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海外研究員レポート

中部ジャワ地震被災後の課題

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050048

作本 直行

2006年6月

5月27日、中部ジャワのジョクジャカルタを中心に襲った地震は、2004年のアチェ地震に引き続き甚大な被害をもたらした。地震後に議論されている内容について、現地情勢を報告する。今回の地震は、インド洋沖38キロで発生し、震度は5.9であり.およそ5800人の死者と数万人の負傷者、約20万戸の家屋の損壊をもたらした。津波による被害こそなかったものの、バンツール県が最も大きな被害を受け、多数の人が家族や家などの生活基盤を失い、十分な生活支援も受けられない状態にある。道路等のインフラ施設の崩壊、ホテルの倒壊と観光収入の減少、プランバナン寺院やゴロ・モスク、バヤットやクラテンの旧墓石などの歴史的文化財の破損などが生じている。

すでに、地震発生から 2 週間が経過しており、地震の惨状は日本でも報道されていると考えられるので、今回の地震で議論となった点を中心にいくつか紹介することにしたい。

第一は、日本からの医療救援隊も29日からの10日間に延べ1,211人の医療支援活動を終えて、6月9日に撤退した。今回の初期段階の医療支援に、外国チームが果たした役割は、迅速かつ効果的であり、その貢献の度合いは大きかった。6月1日付けのジャカルタ・ポスト紙では、医療救援者のそれぞれの数を、アメリカ 135人、シンガポール97人、マレーシア76人、日本69人、タイ50人、仏46人、イラン42人、UAE39人、豪27人、フィリピン20人、韓国19人、台湾5人、スイス2人、UNICEF17人、アチェ・モニタリング・ミッション(AMM)4人と、公表している。また、6日付けのコンパス紙は、6月5日にキューバが、3カ月間の予定で、135人の医師団と60tの薬品と器材を24台のトラックで、ジャカルタから到着し、さらにメキシコも同日20日間滞在の予定で9人(後続がさらに4人)が到着したと報道している。

しかし、スルタンのハーメン・クブオノ10世(ジョクジャカルタ知事)とユスフ・カラ副大統領から、医療救援は既に十分なので、海外からの支援は5日間で撤退するようにとの指 示が6月上旬に入って出されたことがある。副大統領が海外からの支援が必要だと述べた3日後のことである。発言の不用意さに対して、多くの疑義が出されたものの、後にむしろ建設や都市復興に支援を期待したいとの趣旨であるとの釈明が行なわれた。前回のアチェ地震の場合にも、先進国側のスパイ活動やキリスト教への改宗活動があったため、海外からの支援の打ち切りを発表したことがあるが、今回これらは特に問題になっていない。これは、外国からの折角の支援活動に対して、ジャワ文化の美徳にも反する行為だとの厳しい批判が、ジャカルタ・ポスト紙の6月7日付けのヘッドライン記事に掲載されていた。

第二は、今回の災害で、多くの基礎データの不備と把握方法の甘さが指摘されている点である。正確な被害データの把握ができていないことである。メデイアによって被害者の数が大きく異なっている。6月9日付けの邦字紙ジャカルタ新聞によると、国家災害対策調整庁が、負傷者37,924人、死者数を約500人減らして5,722人と修正している。さらに倒壊した 家屋の数も正確に把握できていない点がある。6月7日付けのKOMPAS紙では、ジョクジャカルタの地方開発計画庁(BAPEDA)は災害対策本部(SATKORLAK)が計算した家屋数を単純に述べてきたとしているが、216,734戸が207,323戸に訂正され、9,411戸の訂正が見られたと報道する。他のデータでは、15万戸といった数字もある。ただし、家屋の建築状態を、強固な家、中間的強度の家、質素な家と区別していることにも、積算に困難を与えている原因があるものと考えられる。このようなデータの曖昧さは、さらに見舞金の給付にも影響を与えている。

