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新時代ベトナム・インド関係の行方――ベトナム側の視点

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050161

2018年2月

2017年に節目を迎えたベトナム・インド関係

ベトナムとインドの外交関係にとって、2017年は節目の年であった。 2017年1月7日、両国は外交関係樹立45周年を迎えた。そして同年7月6日は「戦略的パートナーシップ」の確立合意を盛り込んだ両国共同声明が出されてから10年という区切りの日であった。

記念の年を迎え、2017年3月21日には、ベトナムの最高幹部教育・養成機関であるホーチミン国家政治学院が、両国の外交関係樹立45周年、「戦略的パートナーシップ」確立合意10周年をテーマとする国際ワークショップを開催した。同ワークショップには、ベトナムのダン・ティ・ゴック・ティン国家副主席、インドのパルヴァタネニ・ハリッシュ駐ベトナム大使を含む200人を超える指導者、研究者、関係者が参加した。多岐の分野に渡り、ベトナム・インド関係のこれまでの成果および克服すべき課題をめぐって議論が行われたことが伝えられている(Nhân Dân, 2017年3月22日付)。

実は、2017年を迎える少し前の2016年9月2-3日にここで言及すべき、ベトナム・インド関係にとって重要な出来事があった。インドのナレンドラ・モディ首相がベトナムを訪問し、グエン・スアン・フック首相との間で、両国の「戦略的パートナーシップ」の「全面的な戦略的パートナーシップ」への引き上げに合意したのである。

写真:ベトナムのグエン・スアン・フック首相(右)とインドのナレンドラ・モディ首相

ベトナムのグエン・スアン・フック首相(右)とインドのナレンドラ・モディ首相

冒頭で言及した、2007年にベトナム・インド両国の「戦略的パートナーシップ」確立合意を明示した共同声明によれば、「戦略的パートナーシップ」自体、両国関係の緊密化、多様化、深化を目指したものであり、政治、経済、安全、国防、文化、科学、技術、地域や多国間フォーラムにおける協力といった、幅広い分野における協力の強化を視野に入れたものであった。

他方、「全面的な戦略的パートナーシップ」について、2016年の両国共同声明、およびThời báo Kinh tế Việt Nam紙(2016年9月5日付)に基づいて判断すれば、従来の「戦略的パートナーシップ」を土台として、地域及び世界の平和、安定、協力、繁栄の強化に対する貢献を視野に入れながら、両国関係の一層の深化、幅広い協力関係の構築を図り、両国のパートナーシップのレベルをさらに高めていこうというのが、その含意だと考えられる。

手元の資料によれば、これ以前にベトナムが「全面的な戦略的パートナーシップ」の確立に合意した国は、中国とロシアの2カ国である。

対中国関係の影響と対インド関係

ベトナム側の立場からインドとの関係について考えるとき、すぐに想起されるのが対中国関係である。例えば、2014年5月、長い歴史的経緯に基づいてベトナムが領有を主張するホアンサ(西沙)諸島の近海、ベトナムの排他的経済水域内の大陸棚に中国が石油掘削機を設置し、2カ月を越えて活動を行った。これに対してベトナム側は激しく抗議し、双方船舶を出しての激しい「小競り合い」となった。

ベトナムにとって、中国の圧力、国際的な影響力が大きくなれば大きくなるほど、対インド関係が対中国関係に対する安全保障上、国防上のバランサー、抑止力のひとつとして現実的な重みをもつことになる。両国の「戦略的パートナーシップ」を「全面的な戦略的パートナーシップ」に引き上げようとの動きは、ベトナム側からすれば、上記のような安全保障上の事情を大きく反映したものだと考えられる。

