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「世界最大の民主主義」はどこへ向かうのか――2019年インド総選挙(前編)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050801

2019年3月

(5,640字)

ポイント
  • インドでは4月から5月にかけて、5年ぶりとなる連邦下院選挙が行われる。有権者数が約9億人にのぼる今回の総選挙では、ナレーンドラ・モーディー首相率いるインド人民党(BJP)政権の是非が最大の争点となる。
  • 2014年の前回総選挙は、過半数の議席を獲得したBJPの圧勝に終わった。しかし、選挙結果の地域的差異や議席数と得票率の間の隔たりに目を向けると、「モーディー旋風」という一言で片づけられるほど単純ではないことがわかる。
  • 総選挙後の4年間で、BJPは州レベルでも急速に勢力を拡大していったが、最近になってその勢いに陰りが見られる。
  • モーディー政権の強権的な政治運営には、以前から批判の声が絶えない。さらに、総選挙に与える影響の大きさという意味では、「モーディーノミクス」を喧伝してきた現政権が経済分野で目立った成果を上げていないという点が特に重要である。

連邦議会下院の任期満了まで2カ月あまりとなった2019年3月10日、第17次連邦下院選挙の日程が選挙委員会より発表され、本格的な選挙戦がインドで始まった。今回の総選挙では、4月11日から5月19日にかけて7段階に分けて投票が実施され、5月23日に543のすべての選挙区について一斉に開票が行われる。選挙委員会によると、登録されている有権者の数は、5年前の前回総選挙よりも8,400万人ほど多い約9億人にのぼる1。世界で最も有権者の多い選挙であることはいうまでもない。

選挙日程の発表に前後して、選挙協力や議席配分をめぐる交渉が政党間で進められるとともに、主要政党からは選挙マニフェストと公認候補者が立て続けに公表されている。また、選挙の顔となる有力政治家を前面に押し立てた大規模集会から草の根レベルの選挙運動まで、活発な選挙キャンペーンが全国各地で行われている。そして、今回の総選挙で最大の争点となっているのが、ナレーンドラ・モーディー首相率いるインド人民党(BJP)政権の5年間の是非である。

写真:「国際ヨーガの日」のイベントでヨーガを披露するモーディー首相

「国際ヨーガの日」のイベントでヨーガを披露するモーディー首相(2015年6月)
2014年総選挙でのBJPの圧勝

2014年に行われた前回総選挙(第16次連邦下院選挙)では、グジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーを首相候補に擁するBJPが第一党に躍進し、過半数を超える282議席(得票率31%)を獲得した。そして、BJPを中心とする政党連合である国民民主連合(NDA)が合わせて336議席を得て圧勝したのを受けて、モーディー首相率いる新政権が発足することとなった。一方、2期10年にわたって政権の座にあったインド国民会議派は、選挙前から伝えられていた劣勢の予想をもはるかに下回る44議席(得票率19.3%)にとどまり、歴史的惨敗を喫した。その前の2009年総選挙から162議席減となった会議派は、下院議席が2つ以上割り当てられている26の州・連邦直轄地のうち、11の州・連邦直轄地で議席を獲得できなかった(なお、2009年総選挙では、トリプラ州のみ)2

表1 2014年総選挙でのインド人民党と会議派の議席数

表1 2014年総選挙でのインド人民党と会議派の議席数

(出所)インド選挙委員会のウェブサイト(https://eci.gov.in/)に掲載されている、連邦下院選挙に関する報告書をもとに筆者作成。
(注)カッコ内の数字は、各地域の議席数の合計を表している。「増減」とは、2009年総選挙と比較しての議席数の増減のことである。

連邦議会下院で第一党が過半数を超える議席を占めるのは、インディラ・ガンディー首相の暗殺後に行われた1984年の総選挙において、会議派が542議席中405議席(得票率49.1%)を獲得して以来30年ぶりのことであった。そのため、2014年総選挙でのBJPの圧倒的勝利は、「モーディー旋風」と形容されるほどだった。ただし、この「モーディー旋風」という表現には、いくつかの留保が必要である。

第1に、BJPが獲得した議席はインドの中部と西部の州に集中しており、「モーディー旋風」がインド全土をあまねく席巻したわけではない(表1)。つまり、8割以上の選挙区でBJPが勝利を収めた中部と西部については、確かに「モーディー旋風」が押し寄せたということはできるが、それ以外の地域では、BJPへの支持は限定的なものでしかなかったのである。

