IDEスクエア
海外研究員レポート
マルク州の現状について
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050058
道田 悦代
2006年4月
1999年、インドネシア、マルク州では民族・宗教紛争が起こり、これまで死者が9000人に達するとも言われている。以後、住民同士、住民と治安維持部隊などとの間で衝突が起きていたが、2004年に起こった衝突を最後に、最近は治安情勢が安定化に向かっている。この紛争により国内避難民(Internally Displaced People: IDP)となった人々は40万人と推計されており、この人々の帰還支援が緊急かつ重要な課題となっている。紛争前は、1つの村の中にキリスト教とイスラム教住民が共存しているところが多くあった。しかし、紛争時にキリスト教とイスラム教住民の間で衝突が起こったことから、それぞれの村で少数派の住民が住居を追われ、商店や公共施設などを占拠し生活をはじめた。その後、多くのIDPは政府により用意されたIDPキャンプに移り、2006年4月現在もまだ多くの住民がそこで生活している。マルク州政府は、IDPを5つのカテゴリーに分け、帰還を進めている。1.元の場所に帰りたいという希望をもっており、かつ周辺住民に受け入れられた IDP、2.元の場所に帰りたいが、周辺住民に受け入れられない IDP、3.元の場所に帰りたくない IDP、4.どこにも行きたくない IDP、5.他の州に居住するIDPである。紛争後、宗教の違う村に帰ることのできない人々(カテゴリー2、3)に、州政府は、宗教が同じ村を探し、そこにIDP用に新しい居住地区を提供している。紛争が収束した後も、多くの住民は、新しい土地で生活をはじめなければならず、決してもとの生活に戻ったわけではない。IDPが所得を得る機会を創出し、紛争後の生活再建のための支援が欠かせない。
一方、マルク州は、インドネシアのなかでも最も貧しい州のひとつであり、一人当たりGDPは、インドネシア平均の3分の1にも満たない(下表1参照)。アンボン市では、住宅が破壊されるなどの損失のほか、紛争前には盛んだった観光産業が大きな打撃を受け、関連企業が撤退、失業者が多く出るなど、紛争後経済状況は一層悪化した。経済成長率をみても、特に被害の大きかったアンボン市では2001年もマイナス成長となった(下表2参照)。このことから、マルク州政府や地方政府は、IDP支援と同時に経済復興に向けた取り組みを行っている。また、JICAなど2国間援助機関やUNDP、UNESCO、UNIDOなどの国際機関、そしてsave the childrenなどNGOが、政府と連携しながら復興支援を始めている。
マルク州の経済構造をみると、地域GDPの36%が農業(Agriculture, Livestock, Forestry and Fishery)、25%が商業(Trade, Hotel and Restaurant)と農水産業と商業が経済の6割を占め、工業は5%にも満たない。例えば、アンボンで、土地を持つ村人の生活は、農業以前の採集生活である。ドリアン、ランブータン、ジャンブなどの果実を森で採集し、それを市場で売る。そしてそのお金で、漁業や畜産を営む人々から魚や肉を買うというものである。果実を加工し保存する技術はほとんど使っていないため、その日々の生活は、森に依存して成り立っている。森には、様々な種類の果樹が生えており、一年を通じて何らかの果実が収穫できる。これは、人々が季節を問わず食料と生活の糧を手に入れることを可能にしている。また、森に生える様々な種類の樹木を観察すると、背の高いドリアンの木の下に中くらいの背のサゴヤシ、その下に低いサラックの木が生えるなど、植物がうまく共生している。この植生はDusun Systemと呼ばれており、村人にとっても自然にとっても持続可能なシステムとなっている。また、村の共有地から果実などを採取する際にはsasiと呼ばれる規制が用意されており、資源が持続的に利用するための知恵が生かされてきた。漁民が海の資源を利用する際にも同様にsasiがあり、それが適用されている。しかし、このような売買だけでは、人々の生活水準は向上してゆかない。sasiという知恵を使い、村人の生活の基盤をなしているDusun Systemを守りながら、そこから採取される原料にどのように付加価値をつけていくのかが、この地域で経済発展をすすめる上で、今後の課題となるであろう。
一方、土地を持たない村人達の選択は次のようなものである。村の共有地をsasiを守りながら利用する、土地を持つ人と一緒に働く、べチャ運転手やオジェック(バイク・タクシー) 運転手などサービス産業に従事する、商人または公務員として働く、などである。新しい土地に移ったIDPも、多くは土地なし層となっており、土地なし層への支援はIDPの支援をする上でも重要な課題である。例えば、これらの人々の受け皿の一つとなっている職業が、べチャの運転手である。しかし、観光客が減少したアンボン市内は、客を乗せていないべチャで溢れており、この労働力を吸収する新たな産業の発展が望まれる。
しかし、新たな産業創出への道のりは長い。購買力が低いマルク州で経済発展をすすめるには、海産物や果物などを加工し付加価値をつけたうえで、ジャワ島など州外や外国に市場を求めたい。州外の需要とニーズに答えるためには、魅力的な包装が必要となる。しかし、包装に必要な原材料は、ほぼすべてジャワ島からの輸入に頼らなければならないのが現状であり、コスト上昇の原因ともなっている。また食品加工などでは、衛生管理の導入が必要であるし、商品の標準化の課題も山積している。労働者の労働形態も、ジャワ島とは異なる。アンボンの人々は、日銭を稼ぎ、それを使い切ったのち再び働くことを好む人が多いという。州外から大量、かつ定期的に供給しなければならない注文が来た場合、零細家内産業を営む人々が協力し、大口需要に答えることができる仕組みが考えられるかどうかも、州の経済発展の鍵を握る要因であろう。
