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タイの労働力不足の現状と若者の苦悩

Labour Shortage Situation in Thailand and the Struggle of Youth

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000020

2023年7月

(6,102字)

タイでは、労働力不足が深刻である。近年タイの経済成長率は低迷しており、労働力不足の主因はもはや「高い経済成長率」ではない。タイはいまだ大きな農村人口を抱えるものの、そこから都市に流出する労働人口は著しく減少しており、労働力不足に拍車がかかることが予想される。一方で、失業者の多くは次世代を背負う若者であり、大学を卒業した若者は自身に適した仕事が見つかるのか日々不安を抱いている(Chitviriyakul 2023)。本稿では、タイの労働力不足について、その構造と苦悩する若者の観点から考察する。

慢性的な労働力不足

タイの労働力不足はその失業率の低さからもうかがえる。コロナ禍で一時的に2%台まで上昇したものの、失業率は恒常的に1%台と低い。非正規雇用が正確に集計されていないなど統計上の性質によって過小評価されている可能性もあるが、統計調査・定義の差異、低雇用、失業保険制度について周辺国であるインドネシア、フィリピンと比較しても、異様な低失業率といえるだろう(熊谷2012)。この低い失業率と労働力不足は目新しい話ではない。タイは経済ブームの最中にあった1990年代にはすでに労働力不足に陥り、同時期に周辺国から移民労働者の受け入れを合法化した。アジア通貨危機による景気後退で失業率が一時4%台に上昇するが、その後は労働力不足が常態化し、2013年には0.3%という驚異的に低い失業率を記録した。現在も、新型コロナ感染症蔓延による経済の落ち込みから回復したことで、観光業をはじめとするサービス業、製造業、建設業などの分野で労働力不足が顕著なものとなり、ラオス、カンボジア、ミャンマーからの移民労働者が労働力の不足部分を再び補填し始めている(Bangkok Post 2023)。また、労働力不足は非熟練労働に限らず、エンジニアやマネージャーといった熟練労働でも発生している。

タイの労働力不足は、労働力の量、質の両面でのミスマッチの発生が一因である。つまり、国内労働力の絶対的供給量が減少している反面、需要では非熟練労働力への依存度が高く、人的資本の蓄積ができずに労働者が自身の能力を活かせる職につけない。量的な側面については、人口の高齢化により農村からの労働力流出が減少していることが指摘できる。一方、質的なミスマッチは若年層において激しくなっている。

バンコクで開催されたジョブフェアーのブースにて若者に情報提供を行う雇用局の職員

バンコクで開催されたジョブフェアーのブースにて若者に情報提供を行う雇用局の職員
労働力供給の減少

タイでは少子高齢化が進行しており、近いうちに生産年齢人口の減少が始まる。タイの労働力の供給源であった農村部でも同じ変化が発生し、労働力に対する需要を満たせなくなっている。タイの生産年齢人口(15~65歳)は2022年の時点で4685万人と増加を続けているものの、2026年には減少し始めると予想されている1。また、65歳以上の高齢者の人口割合は2022年時点で13%であるが、2029年には20%に達すると予想されている。

タイの農業部門は就業人口の31.6%を占め、同程度の経済規模の国と比べても農林水産業に従事する割合が高い(たとえば、マレーシアは9.5%、インドネシア、ベトナムは29.0%である)。これは、1960年代半ばからのタイの工業化の初期段階で鶏肉加工、ゴム、フルーツ缶詰といったアグロインダストリーを中心に発展し、農村の労働力の流出が緩やかであったためである。一方で、本格的な工業化が進むと農業部門は景気と農閑期に合わせて労働力の需給のバッファーとしての役割を果たしてきた。経済ブームの始まりである1980年代末からアジア通貨危機が発生する1997年まで、そして2000年代の堅調な経済成長期には、賃金差に引き寄せられ労働力が農村から都市に出稼ぎとして盛んに移動し、都市部の発展を支えていた。同時に、アジア通貨危機やリーマンショックが発生した不況期には、労働力は農村部へ逆流し労働力の調節が行われてきた。

工業化とサービス業の拡大が進んだ現在、農林水産業の就業者1人当たりの付加価値は、工業部門、サービス部門の3割以下であり、農村はいまだ他部門へ移動可能な余剰労働力を抱えている。しかしながら、農村部人口のボリュームゾーンは高齢化とともにすでに40代~50代となり、体力面から出稼ぎは厳しく、農村からの労働力供給には頼れなくなっている。