両国政府が関係緊密化を図ろうとするなかで、一般のベトナム人の日常生活にもインドの存在が少しずつ入り込んでいるように見える。筆者がベトナム南部東方地域に位置するホーチミン市に長期赴任中の2014年、ベトナムでインドのテレビドラマが放映されているのを初めて直接確認した。早婚問題を取り上げたインドの著名なドラマ「少女の花嫁(Balika Vadhu)」が、ベトナムで「8歳の花嫁(Cô dâu 8 tuổi)」というタイトルで放映されていたのだ。また、2017年に紅河デルタ地域で福祉関連の調査を実施した際にこんなことがあった。「どんなテレビ番組を観ていますか」と一人の障害をもつ若い女性に尋ねると、「インドのドラマを興味深く観ている」との応答が返ってきた。彼女の印象としては、インドの方がベトナムより封建的だと感じるとのことだった。他のほとんどの人が同じ質問に対して、ニュース番組を上げるなかで、彼女の応答は印象に残った。

しかしながら、筆者がベトナム滞在中に、中国語の看板を目にする機会はあっても、ヒンディー語に接した経験はこれまでにない。国内メディアが取り上げる頻度も、対インド関係に比べて対中国関係の方が多い。先述したように、インドのテレビドラマも放送されるようになっているが、中国のドラマほどには頻繁に放送されていない。そして、両国間を行き来する交通手段についても、2016年12月にグエン・ティ・キム・ガン国会議長がインドを訪問した際、ベトナムの格安航空会社べトジェットエア(Vietjet Air)とインドのエアーインディア(Air India)が直行便(最初はホーチミン―ニューデリー間)の就航で合意したこと1が伝えられたが、本稿執筆現在では未だ実現していない模様である。

また、日本でもベトナムといえば、ホアンサ諸島、チュオンサ諸島(南沙諸島)をめぐる領有権、領海の問題を含めて、対中国関係が注目されることが多い。管見の限りでは、ベトナムとインドの関係に関わる記事、論考を日本で目にする機会は未だ余り多くないのが現状である。

ギエム・タイン・トゥイ著「ベトナム・インド関係45年―全面的な戦略的パートナーシップへ」(『タップチー・コンサン(共産雑誌)』2017年1月号)

上記のような状況に鑑みて、ベトナム共産党中央の理論・政治機関誌である「タップチー・コンサン」(2017年1月号の91-95頁)に掲載された、同誌のギエム・タイン・トゥイ氏による「ベトナム・インド関係45年―全面的な戦略的パートナーシップへ―」と題する越語論考を和訳し、一部紹介したい。紹介するのは同論考の前文(91頁)と最終章部分(94頁後段5行目- 95頁最終行まで)である。ちなみに、「タップチー・コンサン」誌では、現在のベトナムで最高権力者の地位にあるグエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長がかつて編集長を務めた。

以下、上記部分を和訳、紹介する。

「ベトナムとインドが正式に外交関係を樹立してから45年(1972年1月7日~2017年1月7日)が経過した。両国の友好的、協力的関係は絶え間なく強化され、日増しに発展してきた。戦略的パートナーシップ(Đối tác chiến lược)から全面的な戦略的パートナーシップ(Đối tác chiến lược toàn diện)への両国関係の正式な引き上げに伴い、両国間、両民族間の歴史において新たな1ページが開かれた」(前文、91頁)。

(続く第1章「時を越えた友好性」、第2章「実質的、効果的なパートナーシップ」拙訳は省略)

「共通の繁栄、平和のための全面的な戦略的パートナーシップ

今日、ベトナムとインドは素晴らしい関係を築いている。両国の人民と同様に各世代指導者の絶え間ない努力と同時に、堅固な基礎が存在することのほか、ベトナム・インド関係を連続的に発展させている重要な原因のひとつとして、それぞれの国の開発戦略における両国の地位、重要さを挙げることができる。

