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海外研究員レポート

ACMECS(エーヤーワディ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議)の進展

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050082

恒石 隆雄

2005年11月

タイは、現在、タクシン政権下において、近隣諸国への経済協力を積極的に展開している。2005年11月1日から3日にかけては、バンコクにおいてACMECS(エーヤーワディ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議)の第2回サミットが開催された。同サミットにおいては、この協定の加盟国であるタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー及びベトナムの首脳の出席の下これまでの成果の確認と今後の方針が宣言として確認された。

ここでは、タイが主導権を発揮し協力を進めており、今後、タイ及び近隣諸国の経済開発に重要な影響を与えるACMECSの動向を追ってみたい。

1.発足と目的

タイのタクシン首相は、2003年4月バンコクで開催された特別ASEANサミットで、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ間の経済協力戦略(ECS)構想を提唱した。2003年11月12日ミャンマーのバガンで同構想に基づきサミットを開催し、同構想をパガ ン宣言として発表した。この4国間協定は、正式にはこの地域を流れる主要河川の名前を付け、エーヤーワディ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略(ACMECS)と称される。

このECS構想については、行動計画(ECSPA)が策定されており、加盟国共通のプロジェクト46件と2国間ベースのプロジェクト224件が10カ年計画(2003-2012)のなかで、短期(2003-2005)、中期(2006-2008)および長期(2009-2012)に分類され実施される予定である。大臣レベルと高級官僚レベルの会合を各々毎年、首相レベルのサミット会合を2年に1回開催することを決定している。

主な協定内容は、同様な歴史的、文化的、宗教的遺産をもつタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアの4カ国が様々な経済協力戦略を駆使して、同地域を平和で安定し経済が成長する地域に転換しようとするものである。ベトナムは、当初この協定に加盟していなかったが、2004年4月にはベトナムの外務大臣がこの構想に参加する意向があることを表明し、5月10日付けで加盟国となった。このため、ECSは次のような目的をもっている。

  1. 国境に沿って、競争力の向上と成長をもたらすこと
  2. 比較優位をもった場所に農業と製造業の移転を促進すること
  3. 4カ国の所得格差を縮小させ雇用機会を創設すること
  4. 平和、安定の向上、および持続的繁栄を達成すること

また、具体的な協力の分野は、次の5分野である。

  1. 貿易と投資の促進: 関係国の比較優位の活用、円滑な物資の流通と雇用創設のための投資の促進、所得増大と社会経済的格差の縮小を実施
  2. 農業と工業での協力: インフラ機能、共同生産、マーケッティング・購買面の制度、研究開発、情報交換等の改善により協力を促進
  3. 輸送リンケージでの協力: 関係国間の輸送リンケージの開発と活用、これにより、貿易、投資、農工業生産、観光を促進
  4. 観光における協力: 関係国間の観光協力のための合同戦略の促進、4カ国あるいは域外からの観光を促進
  5. 人的資源開発: 同地域の人々と制度の開発、人的資源開発(HRD)戦略を開発する方策の策定

ECS行動計画のなかでタイは、2カ国ベースの案件を上記の5分野に関して、カンボジア、ラオス、ミャンマーの間に各々65件、50件、58件提案している。個別の案件のなかには、すでにアジア開発銀行(ADB)を中心とする拡大メコン圏(GMS)関連プロジェクトとして掲げられているものも多い。主な考え方は、輸送リンケージで関係の深い国境間の都市間において姉妹都市協定を結び、主要な箇所に国境経済特別地区や工業団地、農業関連集積地を設けるというものである。

タイは、イニシアティブをとってこの戦略を進めているが、そこでは、タイは農業や労働集約的な製造業等を国境周辺あるいは近隣諸国内に移転させ近隣諸国のより安価な労働力や資源を活用できるし、それにより近隣諸国も雇用確保や市場の育成が可能になるとの政策に立っている。

