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激変する太平洋地域の安全保障環境と太平洋島嶼国――パシフィック・ウェイに基づく協調行動は可能か

 

Changing Security Environment in the Pacific: Can Pacific Island Countries Make a Consensus-based Diplomatic Approach under the Pacific Way Principle?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053467

2022年8月

(5,764字)

2022年7月9日、太平洋島嶼国のキリバスが太平洋諸島フォーラム(PIF)から脱退することを表明した。PIFは1971年に設立された南太平洋フォーラムを前身とする地域協力機構である。キリバスのPIF脱退宣言が明らかにしたのは、太平洋島嶼地域で築かれてきた協調の伝統の維持が困難になりつつある現実である。その背景には、複雑さが増した太平洋島嶼地域の安全保障環境がある。近年、米中双方が積極的に太平洋島嶼国に関与していることから、太平洋地域が米中対立の最前線のひとつとして認識されるようになっている。しかし、アメリカや中国の意図や大国間競争にばかり注目が集まりがちであり、太平洋島嶼国がどのように反応しているかについての分析は少ない。本稿はこれまであまり鑑みられることがなかった太平洋島嶼国の状況や視点も交えつつ、同地域の安全保障環境を概観する。

中国・王毅外相と会談するソロモン諸島のソガバレ首相

中国・王毅外相と会談するソロモン諸島のソガバレ首相
キリバスのPIF脱退の背景

PIFは地域課題に結束して取り組み、太平洋島嶼国の主体性と利益を追求することを目的としてきた。設立当初はフランスによる太平洋地域での核実験に反対し、最近では世界各国に対して温暖化対策への一層の行動を求めている。2021年、キリバスを含むミクロネシア各国がPIFから脱退することを表明した1。これは、PIFの事務局長人事をめぐる諍いが原因である。慣例ではメラネシア、ポリネシア、ミクロネシアが順番に事務局長を送り出しており、次回の事務局長はミクロネシアから選ばれるはずであった。しかし、「紳士協定」がないがしろにされ、ポリネシアであるクック諸島のヘンリー・プナ元首相が事務局長に選出されたことから、ミクロネシア各国が不満を表明し、PIFからの脱退を宣言した。この問題は、2022年のPIF議長国であるフィジーの仲介により「スバ協定」が合意され、ミクロネシア各国が脱退表明を取り下げることで、一応の解決を見たと考えられていた。そのため、首脳会議直前でのキリバスの脱退表明は驚きをもって受け止められた。キリバスは、「スバ協定」に納得したわけではないことなどを脱退の理由に挙げている。

キリバスといえば、2019年に台湾と断交し、中国と国交を樹立したことで、中国との関係の深さが指摘されてきた国である。そのため、キリバスのPIF脱退宣言についても中国の影響を指摘する声がある2。とくに、第二次世界大戦中に使用されていた滑走路を中国と共同で改修する計画が明るみに出て以降、アメリカやオーストラリアは、中国による太平洋地域の軍事拠点化を警戒するようになっている。キリバスのPIF脱退の理由を中国の「関与」に求めるのは短絡的すぎるが、伝統的に地域で一致した協調行動を取ってきた太平洋島嶼国地域において、中国が分断(工作)に乗り出しているとの報道も見られる(時事ドットコムニュース 2022)。

キリバス以上に中国との関係の深さが指摘されているのがソロモン諸島である。2022年4月20日、ソロモン諸島と中国は安全保障協定を締結したが、アメリカやオーストラリア、そして日本を含むアジア太平洋地域の「民主主義陣営」は、この安全保障協定が太平洋地域における中国の軍事拠点化をもたらすとして、一斉に懸念を表明した。同年5月には、中国の王毅外相が太平洋島嶼国7カ国と東ティモールを10日間かけて訪問するという異例の長期外遊を行った。中国政府は、ソロモン諸島と締結した安全保障協定と同様の協定を他の太平洋島嶼諸国とも締結しようとしており、歴訪の直前に各国に送付した安全保障協定に関する提案書がインターネットに流出した。