また、都市農村間の経済的格差は大きく残るものの、東北部での自営農と、都市での単純労働では大きな所得差はなくなった。2019年の家計社会経済調査のデータでは、東北部の自営農家世帯の平均月収が約1万8000バーツだったのに対して、バンコク周辺部における運輸・運搬・単純労働者世帯ではおおよそ2万1000バーツ、工場労働者世帯で2万6500バーツである。よい賃金が望める事務、サービス、ITなどの職に就ければ別の話だが、体力が求められる単純労働では出稼ぎの魅力は小さく、農村から都市へ労働力を惹きつけられないため、外国人労働者に頼らざるをえなくなっている2

仕事はあるが仕事がない、若者の失業

労働力不足の深刻化が懸念されるなか、次世代の働き手として期待される若者についても決して未来が約束されているわけではない。図1は2014年から2022年にかけての年齢別失業率を示している。15〜24歳の若年失業率は、タイ全体での失業率と比較して高い水準が続いている。25歳以上の失業率は、コロナ禍に影響された2020年、2021年を除き0~1%台で推移しているが、若年失業率はその4倍以上となっている。また、コロナ禍の経済停滞で特に影響を受けたのは若者であり、2022年に入り全体の失業率の改善が続くなか、若年失業率は7%前後と、コロナ禍以前の水準を依然上回っている。

図1 タイの年齢別失業率(%)

図1 タイの年齢別失業率(%)

(出所)NESDC(国家経済社会開発評議会事務所)発表の
Labour Force Survey各四半期版より筆者作成

若年失業率が全体の失業率と比較して高くなるのは、世界的にも珍しいことではない。労働市場に出たばかりの若者は経験とスキルが少なく、就職するうえでのコネクションもない。また、タイの場合は日本における「就職活動」とは異なり、教育機関を卒業してから就業先を探すので、どうしても無職の期間が生じてしまう。問題は、若年失業が長期化してしまうと、将来賃金が低下したり、人的資本の蓄積が遅れたりする可能性があることである。若い世代の労働市場へのスムーズな参入が妨げられた場合、十分な職務経験を積むことが出来なくなる。また、現役世代が高齢世代を支える社会保障制度を維持するうえでの不安が生じる。

タイでは高等教育を受けた後に労働市場に参入する若者が増加しており、2022年第2四半期の15〜19歳の労働参加率は13.7%、20〜24歳は61.4%と、他の年齢層と比べ労働参加率が低く、この年齢層では学業に従事している率が高いことを示している。実際、タイの労働市場で大卒というのも全く珍しいことではない。しかしながら、高等教育を受けたからといって必ずしも職にありつけるわけではないのが実情である。同時期の総失業者54万人のうち、26万人が大学以上修了者である。また、この大学以上修了失業者のうち、13%が6カ月以上1年未満、29%が1年以上、職が見つかっていない比較的長期の失業者である。だが、タイで大卒人材の需要が少ないわけではなく、人材の採用に苦悩している企業も多い。このように高等教育を受けた若者が労働力不足著しい市場で職を得ることができないのは、労働市場における質的なミスマッチが原因であり、若者は「構造的失業」に悩まされていることになる。

OECDのレポートによれば、タイでは労働者のうち34%が「オーバークオリファイド」、つまり就業に要求される資格(学歴や専門的な資格・経験)よりも過大な資格を持っている(Vandeweyer et al. 2020)。反対に、要求される資格より過小な資格を持っていることを意味する「アンダークオリファイド」の割合は7.8%となっている3。これは、労働市場の需要は低スキル職業へ集中する傾向があり、ある程度の資格を持っている者も、その資格が要求されない職に就業していることを意味している。

こうした状態は、実務として必要とされているスキルと、教育機関で学ぶスキルが一致していないなど、高等教育や職業訓練のクオリティに問題があることから生じている。タイで大学を卒業していても、労働者のスキルが企業の求める水準に達していないことも多い。たとえば、大学卒の労働者に対しては、特に外国語を含むコミュニケーション能力や数学、創造性、IT技術に関する知識が不十分であるといった評価や、アカデミックな研究に偏重した知識や技術ばかりで実務に耐えないといった評価が雇用側からなされている。そのため、若者は自身の学歴が要求されない職に就くことが多い (Satimanon 2017)。一方、企業は要求水準を満たさない新卒よりも教育の必要のない経験者を採用しようとするが、そのような人材は数が少ないため、熟練労働の分野で労働力不足が起こる。