第1に、インドにとってベトナムは、東南アジアにおける地経学、地政学の両観点から非常に重要な位置を占める。経済について、2025年までの予測では、ベトナムは人口約1億人の国家となり、経済成長もかなり高いレベルで維持されることが見込まれている。発展し、大きく強くなったベトナムは、両国の通商・投資関係を強化するための機会をもたらし、両国が互いに大きな経済パートナーとなるように導くのに相応しい制度構築の基礎を築く。また、地政学的、戦略的位置については、ベトナムは世界の多くの強国の利益が鬩ぎ合う場として見られている。それゆえ、多くの潜在力をもち、地域における地位・役割を有するべトナム(ASEAN国家)と多面的な結びつきを強化することは、特にインドが『アクト・イースト』政策の展開を推進している背景において、インドとASEAN間の協力の推進を助けることが見込まれる。

第2に、ベトナムにとってインドとの関係は、広く開かれ、多様化、多方化、世界への広く深い参入、大国・重要なパートナーとの関係を重視するという、ベトナムの対外政策全体の中で位置づけられる。ベトナムは、他の多くの協力組織、フォーラムにおけるのと同様に、2015年12月31日に形成されたASEAN共同体の責任をもつ一構成員である。それゆえ、ベトナムはベトナムの利益に合致する2国間、地域、グローバルな側面のすべてにおいて、インドとのより一層の協力拡大を優先し、インドを最も重要な経済的パートナーとみなしている。それは特に経済・通商面においてそうである。なぜなら、インドはアジアで3番目、アジア太平洋地域で5番目、世界で11番目の経済大国というばかりでなく、現在のようなアジアの地政学的背景において、両国間のより大きな戦略的協力が求められている軍事的一強国だからである。

第3番目に、両国がシェアする日増しに拡大し大きくなる利益は、経済、通商、投資、教育・訓練、科学・技術、文化などのように2国間の性質をもつものばかりでなく、国際法に基づくアジア・太平洋における平和、安全、安定の維持、開発協力、気候変動、自然災害への対応、エネルギー安全保障の保全のような、地域的、グローバルな性質をもつ利益も含まれている。

それゆえ今後、出された目標を達成するために、『全面的なパートナーシップ』の精神の下に、両国は以下のような重点と共に協力関係を推進することに合意している。

ひとつは、引き続き高いレベルの訪問を経常的に維持し、同時に両国政府の関係機関間における大臣級、高級公務員級のやりとりと協力を一層強化し、両国の国会、政党、地方政府、人民の間の交流を促進する。それと並んで、科学・技術、文化・教育に関するベトナム・インド政府合同委員会、次官級政治対話制度、安全・戦略対話の各会合は、両国間の協力関係において優先的なポイントとなる。

2つめに、利益と共に協力する機会を求め、互いの市場への投資環境を改善するために、ベトナム・インド企業間の結びつきと同様に、経済・通商関係、開発協力をより一層積極的に推進する。そして、各協定がもたらす利益を最大限に引き出すために、ASEAN・インド間の航空運送協定、トランジット運送協定(Hiệp định vận tải quá cảnh ASEAN-Ấn Độ)、物品貿易協定を積極的に実行する。また、東アジア地域包括的経済連携協定(Hiệp định Đối tác kinh tế toàn diện khu vực=RCEP)交渉の早期妥結を目指して緊密に協力する。

3つめに、両国間のやりとりを経常的に維持し、インドがベトナムの海軍、海上警察の人員訓練を実施する、インドがベトナムに対するいくつかの軍事設備の追加売却を検討する、国防協力に関する共同ビジョン声明を効果的に展開するというように、両国が合意した事項を効果的に実行する。

4つめに、専門部門における協力を強化する。特に、インドが力をもつエネルギー、教育・訓練、農業、医療、文化、観光、科学・技術などの分野において。 そして、地域、グローバルな面で両国は継続的に情報を共有し、国際的、地域的なフォーラムにおいて互いに支持し合う。世界におけるのと同様に地域において、両国の地位と役割を高めるために、ASEAN-インド関係においてベトナムの役割を発揮する。その他、両国間の利益に関する結びつきを強化するため、空間技術、天然資源の管理と使用、惨禍・自然災害の管理、海洋学、気象学、ナノ技術、民間の原子力協力のような両国が需要をもついくつかの領域に協力を広げていく。

