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海外研究員レポート

韓国の教科書論争

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050024

2006年12月

日本で1960年代の家永裁判、1980年の「教科書偏向問題」、そして2001年に、主に保守的な論者が中心となった「新しい教科書を作る会」編纂の歴史教科書の検定通過などを契機に、歴史教科書の記述をめぐって多くの論争が展開されてきたことは周知のとおりであ る。一方、韓国ではこれまで教科書問題といえば、日本の教科書に関する問題であった。 具体的には日韓合邦の経緯や植民地時代の同化政策や従軍慰安婦などに関する歴史問題に 関する記述、竹島(韓国名「独島」)の領有権問題に関する記述、日本海(韓国名「東海」)など日韓両方が接する地理的名称に関する記述などが問題であって、自国の教科書の記述 がどうなっているかということはこれまで大きな問題になったことはなかった。ところが、2006年11月29日、保守的な研究者たちによって組織された「教科書フォーラム」が現行の 教科書が左寄りに偏向しているとしてそれに対する「代案」を発表するにいたり、韓国社 会では初めて自国の歴史的教科書を巡る論争が起こった。翌30日に、教科書フォーラムは その「代案」を公開するシンポジウムをソウル大学校師範大学の教育情報館で開いたとこ ろ、その内容に反発する人々との乱闘事件にまでなった。

この報告では、韓国の教科書論争を引き起こした団体の性格、論争の争点を紹介し、日本の教科書問題との比較を通じて、この論争の特徴を明らかにしたい。

1. 教科書フォーラムの発足

教科書フォーラムは2005年1月25日に発足した。その目的は「中学、高校の韓国近現代史関連教科書、経済・社会関連教科書、道徳・倫理関連教科書が理念的に誤って偏向しているだけでなく、事実を意図的に歪曲しているという事実を憂慮しつつ、これに対する国民的関心を奮い起こそうとするものである」と述べている(同フォーラムのホームページ<http://www.textforum.net/>)。代表者は、ソウル大の朴孝鍾教授(政治学)、同じくソウル大の李榮薫教授(経済学)、延世大の車相哲教授(社会学)の協同代表となっており、運営委員のなかには日本とも縁が深い成均館大の金一榮教授(法学)、西江大の申志鎬教授(政治学)が名を連ねている。そのほか顧問に、東京大学でも教鞭をとったソウル大の安秉植名誉教授がいることも注目される。安秉植教授はフォーラムの主張に全て賛成という立場ではないにもかかわらず、フォーラムの顧問としてしばしば公開の席に登場する。

フォーラムの支持団体としては教育共同体市民連合、基督教社会責任、正しい社会のための市民連帯、北韓民主化ネットワーク、北韓民主化フォーラム、自由主義連帯、初・ 中・高校長協議会、学校を愛する学父母の集い、韓国教育団体総連合会、韓国社会法人総連合会、教科書フォーラム後援会が名を連ねている。このうちとくに教育関連の団体は教職員の労働組合である全教組に対抗している団体であり、また、自由主義連帯などは前回 の報告にある戦時作戦統制権回収問題で盧武鉉政権を非難する保守的な団体である。このフォーラムは教育、研究部門での保守勢力の結集の場となりつつある。

2. 争点

そもそも、韓国社会で自国の歴史教科書の記述に関して疑念が報じてくるのは、1980年代からであった。それは韓国の歴史研究が発展してくるのに伴った結果でもあったが、自国の歴史の問い直しが当時の民主化運動と結びつくようになったこととも関連している。 1987年の民主化以後、韓国で発行される歴史教科書の内容もこの民主化運動家たちの歴史観から影響を受けるようになった。そして、1994年8月31日に教育部が発表した「国史教科書準拠準備案」は歴史教科書の記述の方向性を決定付けた。

教育部の示した案のうちとくに現代史に関する部分は教科書フォーラムが批判するところでも代表的なものである。2006年11月30日の乱闘のもとになったものはこのうちの2箇所である。これは歴史用語の変更を伴うものであった。第1に、1960年4月に学生運動によって当時の政権が打倒された「4・19学生革命」についてである。朴正熙政権や全斗煥政権の時代には「4.19義挙」とされていたが、案では市民勢力がこの運動に参加していたことを強調して「4・19革命」に改めた。第2に、朴正熙政権や全斗煥政権の時代に「5・16 軍事革命」と呼ばれた1961年5月の軍事クーデターは、「自由民主主義の試練」を中心に記述するという案の方針により、「5・16軍事政変」と改めた。