高等教育を修了する若者はいわゆる3K(汚い、危険、きつい)の仕事には従事せず、同じ企業内でも作業労働者とは明確な階層分断がある(末廣2000)。また、近年は製造業に従事することも避ける傾向にある。しかし、需要が多いのはスキルや知識が求められない単純労働であり、自身の希望の業種では、経験者が優先される。こうしてタイの若者は「仕事はあるが、(自分が望む、適切なレベルの)仕事がない」状態になっている。

さらに注目すべきは、15~24歳の若者の15.1%が、学校に通わず、働かず、職業訓練も受けない、いわゆるニートであるというUNICEFのデータである(College of Population Studies 2023)。学歴と合致する就職先の間口が狭く、自身の努力が評価されないことは、若者の教育と職業訓練を受けるモチベーションを大きく削いでいるのかもしれない。

「次世代化計画」と次世代の人材

2014年のクーデタで政権を掌握したプラユット首相は、経済の低迷を克服すべく「タイランド4.0」構想を提唱し、デジタル経済と次世代産業を基盤に、イノベーション主導の経済を実現することを目指していた。しかし、この労働力不足の状況で、次世代型経済を誰が支えていくのだろうか。

タイで非熟練労働力の需要が高止まりしているのは、実質賃金が停滞しているために、企業が新たに資本を投入して資本集約的な生産を行うよりも、相対的に安価な労働力を用いて労働集約的な生産を継続しているためである。図2は、2011年1月から2023年1月までの半期ごとに名目、実質それぞれで指数化した最低賃金および平均賃金の推移を表している。2012年から2013年にかけてインラック政権が全国300バーツ均一の最低賃金を導入したことに伴い、名目、実質ともに賃金は大きく上昇したが、その後、国内実質最低賃金、実質平均賃金ともに伸びが小さい。とくに実質平均賃金はコロナ禍の2021年以降は低下傾向にある。

図2 タイの最低・平均賃金の推移(名目と実質、2011年=100)

図2 タイの最低・平均賃金の推移(名目と実質、2011年=100)

(注)最低賃金はバンコク都の水準。平均賃金は全国の水準。
実質賃金は半期ごとに全国CPIを用いて計算した。
(出所)タイ中央銀行、タイ労働省、タイ商務省資料より筆者作成

2023年5月に行われた下院総選挙では、労働力供給のひっ迫に加えて、ウクライナ危機を発端とする物価高騰が賃上げ圧力につながり、最低賃金の引き上げが争点となった。第1党となった前進党、第2党のタイ貢献党は大幅な賃金引き上げを積極的に主張していた。しかしながら、経済停滞のなかでの人件費の高騰は企業にとって大きな負担になるため、産業界からの不安の声は大きい。

一般的に、資本投入や労働者のスキル向上などにより労働生産性が向上すると賃金が上昇するが、逆は必ずしもそうではない。賃金が上昇したとしても、企業は雇用量を調整してコストを抑えることができる。さらに、賃金の上昇は安価な労働力を期待する海外からの投資意欲を減退させ、賃金以外で周辺国との相対的な魅力がなければ企業は撤退してしまう。生産年齢人口の減少が予測されている以上、教育の質を改善し、労働生産性を向上させることができなければ、タイ経済の次世代化計画は困難なものとなるだろう。

労働市場におけるミスマッチを是正するのは簡単ではなく、産業構造の変化にも、教育や資本の投資にも時間が必要である。9年間政府の手綱を握り続けたプラユット政権は、次世代技術を支える人材を育成する必要性を認識しつつも、高度人材外国人への特別ビザ発行や人材育成にかかる事業への対内投資促進といった政策をとるにとどまり、外国依存から抜け出さなかった。一方、若者は危機感を募らせており、2020年に反軍政と政治改革を求めて拡大した学生運動では、時代遅れの指導を行う、抑圧的な教育体制の改革が要求のひとつとして掲げられていた。

