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試される一帯一路「債務の罠」の克服――中国-ミャンマー経済回廊の建設状況から考える

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051419

石田 正美

2019年7月

(6,115字)

ポイント
  • 中国政府は一帯一路の名の下、周辺国のインフラ整備に資金を貸し付けている。しかし、インフラ整備の支援を受けた国が借りた資金を返済できない場合、その国を政治的影響下に置くのではないかという「債務の罠」に対する批判が欧米諸国から発せられている。
  • 中国-ミャンマー経済回廊は、一帯一路構想の一部で、中国・雲南省の昆明とミャンマー最大都市ヤンゴン並びにベンガル湾に面するラカイン州チャオピューの約1700 kmの区間を高速道路と鉄道で結ぶ構想で、中国側は既に険しい山岳区間に高速道路を通している。
  • ミャンマー側にも山岳区間や難所が多く含まれ、中国国内と同レベルの高速走行を実現するためにはきわめて多額の資金が必要となり、中国から借款を受けるミャンマー政府には、債務の負担が重くのしかかることが懸念される。
  • この点から、ミャンマー側区間の中国による建設支援は、高規格の輸送インフラを建設しながらも、ミャンマー側の財政規律にも配慮し、中国政府が「債務の罠」への批判を如何にして払拭するのかを占ううえでの試金石となる。
はじめに

2019年4月25~27日開催の第2回一帯一路首脳会議で、中国がインフラ支援相手国の財政面での持続可能性にも配慮する姿勢を示したことは、マレーシアのマハティール首相などからも好意的に受け止められた。この背景には、スリランカ政府が、ハンバントータ港の建設で中国から借りた13億ドルを返済できず、99年にわたる同港の運営権を中国国有企業に譲渡せざるを得なくなったことなどがある。欧米諸国は、こうした状況に対し「債務の罠」として中国を批判した。冒頭で述べた中国政府の支援相手国の財政規律に配慮するとの姿勢の変化は、こうした欧米諸国の批判を払拭するためのものであった。

この債務の持続可能性の問題は、6月8~9日に福岡で開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議でも議題となり、中国が支援する国のひとつであるミャンマーも、この会議の行方を、固唾をのんで見守っていたことと思われる。しかし、期待された中国による途上国融資の実態は公表されないまま、曖昧な形で閉会となり、ミャンマーにとっても「債務の罠」への懸念を払拭するには十分とは言えなかった。ここでは、中緬間で協議が進められている「中国-ミャンマー経済回廊」の建設状況を、筆者の一部区間の走行経験も含め具体的に紹介し、一帯一路建設の「債務持続可能性」の行方を考察する。

中国にとっての要衝「チャオピュー」

中国-ミャンマー経済回廊は、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問が2017年12月1~3日に北京を訪問した折り、習近平国家主席との間で合意された構想である。具体的には、中国・雲南省の昆明とミャンマー最大の経済都市ヤンゴンとラカイン州のチャオピューを高速道路と鉄道で結ぶ構想で、2018年9月9日には両国間で覚書が結ばれている。

さて、かつての首都ヤンゴンを訪れた読者も多いであろうが、チャオピューの地名を知る読者はかなりのミャンマー通かと思われる。ミャンマー西部に位置しベンガル湾に面したチャオピュー(図1)は、ラカイン州沖合のシュエ海洋ガス田から中国に送られる天然ガスパイプラインと、2017年に輸送が始まった中東産などの原油パイプラインの起点でもある。従来、中国は中東産などの原油をマラッカ海峡経由の輸入に依存せざるを得なかった。同海峡が海上封鎖された場合のリスクを回避する意味で、チャオピューは中国にとって安全保障上の要衝である。同時にチャオピューは、ヤンゴン近郊のティラワ、バンコクから約360km離れたインド洋への窓口となる深海港ダウェイとともにミャンマーの経済特区に指定されている。2015年12月30日には、中国の国有企業である中国中信集団(CITIC)を中心とするコンソーシアムが、このチャオピューで大規模港湾と工業団地の開発権を取得した。

図1 上瑞高速道路とチャオピューの位置関係

図1 上瑞高速道路とチャオピューの位置関係

(出所)筆者作成。
中国側の進捗状況

中国-ミャンマー経済回廊のうち、中国側の高速道路は、2015年9月30日に昆明からミャンマーとの国境がある瑞麗まで完成した。この高速道路は、上海から瑞麗までの上瑞高速道路(全長4090km)の一部をなす区間で(図1参照)、この区間はさらに6つの小区間から構成される(図2参照)。具体的には、①昆明市西出口-安寧間の昆安高速(22.4km)、②安寧-楚雄間の安楚高速(129.93km)、③楚雄-大理間の楚大高速(178.8km)、④大理-保山間の大保高速(166.0km)、⑤保山-龍陵間の保龍高速(76.3km)、⑥龍陵-瑞麗間の龍瑞高速(128.4km)で、その全長は701.8km、筆者が2018年9月に走行した際には、昆明のホテルから瑞麗の街まで正味7時間半を要した(平均時速94km/h)。  

