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海外研究員レポート

最近のインドネシアの環境問題

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050032

作本 直行

2006年10月

最近のインドネシアは、これまでの度重なる地震や津波、地滑りといった被害だけでなく、自然のしっぺ返しとも呼べるような多くの環境災害を受けている。鳥インフルエンザによる世界最大の死者数を発生させており、最近H5NI型ウイルスによる55人目の死者を発生させ、その後もジャカルタ近郊でさらに2名が入院したと報道されている(本年10月18日現在)。インドネシア政府は援助機関などに支援を求めているが、発生後これまで3年間の防除対策は後手後手だったとの批判もあり、被害はさらに増える傾向にある。新聞にはインフルエンザで死んだ鶏を素手で抱え、ポーズをとるインドネシア人の写真が大きく報道されることもあったが、最近ではようやくインフルエンザのウイルス名も迅速に報道されることになり、10月に入ってから、UNICEFと日本政府によるテレビ広告で、死んだ鶏を一般の人が素手で掴もうとするのを諌める場面を紹介したり、新聞で、死んだ鶏だけでなく、健康な鶏さえも感染源になリ得ることを周知させたり、熱をよく通した料理方法や手洗いの励行を薦めたり、鳥インフルエンザの兆候が見られた場合の病院での早期診療などの啓蒙活動が行なわれている。

また、ジャカルタ市では、都市ゴミの処理が大きな問題となっている。これまで民間事業者に委託し、ブカシ市のバンタール・グルバン廃棄物処分場でその大半を処理してきたが、9月9日にゴミ山が崩れ、ゴミを拾っていたスカベンジャーが3名死亡した。50名ほどの労働者が現場付近にいたと証言されているが、ゴミ山崩壊後の2‐3日後に、不明者の捜索は打ち切られた(その後再開されたとの報道もある)。本員も8月中旬に現地を見学し、これを8月末の公信(本No.5/8月分)で報告したが、衛生埋め立て方式であるとされているものの、その処分状況はまさにゴミの放置状態にすぎず、ゴミ山の高さも明らかに尋常でなく15メートルを超え、道路周辺にはゴミが散らかり、散乱したゴミにはハエが真っ黒にたかり、不衛生、悪臭の点で周辺住民への環境配慮がまったく行なわれていない状態にあった。

インドネシアでのゴミ処分では、いわゆるB3と呼ばれる有害廃棄物(有害・有毒・危険な廃棄物の略語)を除く、有機物、ガラス類、事務所の一般ゴミ、リサイクル・ゴミのすべてが合わせて排出されてしまう。また、貨物検査が不十分であれば、有害廃棄物の混入も十分ありえるであろう。一日当たり6000トンと見積もられているゴミの大半は野菜ゴミなどの有機ゴミであり、コンポストの利用といった啓蒙活動も行なわれているが、ゴミ処理の対策形成が不十分である。新聞やプラスチックの回収も若干行なわれ、リサイクルに供されてはいるが、その割合は小さい。各家庭からのゴミの分別回収も行なわれておらず、身近な生活面での環境意識も容易に育たない状態にある。処分場を一見したところ、廃棄物処分場では数日に一回ゴミの隙間に砂を散布する義務さえも履行されておらず、廃棄物処理工程の要部分であるリーチェットと呼ばれる廃棄物からの漏出水を処理する作業工程さえも、まったく作動してないようであった。むしろ、足元にはゴミから排出される真黒な浸出水が水溜りとなっ た状態が見られた。土壌と地下水への汚染影響、悪臭・騒音・ハエ・ネズミなどによる周辺住民への健康・衛生問題が最も懸念される。前回の公信での報告の10日後に、今回のような大事件が発生し、その後も新聞ではしばらくの間、ゴミ問題が盛んに議論されていた。2004年段階でこの処分場ではゴミの処分容量は限界に達していると言われており、タンゲランでの別の処分場の設置も検討されていたものの、ゴミ問題をめぐる住民との衝突がしばしば繰り返されてきた。今回のような人身事故の発生はある程度予想できた人災であったといっても過言でないであろう。

さらに、最近、バンドン市のある繊維メーカーの汚水処理システムと、西ジャワ州環境局(BPLHD)を訪問する機会を得た。この地域での公害防止対策事業と公害防止管理者制度の導入に関し、ジャカルタ・ジェトロ・センターはこれまで重点的な地域として、継続的な支援を行なってきた。この会社は日本側の主な出資で 1970年に合弁企業として創立されたものの、 本社が倒産したことにより、現地化されてしまった(現在の株式は、華僑が約80%、残り20%をインドネシアの国営企業が保有)。ただし、技術支援のために、元本社からの日本人技師を1名、継続雇用している。一般的に、繊維関連の企業は、大量の水を消費するとされている。本会社の取水源でもあり、工場の裏手を流れるチタルム川支流の水面は、乾期ということもあるが、黒紫色に汚染され、午後の陽ざしを受けて、黒色の光沢を放っていた。この会社は、汚染された川の水を汲み上げてまず数日かけて浄化し、水を軟水化させた後で本来の利用にあてている。使用後には、使用前の自然水の基準以上に浄化したうえで、PH調整を行ない、元の川に戻している。この辺りに、繊維会社が集中しているとはいえ、この川の上流には紙関連と繊維関連の各一社があるだけとのことである。この付近では、井戸からの取水が既に禁止され、竹葺作りの質素な家に暮らす周辺住民は、この汚れた河川水を生活用水に充てる他はないとの話しであった。