太平洋地域では、地域課題を圧力や多数決で解決するのではなく、反対意見も尊重し、対話を尽くしてコンセンサスを形成し、協調行動を取ることを基本原則としてきた。これがいわゆる「パシフィック・ウェイ」と呼ばれる原則の一部である3。一方、太平洋島嶼国各国はそれぞれの国内事情と国益を考慮しながら主権国家として対外政策を決めている側面もある。移り変わりゆく地域の安全保障環境に対して太平洋島嶼国は、今後も伝統的な方法で協調行動を取り続けていくことができるのであろうか。

中国のプレゼンス拡大と「民主主義陣営」の反応

中国は2010年代初めごろから対太平洋島嶼国への開発援助を拡大し始めた。オーストラリアのローウィー研究所が作成した「太平洋援助マップ」4によると、2009年の太平洋島嶼国向け政府開発援助(ODA)では、1位のオーストラリアが7億ドル超を占め、2位がアメリカの2億1500万ドル、3位が日本の1億2900万ドルであり、中国は6300万ドルと地域全体の援助総額の3%を占めるにすぎなかった。ところが、3年後の2012年には中国の援助額が1億2600万ドルに倍増し、援助総額では全体の5位に、2016年には2億8700万ドルとなり、太平洋地域向け開発援助全体の13%を占め、オーストラリアに次いで2位となった。

オーストラリアの2011年の援助実績は12億ドル超を記録し、対太平洋島嶼国援助全体の50%以上を占めるに至っていた。2013年に労働党政権から保守連合政権に代わってからは援助額が若干減少したが、それでもその額は8億ドルから10億ドルの間で推移してきた。中国の援助には必ずしもODAの供与額として公表されていないものもあると考えられるので、数字以上の援助や経済支援がある可能性はある。しかし、オーストラリアやニュージーランド、アメリカや日本などの援助も加えれば、「民主主義陣営」が引き続き最大の援助国であることは間違いない。さらに、中国の対太平洋島嶼国援助は最近では減少傾向にある。そのため、援助を通じた中国の影響力は限定的になりつつある。

一方で、援助と引き換えに中国が力を入れているのが安全保障協力である。最近もっとも注目を集めたのが、上述のソロモン諸島をめぐる新たな展開である。ソロモン諸島は2019年に台湾と断交して中国と国交を樹立した。ソロモン諸島では、2021年12月に大規模な暴動が起こったが、そのきっかけのひとつは、中国寄りの政策を進めるソガバレ政権への反発であったとされる。この暴動ののち、ソガバレ首相は、ソロモン諸島警察の訓練と能力強化のために中国の警察関係者と装備品を受け入れることを発表し、国内の治安維持において中国に支援を求めるようになった。そして、2022年4月にソロモン諸島と中国が締結した安全保障協定では、治安維持の名目で中国軍がソロモン諸島に駐留することが可能とされており(O’Brien 2022)、アメリカやオーストラリアが一斉に懸念を表明するに至った。

対するアメリカやオーストラリア、ニュージーランドも、2022年に入り要人外交を活発化させている。アメリカのブリンケン国務長官は2月にフィジーを訪問し、気候変動対策や軍事交流イニシアティブを促進させるととともに、ソロモン諸島に大使館を設置する計画があると表明した。さらにアメリカは、日本、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランスなどと連携して、太平洋島嶼国への関与を強化していく構想を発表している。オーストラリアでは5月に政権交代が実現し、アルバニージー労働党政権が発足したが、ペニー・ウォン新外相は、就任直後から積極的に太平洋島嶼国を訪問している。そして、フィジー、サモア、トンガ、ソロモン諸島を訪問した際、これらの国に対し、環境、コロナからの復興、開発などの分野でこれまで以上の支援を行うことを約束した。

