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海外研究員レポート

スタンフォード大学における比較政治学研究

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050056

川中 豪

2006年4月

おそらくアメリカの他の大学でも同様であると思われるが、スタンフォード大学においても学内外の研究者をスピーカーとするセミナーが盛んに開かれている。こうしたセミナーは各学部や研究センターが主催するもので、ほとんどがシリーズ化されている。政治学関連について見ると、政治学部が行う「比較政治学ワークショップ」、「統計モデリング・ワークショップ」、「国際関係ワークショップ」、ビジネススクールが主催 する「政治経済学セミナー」などがそれぞれほぼ毎週行われている。また、ショレンスタイン・アジア太平洋研究センターや、民主主義・開発・法の支配センター、国際安全保障・協力センター、国際開発センター、ラテンアメリカ研究センターなどもセミナーを多数開催し、そこでは政治学関係の報告も多い。その頻度を考えると、すべてのセミナーに参加することは物理的に不可能である。筆者は、このなかで、受け入れ機関であるショレンスタイン・アジア太平洋研究センターの特に東南アジア研究フォーラムのセミナーと、政治学部の比較政治学ワークショップに出席することにしている。今回は特に後者の比較政治学ワークショップについて紹介したい。

比較政治学ワークショップは、毎週月曜日の夕方4時過ぎから政治学部のグラハム・ストュアート・ラウンジで開催される。出席者の人数は週によってばらつきがあり、少ないときは8~10人、多いときには20人を超える。学内関係者には広く開放されているワークショップであるが、実際は政治学部以外の参加者が出席することはあまりなく、政治学部の比較政治学専攻の教員と大学院生がほとんどである。政治学部関係者以外は筆者だけ、というのが通常の風景となっている。デイビッド・レイティン、ジェームス・フェアロンといった有名教員もよく出席している。

報告者のペーパーは前の週の木曜日までに比較政治学ワークショップのウェブサイトに掲載されることになっている。参加者はそれを読むのが前提となっており、それゆえ、報告は30分程度、要旨の説明だけですまされることが多い。あとはコメンテーターのコメント、そして参加者からの質疑となる。参加者がほぼみなスタンフォードの政治学部関係者であるため、問題意識の共通性が強く感じられる。議論があちらこちらに飛び跳ねるということがあまりなく、いくつかの重要なポイントを異なる方向から攻めていく、という感じだ。また、ペーパーが事前に用意されているので、あまり細かな前提を確認する必要がなく、直接、本題の議論に入っていくので、質疑の密度が濃い。基本的には、(1)理論の組み立てに矛盾がないか、(2)報告者の提示した理論以外の説明の可能性がないか、(3)理論を証明する方法として提示された実証が適切か、(4)実証の方法に技術的な問題がないか、などが議論のポイントとなっているように思われる。

報告者は学外の比較政治学者か、学内の博士候補生がつとめる。2005年秋学期、2006年冬学期を通じて計18回、ワークショップが開催されたが、そのうち、10人が学外の比較政治学者、8人がスタンフォードの博士候補生の報告であった。 報告の内容は多様だが、いくつかのポイントについて特徴を整理すると以下のようになる。

(1)研究対象の国の数

一国を対象としたものと、複数国を対象としたものに分けることができるが、一国を対象としたものは18回中 7回、複数国を対象としたものは11回だった。2カ国の比較を想定してそのうちの1カ国を報告の対象としたものは2回あったものの、2カ国の比較を正面から取り上げたものはなかった。

(2)研究対象の国の地域とタイプ

地域が特に限定された報告では、東アジアが3回、東南アジアが1回、中東が3回(うち2回は同じ報告者のもの)、アフリカが1回、ラテンアメリカが4回、そしてヨーロッパが1回であった。質疑のなかでラテンアメリカが引き合いに出される場合も多く、ラテンアメリカへの関心の高さがうかがえる。また、発展途上国と先進国という分類で考えた場合、途上国のみを対象にしたものが11回、先進国のみを対象としたものが3回、途上国、先進国とも対象にしたものが4回となっている。発展途上国への傾斜が顕著に現れている。

