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海外研究員レポート

米の輸入をめぐる諸議論

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050025

松井 和久

2006年12月

1.「米価上昇が貧困増大の要因」なのか

11月14日、世界銀行インドネシア事務所は、『世界銀行東アジア・アップデート(2006年11月)』のなかで、「インドネシアでは米価上昇が貧困増大の最大の要因である」という興味深い報告を発表した。11月15日付Kompas紙によると、同報告では、「米の輸入禁止による供給量の減少が米価上昇の主な原因である」とした。

Kompas紙の記事をもとに、同報告の内容をもう少し示しておこう。貧困層は所得の約25%を米の購入に充てており、米価上昇が貧困層の支出に大きな影響を与える。2004年10月の石油燃料価格大幅値上げの影響は、その補償政策として実施された貧困世帯1920万世帯への現金直接支援プログラム(1カ月あたり1世帯に11ドルを配るのは現金配布型補助金として世界最大規模)でほぼ相殺され、対象者選定のミスなどで石油燃料価格値上げを上回る補償を得た。しかし、同プログラムの規模が2007年には大幅に縮小される予定なので、貧困人口の増大が懸念される。

これに対して、インドネシア国内の農業関係の専門家から一斉に批判の声が上がった。翌11月15日付けのKompas紙の「世銀は米問題を分かってない」というタイトルの記事では、インドネシア農民親和協会(HKTI)のシスウォノ・ユドフソド会長が「米価上昇は村落経済を浮揚させ、小さき民を豊かにする」と反論、「農民が貧しいのは、農業生産にかかる投入費用が上昇しているのに、販売価格が不当に低く抑えられてきたからだ」とした。ランプン大学のブスタヌル・アリフィン教授は、「問題をさっと見てすぐに結論を出す」国際機関などのコンサルタントの仕事ぶりを批判し、「インドネシア人の問題についてよく理解している者は政策決定者の近くにはいない。他方、国際機関の政策に影響を与える研究者たちは現場を知らない。この2つの交差しない流れの存在が問題だ」とも述べた。

たしかに、農民も含め、貧困層の支出に占める食費の比率は高い。問題となるのは、全体的に見た場合、米の販売による収入と米の購入支出とが米価の変動に対してどのような弾力性で反応するかである。貧困層は農民だけではない。生産手段を持たない都市の貧困層の現実は、農村の貧困層より厳しい状況にある。非農民の貧困層にとって、米価上昇が死活問題であることはいうまでもない。また農民であっても、自分で生産した米を他所へ売り、それより安い米を買って消費する傾向もある。農業従事者人口も減少傾向にある。こう考えると、米価の問題を農民だけの観点から見るのでは不十分であり、インドネシアの識者の間でいまだに「農民=貧困」「農民=米作農民」と捉える傾向が強いことを感じる。

一方、世銀報告の結論が「米の輸入が必要」との主張に直接結びつきやすい点も強調しておかなければならない。貿易自由化の流れのなかで、前述のHKTIを中心に、農産品輸入に反対する世論は根強い。世界市場における米の流通量が限られているにもかかわらず、米輸入反対の声はHKTIだけでなく地方でも強まっている。そして、「輸入促進によって国内経済が破壊される。これは先進国の陰謀である」といった主張が意外なほど一般に受け入れられるのである。

いずれにせよ、世銀報告のいうとおり、「米価上昇で貧困が増大するかどうか」の検証には、さらなる細かなフィールドを含めた調査が必要である。同時に、農業投入コストの上昇、米作における作付・収穫時期や地域性の違いなどを考慮すると、安易な結論を出すことは難しいと考える。

2.乾季の長期化と米の輸入

2006年のインドネシアは乾季が予想以上に長期化し、例年よりも2カ月程度遅れての雨季入りとなった。このため、農地での水不足が深刻化し、雨季作は雨を待って作付を例年より2カ月遅らせるところが続出した。世銀報告で指摘された米価引き下げのためというよりも、ストック不足を解消するために、米の輸入が待ったなしになったのである。

とりあえずは、食糧調達公社(Bulog)の貯蔵米を放出して市場操作を行うこととし、ジャカルタやマカッサルなどでさっそく実施されたが、12月20日、政府は市場操作による貯蔵米減少に対応するため、2007年1~2月に計50万トンの米を輸入する方針を急遽打ち出した。しかし、地方からは相変わらず米の輸入への反対論が表明されている。なぜなら、米の生産状況が地方によってまちまちであるにもかかわらず、輸入米はそれとは関係なく配分されるのが常だからである。たとえば、私の住む南スラウェシ州はインドネシア東部地域有数の穀倉地帯であるが、州知事が「いらない」と言っても、必ず輸入米が分配される。中ジャワ州のスコハルジョ県知事をはじめ、多くの地方政府が「自分の地域の米は足りている」として、米の輸入に反対している。

