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海外研究員レポート

新空港「スワンナプーム国際空港」の建設状況 ほか

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050090

植竹 立人

2005年8月

1.新空港「スワンナプーム国際空港」の建設状況

現在、タイの玄関口であるドーン・ムアン空港(バンコク国際空港)の国際線旅客数は、年間約3,000万人で世界第10位を誇り、今後も旅行者、ビジネスマンの利用が増え続けることが予想される。しかし、空軍との共用空港であるうえに拡張するにも用地上の限界があることから、新空港「スワンナプーム国際空港」の建設が進められている。建設主は、新バンコク国際空港公団(NBIA)で、タイの建設企業イタリアン・タイ、(株)竹中工務店、(株)大林組の3社による共同企業体(ITO/JV)が旅客ターミナルビル及びコンコースビルの建設工事を進めている。3,200ヘクタール(8km×4km)の広大な敷地に、2本の滑走路や最新鋭の機器を備えたターミナルビル及び管制塔を有し、利用者4,500万人に対応可能な、まさにアジアのハブ空港と呼ぶに相応しい世界最大規模かつ最先端設備を備えた空港である1

その新空港の建設が大幅に遅れている。当初計画では「2004年12月竣工」予定であったが、昨年には「2005年3月竣工」に変更され、さらに「2005年9月竣工 2006年3月開業」と時間の経過とともに竣工、開業日も並行移動している。それでは一体、工事はどの程度進捗しているのであろうか。6月上旬に現地を視察してみた。

写真:空港周辺航空写真

「宇宙航空研究開発機構」Web Site(http://www.jaxa.jp)より

スワンナプーム国際空港は、バンコク都から東方へ約30キロメートルのサムッ(ト)・プラーガーン県ノングハオに位置している(左写真)。都内から、「アジアのデトロイト」を目指す 「宇宙航空研究開発機構」Web Site(http://www.jaxa.jp)より 工業団地群やリゾート施設が点在するパッタヤー、ラヨーン(グ)方面に向かう高速道路を走ること約30分。まずは空港への誘導路の建設現場が視界に入ってくる。しかし、その進捗具合を見る限り、縦しんば空港が開港しても、果たして周辺環境は整うのか疑問に感じざるを得ない。

一般道に入って、抜群の方向感覚を持つ運転手アンポン氏が何度か人に道を尋ねる。つまり、巨大な建設工事であるにもかかわらず、目立つ建物が見当たらないのである。しばらくして空港敷地内に入ったが、ほとんど舗装された部分はなく、資材を載せたトラックが濛々と砂煙を舞い上げ行き交っている。建築物は骨組みができているものがいくつか見えるだけで、しかもどれが管制塔でどれがターミナル・ビルか全く判別できない。既建築率は30%程度であろうか。素人眼で見ても、あと数カ月で完成するとはとても思えない。

そもそも新空港の建設プランが浮上したのは30年以上前のことである。1973年に用地購入をしたものの、いわゆる「10月14日政変2」で計画が頓挫、1996年にはNBIAが設立されるがアジア通貨危機によりまたお蔵入り、と紆余曲折の歴史を歩んできた。いざ計画が動き出してからも、監理コンサルタント業務、空港ターミナル設計、爆発物検査設備、道路建設、パーキングサービスなどの業者選定にあたって、次々と政・官による不正・汚職疑惑が報じられている。収賄側には、こともあろうにタクシン首相周辺の名前も挙がっているが、「驚くことではなくいつものこと」(某大学教授)とクールな発言も囁かれ、もはやタイの政・官界の汚職は日常的な事象と捉えられている3。空港名のスワンナプーム(Suvanrnabumi)とは「黄金の国」の意味である。違った意味で黄金に染まっているとしたら、世界一の空港の名が廃ってしまう。

タクシン首相は7月29日に現場を視察して「来年7月には開港できる。新空港開発には 遅延がつきもの。」と強弁した。ともあれ2007年2月、小職はこの新空港から帰任したいものである。

「スワンナプーム国際空港」完成予定図

写真:「スワンナプーム国際空港」完成予定図

「(株)竹中工務店」Web Site(http://www.takenaka.co.jp/news/pr0111/m0111_02.htm)より

2.「日本の失敗繰り返すな」――クルーグマン講演

5月18日、都内ホテルにおいてポール・クルーグマン教授の講演会が開催された。同教授は、経常収支赤字、住宅市場への過剰投資などを理由に、米国経済悪化の深刻さを指摘し、輸出先として米国を頼っているアジア諸国に懸念を現した。

