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海外研究員レポート

シンガポールのスポーツ事情

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050052

鮎澤 良史

2006年5月

はじめに

シンガポールのスポーツに対するイメージとしては、ゴルフか競馬くらいであり、サッカーファンならばアルビレックス新潟がALBILEX Singapore1としてプロサッカーリーグ(Sリーグ)に参戦していることを知っている程度でしょうか。

シンガポールの競技レベルはASEAN内では高い水準にありますが、世界レベルとなるとほとんど無名です。シンガポールの世界ランクが高い競技としては女子卓球(6位)がありますが、4月に開催された卓球世界選手権では世界4位のリー・ジャウェイ選手が福原選手に撃破されるなど苦戦しました。

一方、シンガポールのスポーツ参加率は非常に高く、日本と比べて運動する人をよく見かけますが、全国民の 25%が週3回以上運動をしているというデータがあります。これを支えているのが、国内各所に整備されているスポーツ複合施設であり、これらの施設には各種の専門家が配属されているので体力及び競技力の向上もが可能です。

シンガポールでのスポーツ当局は、Singapore Sports Council(SSC)2ですが、常に競技力向上や普及促進、国際地位の向上等を目指して効果的な政策を進めています。

競技力

東南アジアの人々は平均的には日本人よりも一回り小さく、従ってバドミントンや卓球等の技術の比重が高い競技を強化する傾向があります。アテネオリンピックでは、先述の女子卓球のリー選手が最高位の準決勝進出であり、男子はバドミントンのスシロー選手がメダルまであと一歩でした。また、周囲を海に囲まれた国であることから伝統的に水泳やヨットが盛んであり、メダルには届かないものの入賞レベルの選手が数名います。

世界中で最も普及しており、かつ人気のある競技はサッカーですが、シンガポールでもサッカーは最も人気のあるスポーツです。FIFA rankingは92位 (執筆時点)と世界の平均に留まっていますが、日本とは今回のW杯1次予選で対戦した際にはホーム、アウェーとも1点差で敗れはしたものの、相当日本を苦しめる実力があります。昨年開催された東南アジア選手権(タイガー杯)ではその力を発揮して優勝し、国を挙げて祝いました。

このようにサッカー競技力の向上に一役買ったのがSリーグですが、1996年に日本のJリーグを参考にし、2010年のW杯出場を果たすため(この目標は現在取り下げられた模様)、設立されましたSリーグはチーム構成が他国のリーグと異なり、例えば軍のチーム(Singapore Armed Forces)があったり、U-23のナショナルチーム(Young Lions)がそのままリーグに参加したり、アルビレックス・シンガポールのように外国リーグ所属のチーム(しかも全選手日本人)が参加したりしています。アルビレックス・シンガポールは、Jリーグで出場機会に恵まれなかった選手達が、J1での出場を狙いながらシンガポールで試合を重ねていますが、Jリーグ出身の選手を中心に構成されているからといってSリーグで簡単に勝てるほど甘いものでもなく、執筆時点での首位は Young Lions であり、アルビレックス・シンガポールは中位の6位に位置しています。

上記ではサッカーの例を挙げましたが、いずれの競技でも群を抜いた運営能力と経済力等によってASEANレベルでは屈指の競技力を誇っています。但し、その上のアジアレベルや世界レベルとなると体型や人口のハンディが重くのしかかり、(あと1勝というところまで来てはいるのですが)残念ながら世界選手権やオリンピックのメダルに届かないのが、シンガポールの競技力の現状です。

スポーツ放映と報道

サッカーが最も人気があることには変わらないのですが、実は自国のSリーグではなくて英国のEnglish Premier League(EPL)の方がより人気が高いです。バーでのTVは必ずと言っていいほど、EPLのゲーム(録画含む)が流れており、週末にはいわゆる4強(チェルシー、マンチェスター・ユナイテッド(MANU)、リバプール、アーセナル)を中心に5、6試合程度が放映されています。一方、Sリーグは週に1回、金曜日19時から生中継で放映はされているだけです。この他はスペインリーグのバルセロナやレアル・マドリードの試合が、イタリアリーグでは好カードのみがそれぞれ放映されています。

他に人気があるスポーツとしては、モータースポーツがあります。特にF1は人気が有り、予選も決勝も全て生中継されています。F1には、隣国マレーシアの石油会社であるペトロナスが参戦しているものの、人気があるのは強豪のフェラーリのシューマッハやルノーのアロンソ、もしくは宗主国であった英国のチーム&ドライバーであるBARホンダのバトンです。