フォーラムは前者に関して、民主主義確立のための意義よりも権力の崩壊のほうに重点を置いて、「4・19学生運動」という名称をつけた。そして、後者に関しては、クーデター以後に進展した産業化に重点を置き、「5・16革命」と記述した。このことが、とくに4・1 9学生革命に直接参加した人々や当時の犠牲者の家族などによる猛反発を招いたのである。 (なお、筆者はネーミングに論争がある場合、事件発生当時あるいはできるだけそれに近い時点で呼ばれるようになった名称を使用するということを原則としており、前者を4・1 9学生革命、後者を5・16軍事革命と呼んでいる)。

このほか、民主化運動に参加してきた人々からの反発を受けているところとしては、朝鮮戦争に関して、運動化の立場を最も反映した現行教科書である金星出版社の歴史教科書が戦争の勃発する1950年6月25日以前からの武力衝突が拡大したものと記述するのに対して、フォーラムの「代案」は共産勢力による侵略であることを強調する記述になっているというものがある。さらに、植民地時代に関して、フォーラムの「代案」は、植民地支配の下での経済発展を肯定的に評価する記述などもあり、これも反発を受けている。これらは民主化運動の伝統に真っ向から挑戦するところとなっている。

そもそも韓国の民主化運動は学生運動がその根幹であるが、1980年代に学生運動は民族主義的傾向を帯びるようになっていた。運動家たちは自らを1894年の東学党の乱や1919年の3・1独立運動に始まる民族運動の継承者であると自認するようになった。そして、解放後の李承晩、朴正熙、全斗煥の政権について、これらがアメリカの帝国主義によって作ら れて支えられているという位置づけをするようになった。こうした人々はアメリカが韓国から退けば民主化のみならず南北統一も達成できるものと信じるようになった。その理論的支柱は政治学的には修正主義、経済学的には資本主義萌芽論とそれに基づく従属論に求められるようになった。

修正主義はアメリカの政治学のなかで、冷戦をアメリカの対ソ政策の失敗の結果ととらえる見解であるが、これを朝鮮半島に当てはめた研究が1980年代初めに発表され、従前の朝鮮戦争研究に大きな衝撃を与えた。その代表者であるB.カミングスは朝鮮戦争を「アメリカの対朝鮮政策の失敗によるもの」であると主張して、反米的傾向を持つ運動家に喝采を浴びた。一方、資本主義萌芽論は1950年代後半に平壌で提起されたものであるが、その骨子は李氏朝鮮王朝の時代に朝鮮に発生していた資本主義の萌芽を日本帝国主義者が摘んでしまったとする見解であるが、この見解は当時、日本の多くの朝鮮研究者たちを引き付けていた。この論は1970年代まで歴史研究の部門で多くの成果を出しており、1980年代に韓国で多くの支持者を得ることになった。さらに、韓国では資本主義の芽を詰まれて日本やアメリカの帝国主義によって歪な経済構造が形成されたため、帝国主義への従属を断ち切ることが必要であるという従属論が運動家たちの指針となった。

しかし、これらの議論はその後の実証的な研究の進展によって根本的に否定されてきている。朝鮮戦争は当時の金日成首相によって意図的に行われた軍事作戦によって開始された戦争であることは多くの一次資料によって示され、また、朝鮮王朝時代に見られた資本主義の萌芽らしきものも資本主義の秩序を作り上げる方向にはなかったことは歴史学における個々の実証研究で示されてきた。フォーラムの主張はこうした研究の進展状況を反映したものでもあった。さらに、従属論は韓国の経済発展そのものがその議論を否定するものであり、1997年のIMFショックからの回復過程で外国資本が重要な役割を担ったことに見られるように、韓国経済に関する従属論的な観点はもはや説得力を失っていた。フォーラムの基本的な考え方は、政治や経済で外国との関係を重視しようとする姿勢を打ち出したものであった。