タイについては、内需主導へシフトする必要があると述べ、そのために、当座は公共投資つまりタイ政府が掲げる「大規模インフラ整備事業(メガ・プロジェクト)4」が妥当であるとの見解を示した。これは、タイの民間投資、金利が低水準にありかつ経常収支が悪化していることを踏まえての発言である。但し、同プロジェクトの質、成否によっては、かつて同様の状況を経験し失敗した日本経済の轍を踏むことになりかねない、との警鐘も付け加えている。

写真:ポール・クルーグマン教授

写真:"The Nation"より

現在のタイ為替相場は、米ドル高バーツ安が加速5しており、外貨準備高の減少が更にバーツ安に拍車をかけ、タイ中央銀行も1997年通貨危機と同じ兆候が出ていることを危惧している(22 June The Nation)。

何と言っても、クルーグマン教授は 1997年のアジア通貨危機以前に「まぼろしのアジア経済("The Myth of the Asia's Miracle" Foreign Affairs November/December 1994)」を発表、アジアの経済成長が「奇跡」ともてはやされていた時代に「アジア経済は投入の増大によって必然的に産出が増大しているだけ。いずれ先細る。」と切って捨てたことでも有名である。同教授の経済予測は決して侮れない。

3.2005年経済予測(財務省)

5月30日、元アジア経済研究所海外客員研究員(1987年6月-1988年3月)で現在はタイ財務省財務局長を務めるナリット・チャイヤスート氏及びソムチャイ・サッチャポング財務副局長が、当初の 2005年経済予測(6.0%)を大幅に下方修正する旨を発表した。

財務局は、第1四半期のタイ経済鈍化の影響を受け、通年の経済成長率を4.6~5.1%に修正した。経済鈍化の原因は、インド洋大津波、旱魃、鳥インフルエンザの相次ぐ自然災害に加え、鉄鋼工場や石油化学工場の(メンテナンスのための)操業停止による一時的な生産低下を挙げた。しかしながら、前者の不測の事態は短期的なものであり、今四半期以降は第1 四半期よりも上向くと見ている。経済成長率は、原油価格が通年仮定値42.5USドル/バレルを下回り、貿易相手国の景気が回復し輸出伸長が20%増を達するとともに、財政支出が景気を刺激すれば最高値5.1%を達成すると予測している。

2005年のタイ経済予測(財務省)

2004年 2005年2月時点 2005年5月時点
ドバイ原油価格(ドル) 33.5 38.0 42.5
(通年仮定値)
年間新規雇用者数(人) 888,000 743,000 700,000
実質経済成長率 6.1 6.0 4.6~5.1
消費支出伸び率 5.4 5.3 5.1
投資支出伸び率 14.4 18.3 19.1
輸出率(ドル建て) 23.0 11.8 14.7
輸入率(ドル建て) 27.0 15.6 24.1
貿易収支(億ドル) 17 ▲16 ▲70
経常収支(億ドル) 73 30 5.0
経常収支/GDP(%) 4.4 1.6 0.3
消費者物価指数 2.8 4.1 4.0

ナリット局長は各数値を分析した上で、GDPは前年に比して大幅に減少すると予測するものの「2005 年のタイ経済は安定して成長している」とのコメントを出している。ソムチャイ副局長はその理由を、付加価値税収の増加、雇用率の増加による営業利益の伸長、それに伴う法人・個人所得税収の増加、などと説明した。

しかしながら、財務省発表から2カ月半経過した現在でも、いくつかの課題については回復の兆しが見えていない。まずは深刻な水不足である。ある工業団地では、水を大量に消費する工場は誘致したくないと、海外からの直接投資に「水」を差すような発言が聞かれる。 農村から水を盗む工場もあるなどという冗談のような話も出ているほどである。南部イスラム過激派によるテロ行為も益々激化。7月15日の閣議で「緊急事態時の統治に関する勅令」が承認され、テロ対策の権限を首相に集中させ沈静化を目指すが、政府内穏健派からは逆に過激派を刺激しかねないと危惧する声が出ている。これらの問題が経済にいかなる影響を与えるのか、今後の動向が注目される。