また、東南アジアはバイクが非常に普及していることからMotoGP(バイクの世界選手権)も全日程が生中継されていますが、ここでも最も人気があるのは昨年まで5連覇を果たしているヤマハのロッシであり、実際街中でもヤマハのスポーツタイプのバイク(とステッカー)を多く見かけます。

シンガポールには日本のスポーツ新聞のようなものはなく、一般紙の最終面と1枚明けた見開きがスポーツ欄です。スポーツ欄が一番盛り上がるのは月曜日の朝刊ですが、紙面の半分以上がEPLの結果及び分析であり、それに続いてF1、MotoGP、次いで他国の主要なスポーツ結果が報道される場合が多いです。

大半の国では自国のサッカーの代表チームの公式戦については大量の記事が掲載されますが、シンガポールの場合には敗退時にはほとんど報道されませんでした。一例として、サッカーW杯の1次予選での日本との対決を例に挙げますが、結果的には0-1で敗れたものの、非常に好勝負を演じました。が、翌日の報道は隅っこに、しかも主語がシンガポールではなく「日本が1-0で勝った」だけで、結果分析はもちろん試合経過すらもありませんでした。反対にタイガー杯で優勝した際には、翌日からはゴールシーンや優勝記念撮影のでかいカラー写真をはじめとして、しばらくは様々な関連記事が掲載されていました。

良いことはここぞとばかりに自慢をし、悪いことは可能な限り何もなかったかのように振舞うというシンガポールのお国柄を反映していますが、日本ともヨーロッパとも違うサッカー報道を見ると、これも一つの比較文化論として成立しうるかと思います。

賭け

スポーツに賭けが加わると非常に楽しめます。これはシンガポール人とて例外でなく、主要な公営ギャンブルとしてサッカーくじと競馬があります。

サッカーくじは、自国のSリーグを対象にしたもの以外にも、人気のEPLを対象にしたものや季節柄W杯を対象にしたものありますが、なんと今回のキリン杯も対象になっています。賭け方も多様で、そのゲームの結果だけを対象にしたくじ(1×2)や試合のスコア(Pick the Score)、合計得点を対象にしたくじ(Total Goals)、シーズンの優勝チームを対象にしたくじ(Champion)等多数あって、様々な切り口から楽しむことが可能です。運営主体は Singapore Pools3という団体が行っており、サッカーくじ以外にもLotteryというナンバーズのような普通のくじも販売しております。また、収益の一部を青少年育成他に助成しています。

競馬はSingapore Turf Club(STC)4という組織が運営していますが、国際的に有名なシンガポール航空杯をはじめとして、12月を除いた月に2、3回程度のレースを開催しています。馬券の種類も日本と比較して色々なものがあり、4連単(Quartet)や複数のレースを対象にした(Multiple)のような馬券もあります。また、サッカーくじ同様に国際的なレースを対象にした馬券の購入が可能なので、「仮にディープインパクトがジャパンカップに出走するならば、(シンガポールではほとんど無名なので)日本よりも高いオッズで購入可能」と新たな投資手法?を示された方がいました。

海外のイベントもくじの対象にする理由はごく単純に収益あげるためですが、シンガポール流のプラグマティズムが上手反映されていると言えます。

スポーツ参加

赤道直下(正確には北緯1度)のシンガポールですが、夕方には多少涼しくなり、18時くらい にから路上でジョギングをするやジムでトレーニングを行う人々を見かけるようになります。はじめにも書きましたが、2005年の全国スポーツ参加調査(National Sports Participation Survey, NSPS)5によると、週3回以上運動する人間が人口の4分の1であり、更に週1回以上運動する人間は人口の半分に達しているとのことです。また、全ての年齢層において運動参加率は高まっており、取り組んでいるスポーツとしては上からジョギング、水泳、ウォーキングの順番になっておりますが、特に女性の間でヨガの人気の高まりが目立つとのことです。男性、特に青少年の間はサッカーに人気があります。

このようにトレーニングしている人々のなかには、12月に開催されるシンガポールマラソンに参加する人もおり、大会日が近づくにつれてトレーニングを行う人の数は増えていきます。このマラソン大会の参加者はおよそ2万人弱ですが、青梅マラソンの参加者が通常1万5千人であることを考えると非常に大規模なレースであることがわかるかと思います。また、シンガポールの人口がわずか400万人強であることから、この参加率が非常に高いことがわかるかと思います。