バンドン市全体で見ても、井戸水で生活の用を足す者は多い。バンドン市は水が豊富なため、繊維、皮革、飲み水の業者など、大小さまざまな業種が集中してきている。この技師の話では、バンドン市の日系大手5社の中の3社がほぼ撤退状態にあり、繊維業は将来性の乏しい投資分野として位置づけられているとのことであった。ただし、中には、繊維といっても、衣類でなく、車のシート類を製造する好景気の会社も含まれているので、すべてが撤退しないですんでいるとのことである。さらに、この技師は、インフレによる労賃の高騰、エネルギー価格の急上昇(昨年、電気料金の価格が80%引き上げられたが、この会社は石炭ボイラーへの切り替えで何とか急場を凌いだ)、さらに利用できる自然水の汚染があり、投資の3好条件はすべて崩れ去ってしまったと述べていた。しかも、このような企業投資は、地元住民の生活の拠り所である環境までも最終的に破壊してしまった、これを放置したままで企業が撤退してしまうといったモラルの低さでよいものかと、述懐されていた。既に定年後の技師なので、余生に関連企業や西ジャワ州などの協力を得て、住民が元の生活環境を取り戻せる方策を模索したいと述べていたが、実際にはどうしてよいか途方に暮れている状態とも漏らしておられた。

その後、西ジャワ州環境局長に出会い、このような状態をもたらした背景と解決策について議論した。局長は、法の執行(エンフォースメント)の問題を最初に提起され、分権化に より弱ってしまった州の行政権限と予算不足の問題を指摘された。2004年の分権化法の見直 し(1999年の地方分権化法の改正)により、州は県境の環境問題だけでなく、県・市への監督 権限を若干強化できることになった。しかし、地方自治を認められている県や市には、零細企業ばかりが集中しており、環境意識の低い企業を目前に、予算の確保も法の執行もままならぬと不満を述べていた。雑談の中で、当方からも次の提案を行なった。①他国でも成功しているので、河川水の浄化に役立つ葦(よし)を植える可能性を検討してみること、②現行の河川浄化のプロカシ・プログラムだけでなく、汚染賦課金制(チャージ制)を見直すことにより、汚染寄与率に基づく方法で、中小企業からも財源徴収を実施すること、③住民参加型の浄化システムの採用とゴミの分別制度導入開始を検討すること、④チタルム川水域一帯を広域型汚染対象優先地域として国法で指定し、国が首都圏ジャカルタの水源確保の点からも西ジャワ州と協力して浄化行政を行い、国費から捻出できるようにすること(わが国が行なっている閉鎖性海域である東京湾浄化の国家プロジェクトや琵琶湖浄化の事例)など、である。さらに、東ジャワ・シドアルジョでのラピンド社による泥の湧出問題があり、住民や周辺企業等への被害が、新聞などで連日報道されている。今年の5月29日にガス採掘ガス現場で、地中の泥を大量に排出させてしまい、行政側の対応が数カ月も遅れたことに大きな問題がある。周辺の4平方キロメートルが泥で覆われ、高速道路や鉄道に影響を与え、1万3千人以上の近隣住民の生活に影響が及び、噴出量は毎日13万立法メートルに達するとされている。近隣の工場で働いていた失職労働者3000名に対する雇用先の斡旋、排出される泥の有害性の有無、住民への見舞金の支払、刑事・民事両面でのラピンド社訴追の可能性などが議論されている。しかし、政府は住民に対する強硬姿勢も示しており、自宅や職場を失って、反対運動を行う者に対して、発砲も辞さないと報道している。地中からの泥の排出について、外国人技師の調査によると、イエローストーン国立公園などに見られる泥火山(mud volcano)と呼ばれるものであり、掘削作業に伴う事故であるものの、これを食い止める手立てはないとの報道も行われている。政府は、海中への直接の泥排出を禁止したが、ポロン川への泥の排出を容認したため、海老の養殖場が被害を受け、さらに海洋汚染も起こり始めている。現段階で、将来の解決目処はまったく立っていない。

上記以外にも、スラベシ島のミナハサではニューモント社、パプアではフリーポート社がそれぞれ大規模な鉱害問題を引き起こしており、フリーポート社の裁判は長期係争中である。また、インドネシア各地での金採掘にあたっては、水銀による水俣病が発生している。さらに、スマトラ島などでは、商業用プランテーション用地を拡張するため、簡便な付け火を行い、これがヘーズ(煙霧)問題として騒がれている。スマトラのジャンビ空港では、視界が50‐100メートルに遮られたため、空港閉鎖が行なわれ、その他の空港でも便のキャンセルや到着遅れが相次いでいる。近隣のシンガポール、タイ、マレーシア諸国にも、越境被害を与えており、ユドヨノ大統領も謝罪している。アセアン諸国からこれまでも度重なる警告を受け、ヘーズに関するアセアンの地域条約まで締結したにもかかわらず、国際環境紛争の火種が再燃しつつある。いずれにせよ、企業側の環境意識の低さ、行政側のガバナンス能力の欠如と怠慢、財源不足、法の執行の弱さが、これら一連の問題を引き起こしている。