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海外研究員レポート

GMS諸国で高まる中国の経済的影響

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050074

恒石 隆雄

2006年1月

中国の経済的影響力の台頭は、タイを始めとする GMS諸国においても例外ではなく、むしろ近年、中国の国家戦略として強化されてきている。2005年末、タイの対近隣諸国への投資状況視察のためカンボジアに行ったが、中国の影響力の高まりにむしろ驚かされた。ここでは、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイにおける貿易、投資等にみる中国の経済的影響力台頭の一部を紹介してみたい。
1.背景――中国の国家戦略

中国は、地理的にみても、ベトナム、ラオス、ミャンマーと国境を接し、中国の南西部(雲南省)は、メコン河を介してラオス、ミャンマー、タイと近い。民族・文化的にみても、これらのどの国もかなりの中華系民族を擁しており共通の文化的基盤も多く残されており、昨今の中国の経済的台頭には華僑のネットワークの果たしている役割も大きいといわれている。

また、中国は、歴史的にみても南進策をとってきているが、近年、国家政策としても、沿岸部に比べて開発の遅れた内陸の西部大開発が重視され始めた。第10次5カ年開発計画(2001-2005)においても西部開発は重点課題であり、これまで辺境扱いであった雲南省をタイ、ラオス、ミャンマー等の地域一体としての協力の下に開発し東南及び南アジアへのゲートウェイとする政策をとっている。これらの政策は、ADBの2002年からのGMS開発協力への中国の積極的な支援にも明瞭に顕れている。特に、雲南省の昆明からタイ、ミャンマー等の東南アジアに繋がる南北経済回廊等の道路基盤の整備は中国にとっても重要でありラオス等周辺国へ資金援助を行っている。第2回のGMSサミットは雲南省の昆明で開催されたが、ここでもカンボジア、ラオス、ミャンマー等への関税特恵供与を打ち出すなど(実施は2006年1月から)インドシナ諸国への協力姿勢を強めている。

2.CLMV にみる中国の影響力の台頭

インドシナの市場経済化以降、1990年から1997年の経済危機までは、カンボジア、ラオス、ミャンマー等においては、貿易・投資にわたりタイの影響力が大きかった。しかし、経済危機でタイの貿易・投資が激減していく中でその間隙を縫うように中国が国家戦略に裏打ちされる形で貿易・投資を伸ばしてきており、現在は中国とタイが経済影響力で拮抗する状況も生じている。概していえば、タイのプレゼンスは貿易と投資にわたり今尚ラオスとミャンマーで高い。一方、中国の影響力は、安価な商品の輸入先(2004 年)としてミャンマー(第1位)、ラオス(第2位)、ベトナム(第1位)で高い。また、ベトナムやミャンマーでは輸出先としての中国の位置も高まりつつある。一方、投資面では2005年のカンボジアへの投資国として中国が第1位となっている。中国とASEANは 2004年11月にFTA 協定を締結しており中国の貿易等での影響は一層強化される状況にある 。

(1)カンボジア

カンボジアの2004年の輸出額は1,412百万米ドル、輸入額は3,323百万米ドルで1,911百万米ドルの赤字である。主な輸出先は、米国、ドイツ、英国、カナダ等欧米であり、ベトナム5位、日本6位、中国は第10位である。タイはベスト・テンには登場していない。一方、輸入先は、タイが突出して高く総輸入額の24%を占める。中国は、香港に次いで第3位となっている。一方、カンボジアへの直接投資は、2005年1月から10月まで承認ベースでは、 件数で68件、金額で4,348百万米ドルあった。カンボジアは、2004年10月にWTOに加盟したこともあり、投資額は前年比で 24%増加している。その内、中国からの投資は件数で 36件(53%)、金額で460百万米ドル(49%)と大半を占め第1位である。CDC(カンボジア開発委員会)の資料によれば、1994年8月から2005年10月までの累計投資(承認ベース)は1,106件、7,649百万米ドル(固定資本ベース)でありタイからの投資は61件である。累計投資額にみるタイの位置は6-7位であるという。また、タイからの年間投資は、5-6件である。中国からの最近の投資は、欧米での繊維・縫製際品のアンチダンピング問題を回避する目的での投資が多いという。タイからの新規の5件はセメント2件、プラスティク2件、ホテル1件であった。

