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海外研究員レポート

モスクワにおける韓国語および中国語新聞

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050066

2006年2月

今回の海外調査での目標の一つとして、モスクワにいる韓国人・朝鮮人のコミュニティーあるいは中国人のコミュニティーを通じて朝鮮半島の情報を収集する、また、うまくいけば、かつて朝鮮民主主義人民共和国の経済建設にかかわった人々を見つけ出そうということを考えていた。しかし、1年間の調査ではそうしたコミュニティーに接触することができず、この目標は達成できなかった。

ただ、こうしたコミュニティーがモスクワに存在することは確認できる。日本の某食品メーカーの駐在員は食堂事情や台所事情の調査を兼ねて、とある住宅街の一角にあるこうしたコミュニティーに足を踏み入れたことがあると語っていた。惜しいことに本人もそれがどこにあったのか、場所がよくわからないとのことであった。それから、前の報告にあったとおり、イズマイロフ方面のアスト(АСТ)市場には中国人商人の店舗が固まっている場所とベトナム人商人の店舗が固まっている場所がある。また、クラスナヤ・レカ市場はベトナム人市場として地図に出ているほどである。

アスト市場では筆者は朝鮮語を耳にしたことがある。朝鮮半島北部のアクセントが強く、語彙も朝鮮半島北部から中国東北にかけての朝鮮語で使われるものが多かった。その人たちの多くはウズベキスタンなど中央アジアから来たようである。商っている品物はロシア人商人と変わらない衣類などであり、朝鮮半島の特色のあるものは見えなかった。筆者の感じる所ではこうした人々のコミュニティーに入り込むには、さらに1年くらいの時間が必要であるが、筆者は転任間近であり、モスクワでの調査期間内に入り込むのは無理である。

1990年代から進出の始まった韓国企業はこうした朝鮮人コミュニティーとの接触を深めようとしている。その試みが現れているのが韓国語(朝鮮語)広報紙の存在である。現在モスクワでは、韓国大使館が把握しているだけでも官民あわせて2000人ほどの駐在員がいる。韓国語広報紙は基本的にこれら駐在員とその家族がその主な読者である。一方、駐在員とその家族を含めて2000人ぐらいの規模を持つ日本人のほうにはそうした広報紙は存在しない。ここでは韓国語広報紙について紹介し、付属的に中国語広報紙についてもわかったことを述べよう。

1. 韓国語広報紙

韓国語広報紙で筆者が存在を確認できたのは以下の4 種類である。

(1)『キョレ新聞』

「キョレ」は同胞を意味する。2005年8月2日付けが通号820 号であることから、2003年に1号が出たと推定される。ホームページあり(www.koreans.ru)。

(2)『ウリ新聞』

「ウリ」は我々を意味する。2005年5月20日付けが通号295号であることから、2004年に1号が出たと推定される。表に定価が表示されている(1カ月300ルーブル、韓国の『東亜日報』とのセットだと1カ月40ドル)。ホームページなし。

(3)『在外同胞新聞』

月2回発行。本部はソウル市にあり、2003年4 月1 日に創刊されたとなっているが、モスクワでの発行は、2005年6月1~15日付けが9号であることから見て1号は2005年2月初めであったと推定される。ホームページあり(www.dongponews.net)。

(4)『毎日新報』

号数が記されておらず、日付のみのものであるため創刊時期を推定することができない。ホームページなし。これら韓国語広報紙に掲載されている記事は、『キョレ新聞』と『毎日新報』の場合は、大部分が韓国の通信社である「聨合通信」のものを転載したものである。この点、『在外同胞新聞』と『ウリ新聞』の場合は、通信社の記事ばかりに頼らず、独自の記事を掲載している。とくに『在外同胞新聞』はアメリカやオーストラリアなどの他の国の韓国語新聞との連絡を持っているようであり、そうした国の韓国人事情に関する記事が多い。そして、『在外同胞新聞』と『ウリ新聞』は、韓国での「在外同胞基本法」案を巡って韓国政府と対立した姿勢を見せている。一方、『キョレ新聞』も『毎日新報』もこの「在外同胞基本法」に関する記事を載せたことはほとんどない。