2.その後の進展と主要決定事項等
  1. 2004年8月19日 ミャンマーのヤンゴンで第1回シニアー オフィシャル会議(SOM)開催
    • ACMECS 行動計画の進捗状況のチェック。共通プロジェクト及び2国間プロジェクトの早期実施について必要な措置を加盟国でとることを確認。
  2. 2004年11月1-2日 タイのクラビで第1回閣僚会議
    • 上記のSOM会議の決定を支持することを確認。
    • ベトナムがACMECSの参加国となったことを歓迎する旨表明。
    • パガン宣言での5分野での協力をより推進するために各分野におけるワーキング・グループを設置することを決定。コーディネーションの責任国としては、貿易と投資の促進:タイ、 農業と工業での協力:ミャンマー、輸送リンケージでの協力:ラオス、 観光における協力:カンボジア、人的資源開発:ベトナムと決定。
    • 先進国及び国際機関等からの資金援助を得るために、オーストラリア、フランス、ドイツ、日本、ニュージランド、ADBの代表者も招聘した。そのなかで日本は、サワナケート空港の改修調査への援助、タイとドイツは、第三国を支援する覚書を交わすことに合意、またフランスもACMECSプロジェクトを支援していくことを表明。
    • タイがACMECSプロジェクト実現のために当初の5年間に100億バーツ(約2億5千万ドル)拠出する意向であることを表明。
  3. 2005年8月5日 カンボジアのサイアム・リープで第2回閣僚会議開催
    • ワーキング・グループの成果(2005年4月1日プノンペンで開催の観光分科会、2005年7月20日ヴィエンチャンで開催の運輸分科会)を報告すると同時に他の分科会にも次回サミットまでに成果を出すことを指示。
    • SOM及び5つのワーキング・グループにより明確な目的、タイムスケジュール等をもって可能性のあるプロジェクトを実施することを指示。
    • 他地域の先進国や国際機関が開発パートナーとしてACMECSの開発プロジェクトに参加することを歓迎することを確認。同会議のオープン・セッションには、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、シンガポール、ADB、EUの代表者も参加。
    • 鳥インフルエンザ、SARS、HIV/AIDS 等の深刻な問題に地域として対応するため「保険」を5カ国の協力重点分野の6番目として同会議で採用を決定した。
    • 次回の大臣会議は、2006年にラオスで開催することを決定。
  4. 2005年9月23日 バンコクで第1回ビジネス・カウンシルの開催
    • カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、タイから約100人のビジネス・リーダーが集まり道路等のインフラの改善、委託農業の問題点、その他の貿易・投資上の問題点を指摘した。検討結果等は、第2回のサミット前にタクシン首相等に報告。
  5. 2005年11月1-3日 バンコクでの第2回サミット開催
    • 貿易と投資の促進に関しては、タイが委託農業で近隣国で生産した農産物の輸入税を軽減あるいは無税する措置を歓迎。
    • 工業と農業協力に関しては、代替エネルギーの開発及び地域に豊富にある水力発電所活用、地域の送電網の整備等を含む総合エネルギー・プランの策定、また、委託農業を含め、国境間の耕作・輸送等の問題を考える作業部会を早期に設置。
    • 輸送リンケージに関しては、関連道路プロジェクトの進捗状況をチェックすると同時に不十分な箇所の進捗の促進を指示。
    • 観光協力に関しては、引き続き加盟諸国の仏教遺跡を連携させて観光させる案(例えばHeritage Necklace Programme)の具体的促進。加盟国の何処かのビザをとれば、それで他の加盟国にも同時に行けるACMECSシングル・ビザの促進を更に検討、会期中、具体的にはタイとカンボジアの間でシングル・ビザ協定をパイロット・プロジェクトとして締結。
    • 人的資源開発に関しては、タイが代替エネルギーと保険の分野で2006-2007年の間に100件の奨学金を供与することを表明。
    • 保険関係では、鳥インフルエンザの広がりが予想される中、地域として積極的に鳥インフルエンザ及び他の伝染病の防止に協力する旨の宣言を別途発表。タイはこのために250万ドルを拠出することを約束した。
    • その他、ベトナムの加盟をも考慮して行動計画の更新をはかること、コーディネーター・実務者会議を2カ月に1回バンコクで開催、ACMECSの公式ウェヴ・サイトの開設等を決定。
3.タイの経済協力

