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海外研究員レポート

Corporate Social Responsibility、CSR(企業の社会的責任)は途上国の環境を救えるか?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050075

2006年1月

地域開発や環境保全などの面において、企業が社会的責任を果たす動きがはじまっている。企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)は、「企業が、その企業活動において、また利害関係者との活動において、自主的に社会や環境問題に対する配慮を組み入れること」と定義される1。CSR が大企業を中心に注目を集め始めたのは、90年代なかば、途上国において、ナイキによる労働者搾取問題が発覚し、消費者の不買運動が起こったことにはじまる。CSRは、企業の主要な活動が社会や環境に与える影響を考慮し、企業がそこから発生する賠償などの金銭的損失を被るリスクや企業ブランドが毀損されるリスクを抑えることにより、長期的な利益を増やすことをねらっている2

先進国では、1999年から、アメリカのダウ・ジョーンズが、企業の社会、環境に対する取り組みを定量化した Dow Jones Sustainability Indexes を作成し、投資家に情報を提供している。また、欧州委員会(European Commission)は2005年を欧州連合 における CSR 年と位置づけ、企業がCSRを取り入れることを促進している。

途上国においても、企業団体や国際機関などを通じて、CSR の普及活動が活発に行われている。例えばインドネシアでは、約200の企業が参加するCorporate Forum for Community Development(CFCD)がCSRを推進し、優良企業に対する受賞を行って認知を高める取り組みを行っている。国際機関でも、世銀グループのInternational Finance Corporation(IFC)がCSRを広めるプロジェクトを行っているほか、国連も、グローバル化の影響、企業の社会責任を促進するために発表したGlobal Compactに基づき、国連開発機関(United Nations Development Organization: UNDP)、国連工業開発機関(United Nations Industrial Development Organization: UNIDO)等がプロジェクトの準備を進めている。

CSRの導入は、遵守すべき規制水準を越えて環境を改善することを目標としているが、途上国では環境規制が十分に執行されていないのが現状である。環境規制を遵守した上で、企業が自主的な取り組みとして一層の努力を促すことが CSRの目的であり、CSRが環境規制を代替するものではない。よって、インドネシアなど途上国において、環境規制が十分に実施されていない国においては、環境規制を適正に実施する努力を続ける必要性に変わりはない。

しかし、CSRの導入により、環境規制が十分に施行されていない場合においても、企業が環境保全を推進する方策となりうるのであれば、新しい潮流として歓迎すべきであろう。

しかし、CSRに環境規制を補完する役割を期待するためには、多くの課題がある。第一に、CSRの取り組みは、企業が環境浄化という公共財を提供する活動を市場で評価するしくみを提供し、企業にその費用を内部化するインセンティブを与えることである。しかし、途上国で環境汚染を監視することにコストがかかり、環境規制が十分に実施されない要因になっていることを考えると、企業による環境浄化の報告を、どのように確認するのかが、環境規制と同様に問題となることは明らかである。実際、取引先である多国籍企業の要求により厳しい基準を守ることが求められた途上国の企業で、虚偽の報告がしばしば行われていると言われている。

第二の問題は、大企業や多国籍企業では、企業イメージやCSRの活動実績が、国内外の投資家による投資活動や取引相手企業からの受注、消費者の商品選択、工場周辺地の住民の協力等を通じて業績に大きな影響を与えるため、CSRを果たし、その活動を公表していくことで便益が得られる。しかし、マクロの環境改善を実現するためには、途上国で9割程度を占める中小企業にCSRを普及する取り組みが欠かせない。しかし、中小企業においては、以上のような影響は重要でない場合が多いと考えられる。CSRを実施する大企業や多国籍企業が、サプライ・チェーンを通じて、取引先である中小企業に取り組みを促すことが考えられるが、途上国での取り組みはまだ始まったばかりだ。

今後インドネシアをはじめとする途上国において、CSRに関する取り組みが増えていくことが予想される。これにあわせて、開示される情報の透明性の確保、モニタリングのしくみを確立することが必要であろう。CSRに関する取り組みを進めると同時に、環境規制の実施を確実に行う努力を続け、CSRの果たす役割範囲を明確に示すことが、人々にとって安全で持続可能な環境を維持していくためには欠かせない。


脚注
  1. EUのPromoting a European Framework for Corporate Social Responsibility: Green Paperの定義による。
  2. フィランソロピーという概念が、企業の金銭的利益に直接寄与することを目的としないに対し、CSRはより広い概念と考えられている。