このように健康意識の高いためか、平均寿命もほぼ日本と同じ程度の長寿を誇っています。言うまでもないことですが健康こそが最も重要であり、またそれを強く認識しているからこそトレーニングが行われているのですが、一方でシンガポールの診療費は安価ではないことも理由の一つとして挙げてみたいと思います。

行政の取組み

はじめに記したように、シンガポールのスポーツ振興はSingapore Sports Council(SSC)によって行われています。 ビジョンが“A Sporting Singapore! Our Way of Life”、ミッションは “We develop sports champions and create enjoyable sporting experiences for Singapore.”ですが、具体的には、①Sports for All(国民のスポーツ参加促進)、②Sports Excellence(競技力の向上)、③Sports Industry(スポーツ産業の育成) の 3つの分野が掲げられています。更にコア・バリューとして ①Service Excellence (国民の期待に応えるサービス)、②Passion(最善義務)、③Can-do Spirit(意欲的であること)、④Integrity(高潔性)、⑤Teamwork(ビジョン実現への協力)の 5つが挙げられ、非常に明確な目標を持って運営されています。

最初のミッションである国民のスポーツ参加促進ですが、生涯スポーツを普及するために国が年代に応じたスポーツメニューを提示しています。そして、このメニューに対応した運動が行える施設(Sports Complex)を設置し、各施設によって可能な運動と予約状況がウェブ上で一覧できます。また、普及活動も極めて具体的であり、ウェブ上での提供は当然ですが、利用の多いバス停他の公共広告を通じ、最も望ましい運動の目安を提示(30分以上の運動を週に5回と相当ハードですが)するなど、折に触れて具体的な運動量を示しています。シンガポール当局の方針として、運動に必要なプラットホームとして、①健康のために必要な運動知識及びメニュー、②それらを実施するための設備、③これらが最大限活用されるための利便性の向上、の3つを意図しており、その成果が前述のような運動参加率に顕著に現れています。

2番目のミッションである国際競技力向上ですが、アジアでトップ10以内のスポーツ国となるため、Sports Excellence 21(SPEX21)という行動計画を掲げています。選抜選手の強化プログラムの策定や国を挙げてのトレーニングの支援、指導者のレベルアップは当然ですが、経済的な支援についても報奨金だけではなく、金融支援や進学保証まであり、旧共産国家ほどではないにせよ相当手厚い支援を行っています。昨年はシンガポール独立40周年だったのですが、タイガー杯のメンバーやリー選手等の映像は記念イベントでは必ず用いられており、相当の名誉が国から与えられます(端的に言えば、政治によるスポーツの利用です)。他に特に公表はしていませんが、ビジネスやアカデミズムの分野で世界中から人材のスカウティングを行っている国であるので、スポーツ分野においても積極的に外国の優秀な選手を帰化させています。

最後のミッションであるスポーツ分野の向上ですが、昨年はIOC総会を誘致し、2012年夏季のロンドン五輪の開催決定を通じてスポーツ界にシンガポールをアピールしました(翌日にはロンドン同時爆発テロが勃発しましたが)。また、競馬のシンガポール航空杯やゴルフのCaltex Singapore Masters、ラグビーのStandard Chartered Singapore Sevensを開催するなど、絶えず世界にアピールを続けています。大会を見てのとおりシンガポールでは各種のスポーツ大会に冠スポンサーを用いることが普通であり、これによってスポーツ分野への資金供給の一環となっています。これもスポーツ人口が増加しているからこそスポーツ関係の需要が存在し、従ってスポンサーも必要な出資をするという構造が確立されています。日常生活でも一つのショッピングモールに複数のスポーツ用品店を見かけますし、日常用いられるフィットネス関連では地元のブランドが定着していることから、産業育成の観点からも政策の効果が表れています。

ここではシンガポール当局の取組みを簡単に書いてきましたが、シンガポールと比較すると、日本の当局の方針はわかりにくい印象があります。文部科学省のホームページにも当然スポーツの項目6がありますが、SSC のホームページと比較した場合、審議会の資料そのままで総花的なことが一目瞭然であり、何を言いたいのかがわかりにくくなっています。また、このサイトにはスポーツ振興くじ(TOTO)の項目があったのでこれにも触れると、シンガポールがJリーグを参考にしたのだから、同様に日本が Singapore Pools も参考にすることも悪くはないと思います。

終わりに
シンガポールはスポーツ界では目立ちにくい存在でありますが、それでもシンガポール国民もスポーツを楽しんでいますし、少ない人口や恵まれていない体格をいうハンディがありながらも、当局は様々な工夫をしています。国の規模や環境が異なっても「スポーツ人気は万国共通」と今更ながら実感しております。

脚注