(3)理論・方法

理論については、基本的にすべて合理的選択論を前提として理論を組み立てていると考えてよい。歴史的制度論はひとつもなかった。ただ、理論の組み立てに関してゲーム理論などを明確に想定し、数式を立てて行うフォーマル理論の報告は意外に少なく、2つしかなかった。参照する理論にフォーマル理論が含まれることもあったが、各報告自体の理論については言葉を使って論理を組み立てていくのがほとんどであった。この点は、すくなくとも現時点においては、アメリカ政治研究と比較政治学とが大きく異なるところだろう。

一方、組み立てた理論を実証するにあたって用いられた方法は、その多くが定量的な分析であった。簡単にいってしまえば全部回帰分析である。計量の方法を使ったものが14回、計量の方法を使わなかったのが4回となっている。計量の手法が使われていないもののうち、将来的に計量によって分析したいとする博士候補生の中間報告的な研究が3回あったので、結局、ほとんどが計量の志向性を持つものであるといってよい。回帰分析の手法については、OLSで重回帰分析、という基本的なものから、ロジットやプロビット、順序プロビットなども使われ、さらにはヘックマンの2段階推定法など政治学者にとってはきわめて高度なモデルが用いられたものもあった。

(4)テーマ

テーマはバリエーションが多かったが、印象としては、新興民主主義国における民主主義制度の機能の問題、それと権威主義体制の生き残りの問題、この二つが強い関心をもたれているのではないかと感じた。ただ、これはたぶんに筆者の個人的な関心の影響もあるので客観的ではないかもしれない。他に印象に残っているのは、信仰と政治行動の関係、紛争の分析、経済と政治の関係、などである。

以上のような比較政治学ワークショップの特徴は、おそらく、スタンフォード大学政治学部の特色を鮮明に反映していると考えられる。外部の政治学者の報告にしても、その選択はスタンフォードの主催者が行うからだ。上の特徴のうち特に重要なのは2点だろう。ひとつは、理論の組み立て、ロジックの提示において、合理的選択論が前提とされることである。明示的にゲーム理論が使われた報告は少なかったが、しかし、実際に行われる議論のながれを見ていると、今後こうした傾向が強くなることは予想される。もうひとつは、回帰分析がなければ実証したことにならない、という共通した了解である。回帰分析についての訓練は徹底して行われているようで、それはあたかも「共通語」として共有されているかのようである。もう少し一般化していうと、定性分析ではなく、定量分析の重視である。対象が1カ国であろうが複数国であろうが、多くの観察(標本)をもとにデータセットを作ることが当然とみられているようである。ワークショップのなかで ある博士候補生が「自分の研究は現段階で定量的に計測するのが難しく、このままだと○○大学へ移らざるを得ないかもしれない」と言って会場が笑いにつつまれたが、実際のところ、それは単なる冗談ではないらしい。

合理的選択論で理論を作り、それを回帰分析で証明する。演繹的な、ある種パターン化された議論の進め方である。

こうした政治学部の傾向(合理的選択論と定量分析)に対して、各種の研究センターが主催するセミナーはより現実の動きを記述するものが多い。また、研究センターが主な所属先となっている政治学研究者のなかには、政治学部の特徴を「偏っている」と感じている人も少なからずいるようだ。ただ、現段階では、合理的選択論と定量分析がスタンフォードの比較政治学であると、少なくとも対外的には受け取られているようである。

表 スタンフォード大学比較政治学ワークショップ 2005~2006年(秋・冬学期)

報告者 研究対象国の数 研究対象地域(特定される場合) 研究対象国のタイプ 理論 方法
学外研究者 10 1カ国 7 東アジア 3 途上国 11 合理的選択論 18 定量 14
博士候補生 8 複数国 11 東南アジア 1 先進国 3 (フォーマル化) 2 定性 4
中東 3 双方 4
アフリカ 1
ラテンアメリカ 4
ヨーロッパ 1