両国の外交関係樹立から45年が経過し、提出された目標を達成するためのベトナムとインドの全面的パートナーシップ関係の強化は、両国に政治的決意をもつことを求めている。『アジアの世紀』に向かう時代背景において、時を越えて試練を潜り抜けてきた友好性に基づき、ベトナム・インドの全面的な戦略的パートナーシップ関係は、世界におけるのと同様に地域において、平和、安定、繁栄の維持に貢献するという両民族の願いと利益のゆえに、将来においてより堅固に発展するための多くの新たな動力を有する」(94頁後段5行目- 95頁最終行)。

以上、少し長くなったが、ギエム・タイン・トゥイ氏の論考を通してベトナム・インド関係に関するベトナム人識者の見解の一端を紹介した。

最後に、話は少し変わって、さる2017年10月15日のこと。午後23時10分にベトナムの首都ハノイのノイバイ国際空港を飛び立ったベトナム航空パリ行きVN19便の乗客一人が、フライト中に体調を崩した。同機はインド側の協力を受けてニューデリーの空港に緊急着陸し、乗客は命の危機を脱したという(Nhân Dân, 2017年10月17日付)。些事との評価もあろう。しかしながら、ギエム・タイン・トゥイ氏の論考を通して先に紹介したような大きな視野をもちつつ、こうした具体的な経験、協力、交流を積み重ねていくことが、今後のベトナム・インド関係の実質的な深化に寄与していくのではないかと思われる。

写真:ヒンドゥー教に由来するシヴァ神を祀るなどインド文化の影響を受けた世界遺産のミーソン遺跡(クアンナム省)

ヒンドゥー教に由来するシヴァ神を祀るなどインド文化の影響を受けた世界遺産のミーソン遺跡(クアンナム省)。
同遺跡はベトナムの中部、中南部に2世紀末から千年を超えて続いたチャンパ王国の聖地。
ベトナム・インド関係の背景には、こうした歴史的、文化的交流の跡も存在する。

〔付記〕

数年前、私見を挟まないかたちでベトナム側の関連論考をそのまま紹介してもらえたらとの南アジア研究者の声を耳にしたことがあった。そのため、ベトナム・インド関係が節目の時を迎えたことを知り、ギエム・タイン・トゥイ氏の論考の全訳を『アジ研ワールド・トレンド』で紹介することを筆者は当初検討していた。昨年、同論考の掲載誌「タップチー・コンサン」に3度にわたりメールで連絡を行い、翻訳文(全訳)の掲載に問題があれば連絡を下さいとお願いをし、最終的に「不可」との応答は同誌からなかった。しかしながら本稿では、一部を紹介するに止めた。

上記拙文、拙訳に登場するインド人名の和訳などについては、南アジアを専門とする先生方に質問し、確認作業を行った。ご迷惑をかけることを避けるため、お名前を記すことは差し控えるが、ご教示に対して感謝申し上げたい。

最後に、筆者はベトナム外交を専門とする者ではない。ベトナム地域研究に携わる者として、ベトナム理解に少しでも資することができればとの思いから拙稿を認めた。至らぬ点についてはご容赦願いたい。

著者プロフィール

寺本実(てらもとみのる)。ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ研究員。編著に『現代ベトナムの国家と社会――人々と国の関係性が生み出す〈ドイモイ〉のダイナミズム』(明石書店,2011年)等。ベトナムの生活保障、社会、平和に関心をもつ。詳しくは研究者紹介ページをご覧ください。

書籍:現代ベトナムの国家と社会

写真の出典

ベトナムのグエン首相とインドのモディ首相
By Narendra Modi (With Prime Minister Nguyen Xuan Phuc of Vietnam) [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons
ミーソン遺跡
著者撮影(2013年12月25日)

脚注
  1. http://www.nhandan.com.vn/.../31513602- vietjet-hop-tac-cung-air-india-(2017年10月4日アクセス)