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(アジアに浸透する中国)99年租借地となっても中国を頼るスリランカ

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050609

2018年10月

スリランカのハンバントタ港が2017年7月より99年間にわたり中国国有企業・招商局港口にリースされることが決まった。このハンバントタ港をめぐる決定は中国による「債務の罠」の典型例と見なされている。すなわちインフラ建設などを行うために中国からふんだんに融資を受けたものの、施設が十分な利益を生むことはなく、借金が膨らみ、返済不能になり施設や土地を中国に明け渡さざるを得なくなった事例である。
ニューヨークタイムズの衝撃

スリランカを「債務の罠」の典型例として報道する記事はこれまで数多くあったが、2018年6月25日付のニューヨークタイムズの記事は衝撃的だった。同記事は40,000ワードのボリュームからなり、これまで語られることのなかった事実が綿密な取材で構成されている。特に2つの点を明示したことに意味がある。一点目は中国と当時の大統領マヒンダ・ラージャパクサとその一族の密接な関係が暴露された。具体的には2015年の大統領選挙において、いつ、どのような経路で中国からいくら資金提供されたかなどである。二点目は、中国側もスリランカ側もハンバントタ港が軍事利用されないと再三述べているが、スリランカ側の役人らは、中国が港の戦略的な重要性を求めていることを十分認識していたことを明確にした点である。

スリランカはいきなり「債務の罠」に陥ったわけではない。スリランカは2009年の内戦終結前後から中国との関係強化を進めていた。当時、スリランカは内戦を完全に終結させるために、内戦終結後の戦後復興を進めるための資金を必要としていた。つまり当初は国内的な事情があり中国の関与を望んだのである。

地理的な条件すなわちスリランカが島国であることから、中国の活動が周辺諸国から危険視され、牽制されることが少なかったことも、中国の関与が大規模に進んだ要因である。今でこそ、戦略的な重要性からスリランカにおける中国の活動にインドやアメリカが目を光らせているが、中国とスリランカの関係強化が始まった頃には「一帯一路」どころか「真珠の首飾り」という言葉も一般的ではなく、インドの警戒感も薄かった。

スリランカがインド洋の要衝といわれる理由は、パソコンやスマホでmarinetraffic.comと入力して見てみるとよくわかる。マラッカ海峡並みの重要性とは言わないものの、多くの船やタンカーがスリランカの南を通過しているのがリアルタイムで見ることができる。その数は年間6万隻といわれる1。そしてまさにスリランカの南端にハンバントタ港が位置し、スリランカと中国の合弁企業がその運営を99年間任されているのである。

もちろんラージャパクサ側は、ニューヨークタイムズの記事に猛反発している。ラージャパクサを選挙で破った現政権もこの記事に関してはもろ手を挙げて賛成しているわけではない。植民地化ではなくWin-Winであり、ハンバントタ港の軍事化はない、と明言している。2015年以前は、マヒンダ・ラージャパクサ前政権と中国が蜜月で、その状態を打開しようとしたのが現政権(マイトリパーラ・シリセーナ大統領とラニル・ウィクレマシンハ首相)なのだが、現政権も結局は中国との関係を重視せざるを得なくなっている2

一般のスリランカ人は中国の影響力の浸透をどのようにとらえているのか

国際関係論の視点から中国のインド洋への進出は多方面から論じられている。地政学もスリランカ・中国関係を無視できない。ニューヨークタイムズが紙面を割いたのも関心の高さ故だろう。

では肝心のスリランカの人々は中国の進出をどのように思っているのだろうか。結論から言えば,スリランカの人たちはハンバントタ港の長期貸し出しにそれほど関心を示していない。だからこそ、スリランカの野党も表向きは政権の判断(長期リース)を批判しつつも、最終的に了承したのだ。

ただ、こうしたスリランカ国民の反応には違和感がある。なぜならスリランカは、2009年まで約30年間の内戦を経験した。北・東部の独立を求めたLTTE(タミル・イーラム解放の虎)と政府軍の戦いだった。究極的には居住地である国土を巡る争いだったはずだ。そのスリランカがなぜあっさりとハンバントタ港を明け渡したのか。