タクシン首相は、ACMECS構想のなかで、ミャンマー、カンボジア、ラオスの目標都市間を連結する4車線道路の建設あるいは改良工事等に資金を供与することを明らかにしている。もととなる基金は、1996年にカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの4カ国のインフラ整備資金需要に応じるために、財務省財政政策局に近隣諸国経済開発基金(NECF)として設立している。さらに、今後のタイの援助の拡充に向け、この基金を2005年5月には、近隣諸国経済開発協力機関(NEDA)として改組している。

2005年9月現在、NEDAによって実施中のプロジェクトは総額50億バーツである。GMSプログラムの経済回廊計画としてすでに決定されていながら、重ねてACMECSプログラムとしても裏付けされているものであり、以下のような道路建設6件がある。

  1. チェンラーイからラオス経由で中国の昆明へ至る南北経済回廊の一部。タイ政府とラオス政府は、2002年1月にチェンラーイ県のチェンコンに港を建設し、ラオスのフアイサーイとルアンナムターを経由して中国・雲南省の景洪と昆明に連 結する道路を建設する契約に合意。タイ政府は、2002年10月にラオスのボケオとルアンナムター間の道路85kmの建設のため13億8500万バーツのソフトローン供与をラオスと締結。30年借款で10年間の利子免除があり、残り期間の利子は1.5%である。2005年7月現在工事の進捗状況は18%との報告がある。チェンコンとフアイサーイ間には第3のメコン国際橋の架橋計画がある。昆明、ミャンマー、ラオスとの貿易投資関係を強化するチェンラーイ特別経済区構想にとって、これらのインフラ整備は不可欠である。
  2. オーストラリアの援助で1994年に完成した第1友好橋を利用してのノーンカーイからビエンチャンのターナーレーン地区までの4kmの鉄道敷設計画(1億9700万 バーツ)。2004年3月にラオスと融資契約され、資金の30%は、無償で供与され、残りは1.5%の利子付きの30年ローンであり、2006年早期から3年間の工事予定である。建設に際しては、タイ企業が主導的役割を果たすことが条件となっている。
  3. 南北経済回廊の一部であるファイコンから北ラオスのパクベン間の49km道路建設 (8億4000万バーツ、内3割は贈与)。2006年末竣工予定。
  4. 南部経済回廊の一部であるタイのトラート県とカンボジアのコッコンとスラェオンバル地区を結ぶ151kmの道路改修工事(2003年7月5億6780万バーツの融資契約締結)。2005年8月現在工事の進捗状況は、17%であり2006年竣工予定。
  5. 南部経済回廊の一部であるタイのチョンサギャムとカンボジアのアンロンウェン、シエムリアップ間の道路改修工事(2003年6月8億バーツの融資契約)。2004年8月から着工し2005年末竣工予定。全ルート 151kmのフィージビリティ調査費1億2600万バーツはタイが無償供与。
  6. ミャンマーのミヤワディとパアン間道路建設(153km、19億バーツ)。この間は、ミャンマーのモーラミャインからタイのムクダーハーン、ラオスのサワナケートを経てベトナムのダナン港に至る東西経済回廊の一部である。この153kmの道路はインドからベトナムに物資を輸送するためタイを東西経済回廊の要に変える野心的な計画である。タイは、タイ国境のメソットからミヤワディ間18kmの道路を改善するため1億2290万バーツを、まず無償資金として供与することを閣議決定。その他の部分のグラントとローン割合は未定である。2005年7月現在工事の進捗状況は12%であり2007年竣工予定。