第2に、BJPは過半数を上回る議席を手中に収める一方、インド全体での得票率は3割程度にとどまった。インドの連邦下院選挙(および州議会選挙)は小選挙区制を採用しているため、第一党が得票率を大幅に上回る割合で議席を獲得するという現象が起こりやすい。前回の総選挙では、より少ない得票でより多くの議席を得るという意味で、BJPはこれまでのどの政党よりも効率的な勝ち方をしたといえるのである。

第3に、過去30年間に行われた総選挙と同様、BJPと会議派という二大政党の得票率の合計は5割程度であり、残りの5割は各州の地域政党や一部の州で大きな影響力を持つ左翼政党などが占めている。そのため、2番目の点とあわせて考えると、BJPに対抗する政党間の選挙連合の組み方次第では、BJPの獲得議席数は大きく減っていた可能性がある。

このように、選挙結果の地域的差異や議席数と得票率の間の隔たりに目を向けると、前回総選挙でのBJPの圧勝劇は「モーディー旋風」という一言で片づけられるほど単純ではないことが明らかだろう。

総選挙以降のBJPの勢力拡大

総選挙での圧倒的勝利の波に乗るBJPは、「モーディー旋風」が吹き荒れた中部と西部を中心に、州レベルでも急速に勢力を拡大していった(以下では、表記を簡略化するために、連邦直轄地も州と呼ぶこととする)。2014年の総選挙の直前には、BJPまたはBJPと他党による政党連合が州政権を握っていたのは7州にすぎなかったが、総選挙以降、BJPとその協力政党が各地で行われた州議会選挙で次々と勝利した。その結果、総選挙から4年後の2018年3月には、BJPはインドの全人口の7割以上を占める21の州を支配下に置くまで版図を広げたのである。これとは対照的に、会議派または会議派と他党による政党連合が政権を握る州の数は14から4へと大幅に減り、そのうち人口規模の比較的大きい主要州はパンジャーブとカルナータカの2州のみとなった3。BJPが盛んに訴える、「脱会議派インド」というスローガンが、一気に現実味を帯びるようになったのである。

さらに、州議会選挙でのBJPの連戦連勝は、(州議会議員の間接投票によって州ごとに議員が選出される)連邦議会上院の構成に徐々に変化をもたらしていった。そして、2018年に行われた上院選挙の結果、会議派に代わってBJPが上院で第一党となり、連邦議会の下院と上院の間の「ねじれ」が解消された。これによって、モーディー政権にとっての政治運営上の障壁が一つ取り除かれたのである(ただし、BJPは上院の単独過半数には程遠いうえに、上院議員は原則として2年ごとに3分の1ずつしか改選されないため、BJPは連立パートナーを含む他党からの協力を依然として必要とした)。

このように、BJPは国政レベルと州レベルの両方で着実に勢力を拡大し、モーディー首相とアミット・シャハBJP総裁の二人組が牽引する現政権は――選挙での勝利に加えて、あらゆる政治的手段を用いることによって――ほぼ負け知らずの状態であった4。そのため、次回総選挙でのBJPの勝利とモーディー首相の二期目はほぼ確実であるという見方が支配的になっていったのである。

陰りを見せるモーディー旋風
しかし、2017年12月にグジャラート州で行われた州議会選挙以降、このような状況に変化の兆しが現れるようになる。グジャラート州はモーディー首相とシャハ総裁のお膝元であり、BJPが1995年から州政権を握り続けている州であった。さらに、2014年の総選挙では、同州に割り当てられていた26議席すべてをBJPが獲得し、会議派を一掃した。しかし、2017年の州議会選挙では、再び州政権を維持したBJPが大きく議席を減らす一方、会議派が予想外の善戦を見せたのである(表2)。

表2 州議会選挙でのインド人民党と会議派の議席数と得票率

表2 州議会選挙でのインド人民党と会議派の議席数と得票率

(出所)インド選挙委員会のウェブサイト(https://eci.gov.in/)に掲載されている、各州の州議会選挙に関する報告書をもとに筆者作成。
(注)州名の後のカッコ内の数字は、各州議会の議席数を表している。議席数と得票率の後のカッコ内の数字は、前回の州議会選挙と比較しての増減(得票率については、何ポイント増減したか)を表している。