図2 中国-ミャンマー経済回廊

図2 中国-ミャンマー経済回廊

(注)地図上の道路・鉄道は既存のインフラないしは計画中のルートを示したものである。 ただ、ムセ-マンダレー間はラショーを通らず、イラワディ川沿いのティジャインを通るルートとチャオピューとネピドーを通るルートがF/Sで検討されている。
(出所)筆者作成。

一方、昆明の標高が1892m、終点の瑞麗は標高788mで、その標高差は1104mである。基本的に標高1975mの大理から瑞麗まで下り坂が多いが、途中に幾多の山河もあり、実際の標高差はさらに大きい。大保高速道路を除く5つの高速道路を合わせると、トンネルは57カ所、橋梁は大小を含め574カ所で、そのなかでも怒江(サルウィン川)大橋(写真1)の全長は2208mにも及ぶ1。本来は高速走行に馴染まない山岳区間であるが、トンネルと橋桁をふんだんに使うことで高速走行を可能にしている。それでもカーブを曲がるのに時速70km/hまでの減速を余儀なくされる区間もある(写真2では遠方に見える道路から撮影地点まで半円を描いている)。建設に要した歳月も、楚雄-大理間を結ぶ楚大高速の起工が1996年2月1日で、その時点から起算して20年弱にもなる。また、総工費も各区間の「投資額」として発表されている数字などを合計すると343.7億元(1ドル7元換算で49.1億ドル)にも上る。  

写真1 怒江大橋

写真1 怒江大橋(2018年9月16日筆者撮影)

写真2 保龍高速道路区間

写真2 保龍高速道路区間(2018年9月16日筆者撮影)

他方、鉄道は、昆明-大理間(291.5km)を1時間48分で結ぶ高速鉄道が、2018年7月1日から運行されている。大理-瑞麗間(330km)は現在建設中で、2022年12月1日から運行が予定されている。しかし、当初5年半と見積もられた全長14.3kmの大柱山トンネルの工期が想定外の湧水や高地熱などにより、現在では13年かかるとみられている。さらにアジア最長となる34.6kmの高黎貢山トンネルも建設中である。また、鉄道の設計速度も昆明-大理間が200km/hであるのに対し、大理-瑞麗間は140km/hとなっており、道路同様に本来は高速走行が馴染まない山岳区間が少なからず含まれているようである。

ミャンマー側の進捗状況

中国の瑞麗からみてミャンマー側の国境にある街がムセであり、ムセからミャンマー第2の都市マンダレーまでを結ぶ道路の距離が約451kmである。この区間は、1998年にアジアワールド社およびダイヤモンドパレス社よりBOT2で拡幅舗装が行われている。筆者も10年前の2009年にムセ-マンダレー間を走行したが、正味10時間(平均時速45km/h)を要した。また、鉄道は英領植民地時代に建設された北シャン州鉄道がラショー-マンダレー間(280km)で運行されているが、15~18時間を要する(平均時速15~20km/h)。

ムセの標高が瑞麗の788mと変わらないと仮定すると、マンダレーの標高は21mで、その標高差は767mである。昆明-瑞麗間と同様、基本的に下り坂であるが、いくつかの難所が存在する(写真3)。特に前述の鉄道に架かるゴーテイ鉄橋は102mの高さを誇るが、同区間の道路は架橋が施されておらず、峡谷を下り、再び上らなければならない(写真4)。  

写真3 ラショー周辺の峠

写真3 ラショー周辺の峠(2009年10月17日筆者撮影)

写真4 上からみるゴーテイ峡谷

写真4 上からみるゴーテイ峡谷(2009年10月19日筆者撮影)

なお、瑞麗-ムセ国境を通じた貿易額は、ミャンマーの総輸入の約1割、総輸出の約3割を占める、多くの物資はムセとミャンマー最大の都市ヤンゴンとの間を、マンダレー経由で輸送されており、中緬双方にとってムセは最も重要な国境である。ただ、ヤンゴン-マンダレー間は、2011年に631kmの高速道路が完成しているほか、英領時代に建設された全長620kmのヤンゴン-マンダレー鉄道も、JICAによる鉄道整備事業が円借款で行われている。同プロジェクトの第1フェーズではヤンゴン-タウングー間260kmを3時間20分で結ぶことが見込まれている(平均時速79km/h)3。このこともあってか、中国による道路と鉄道の整備が進められる区間として現在注目されているのは、ムセ-チャオピュー間1090kmである。ただ、マンダレー-チャオピュー間(639km)にはアラカン山脈が立ちはだかる点には留意が必要である(図2参照)。

試される一帯一路の「債務の罠」の克服

ムセ-チャオピュー間の道路距離は1090kmであるが、同じ区間の原油パイプラインの総延長は771kmである。高速道路と鉄道を新たに建設した場合、既存の道路と比べ、直線区間の多いパイプライン程とは言わないまでも、かなりの距離短縮が可能であろう。ただし、これは中国国内の高規格インフラのようにトンネルと橋桁をふんだんに使えば、の話である。一帯一路を推進する中国としては、当然、中国国内と同様の高規格の高速道路・鉄道を建設したい。しかし、それには当然多額の資金が必要になり、ミャンマー政府にすれば、「債務の罠」が問題となる。実際、ミャンマー政府の要請でチャオピュー経済特区の深海港のバースの数は当初計画の10から2まで減らされ、総工費も73億ドルから13億ドルまで縮小された。  