最後に、「現状」というタイトルからは離れるが、面白い史実があるので付け加えたい。マルク州は、希少な香辛料を求めてヨーロッパの商人が、あらゆる危険を侵して航海を重ねやって来た地である。16世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパでは、香辛料は金にも匹敵するほど高価なものであった。マルク州の中マルク県にあるバンダ諸島は、当時はナツメグの唯一の産地とされ、ここからナツメグをイギリスに持ち帰れば、何百倍もの値段で売ることができた。このバンダ諸島にあるルン島は、歴史にも名高い。1667年、英国が持つ小さなルン島と、オランダが持つ大きなマンハッタン島が交換されたのである。香辛料貿易を掌握しようとしたオランダにとって、 ルン島は当時それほど重要な土地であった。現在のマルク州とニューヨークが、比較のしようもないほど違いがあることを考えると、皮肉なものである。アンボンの市場でナツメグを手に入れたが、どうということもないその果実を巡って、歴史の大きな駆け引きが行われていたと考えると、感慨深いものがあった。
Table 1: Per Capita Income of Maluku Province and Regencies at Current Prices
Per Capita Income (Rupiah) | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 |
---|---|---|---|---|---|
Maluku Province | 2,046,609 | 2,193,752 | 2,472,252 | 2,573,539 | 2,763,019 |
1. Maluku Tenggara Barat | 1,883,859 | 2,102,333 | 2,446,306 | 2,528,756 | 2,712,778 |
2. Maluku Tenggara | 1,744,195 | 1,924,399 | 2,245,291 | 2,330,424 | 2,455,917 |
3. Aru | 1,622,899 | 1,802,359 | 2,169,624 | 2,267,520 | 2,384,076 |
4. Maluku Tengah | 1,155,249 | 1,273,759 | 1,451,278 | 1,489,996 | 1,597,990 |
5. Seram Bagian Barat | 1,397,620 | 1,545,337 | 1,712,299 | 1,788,595 | 1,934,939 |
6. Seram Bagian Timur | 1,385,167 | 1,545,345 | 1,519,203 | 1,560,171 | 1,681,201 |
7. Pulau Buru | 1,511,895 | 1,678,996 | 1,829,267 | 1,876,097 | 2,052,672 |
8. Kota Ambon | 4,847,350 | 4,865,188 | 5,321,847 | 5,599,625 | 6,021,242 |
Exchange Rate (US dollar) | 8,422 | 10,261 | 9,311 | 8,577 | 8,939 |
Indonesia | 6,752,000 | 8,081,000 | 8,828,000 | 9,572,000 | 10,642,000 |
Source: Regional Income and City Province of Maluku 2004, Badan Pusat Statistik Key Indicators 2005, Asian Development Bank
Table 2: Economic Growth Rate of Maluku Province and Regencies
Growth Rates of Regional Gross Domestic Product (million Rupiah) | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 |
---|---|---|---|---|
Maluku Province | -0.03 | 2.87 | 4.31 | 4.43 |
1. Maluku Tenggara Barat | 2.75 | 3.17 | 3.44 | 3.32 |
2. Maluku Tenggara | 2.55 | 3.72 | 4.09 | 4.01 |
3. Aru | 2.47 | 4.86 | 4.48 | 4.12 |
4. Maluku Tengah | 2.24 | 2.02 | 3.48 | 3.75 |
5. Seram Bagian Barat | 2.39 | 2.04 | 3.07 | 3.28 |
6. Seram Bagian Timur | 2.47 | 1.82 | 3.02 | 3.22 |
7. Pulau Buru | 1.69 | 0.97 | 2.58 | 3.10 |
8. Kota Ambon | -3.52 | 3.33 | 5.63 | 5.73 |
Indonesia | 3.8 | 4.4 | 4.9 | 5.1 |
Source: the same as in Table 1