「在外同胞基本法」案は、韓国政府とくに外交通商部の支持を背景に与党議員より推進されているもので、 『在外同胞新聞』や『ウリ新聞』が問題にしているのは、この法案が在外韓国人子弟の本国での大学入学の機会を制限する部分があることである。これは、韓国人男子が兵役逃れのために海外に移住したとみなされる場合、その男子が帰国して、一般学生枠とは別の在外同胞あるいは外国人留学生として本国の大学を受験することを禁止あるいは制限する条項に関するものである。このことは運用次第では、すでに海外に定住している韓国人の家庭にとって大きな問題となる可能性があるからである。

ただし、韓国語広報紙に出ている広告はどれも同じような店や企業、それからキリスト教会の広告である。

2. 中国語広報紙

筆者が入手できた中国語広報紙は以下の3 点である。

(1)『路迅参考』

2005年6月8日付けが第126号、通号3298号となっていることから、2002年に1号が発行されたと推定される。ホームページあり(http://www.luxun.biz)。

(2)『捷通時流』

2005年10月13日付けが通号750号であることから2003年に1号が発行されたと推定される。ホームページなし。

(3)『中俄商報』

2006年2月14日付けが第27号、通号392号であることから、2004年に1号が発行されたと推定。 中国語広報紙の広告は、いくつかの運送会社や銀行、食料品店のそれを除けば、広報紙ごとにそれぞれ異なったものが出ている。この広告の多様性は韓国語広報紙とは決定的に異なっている。これはおそらく中国人コミュニティーの多様性がその背景にあるのであろう。

内容を見ると、『中俄商報』が中国でのニュースが中心であるのに対して、『路迅参考』と『捷通時流』はロシアでのニュースや国際ニュースがかなり多い。『中俄商報』は広告も他の2紙に比べて広告が少ない後ころから見て、中国本国からの何らかの財政的な支援が強いものではないかと推測される。

このなかで筆者が見るところ最も記事に面白みがあるのが『路迅参考』である。『路迅参考』は中国人の留学斡旋事務所(「路迅留俄服務中心」)、中華料理店(「路迅餐庁」)など手広くモスクワで活動している企業グループの一部であるように思われる。

3. 考察

韓国語広報紙に比べて中国語広報紙の入手は筆者にとって困難であった。韓国語広報紙の場合は、韓国人を相手にする宿泊所、料理店などで積まれており、自由にもっていくことができる。一方の中国語広報紙はそこに広告を出しているような食品店などにいっても、そこに自由に持っていける形で積まれているということはない。筆者が最初に中国語広報紙の存在を知ったのは、とあるバス停の前で中国人留学生が読んでいたのを見たことであった。筆者はその学生にそれをどこで手に入れることが出来るのかをたずねたが、答えは「どこでも置いてある」というものであり、学生は自分が呼んでいた部分を切り取って、そのほかの部分を筆者にくれた。ただ筆者が「どこでも置いてある」という言葉を真に受けたことは悔やまれる。在任期間がほとんどなくなった今でも、筆者にとってその「どこでも」というのはいったいどこなのか突き止めていない。

これら広報誌に掲載されている記事の内容からして、モスクワにおける韓国・朝鮮人コミュニティーに接近する意味を持つのは『在外同胞新聞』と『ウリ新聞』であり、中国人コミュニティーに接近する意味を持つのは『路迅参考』と『捷通時流』であるといえよう。ただし、どの広報紙も創刊時期が2002年以降であり、まだまだメディアとしては子供の段階である。そのため広報紙自体を研究の対象にするには無理がある。しかし、この広報紙の今後の発展は韓国・朝鮮人コミュニティーの発展や中国人コミュニティーの発展と強い相関関係を持ってくることはほぼ間違いないことであろう。そして、それはモスクワにあるロシア連邦政府の民族政策や外交政策にも少しずつ影響を与えるようになることも考えられる。