大国とのほどよい距離感とは

PIFは、近年の安全保障環境の変化や影響力を強める中国との関係に対し、地域で一致した行動を取ろうとしている。しかし、実際の行動は国によって異なるのが実情である。フィジーなどの地域内で政治的な交渉力が比較的高い国は、適度なバランスを取りながら、中国と「民主主義陣営」の両方から利益を引き出す等距離外交を展開している5。つまり、両者と等距離で付き合うことで双方から利益を得つつ、なおかつ大国間の競争に巻き込まれないように近づきすぎない、という微妙な舵取りを行っているのである。フィジーのバイニマラマ首相は、王毅外相がフィジーを訪問した際にツイッター(2022年5月30日)で、「太平洋島嶼国が必要としているのは本物のパートナーであり、パワーを追求する大国ではない」と中国を牽制してから、中国との外交成果を紹介している。またオーストラリアに対しては、「太平洋島嶼国はどこかの裏庭ではなく、自分たちのことは自分たちで決める。太平洋島嶼国の関心は地政学ではなく、環境問題である」とツイッター(2022年5月28日)に投稿している。「裏庭」はしばしばオーストラリアが太平洋島嶼国を従属的に見ていることを示す言葉として否定的な意味で使われる。つまり、「裏庭ではない」ということは、フィジーがオーストラリアや西側陣営に従属的に協力することはないという意思を明確に表すものである。

このような太平洋島嶼国側からの反応に対し、「民主主義陣営」と中国は、太平洋島嶼国を大国間競争に巻き込む意図がないことを強調している。バイデン政権の高官は、アメリカが太平洋島嶼国に中国かアメリカのどちらか一方を選択するように迫っているわけではないこと、そして中国と関係を持つことに反対しないことを明言している(日本貿易振興機構 2022)。ニュージーランドのヘナレ国防相も、太平洋島嶼国が独立国家として自由にパートナーを選ぶことができる旨を発言している(The Fiji Times 2022)。また、王毅外相は外遊中に開催された中国・太平洋島嶼国外相会合において、中国は太平洋島嶼国を大国同士の競争に巻き込ませる意図がないことを示したうえで、さらなるコンセンサスを形成するために、中国と太平洋島嶼国との協力について概観するポジション・ペーパーを作成し、今後も議論を続けていくとしている(Chute 2022)。

今のところ、多くの太平洋島嶼国は中国との安全保障協力にコミットしておらず、中国と「民主主義陣営」は、太平洋島嶼国に意思決定権があることを認める発言をしている。また、アメリカやオーストラリア、中国は、太平洋島嶼国が一貫して求めてきた温暖化対策や二酸化炭素の排出制限での一層の努力と協力を表明している。このような外交上の実利も考えれば、フィジーなどの太平洋島嶼国は外交上うまく立ち回っていると言える。

足並みが乱れる太平洋島嶼国

しかし、大国間でバランスを取る方針を採用していない国もある。ソロモン諸島やキリバスは明らかに中国との関係を深めている。2022年のPIF年次会合では地域の安全保障問題に対して島嶼国が協力して対応することが目指されたが(日本経済新聞 2022)、キリバスの脱退宣言は、この問題に対して各国が一致した行動を取ることができない現状を露呈させるものだった。

ミクロネシアの国々は、アメリカと自由連合協定(コンパクト)6を締結していることから、アメリカとの結びつきが強い。前述の王毅外相による歴訪前に流出した情報によると、中国が各国に示した安全保障協定の提案文書には「伝統的および非伝統的な安全保障の分野での協力」や、「中国が二国間および多国間の手段で太平洋島嶼国のための警察訓練を実施する」ことなどが明記されていた(Matsumoto 2022)。この提案については、ミクロネシア連邦のパヌエロ大統領が強く反発し、提案が「新冷戦を引き起こしかねない」と述べ、他の太平洋島嶼国に対して慎重に対応するよう求めた(Needham 2022)。このような反応は、キリバスやソロモン諸島の対中姿勢とはまったく異なるものであり、等距離外交を志向するフィジーよりも強硬なものである。