中央政府は、米の需給をマクロでみている。すなわち、国家全体として米の需給調整を行う。このため、1997~1998年の通貨危機のときには、Bulogが北スマトラの余剰米をわざわざパプアまで運ぶといった事態が生じた。他方、地方分権化になって地域間協力の必要性が謳われているにもかかわらず、近隣の県・市どうしが米の需給を融通しあうという体制はまだ作られていない。最近になってようやく、地方レベルでの米の需給調整ということが議論され始めたが、実態はまだそこまで至っていない。

通貨危機のときもそうだったが、実は、米の需給が本当はどうなっているのか、政府は統計的に正確に把握できていないのである。米の生産統計一つとっても、中央統計庁(BPS)、農業省、Bulogの発表する数値が同じだったことはない。2004年には、「米が余剰」というデータと「不足」というデータの両方が出されて混乱した。米の輸入の是非を決定するための基本データが整っていないのである。

実際、通貨危機のときには、米の供給不足による価格上昇を念頭に、南スラウェシ州では多くの農家や米商人が市場へ放出しなかったが、供給量が増えて価格が下がり始めると一斉に放出した。当時、一部の米は海外へ密輸され、その一部は海上で外国米の袋に詰め替えられてインドネシアへ「輸入」されていたという話さえある。今回も、乾季の長期化や病虫害で作付状況が悪かったところも少なくないだろうが、本当に米が不足しているかどうかは細かく調べられていない。現在、貯蔵米を扱うBulogの農家レベルでの買付価格は、買付商人の提示する市場買付価格を下回っているため、農家はBulogへは売りたがらない。南スラウェシの農家のなかには、高値期待と自家消費分の確保のため、米を商人へ売らずに確保しておく様子が伺える。

乾季長期化で少なくとも2カ月程度は作付開始が遅れるので、農家や商人レベルでの米価高値期待はしばらく続く。米が市場に出てこない以上、政府はBulogの貯蔵米を市場操作のために放出し、Bulogの貯蔵米量を確保するために、米を輸入することになる。本来なら、Bulogの買付価格を市場価格よりも上位に設定して、国内から貯蔵米を確保すべきと考えるが、独立採算となったBulogの経営効率化の問題が影響しているものと見られる。

3.食生活の変化と食糧問題

都市部では、米食からパンや麺などの粉食への変化が見られ、一人当たりの米消費量が少しずつ減少している。農村部では、以前より粉食を嗜好する傾向が見られるが、まだまだジャワをはじめとする多くの村落では米が中心である。しかし、粉食の原料となる小麦はほぼ全量を輸入に依存している。インドネシア有数の企業グループであるサリム・グループなど数社が小麦輸入を独占して資本蓄積したのは有名な話である。

他方、とくにインドネシア東部地域では、米以外のトウモロコシやイモ類が主食だった地域もあったが、政府の米作奨励策で米作地が増加し、主食が米に切り替わった地域が少なくない。しかも、米については他作物にない政府の様々な保護政策があり、貧困世帯に指定されれば無料または廉価で米の配給が受けられるので、米志向が一段と強くなる。

米の輸入との関連で考えなければならないのは、都市部での米食から粉食への嗜好の変化の度合いとインドネシア東部地域などでの米志向の度合いとがどのようなバランスなのか、ということである。そして、所得向上とともに、都市部を中心とした消費者は「うまい米」を求める傾向を見せていることも考慮する必要がある。

これまでの政府の食糧政策は、ほぼ米のみを対象とし、米の需給の量的調整が中心であった。政府に対しては、統計を整備して正しく状況を把握するとともに、米の需給調整を地域レベルでより細かく行い、イモ類やサゴ椰子澱粉などの伝統的な食糧にも目配せをした総合的な食糧政策への転換が求められてこよう。そして、国際市場での量が限られた米の輸入は、こうした国内対応でも困難な緊急時にやむなく実施するという体制作りが必要だろう。それは決して貿易自由化に反することでなく、国内での食糧安保の観点から当然行うべき政策であると考える。