4.「日タイ経済連携協定」基本合意

自由貿易協定(FTA)を中心とした日タイ経済連携協定(JTEPA)が、両国閣僚交渉で基本合意した。かねてより7月中の合意を目指していた訳であるが、訪泰した中川経済産業大臣が8月1日にソムキット副首相と会談して合意に辿り着いた。交渉は、予定時間をはるかに超え膠着状 態が続いた。最終的に、中川経産相が他県へ移動する直前のタクシン首相に駆け込んだところ、帰国までの時間が許される限り交渉を継続するよう指示を受け、副首相と再協議。2004年2月から始まった交渉は、『劇的に決着』(中川経産相) した。

写真:両国閣僚交渉

写真:"Bangkok Post"より

しかし早速、対日貿易赤字拡大、市場競争力低下を指摘する専門家や零細企業への打撃を懸念する部品メーカーなどから失望・不満の声が噴出している。とりわけ、欧米自動車メーカーや鉄鋼業界からのコメントは激しい。フォードはタイをアジアの生産拠点にするために、1997年10億ドルの投資計画を建てたが、日本との協定により利益低下を招くようなら将来の投資計画を再考しなければならないと牽制。鉄鋼業協会(Thailand National Iron and Steel Industry Club:TNISIC)は、日本からの鋼材輸入はタイの貿易収支の更なる悪化を招くと述べるとともに、日本が農業分野での譲歩を最後まで拒否したことを引き合いに出し、「日本は、私たちが欲しくないものを与え、私たちが求めたものは断わった。」と批判した。

両国政府側は、タイのピサン主席交渉官が果実や繊維などの成果を、日本側も将来的な自動車関税撤廃がタイの競争力強化に繋がるとメリットを強調した。またタイ貿易院は、米や砂糖に敗北感を表しつつも「対日赤字は増えるが対日輸出機会も増えるのは明白だが、政府が間違っているとは思わない。何もしなければタイは前に進まない。」と建設的なコメントを発表している。合意の内容は以下のとおり。

【主な基本合意内容】

自動車 3000cc以下 5年後再協議
3000cc超 発効と同時に現行80%から75%に引き下げ。2009年までに60%に引き下げ(再協議まで維持)。
自動車部品 関税率20%超 発効と同時に20%まで引き下げ、2011年に撤廃(但し、2010年にAFTAが発効しない場合は発効の1年後まで 延期)。
関税率20%以下 現行関税率を4年間維持し、2011年に撤廃 (但し、2010年にAFTAが発効しない場合は発効の1年後まで延期)。
センシティブ5品目(エンジン、同部品等) 6年間現行関税率を維持し、2013年に撤廃 (但し、2010年にAFTAが発効しない場合は発効の3年後まで延期)。
鉄鋼 全ての鉄鋼製品 例外なく10 年以内に撤廃
熱延鋼板(タイで未生産) 即時撤廃
熱延鋼板(量的に不足しているもの) 無税輸入枠を設ける
その他の熱延鋼板 10年間関税率を維持し、11年目に撤廃
農水産物 日本が即時撤廃 例)エビ、熱帯果実
日本が関税率を引き下げ 例)鶏肉(加熱済):6%⇒5 年以内に3%;鶏肉(冷蔵・冷凍):11.9%⇒5 年以内に 8.5%
日本が輸入枠を供与 例)バナナ:初年度4000トン、5年目に8000トン
5年以内に再協議 例)砂糖、パイナップル缶詰、タピオカ粉(未加工)
日本が交渉を受け入れず 例)米及び米加工品、タピオカの構成割合が高い品目
脚注
  1. 将来的には滑走路を4本に拡充、年間利用客1億人に対応可能なマンモス空港となる予定。
  2. 当時のタノーム首相兼国防大臣、プラパート副首相兼陸軍司令官による軍事政権に対する批判記事を発行し、退学処分された学生の処分撤回運動に、恒久憲法制定要求運動が重なり勃発した学生・市民と政府との衝突。政府の武力制圧により数百人の死傷者を数える大惨事となり、タノーム内閣は総辞職した。
  3. 世界銀行の調査によると、タイの汚職度はフィリピンに次いでアジア・ワースト2。
  4. タイ政府は、2009年までに1兆7,000億バーツ(約4兆4千億円)を運輸、エネルギー、通信などのプロジェクトに投じる「大規模インフラ整備事業計画(メガ・プロジェクト)」を掲げている。
  5. ロンドン同時多発テロの影響を受けた7月上旬にはドル買い需要が追い討ちをかけ、2年振りに1米ドル42バーツ台まで下落した。