(2)ラオス

ラオスの2004年の輸出額は、549百万米ドル、輸入額は、1,057百万米ドルである。ラオスの輸出のいずれにおいても、タイが第1位の取引先である。ラオスの輸入先として中国は第2位であるが、総額の7分の1ほどである。輸出先としては、タイに次いでベトナムが多く、さらに、欧米が続いており、中国は第7位である。 2005 年(1月から10月)のラオスへの直接投資は、143件、1,245 百万米ドルであ る。投資国としては、件数25件(全体の17%)、金額51百万米ドル(36%)とタイが最大の投資国であり2004年に比して金額で 7.8倍と急上昇しており大幅な改善が見られる。中国は、件数では、33件と第1位であるが、規模が小さいため金額ではタイ、フランスに次いで第3位である。

(3)ミャンマー

ミャンマーの2004年の輸出額は、3,219百万米ドル、輸入額は3,488百万米ドルである。ミャンマーの輸出先としては、タイが突出して多い。これは、欧米が経済制裁を継続するなか、タイは2001年から同国から天然ガスの輸入を開始したからである。タイとCLMVの貿易関係ではミャンマーが唯一の黒字国となっている。また、ミャンマーの輸出先としては、タイに次いでインドであり、中国は第3位である。一方、ミ ャンマーの輸入先としては、中国が第1位である。次いでシンガポールであり、タイは第3位である。ミャンマーへの直接投資の累積額(2004年2月現在の既存操業企業ベース)でみれば、操業中の外国企業は244社である。内、件数でみれば、タイはシンガポールの49社に次いで31社と第2位である。日本は28社で第3位である。中国は、8社で カナダとならび第8位である。欧米企業が経済制裁を続ける中、今後も中国系、タイ系の企業進出が増えていくと思われる。

(4)ベトナム

ベトナムの2004年の輸出額は、25,685百万米ドル、輸入額は30,524百万米ドルであ った。主な輸出先は、米国、日本であり、中国は第3位に着けている。タイはベスト・テンには登場しない。主な輸入先をみると、中国が 2003年、2004年とも第一位である。次いで、日本、シンガポール、韓国と続き、タイは第5位である。 ベトナムへの2005年の投資は、件数 771件、金額4,000百万米ドルであり金額ベースで昨年比63%増であったことが報じられている。主な、投資国は、ルクセンブルク、サモワ及び韓国であり、中国、タイの投資状況は不明である。タイは、アマタ社(Amata Co.Ltd. )がベトナムに2006年中に18000ライ(1ライ=1600平方メートル)の工業団地を造成することが報じられている。 中国とベトナムの間では数年かけて建設を進めてきた広西壮族(チワン族)自治区の南寧と友誼関を結ぶ高速道路が2005年末完成した。この道路はベトナムの国道1号線に接合されており、南寧とハノイ間は5時間に短縮されたという。この道路はやがてGMSの東西回廊に接続され中国からラオス、タイを経由してミャンマーまでの物流が大幅に改善されることになる。中国は、雲南省だけでなく、広西壮族自治区もGMS加盟地域に組み入れ地域一体としての発展を図る意向である。

3.タイにおける中国の台頭
(1)「タイ・中・戦略的パートナーシップ協定」に基づく中国企業投資の増加

タイの中国への輸出は2004年7103百万米ドル(前年比 24.4%増)、輸入は8,185百万米ドル(前年比 34.9%増)ありタイの貿易赤字(1,082百万米ドル)となっている。中国は、タイの輸出先として、米国、日本、シンガポールに次ぎ第4位、また輸出先として日本、米国に次ぎ第3位となっている。2003年10月に締結したFTAの効果もあり、アーリーハーベスト対象の116の農産物では輸出入双方の伸びは前年比74%、44%と高いが農産物の輸出入ではタイの黒字となっている。しかし、巨大経済規模の中国側からみれば、タイの位置は高くない(輸入に占める割合は第10位、中国の輸出先ベスト・テンには登場しない)

一方、中国からタイへの直接投資は、2004~2005年までのところまだ顕在化していない。BOI(投資委員会)の直接投資資料(承認ベース)によれば、中国からの投資は、2004年20件、金額4,433百万バーツ(111百万米ドル)である。また、2005年(1月から11月)は14件、2,266百万バーツ(57百万米ドル)であり(投資額の数字は明確ではなく、タイ・中国企業協会によれば 7000億バーツ=1.7億ドルの水準にあるという)、これらは、件数でみて全体の3%、また金額では1%前後にすぎない。しかし、英国、ドイツ、スイス、フランス等ヨーロッパを凌ぐ件数と金額になってきている。