中高生による教育改革要求運動と前進党への支持

若い世代を中心に支持を集めていた新未来党に、憲法裁判所が違憲判決、そして解党命令を下したことを発端に広まった2020年の学生運動は、2023年の選挙にも大きく影響を与えることになる。2020年8月ごろからこの運動に加わったのは、「悪い生徒」と自らを呼称した中高生(タイでの中等学校に属する生徒たち)だった。これまで学生運動の中心は大学生であり、選挙権を持たない中高生が前面に立つのは異例のことであった。「悪い生徒」による批判の矛先は政府の愛国主義と権威主義体制を投影する教育現場へ向けられた。2014年のクーデタ後にプラユット政権が強化した愛国教育では、「国家、宗教、君主への忠誠」「両親、年長者、教師の尊重」「文化と伝統の継承」といった項目を含む「12の価値観」と呼ばれる標語について、生徒はこれを暗唱し、時には理解度テストを受けることを求められた。ほかにも、校内で権威として振る舞う教師への服従や、髪型、服装に関する厳しい規律と懲罰、詰め込み型で画一的な教育内容は、すでにインターネットを通じて外の世界を知っている現代の中高生からすれば時代遅れで、多様性や創造性に欠けることは明らかだった。

中高生たちは、こうした価値観の根源は現在のタイの君主制にあるとの意識を持ち、全国の学校や教育省の前で現在の教育体制を批判した(Lertchoosakul 2021)。学生運動が拡大する傍らで、新未来党の後継として党方針を決めかねていた前進党は、主な支持者である学生たちの強い要求を受け、これまでタイ社会でタブー視されていた君主制改革を堅持することを決心した。結果として、2023年の下院選挙では国の構造的変化を求める幅広い層からの支持が前進党に集まったといえる(Lertchoosakul 2023)。

前進党は社会福祉拡充を基盤とする成長を目指し、今回の下院選挙では、高校まで教育費の無償化、教育カリキュラムの変更、英語教育の強化のほか、制服の自由化や教師の労働環境改善など、伝統的価値観に基づく教育体制に切り込む広範な公約を掲げた。しかしながら、教育だけでなく君主制を含めた「改革」を目指す前進党に対する保守派の目は厳しく、2023年7月初現在もこの選挙結果がどのように帰結するのか定かではない。若者が将来を期待できる経済社会を実現できるのか、タイは分岐点に立っている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 熊谷章太郎2012.「なぜタイの失業率は低いのか?――低失業率の背景と物価の影響――」『ESRI Research Note』No20.
  • 末廣昭 2000.『キャッチアップ型工業化論――アジア経済の軌跡と展望――』名古屋大学出版会.
  • Bangkok Post 2023. “Migrant Workers Plug Crucial Gaps: Foreigners Help Fix Labour Shortage,” April 20.
  • Chitviriyakul, A. 2023. “Students Fear for Job Prospects,” Bangkok Post, March  5.
  • College of Population Studies, Social Research Institute, Chula Unisearch, Chulalongkorn University 2023. “In-depth Research on Youth Not in Employment, Education or Training (NEET) in Thailand,” Bangkok: UNICEF.
  • Lertchoosakul, K. 2021. “The White Ribbon Movement: High School Students in the 2020 Thai Youth Protests,” Critical Asian Studies, 53(2), 206-218.
  • Lertchoosakul, K. 2023. “The May 2023 Elections and the Triumph of Thai Youth Social Movements,” Critical Asian Studies Commentary Board, May 29. 
  • Satimanon, T. 2017. “Thailand’s Labor Mismatch: Contemporary Situations and Solutions,”  NIDA Case Research Journal, 9(1), 1–38.
  • Vandeweyer, M., et al. 2020. “Thailand’s Education System and Skills Imbalances: Assessment and Policy Recommendations,” OECD Economics Department Working Papers, No. 1641.
著者プロフィール

高橋尚子(たかはしなおこ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ研究員。修士(農学)。専門はタイ地域研究、農業経済。最近の研究関心は、タイにおける小規模農家の適応戦略、グリーン経済促進と農業・農村の関係など。


  1. 世界銀行「Population estimates and projections」より。
  2. 賃金を比較すれば、都市農村間の格差は依然大きく残る。しかしながら、農家世帯にとって、大きな収入源は農外収入と親類などからの現金仕送りであり、物価を考慮し単純労働世帯と比較すれば世帯収入格差は大きくない。
  3. OECD国間の平均的なオーバークオリファイド率は17.1%、アンダークオリファイド率は18.6%と報告されている。