ここで、中国側の昆明-瑞麗間の高速道路の総工費と、ミャンマー側のチャオピューの深海港およびムセ-チャオピュー間の高速道路の総工費について、それぞれの妥当性を考察しよう。輸送インフラの場合、例えば港湾についてはバースの数に加え、各バースの長さも港湾により異なるため、他のプロジェクトとの単純な比較は難しい。しかし、参考までに他の事例を紹介すると、日本のODAにより2018年に建設されたベトナム・ハイフォン沖合に建設されたラックフェン港(2バース)の総工費は約13億ドル余りであった。これは、縮小後のチャオピュー(2バース)の深海港建設費とほぼ同等である。

他方、アジア開発銀行の援助で建設されたベトナムのノイバイ-ラオカイ高速道路(全長245km)の総工費は15億ドルである。仮に全長と総工費を3倍にして昆明-瑞麗間の701.8kmに近付けると、735kmと45億ドルとなり、昆明-瑞麗間の総工費(49.1億ドル)と大きく変わらない。しかし、ノイバイ-ラオカイ高速道路が比較的平坦な区間を走ることと、ムセ-チャオピュー間の道路距離は1000kmを超え、加えてアラカン山脈越えがあることを考えると、建設費はこれらを上回ることが想定される。さらに、鉄道がそれに加わる点も考慮する必要がある。ミャンマー中央政府の2017年度の歳入は110億ドル、歳出は149億ドルと財政は赤字であり、長期にわたる返済プランが求められよう。  

このように、高規格なインフラの建設費用がかさみ、双方の思惑が一致しない場合、中国とミャンマーの交渉はより一層複雑になる。実は、2011年のテインセイン政権成立後、ミャンマー北部カチン州で進められていたミッソン・ダムの建設が、地元住民の反対の声に配慮する形で凍結されている。ミッソン・ダムは、完成すれば中国の三峡ダムにも匹敵するとされ、ミャンマーと中国はこの発電量の9割を中国側に輸出する協定を結んで建設に取り組んできた。このテインセイン政権によるミッソン・ダム建設凍結の発表は、欧米諸国から歓迎される一方、中国にとっては対ミャンマー外交の再考を促すほどの衝撃となった。実際のところ、ミャンマー政府が手を焼く国内少数民族武装勢力との和平プロセスを中国が支援しており、外交姿勢の変化が窺える4 。このように、中国政府は硬軟織り交ぜながらミッソン・ダムの建設再開をミャンマー政府に働きかけてきており、アウン・サン・スー・チー国家顧問にとっては対中外交のカードともなり得る。ただし、建設再開にゴーサインを出した場合、国内支持基盤への悪影響には計り知れないものがあると予想される。

こうしたなか、中国-ミャンマー経済回廊について歩み寄りを示したのはミャンマー側であった。2019年3月7日付けの『ザ・ミャンマー・タイムズ』紙は、ミャンマー側が高速鉄道のフィージビリティ・スタディ(F/S)の実施に限り同意したとの同国国鉄職員の話を掲載している。この高速鉄道のF/Sが実施された場合、ミャンマー政府の財政面での持続可能性と自らも満足する高規格なインフラの建設をいかに両立させるのか、中国政府の姿勢が試される。

写真の出典
  • 写真1~4ともに筆者撮影。
参考文献
  • 工藤年博 2012. 「中国の対ミャンマー政策:課題と展望」アジア経済研究所政策提言研究レポート。
  • タンミンウー(秋元由紀訳) 2013.『ビルマ・ハイウェイ 中国とインドをつなぐ十字路』白水社。
著者プロフィール

石田正美(いしだまさみ)。アジア経済研究所開発研究センター上席主任調査研究員。経済学博士。専門はメコン地域開発。主な編著書に『タイ・プラス・ワンの企業戦略』(梅﨑創氏および山田康博氏と共編)勁草書房(2017年)および『メコン地域 国境経済をみる』アジア経済研究所(2010年)など。

書籍:タイ・プラス・ワンの企業戦略

書籍:メコン地域 国境経済をみる

  1. 百度(バイドゥ)百科による。
  2. BOTは建設(Build)、運営(Operate)、譲渡(Transfer)の略で、この場合アジアワールド社およびダイヤモンドパレス社が道路を拡幅舗装し、有料道路として運営し、投資資金を回収したうえで、予め契約で定められた年数を経た後に、ミャンマー政府に譲渡される。
  3. 中国はヤンゴンまで標準軌の高速鉄道を建設し、さらにバンコクまで伸ばし、シンガポール-昆明鉄道の西ルートとすることも計画している。
  4. ミャンマー側の武装勢力と同じ少数民族が国境をまたいで中国側にも居住しているため支援が可能である。以前は逆に中国政府がミャンマー側の少数民族に武器などを支援しているとの話が報じられることがあった。
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