これらのタイの援助は、ドルでなくバーツ・ローンであり融資額の半分以上をタイ企業の製品やサービスに用いることを義務付けている。いわゆる「ひも付き」援助でありタイの企業を潤すことも意図されている。

4.今後の展望

タイの近隣諸国への経済協力構想である ACMECS は、タクシン首相のリーダーシップの発揮はあるものの、彼が思いつきで実施したというものではないことは過去の経済社会開発計画等の流れをみれば明らかである。近隣諸国を含めての地域開発は、タイ自身の自国の地域開発にとっても不可欠である。タイは中央から順次地方の開発(工業団地の地方分散化)をすすめてきており、国境圏の開発はタイの地域開発の延長線から必然的に出てきたものである。

一方、タイの地域開発政策は、周辺諸国を含めての地域開発政策つまり広域経済圏構想に強く配慮しながら展開されてきている。特にインドシナ諸国との関係では、 1980年後半からの同地域の市場経済化に伴って、バーツ経済圏構想(東南アジア大陸部金融センター構想、1992年)、拡大メコン圏 (GMS)経済協力構想(1992年)を経てACMEC構想に至っている。タイは、GMS構想や ACMECS 構想を取り組む形で周辺諸国と 一体となった地域開発を目指しているといえる。グローバル経済に対処するためには、地域一体となり競争力を強化していく必要があるとの認識も見受けられる。

不法労働者の流入及びそれに関連する麻薬や暴力事件の防止という社会的要請等のやや消極的な方向からより近隣諸国の労働・資源を活用しタイの産業発展を促進させようとするより積極的な方向に転換してきているといえよう。

近隣諸国のタイに対する経済依存度は全体として高い。2003年のカンボジア、ラオス、ミャンマーの輸入総額に占めるタイの比重は、各々27.0%、59.4%、14.3%あり輸入相手国としては、タイが各々1位、1位、3位である。一方、輸出総額に占めるタイの比重も同期でみて、ラオス、ミャンマーでは各々21.4%、30.7%あり、輸出先としてはタイが各々1位を占める。タイのCLMVに対する直接投資に占める地位は、1988年から2001年までの累計額でみて、ラオスとミャンマーにおいて各々1位、3位を占める。インドシナに対するタイの直接投資は、1988年のチャーチャーイ首相の「バーツ経済圏構想」以後、1992年頃から増大傾向に入り、1996年にピークを迎え1997年の経済危機により2001年まで減少を続け2002年に回復基調に入っている。今後、 ACMECS 構想に沿っての近隣諸国と道路建設や橋等のインフラ整備、国境における流通のワンストップ・サービス化、国境経済圏の創設、観光プロジェクトの振興等の実現は、再びタイと周辺国との貿易、投資、サービスにわたる経済関係を活発化させる方向にある。

以前の「バーツ経済圏構想」は外国資金が、タイの不動産投機等に向かいタイの経済危機を引き起こすこととなり、破綻を来たしたのであるが、今回のACMECSはタイが経済的な実力をつけてきたこともありタイの援助というより具体的な裏付けはある。しかし、タイの資金援助で事足りるというものではない。アジア・ポンド構想もあるが、これらの民間資金がそのままラオス、カンボジア、ミャンマー等の投資に向かうとは期待できない。やはり、公的資金の投入によるインフラ整備が不可欠であろう。

広域経済圏開発の梃子としてタイを活用することも必要であり、タイ自身も地理的あるいはこれまでのノウハウ等の優位性を活かし先進国・国際機関および ACMEC 諸国との間の三角協力のプラットホーム(Platform for trilateral cooperation)となることを期待している。先進国や国際機関もACMECSの要請を受け、閣僚会議等に参加し協力姿勢をみせつつある。ラオス、カンボジア、マヤンマー等への投資に関しては、日系企業としては将来の関心はあっても、インフラの問題を考慮し現状では投資に踏み切るところは僅かである。タイの資金援助等で推進されているACMECS構想を支援する形でのインフラ整備が必要な所以である。