一方、等距離外交を展開するフィジーでも、内政に目を向ければ、野党が明確に中国を脅威として定め、アメリカやオーストラリアとのパートナーシップを強化する必要性を訴えている(The Australian 2022)。これは、2022年後半に予定されている総選挙で、安全保障が選挙争点として浮上してきたことから、政府が中国に対し弱腰であると批判するためである。したがって、選挙結果によっては、フィジーの対中政策も変更される可能性がある。

各国は、パシフィック・ウェイの原則に従い、中国への傾斜を強めるソロモン諸島やPIFからの脱退を表明したキリバスに対して一定の理解を示す発言をしている 。PIFは、地域の安全保障上の課題に対して、島嶼国が一致した対応を取るように調整しようとしているが、異なる意見を尊重しつつコンセンサス形成を図るというパシフィック・ウェイによる合意形成は時間がかかり、現在の急激な情勢変化のなかで、島嶼各国の協調行動を困難にしている。

そのような太平洋島嶼国の状況を後目に、「民主主義陣営」と中国による太平洋地域へのアプローチは積極性を増している。PIF首脳会議にメッセージを寄せたアメリカのハリス副大統領は、さらなる太平洋地域へのコミットメントを約束し、キリバスを含み新たな大使館を設置する意向を表明している。また、オーストラリアやニュージーランドも、ビザ要件の緩和など、太平洋島嶼国の利益に直結する政策を軒並み表明している。中国が提案する安全保障協定も、これから継続的に交渉されていくものと考えられる。今後は、太平洋島嶼国が意見の相違を乗り越えて、地域として一貫した対応を定めることができるのか、それとも地域のコンセンサスが目指されることなく、各国が独自の判断で中国や「民主主義陣営」との関係が追求されていくのかが注目される。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Prachatai, via Flickr(source: Solomon Islands Government Portal)(CC BY-NC-ND 2.0
参考文献
著者プロフィール

片岡真輝(かたおかまさき) 東京外国語大学世界言語社会教育センター講師。専門は集合的記憶、記憶の政治学、太平洋島嶼国政治。おもな著作に、 “Formation of Diaspora Network and Reconstruction of Collective Memory: The Case of Indo-Fijians.” in S. Ratuva. et al (eds.) Risks, Identity and Conflict: Theoretical Perspectives and Case Studies. Palgrave Macmillan Singapore (2021)、 “Two Cases of Memory Construction in Fiji: A Theoretical Development of Collective Memory under Globalisation and Digital Age.” Pacific Dynamics: Journal of Interdisciplinary Research. 3 (1): 46-57 (2019)など。

  1. 太平洋地域は、言語・人類学的な分類から、メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアの3つの地域に分かれている。
  2. キリバスのトン元大統領は、財政支援を期待して中国との密約(cooking something with China)を行っているのではないかと発言している(Foon 2022)。
  3. パシフィック・ウェイは、初代フィジー首相のカミセセ・マラが提唱し、太平洋流の地域協力のあり方を表しているとされる。詳しくは、小柏(2000)を参照。
  4. Lowy Institute. Pacific Aid Map.
  5. 詳しくは、拙稿「中国の台頭と太平洋島嶼国の独自外交――大国間でしたたかに生きる島嶼国家」『IDEスクエア』2018年10月、参照。
  6. ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオのミクロネシア三国がアメリカの国連信託統治から独立する時に結ばれた協定。国防や安全保障の権限をアメリカに委ねる代わりに、アメリカが財政的な支援をすることを定めている。
  7. 例えば、サモアのフィアメ首相はキリバスが直面する状況を理解すべきだと述べており(Kumar 2022)、フィジーのバイニマラマ首相も、キリバスの現状を尊重すべきだと発言している(Fijian Government 2022)。また、PIFのプナ事務局長も、キリバスの抱える懸念を深刻に捉え、対話によって解決を目指していくべきだと発言している(Kumar 2022)。