2005年9月、タイと中国は友好条約協定30周年を記念して開かれた「貿易・投資・経済協力合同委員会」を開催し「戦略的パートナッシプ協定」の覚書を交わした。両国は、2010年までに貿易額を500億ドル、中国のタイへの投資額を2009年までに65億ドルとする目標を設定している。これは、2004年の貿易額153億ドル、投資額1.1億ドルを基準にすれば、貿易は6年間で3.2倍(年間平均伸び率21.8%)、投資は5年間で59倍(年間平均伸び率126.1%)にする必要がある。貿易額の伸びはかなり可能性が高いと思われるが、投資目標額については、かなり野心的、壮大にみえる。しかし、巨大中国の経済力が結集されれば、あながち可能性のないこととはいえないだろう。

2005年の合同会議にはタイと中国の企業幹部も出席しており具体的なタイへの投資案件が合意されており、2006年からそれらが実現される予定である。また、この会議に関わらず、中国からの投資は既に始まっており、中国の重慶恒勝集団がタイ企業と合弁で2005年4月から「プラチナ」ブランドのバイクの生産を開始する等急ピッチで中国の二輪・四輪メーカーの進出が進むことが報じられている(2006年1月16日付け日経)。米中貿易摩擦や人民元の上昇で中国企業によるタイへの投資には一層拍車がかかるとみられている。主なものは以下のとおりである。

  • PTT社(旧タイ石油公団)と中国海洋石油会社(China National Offshore Oil Co.)……タイ、ミャンマー、カンボジアでの天然ガスの共同開発・合弁事業の実施
  • タイのトランス・アジア・ロジスティクス社(Trans Asia Logistics Co.)と中国の昆明トランスポーティション社(Kunming Daqian Conveyance Co.)……南北経済回廊を利用しての陸運プロジェクトでの連携
  • タイのヨントラキット(Yontrakit)・グループ、ECI グループ(CPの子会社)と上海汽車(Shanghai Automotive Industry Corp.)……タイで自動車組み立て工場を設置し2007年からASEAN向けにミニバンの生産予定(2005年12月23日付けバンコクポストの経済面でも日系自動車に挑戦と大々的に報道、当初は中国から CKD 部品を輸入して組立)
  • タイのEGAT社(旧タイ発電公団)と中国水力発電社(Sinohydro Co.)……ミャンマー(7,000MW)、ラオス(3000MW)、カンボジア(200MW)での水力発電事業の実施
  • タイの工業団地造成会社であるアマタ社(Amata Co.)は中国企業受け入れのため5億バーツを投資しラヨンにあるアマタシティ工業団地を拡張予定。この他、タイ政府は、現在進めているメガ・プロジェクト(2005年から2009年の間に運輸通信、水・電力、教育等の分野に1.8兆バーツの投資)への中国の参加も期待している。このような状況の下、CP(チャロン・ポカパン)グループCEOのタニン・チアラワノン(Dhanin Cheravanont)は、中国のタイ投資は2009年を待たずに65億ドルの目標を突破するだろうと述べている。
(2)北タイで高まる中国のプレゼンス

中国の雲南省との国境貿易は1994年に始まっており、チェンライ県のチェンセン(Chiang Saen)やチェンコン(Chiang Khong)の船着場が改修されるに伴いとメコン河経由で雲南省の西双版納(Xishuangbanna)間との取引は増えてきている。2000年までは、総貿易額は11億バーツ以下であったものが、2001年には27 億バ ーツとなり、タイと中国がFTA協定を締結した2003年は40億バーツ代に上昇して いる。2004年はタイの輸出が21億バーツ、輸入が12億バーツである。主なタイの輸出品は乾燥竜眼、ゴム等であり、輸入品はりんご等の果物や野菜類である。

一方、投資面でみれば、タイから雲南省への投資はCPを始めこれまで150件程あるというが、実態は明らかでない。タイ政府は、チェンセンやチェンコンのあるチェンライ県に南北経済回廊に沿って特別国境経済圏を開発する計画を有している。2003年には中国の昆明新ハイテク開発ゾーン(KNTZ)とチェンセンに工業団地を設置する覚書を交わした。しかし、2004年末頃からチェンセンがランナー(Lanna)文化発祥の地で歴史的遺跡も多いことから工業団地の設置は適切でないという反対運動が起き、チェンコンへの移設等が検討されている模様である。チェンセンには、第2船着場を設置する計画もあり、またチェンコンでは南北経済回廊に沿ってメコン河に架橋の予定である。

中国とタイの国境貿易のゲートウェイとしてのチェンセンの役割は益々、高まっている。最近の新聞(2006年1月8日付けバンコク・ポスト)によれば、中国人による土地の買占め、中国人船員目当てのマッサージ店の増大、中国企業進出に備えて中国語の学習熱の高まり等良くも悪くも中国の影響が増大していることが伝えられている。