そして、2018年末に5州で行われた州議会選挙で、BJPと会議派が直接対決する構図の3州でいずれもBJPが破れ、会議派が新たに州政権を樹立したことで、モーディー首相率いるBJP政権に以前のような強力な追い風が吹いていないことが明白になった。ラージャスターン、マディヤ・プラデーシュ、チャッティースガルの3州は、2014年総選挙でBJPがほぼすべての議席を独占した中部と西部に位置していたため、この選挙結果は大きな衝撃を与えた。実際、BJPは前回の総選挙では、3州に割り当てられた65の下院議席のうち62議席を獲得していたのである。

前回総選挙で「モーディー旋風」の影響をあまり受けなかった東部と南部では、地域政党が依然として強い力を持っており、BJPが大幅に議席を伸ばせる可能性はそれほど大きくない。一方、「モーディー旋風」が吹き荒れた中部と西部については、さらに議席を積み増しする余地は限られているうえに、上記の3州での州議会選挙の結果が示唆するように、5年前のようにモーディー人気による強力な追い風が吹いているとは考えられない。さらに、野党間でどの程度まで選挙協力が実現するかによっては、BJPが大幅に議席を減らす事態も十分ありえるのである。

写真:日印首脳会談のために来日した際に、安倍首相とともに新幹線に乗るモーディー首相

日印首脳会談のために来日した際に、安倍首相とともに新幹線に乗るモーディー首相(2016年11月)

モーディー首相率いるBJP政権については、ヒンドゥー至上主義勢力の跋扈と少数派に対する抑圧、歴史修正主義に基づく学術研究・教育への政治介入、民主的な規範や手続きの無視、メディアへの有形無形の圧力など、その強権的な政治運営に以前から批判の声が絶えなかった。実際、モーディー政権下でインドの民主主義が著しく後退しているという点は、民主主義指標の値が2014年以降に急速に悪化していることによっても確かめられる5。それに加えて、総選挙を直前に控え、フランス製戦闘機ラファールの調達をめぐる汚職疑惑が持ち上がり、モーディー政権はさらなる逆風にさらされている。

そして、総選挙に与える影響という意味では、大胆な経済改革と雇用の創出を掲げて権力の座に就いたモーディー政権が経済分野で目立った成果を上げていない――それどころか、高額紙幣の廃止措置によって経済を混乱させたうえに、「モーディーノミクス」が成果を上げているように見せかけるために、政府が統計不正に関与しているのではないかという疑惑さえある――という点が特に重要である。後編では、「モーディーノミクス」を喧伝してきた現政権の経済政策に焦点を当て、今回の総選挙の背景を読み解いていくことにしよう。(後編につづく)

著者プロフィール

湊一樹(みなとかずき)。アジア経済研究所地域研究センター研究員。専門は南アジアの政治経済。最近の著作に、「非政党選挙管理政府制度と政治対立――バングラデシュにおける民主主義の不安定性」(川中豪編著『後退する民主主義、強化される権威主義』ミネルヴァ書房、2018年)がある。また、訳書にアマルティア・セン、ジャン・ドレーズ『開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断』(明石書店、2015年)がある。

書籍:後退する民主主義、強化される権威主義

書籍:開発なき成長の限界

写真の出典
  • 「国際ヨーガの日」のイベントでヨーガを披露するモーディー首相(2015年6月): Prime Minister's Office (GODL-India), via Wikimedia Commons.
  • 日印首脳会談のために来日した際に、安倍首相とともに新幹線に乗るモーディー首相(2016年11月):Prime Minister's Office (GODL-India), via Wikimedia Commons.
  1. インド選挙委員会のプレスリリースを参照。
  2. 前回総選挙と新政権発足直後の動きについては、佐藤宏(2014)「モーディー政治を占う――2014年インド総選挙と新政権の発足」(アジア経済研究所)、近藤則夫編(2014) 『インドの第16次連邦下院選挙――ナレンドラ・モディ・インド人民党政権の成立』 (アジア経済研究所)を参照。
  3. "21 states are now BJP-ruled, home to 70 per cent of Indians," Indian Express, 5 March 2018.
  4. BJP(またはBJPと他党による政党連合)が州議会選挙で最大勢力になれなかった場合でも、選挙後に(恐らくは、買収したり、閣僚ポストをエサにしたりして)他党を強引に取り込み、モーディー政権によって任命された州知事の協力を得て、一気に州政権を樹立することがある。2017年の州議会選挙後のゴアとマニプルの2州では、第一党となった会議派がもたついている間に、こうした事態が起こった。
  5. 例えば、「多様な民主主義(V-Dem)指標」を参照。この指標に基づいて執筆された報告書の2018年度版(PDF)では、近年になって民主主義が著しく後退した国として、(米国などとともに)インドがあげられている。