もちろん、周辺住民は今でも猛反発している。港とともに周辺の約60平方キロ3が工業団地として供与されることになっており、地元住民たちは田畑を接収され、生活の糧を奪われることに反発している。

しかし、ハンバントタ周辺で農業を営む人口は圧倒的に少ない。ハンバントタ県の人口密度は1平方キロ当たり240人(2012年センサス)で、コロンボ県(人口密度3325人)と10倍以上の開きがある。ハンバントタ周辺の人々の抗議は、中国に対する多額の借金返済に焦る政権によって無視され、中国からの直接投資や融資による開発の推進を求める大きな声にかき消されたようである。

写真:2009年のハンバントタ港建設の様子

2009年のハンバントタ港建設の様子。誰もいない建設現場(著者撮影)
借金漬けの実情

スリランカの名目GDP(2017年)は871億ドルである。それに対して政府の対外債務は310億ドルとなっている。ちなみにスリランカが2008年から2018年の間に中国から借り入れたのは72億ドルである4。これをスリランカは返済することができないでいる。なぜか。一つには、中国融資の条件が他の国や機関より厳しいからである。金利が2%のものもあるが、なかには6.5%に設定されているものもある。据え置き期間も短い。二つ目には、融資を受けて作られたインフラが利益を生んでいないことがある。コロンボ首都圏とカトナヤケ空港を結ぶ高速道路は、確かに役に立っている。しかし、電力事情を一気に解消すると期待されていたノロッチョライ発電所(8億9000万ドル)は故障を繰り返している。マッタラ空港(1億8000万ドル)は世界一ガラガラの空港と言われている5。ハンバントタ港は2017年の一年間の寄港船数が251隻と惨憺たるありさまだった6。これらの操業による利益を返済に充てることは全くできないどころか、利益を上げているコロンボ港などの稼ぎで赤字を補てんしている状態だったのである。スリランカ側は中国に返済の延期などを求めたが、中国側は聞き入れなかった。

写真:2017年9月のハンバントタ港の様子

2017年9月のハンバントタ港の様子。RORO船から車両が積み下ろされている。
クレーンは設置されているものの、RORO船が主体であるため、ほとんど使用されていない(著者撮影)
コロンボ開発にかすむハンバントタ

「債務の罠」に注目する人々が見落としている、あるいは過小評価しているのが中国によるコロンボ周辺の開発だ。スリランカを訪れコロンボに少しでも滞在すれば、中国によるコロンボの開発は誰でも実感することができる。最も大規模なのはコロンボ・ポートシティ・プロジェクト(現在の名称はコロンボ国際金融シティ、CIFC)だ。コロンボ中心地に近接する沿岸部を埋め立てて広さ2.7平方キロの人工島を建設中だ。世界中から優秀な人材を集め、シンガポールやドバイのような金融都市を作るという。島にはオフィス地区だけでなく、ホテル、ショッピングセンター、エンターテイメント施設、学校、住宅地区なども建設される予定だ。埋め立て地とコロンボを結ぶ新都市交通機関も構想され、数万人の雇用が創出されると見込まれている。

現在進んでいるのは、埋め立てのみで、金融シティに関してはあくまで計画であり、実現するかどうかもわからないし、実際にスリランカ国民の所得が増えるかどうかもわからない。しかし、大規模な埋め立てがコロンボ市民の目前で日々進行するさまは圧巻で、内戦中の十数年にわたる低成長・停滞に淀んでいたスリランカにとって、希望を抱かせるのに十分な迫力である。  

さらにコロンボの街中には中国の建設するビルがそこかしこにある。中国人労働者向けの、漢字が書かれた看板があるので一目瞭然だ。これらのプロジェクトに直接従事するスリランカ人は決して多くないかもしれない。しかし、日々大きくなってゆくビル、埋め立ての進む現場に接すると、訪れたこともない、遠いハンバントタの港がかすんで見えても仕方ない。

