族は消えた娘の捜索を警察に依頼しないので明確な数値は不明だが、こうした結婚直前の失踪は毎日のように起きているという。英国ではインド系ではないがパキスタン系英国人の女性が家族に内緒で交際していた相手(アフガン系ムスリム)との結婚に反対され、兄、従兄弟の手で殺害される事件2006年7月に起きた。こうしたアジア系の『名誉ある死』は、警察に報告されている だけで年間12件ほどにのぼるという(Times, 24 July 2006)。本人の同意のない強制的な 結婚は、2003年から 2005年の間にロンドンだけでも518件が警察に通報されており、アジア系女性の女性団体によれば、この数値は氷山の一角にしか過ぎない(Times, 24 July 2006)。強制的な結婚が深刻な問題なのは、16歳~24歳のアジア系女性の自殺率は同年齢の白人女性の3倍にも達していることからも窺えるだろう。

(2)英国のアジア系住民のカースト差別に関する報告書「No Escape: Caste Discrimination in the UK」が Dalit Solidarity Network UK という団体(個人のほか Amnesty International などの団体からなる組織)により2006年7月に発表された。同報告書によると、英国内には5万人のダリト(被差別カースト)が生活しており、職場、医療、政治、教育などでほかのアジア系英国人から不当な扱いを受けているという(Guardian, 4 July 2006)。たとえば、イングランドの地方都市の元市長R氏は居住地域からの立候補を考えていたが、自らの出自のためアジア系住民の支持を得られないことがわかり、アジア系住民の少ない地域から立候補に鞍替えせざるをえなかったという。同報告書はさらに、英国在住のダリトのうち 85%がインド系英国人はカースト制度に従っている、また同82%がカースト内での結婚が続いていると考えていることを明らかにしている4。インドでも2006年のHindustan Times-CNN-IBNの世論調査では、異カースト間の結婚に74%が反対、結婚の最終決定権は親にあると72%が回答している5

(3)ロンドンのバングラデシュ人街を舞台にしたベストセラー小説「Brick Lane」(筆者注:ロンドンのバングラデシュ人街の名称)が映画化されるにあたって、住民の間から映画の撮影に反対する動きが起こった(Guardian, 18 July)。後日、バングラデシュ系英国人と思われる読者から次のような投書が掲載されていた。「モニカ・アリー(作者)の本に抗議の動きが起こったのは、シルヘトのマイナスのイメージを描いているからです。バングラデシュ系英国人の多くは、シルヘト出身なのに対し、モニカ・アリーはダッカ出身(母親は英国人)です。バングラデシュ系コミュニティーのなかにはダッカやチッタゴンのような都市にルーツを持つコミュニティーと農村のシルヘトにルーツを持つコミュニティーがあり、両者はライバル関係にあります。シルヘトの人々は教育を受けず、コミュニティー内で結婚し、独自の言語を話し、家族志向で、イスラムの慣習を守る排他的な人々というステレオタイプでみられています。彼らは都市にルーツを持つバングラデシュ系からは『正当な』バングラデシュ系とは思われていません。私はいかなる個人、グループに対する暴力にも強く反対します。しかし、バングラデシュ系コミュニティー内の競争相手をステレオタイプ化して描いたに過ぎないモニカ・アリーがリベラルで多文化の象徴と賞賛されるのは皮肉なことです」(Guardian, 20 July)。

移民第一世代のなかには英語を話せない女性も珍しくないが、英国生まれの第二世代以降になるにつれ教育レベルも上がりアジア系の「英国人化」も進んでいるのかもしれない6。しかし、本国での慣習や親の世代からの偏見は英国生まれの世代に代わっても簡単には消えないようにも見える7。そして表面上はグローバル化のなかで新しい価値観を身に着け、洗練されていくように見える大都市のミドルクラス以上のインド人でさえも、長年に渡って染み付いた習慣や価値観を変えるのはそう簡単なことではないように思えた出張であった。


脚注
  1. 英国でアジア系とは一般にインド亜大陸からの移民(東アフリカ経由の移民を含む)を指す。
  2. 2001 年国勢調査によれば、ブライトン・ホーブ市の全住民に占めるアジア系英国人及びアジア人の占める割合はわずか 1.83%(http://neighbourhood.statistics.gov.uk/dissemination/LeadKeyFigures.do?a=3&b=276854&c=BN2+9 JA&d=13&e=16&g=410758&i=1001x1003x1004&m=0&enc=1)。
  3. 2001年ベネチア映画祭金獅子賞を受賞した「モンスーン・ウエディング」でもデリーのアッパーミドルクラスと思われる家庭の娘(パンジャービー)は結婚直前に初めてアメリカで働く結婚相手に会い、父親は娘を嫁がせる莫大な費用に頭を悩ませる、という様子が描かれている。
  4. http://www.idsn.org/Documents/pdf/UK-Diaspora.pdf
  5. http://www.hindustantimes.com/news/specials/Republicday2006/conservative.shtml
  6. たとえば、親の決めた結婚後に義理の両親と同居というパターンまでは典型的に見えるが、その後離賠して賠償請求を起こしたアジア系女性(シーク教徒)についての報道があった。女性は親の決めた結婚に素直に合意したが、同居していた義母のいじめに耐えかねて離婚し、訴訟を起こした。女性はハラスメント防止法に基づき 3万5000 ポンドの賠償金を勝ち取ったという(Guardian, 25 July 2006)。そのほかアジア系の若者の中絶や麻薬についての報道などを聞いたことがある。
  7. ロンドン郊外に住むアジア系の友人A氏は、父親世代で移住してきたときから同じコミュニティー出身者は一地域に固まって住んでおり、高等教育を受けた第二世代の結婚も同コミュニティー内か本国で相手を探すのが普通とのことだった。たとえ同じアジア系、同じ宗教の相手でも外部者との恋愛結婚はコミュニティー内でのいざこざの原因にさえなることがあるという。