7月初旬に向けて被害者に見舞金が配られる予定であるが、被害者への見舞金給付でも、政府の発表に混乱が見られた。既に現場では、5月29日から、一日食費3,000Rp、米10kg、衣服10万Rpとの基準に基づき、給付を実施していたが、6月8日には、副大統領の発言で、給付の基準が変更され、食事と米のみ(自宅全壊者)となり、被害者から抗議を受けることになった。副大統領は、家の崩壊が激しい人々に対し、衣類と食器を買う金に困るだろうから、20万Rp(約2,500円)を支給すると述べたものである。その後、アブリザル・バクリー国民福祉調整大臣から発表された支給条件は、住宅建設を政府の予算と援助で賄う、さらに823,841人の著しい家屋の損壊者に対し3カ月分の生活費、705,878人の家屋の損壊程度の小さい者に対し1カ月分の生活費、5,800人の死者については、その相続人を確定してから、 200万Rp(約2万5千円)を支給するというものであった。同調整大臣は、見舞に係わる予算額を1.75兆Rpの予定額から3倍の5兆Rp(5.3億ドル) に増額し、3.5兆 Rp(3.7億ドル)の予算とともに、1.5兆Rpを寄付金から支出すると述べた。ただし、これまでの寄付金額は 250万ドルにすぎないとも報道されており、追加で 1~1.5億ドルを集めたい、さらに不足ならば40年間のソフト・ローンを組むとさえ述べている。

第三は、政府の災害時の危機対応の問題であり、官僚的で機動的でないことが指摘されている。雑誌コンパス(6月13-18日)によると、副大統領は、5月31日、支援物資が現地に届かないことに対し、ジョクジャカルタと中部ジャワの政府機関の対応が遅い(lamban)、問題は官僚主義にあると批判した。地方政府は支援物資を提供するのに慎重すぎる、被害者に届かないためというのは厳格すぎる、被害が拡大しないように現場での決定を早めるべきだと述べている。また、ハーメン・クブオノ10世も、「様々な支援が届いたにもかかわらず、 最終的には官僚の流れが切れていた」と述べている。また、同雑誌が5月31日から6月7日にかけて行なったアンケート結果によっても、97.08%(3,158人)がその遅さに同意している。また、同誌では、アチェやニアス等での最近の地震から何も学び取っていないとの一般の意見も掲載している。さらに、大統領が地震発生直後に軍に緊急支援の直接指揮をとらなかったとの批判もある。

医療救援活動は終わったものの、テレビ報道では、まだ家の瓦礫は山積しており、手作業でレンガを取り除く人々や、仮設のテントで暮らす人々の生活が放映され、義捐金を募るテレビでのテロップや町中にも「ジョクジャが可哀想」(Sayangi Jogyakarta)の横断幕があちらこちらに見られる。これからの重点は、被害を受けた人々の生活確保、第二次的な医療支援を必要とする人々への支援、道路や建物の復興建設に大きな関心が向けられており、お およそ初期段階の混乱は一応通りすぎた段階にある。教育の場の確保や家族を失ったりした人々への精神的な介護も必要であり、新しい都市計画つくり、さらに堅固な住宅作りの技術普及も必要とされている。しかし、まだ余震も生じており、住民の不安は高まりつつある。さらに、追い討ちをかけるかのように、ジョクジャカルタ市からも近いメラピ山(2,947m) がその噴火活動の激しさを増しつつあり、火砕流を既に噴出させ、火山灰の降下によって、農業、交通、市民生活に影響を与えつつある。既に死者も報道されており、周辺の9,777人の村人が強制退去し、22人が避難テントに仮泊している。

なお、現地の日系企業などは、被害者に救援活動を行ったり、現地に家族を持つ従業員には交通手段を用意して有給休暇を与えたり、救援物資を迅速かつ確実に現地に届かせるための工夫を講じるなど、積極的な救済活動を行なっている。また、日本からの救援医療チームには、医療の質が高いとの評判が挙がり、長い患者の列ができたとも報道されている。ただし、今回、筆者にとって最も印象深かったのは、日本に留学中のインドネシア人学生イェシー・アルベリナ氏(東京水産科学技術大学)が、6月6日付けのコンパス誌に投書し、日本の淡路地震での経験と政府の対応を詳細に報告していたことであり、教育研究の重要さを改めて認識したことである。