3. 日本との比較

韓国で進歩的見解を代表する新聞である『ハンギョレ新聞』は12月1日から3回の連載でこの教科書フォーラムとその主張に関する記事を掲載したが、その最後の記事ではフォーラムが日本の「新しい歴史教科書を作る会」と類似していると主張している(『ハンギョレ新聞』2006年12月4日)。その一つは、フォーラムの運営委員13人のうち歴史学専攻者が3名しかおらず、日本の「作る会」を主導している電通大の西尾幹二教授がドイツ文学専攻で、また、同じく拓殖大の藤岡信勝教授が教育学専攻であって歴史学専攻者でないことと共通しているというものである。

『ハンギョレ新聞』の批判は日本に関する部分に関して頷けるところがある。「作る 会」の主要メンバーには歴史学界で高く評価されている研究者がいないことは事実である。 また、「作る会」の活動は、実証研究に基づく客観的な歴史記述よりも「自虐史観の克 服」という理念的なものに重点があり、多くの論者が指摘するように、歴史研究者との対 話を欠いているところに一つの弱点がある。この弱点は、「作る会」が編纂して2001年に 文部科学省の教科書用図書検定に合格した『歴史』(扶桑社)が在来の歴史学研究会をはじ めとする歴史学の学会や研究団体から58箇所に及ぶ基本的事実関係の誤りを指摘されていることにも現れている(<http://www.jca.apc.org/~itagaki/history/appeal0620.htm>)。

これに対して、韓国のフォーラムに対する部分のほうは妥当な評価ではない。フォーラムの運営委員には、『ハンギョレ新聞』が指摘する3人の歴史専攻者のほかに、筆者の知る限り、歴史学に造詣の深い経済学専攻者もいる。李榮薫ソウル大教授は経済史学会の会長を務めたこともあり、しかも古文書学会の現職の会長である。さらに顧問には、先に述べた安秉植ソウル大名誉教授がおり、その韓国経済史に関する実証的な研究業績は韓国のみならず日本でも高く評価されている。同じく顧問の李大根成均館大教授も同様である。少なくとも、彼らが歴史研究者でもあることを否定する研究者は韓国にはまずいない。そして、歴史学専攻であるなしに拘わらず、運営委員たちには様々な学会の会長を務めるなど学界で積極的に活躍する研究者が参加しており、こうした人々は運動家に近い研究者たちとの対話を閉ざしていない。

また、『ハンギョレ新聞』にも言及されているが、フォーラムの運営委員13人のうち12人は日本やアメリカでの留学や研究経験がある。このことは、運動家に近い研究者たちにありがちの自民族の伝統や固有性を過度に強調するという習癖を克服するのに役立っているようである。

展望

教科書フォーラムの提起した争点で乱闘騒ぎにまでなったのは4・19学生革命と5・16軍事革命のネーミングであったが、朝鮮戦争や植民地時代の評価の問題も今後大きな争点になってくることは間違いないようである。ただ、こうした問題に関してはフォーラムの内部でも必ずしも意見の完全な一致があるわけではなく、今後の議論のたたき台として今回の「代案」が示されたと見られる。

フォーラムの「代案」は修正主義や資本主義萌芽論の問題点を今日までの実証的な研究成果を基礎に批判していこうとするものであり、1980年代の民主化運動家にある国粋的傾向に対する批判でもある。目下のところ、運動家側はフォーラムの主張に対して、実証研究に基づいた有力な反論を出していない。

筆者の見るところ、乱闘になった4・19学生革命と5・16軍事革命のネーミングに関しては、「革命」という言葉の意味に強くこだわらずに当時呼ばれた名称を用いる原則にすれば大きな争いはなくなるであろう。しかし、朝鮮戦争や植民地時代の評価については簡単に纏まるものではないように思える。これは、現在の南北関係や経済発展戦略とも多少なりとも関ってくる敏感な問題であるためである。

運動家たちが拠るところの資本主義萌芽論はそもそもが平壌で提起させた理論であること、同じく修正主義は開戦の責任を曖昧にするものであることから、これらは南北和解の運動を進めるのに都合のよいものであった。また、従属論はアメリカとの自由貿易協定締結に反対する根拠を与えるものでもある。しかし、実証的な歴史研究の発展と貿易の自由化の流れは運動家よりも保守勢力のほうに有利に進んでいるようである。