ラージャパクサ政権時は中国からの資金を元手にしたインフラ開発が進み、好景気を下支えした。一方で現政権は、バランス外交を標榜して前政権との違いを明確にしようとしたものの、すぐに頓挫した。お金が足りなくなったからだ。そのせいだろうか、2017年の経済成長率は3.1%、南アジア諸国の中で最低だった。現政権としては、中国に借金を返し、中国から新たな融資や投資を得て開発をスピードアップして実績を作り、2020年の大統領選挙に臨みたいのだ。

写真:どんどん高くなってゆくビル(2018年3月)

どんどん高くなってゆくビル(2018年3月)。右端にあるのは中国による電波塔。
ビルが倒れかけているように見えるが、こういうデザインである。

写真:コロンボ市民の憩いの場ゴールフェイスと目と鼻の先にあるポートシティ埋め立て現場と中国の運営するコンテナ港CITC(2017年12月)。

コロンボ市民の憩いの場ゴールフェイスと目と鼻の先にあるポートシティ埋め立て現場と
中国の運営するコンテナ港CITC(2017年12月)。
対中国感情は?

中国語学習熱は高まっており、孔子学院も有力な大学に設立されている。現地エリート学校では中学生にもプログラミングと並び中国語を教えている。成績優秀者には中国短期留学の機会も与えられている。学生らの文化交流・大学における学術交流も盛んにおこなわれている様子だ。学生による「一帯一路」絵画展、大学間の考古学協力、そして海洋科学国際会議は第四回を数えている。どれも「一帯一路」を意識している。

中国人観光客は、今やインドに次いで二番目に多い。かつては街中で三輪車の運転手に「こんにちは、ありがとう」と声をかけられたものの、今ではほぼ「ニイハオ、シエシエ」だ。中国人観光客は、ツアーでやってきて、団体で定番の観光名所を巡り中華料理を食べているので、コロンボや観光地など特定の場所ではたくさん見かけるが、一般のスリランカ人の生活に入り込んでいることはない。

そのためか、国民間のトラブルは今のところ多くない。しかし、今後ツアー以外で訪れる中国人や定着する中国人が増えると摩擦が生じるだろう。スリランカはイスラム教徒が少ない7ので、酒に関するトラブルは比較的少ないが、風紀・宗教上、酒が禁止される地区や時期がある。これを守らない中国人にたいする嫌悪感があるようだ。また、免許制になっているツアーガイドをモグリで行う中国人がいることなども報告されている。

政治家らは与野党とも、もはや中国なしには経済が成り立たないのを理解している。国民も中国の投資や資金による開発を待ち望んでいる。よほどのことがない限り、この流れは変わらないものとみられる。

著者プロフィール

荒井悦代(あらいえつよ)。アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長。著作に『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。

写真の出典
  • 写真はすべて著者が撮影したもの。
  1. https://thediplomat.com/2016/06/can-sri-lanka-leverage-its-location-as-indian-ocean-hub/
  2. 荒井悦代「バランス外交と中国回帰で揺れるスリランカ」『アジ研ワールド・トレンド』257号(2017年3月)、44-51ページ。
  3. 山手線の内側ほどの面積。面積はコロンボ1-15区をすべて合わせたものよりも大きく、全国の工業団地として指定されている地区の面積を合わせたものよりも大きい。労働力の現状からすると現実離れしている。
  4. https://drive.google.com/file/d/1y0s546rtkH08jqfMMaEQeF4iNDEo4hH5/view
  5. https://www.forbes.com/sites/wadeshepard/2016/05/28/the-story-behind-the-worlds-emptiest-international-airport-sri-lankas-mattala-rajapaksa/#20c3f3e37cea
  6. それに対してコロンボ港は5126隻の寄港があった。https://www.hellenicshippingnews.com/sri-lanka-port-authority-profits-up-after-china-takeover-of-hambantota-port/
  7. ただしコロンボ都市部にはイスラム教徒が多い。